第41話 Sクラスへの1か月
謹慎が明けて数日後、俺たち5人は寮の談話室に集まっていた。
窓から差し込む夕日が、中央の丸テーブルを赤く照らしている。
俺とアイリス、リリア、ジーク、エルナ。
最近は学園から寮へ戻り、夕飯までのわずかな時間に談話室へ来れば、誰かしらここにいるのが恒例になっていた。
リリアがテーブルの上の教本を指先でなぞりながら、ボソッと言った。
「皆さんはクラス替え試験の勉強はしていますか?」
ジークとエルナが当然のように答える。
「ああ、もちろんだ」
「うちもや。うちは絶対にSクラスにならなあかんねん」
リリアは首を傾げた。
「絶対にですか? それはどうしてでしょうか?」
「うちの家は代々、Sクラスに入ってきたそうなんや。だから、うちは幼い頃から家庭教師をつけられて、魔法学の勉強漬けや。適性検査の時は、心臓が喉から出るくらい緊張したで。適性がなかったら、今までの努力が全部パーやからな」
エルナは笑っているけど、当時は本当に怖かったのだろう。
教本の端を押さえる指に、わずかに力が入っていた。
ジークも静かに頷く。
「俺もだ。父上がSクラスだったから、そのこだわりが強くてな。だから5歳の時、訳も分からず剣を持たされたんだ」
ジークは俺に向き直った。
「セインとアイリスもそうなんじゃないか? 俺たちの親たちはSクラスなんだから」
アイリスが俺をジト目で見てくる。
嫌な予感がした。
「い、いや……俺は何も言われなかったな。でも、鍛練を始めてからは、それを怠ることは許されなかったかな? なあ、アイリス」
「何を誤魔化しているのよ」
アイリスは呆れ顔で俺を見た。
「私たちは3歳の頃から鍛練をしていたけど、始めたのはセインよ。私は初対面から訳も分からずに強要されて、婚約者と遊ぶのって疲れるんだなって、ずっと勘違いしていたわ」
ジークとエルナが同時に身を乗り出した。
「な、なんやて!?」
「3歳から鍛練をしていたのは本当なのか!? しかも自主的に!?」
4つの目が俺へ集中する。
背中に冷や汗が流れた。
「あ、ああ、そうだな。ほ、ほら、あれだ。父さんがやっていたのを真似ていただけだ。そこへ生まれて初めて見た同年代のアイリスが来たから、舞い上がったんだよ。ハハ……」
ジークが感心したように顎へ手を当てる。
「それがセインの強さの秘訣か……実に興味深いな……」
エルナは首を横に振った。
「いやいや……それはちょっと異常やで。一番の被害者はアイリスやん。初めて見た同年代の子がそんなことをしていたら、それが普通やと思っても仕方ないやろ」
「そうなのよ!」
アイリスが勢いよく頷いた。
「9歳の時にリリアと出会うまでは、私は疑いもしなかったわ。最初にリリアと遊んだ時、それは違いますよと言われたの。あの時の衝撃は今でも覚えてるわ。ねえ、リリア?」
リリアが口元に手を当てて笑った。
「フフフッ! そうですね。私も、あの時のアイリスの顔は覚えています。ハトがびっくりしたような顔をして……」
リリアは少し懐かしそうにアイリスを見つめた。
「でも、アイリスはお人形さんのようなクリクリした目をしているでしょう? だから、すごく可愛くて……こんなに可愛い子がいるんだって、私も逆に衝撃を受けました」
アイリスは顔を赤らめて俯いた。
「なんか、昔の話って恥ずかしいわね……」
やっぱり、アイリスを普通の子どもに戻したのはリリアだったのか!
