第39話 初めての魔法授業
翌日。
俺は初めての魔法制御の授業に参加した。
学園の校庭には、等間隔にいくつもの的が並べられている。
そこに集まった生徒は20人ほどだった。
俺とアイリス、リリア、エルナもいる。
おそらく、1学年で魔法適性のある生徒は、このくらいなんだろうな。
やがて、1人の先生が校庭へやってきた。
背はそこまで高くないが、無駄のない細身の体つきをしている。
生徒たちの前で足を止めると、鋭い目で俺たちを見渡した。
なんだか、冷たい雰囲気の先生だ。
「私が1学年の魔法制御を教えているグレン・バートンだ。もともとは王宮魔法士団に所属していたが、訳あって、この学園で教師をしている」
グレン先生の視線が生徒たちの間をゆっくりと動く。
その目が俺のところで一瞬止まり、わずかに細められたような気がした。
「さっそくだが、攻撃魔法が使える者は、あそこの的に向かって撃て。威力を落とさず、速度も一定に保つこと。射出した後も形を崩すな」
グレン先生は的を指しながら続ける。
「魔法を複数出せる者は、自分が維持できる限界まで出せ。全ての魔法を同じ出力、同じ形で維持しながら撃つんだ」
さらに、俺たち全員を見回した。
「光魔法と闇魔法の者もいたな。お前たちは魔力を一定の出力で放ち続けろ。まずは5分間、出力を落とさずに維持することを目標にしろ」
説明を終えたグレン先生は、短く言い放った。
「それでは、各自始めろ」
生徒たちがそれぞれの的へ向かって移動し始める。
俺も動こうとしたところで、グレン先生が真っすぐこちらへ歩いてきた。
「貴様がセイン・グランベルだな」
「は、はい」
近くで見ると、冷たい目が一層鋭く感じられる。
「貴様がどこまで魔法を使えるのか、見物だな」
「あ、あまり使えないかも……」
「ふん。せいぜい精進することだ」
グレン先生はそれだけ言うと、他の生徒たちの様子を見るために立ち去った。
アイリスが先生の背中を睨みながら、俺に小声で言う。
「何、あれ? すごい感じ悪い」
「母さんと過去に因縁でもあるのかな? ……まさかね」
俺たちが話している間に、少し離れた場所でエルナが的の前に立った。
エルナが片手を前へ出す。
その周囲へ、4個の火球が同時に現れた。
どれも小さな火球だ。
けれど、4個全てが同じ大きさをしている。
火の表面が激しく暴れることもなく、綺麗な球の形を保ったまま、静かに揺れていた。
エルナは的を真っすぐに見据える。
そして、1個目の火球を射出した。
火球が空気を切り、真っすぐ的の中心へ飛んでいく。
着弾した瞬間、的の中心だけが黒く焦げた。
その間も、エルナの周囲に浮かぶ残り3個の火球は、形も大きさも全く崩れていない。
続けて、2個目。
3個目。
最後の1個まで、全て同じ速度で的の中心へ命中した。
すごい!
俺は魔法を射出する瞬間、飛ばす魔法に意識を取られて、残っている魔法の形を崩してしまうことがある。
射出した後も、飛んでいる途中で速度が落ちたり、先端が崩れたりする。
でも、エルナの火球には全く乱れがなかった。
グレン先生も納得したように頷く。
「うむ。速度、出力、安定性が揃っている。火属性は出力を上げやすい反面、形を一定に保つのが難しい。それを4個同時に維持し、的の中心だけを正確に焼いた」
周囲で見ていた生徒たちがざわつく。
「入試の評価通りだ。魔法制御だけなら、1学年の頂点と言っていいだろう」
エルナは少し照れたように頬をかいた。
「そ、そこまで言われると照れるで……」
魔法制御なら1学年の頂点。
入試の実技で3位だったとは聞いていたけど、魔法だけを見れば、本当にエルナが一番なんだ。
「次、セイン・グランベル」
「はい」
俺はエルナが立っていた場所へ進み、的の前に立った。
息を整え、周囲へ魔力を集める。
冷たい空気が肌を撫で、俺の周りに4本の氷槍が姿を現した。
けれど、そのうち1本だけ、先端がわずかに歪んでいる。
何とか形を整えようと、俺は歪んだ氷槍へ意識を集中させた。
このまま止まって撃つだけなら、何とかなるかもしれない。
でも、それでは意味がない。
俺は的を見据えたまま、地面を踏み締めて1歩前へ出た。
その瞬間だった。
歪んでいた氷槍にひびが走る。
パキンッ。
乾いた音と共に氷槍が砕け、細かな光の粒となって空中へ消えてしまった。
「セイン・グランベル」
グレン先生が腕を組み、低い声を出す。
「なぜ動いた? 動くから魔法を維持できないんだ」
「戦場では、必ず止まった状態で魔法を撃てるとは限りません。だから、動きながら維持する練習をして、