10歳の頃には、もう思いっきりリリアの影響を受けまくっていたからな。
だが、筋トレや鍛練は、一度習慣化したが最後。
やらないと落ち着かなくなる。
だから、アイリスも今まで鍛練を欠かさなかったのだろう。
まさにこれが、筋トレにハマる原理よ。
フッフッフ。
エルナが俺の顔を見て、少し引きながら話を戻した。
「そもそも、セインとアイリスはかなり反則やで」
「反則?」
「普通、魔法士は魔法で点を取る。騎士候補や武器使いは、武器で点を取る。両方で点を取る生徒なんておらへん」
エルナは俺とアイリスを交互に指差した。
「でも、セインは剣術でも水魔法でも点を取れる。アイリスも剣術と治癒魔法の両方で点を取れる。試験制度から見ても、かなりおかしいんや」
ジークも真面目な顔で頷く。
「学園側も、そんな生徒を全く想定していなかったんだろうな」
アイリスは少し胸を張った。
「つまり、私とセインがすごいってことね!」
「すごいけど、だいぶ変やな……」
エルナに苦笑され、俺は何も言い返せなかった。
3歳から走り込みと筋トレをして、剣も魔法も鍛えてきた。
自分では当たり前になっていたけど、この学園では俺とアイリスの方が、かなりおかしいらしい。
その時、リリアが教本へ目を落とした。
「私は、武器では点を取れません」
さっきまでの笑い声が止まった。
「リリア?」
「筆記は頑張れます。闇魔法も、グレン先生には医療向きだと言ってもらえました。でも、セインやアイリスのように、武器と魔法の両方で点を取ることはできません」
リリアは膝の上で両手を重ね、小さく息を吐いた。
「だから私は、闇魔法でできるだけ評価を取って、筆記で上位に入るしかありません」
Sクラスに入れるのは、学年で5人だけ。
そして、ここにいるのも5人。
だが、全員がそのまま入れるとは限らない。
アイリスがすぐに口を開いた。
「リリアの闇魔法はすごいわよ。痛みを和らげたり、精神を落ち着かせたりできるし、何より魔力回復もあるじゃない」
「ありがとうございます、アイリス」
リリアは少しだけ笑った。
「でも、試験でどこまで評価されるかは分かりません。攻撃魔法のように、的を壊せば分かりやすいものでもありませんから」
俺は頷いた。
「リリアの魔法は、医療では絶対に必要になると思う。でも、試験で点を取るには、筆記も大事ってことか」
「はい。だから、私も頑張ります」
声はいつも通り穏やかだった。
でも、教本の端を握る指は、まだ離れていなかった。
エルナが明るく手を叩く。
「ほな、試験まで1か月を切ったけど、どないするん? 勉強はみんなでやった方が捗るし、うちは全員でやりたいと思うとる。何よりセインが必要やしな」
アイリスが顔を上げ、頬を膨らませた。
「エルナは何でセインが必要なのよ!!」
「な、何で怒ってるんや? 筆記でも学年一位なんやから、家庭教師として最高やん」
リリアがアイリスを宥めるように言う。
「アイリス? エルナさんは大丈夫ですよ。魔法のことしか考えていませんから、男の子としてセインを見ていません」
「リ、リリア!? な、な、何を言っているのかしら!?」
アイリスの顔が一気に真っ赤になった。
エルナは手をポンと叩き、ニヤリと笑う。
「あー、なるほどね。うちはないない。今は魔法を追求することしか頭にあらへん。恋愛より鍛練って意味では、セインやジーク寄りや」
エルナは人差し指を立てながら説明する。
「それに、セインはアイリスの婚約者なんやろ? 婚約者という立場は強い上に、相手が美少女アイリスやん。顔で張り合える女子なんて、めったにおらへんよ。その証拠に、セインへアプローチしてくる女子は、まだおらへんやろ?」
アイリスは顔を背けた。
「こんな鼻垂れ小僧に、他の女子からのアプローチなんかかかるわけないでしょ?」
鼻垂れ小僧だと!?
俺が!?
そりゃ、鼻を少し垂らしていたこともあるけど!
てか、アイリスの方が鼻垂れだったじゃないか!
酷い時は鼻水が伸びていても平然としていたよな!?
ま、まあ、本気で怒られそうだから言わないけどさ。
リリアとエルナが笑い声を上げた。
「フフフッ……セインは昔、鼻垂れで可愛かったんですね」
「アハハハ! せやな。でも、今は鼻垂れではない。セインの女子人気は結構すごいで! でも、アイリスは婚約者なんやから、自信を持って構えたらええねん」
「私も同感です」
リリアまで頷き、アイリスはますます顔を赤くする。
ジークが額に手を当てた。
「どうにも話が進まんな。試験当日まで、毎日夕飯を食べたら寮の自習室に集合だ。それでいいな!」
「はーい」
俺たち4人の声が重なった。
こうして、俺たちのSクラスを目指す日々が始まった。
朝はいつも通り5時に起きて、アイリスと柔軟、走り込み、筋トレをしてから学園へ向かう。
放課後には、エルナの火球が演習場を揺らし、リリアは闇魔法の精度を磨き、ジークは盾と片手剣を振り続けた。
夕飯を食べた後は、5人で自習室に集まった。
「セイン、この魔力伝達の部分が分かりません」
「そこは前のページの魔力循環とつながってるんだ。先にこっちを覚えた方がいい」
リリアが納得したように頷き、羽根ペンを走らせる。
隣では、エルナが魔法学の問題だけを凄まじい速さで解き終え、歴史の教本を前に頭を抱えていた。
ジークは背筋を伸ばし、黙々と問題を解いている。
アイリスは眠そうに目を擦りながらも、誰より必死に羽根ペンを動かしていた。
自習は21時まで。
その後の剣術は1時間以内と決め、遅くとも22時半には寝るようにした。
本当は、もっと剣を振りたい。
だが、身体を作るには休む時間も必要だ。
前世で運動をしていたからこそ、睡眠を削って身体を壊すような真似だけはできなかった。
試験まで、あと20日。
夜の訓練場でアイリスと剣を打ち合わせていると、入口から足音が聞こえた。
「や、やっぱり夜に鍛練していたのか……」
ジークが訓練用の鉄剣と盾を持って立っていた。
アイリスは露骨に嫌な顔をする。
「だったら?」
「俺……」
「嫌です。セイン、今日はもう終わりよ。私は部屋に戻るから」
踵を返したアイリスに、ジークが慌てて声を上げた。
「アイリス! 俺は1度でいいから、お前と立ち合いをしたいだけなんだ! 何か悪いことや嫌なことをしていたのであれば謝る! お願いだ! モヤモヤしてどうしようもないんだ!」
アイリスは足を止め、淡々と答えた。
「うん。なんとなく、嫌なだけ」
「な、なんとなく……だと!?」
ジークの顔から力が抜けた。
俺はさすがに可哀想になり、助け船を出す。
「アイリス、ジークはかなり強いから、やってみたらどうだ? 楽しいぞ?」
アイリスは頬を膨らませた。
「セインと一緒にしないで! 私は楽しさなんて求めてない! 強い女子なんて、逞しいだけで可愛くなんかない!」
「アイリス……その言葉は絶対に母さんには言うなよ……?」
アイリスの顔が引きつった。
「い、言うわけないじゃない! 怖すぎるわ! もう戻る!」
アイリスは逃げるように訓練場を出ていった。
残されたジークは、盾を持ったまま肩を落としている。
「ジーク、いつか立ち合いをする気になるさ。気にするな! 俺とやろう!」
「あ、ああ。ありがとう」
ジークは少しだけ持ち直し、訓練用の鉄剣を構えた。
盾持ちのジークとの立ち合いは、俺にとっても良い鍛練になる。
剣を打ち込むと、金属音が夜の訓練場へ響いた。
試験まで、あと10日。
自習室の壁に掛けられた暦へ印をつけるたび、試験までの日が1日ずつ減っていく。
エルナは苦手な歴史を声に出して覚えていた。
「もう!! うるさい、エルナ!! 何で同じところばっかり声に出しているのよ! 私も覚えちゃったじゃない!!」
アイリスがエルナに抗議をして、エルナは申し訳なさそうに俯いた。
「うち、声に出さないと覚えられないタイプなんや……」
「フフッ! それではエルナが声を出している時は、みんなで同じ教科をやりましょう?」
「むぅ……しょうがないわね! そっちの方が被害が少ない上に覚えられるかもしれないわね!」
リリアの提案にアイリスは頷き、弱音を吐かず、眠気と戦いながら勉強していた。
そして、試験当日の朝。
俺とアイリスはいつも通り、訓練場で柔軟を終え、朝日の中を走っていた。
初めてのクラス替え試験。
Sクラスに選ばれるのは、実技と筆記の合計点で上位5人だけ。
Aクラスも、その次の20人しか入れない。
狭き門だ。
だが、今まで積み重ねてきたものを信じてやるしかない。
隣を見ると、アイリスの目の下に薄い隈ができていた。
「アイリス、あまり寝られなかったのか? 大丈夫か?」
「うん。少し緊張して、なかなか眠れなかっただけ」
アイリスは、走りながら俺を見て笑った。
「ありがとう。でも、大丈夫よ。セイン、今日はお互いに頑張ろうね!」
「ああ!」
俺は頷き、朝日に照らされた学園を見た。
あの中で、俺たち5人が同じ場所に立てるとは限らない。
それでも、全員でできる限りのことはやってきた。
いよいよ、Sクラスへの最初の関門が始まる。




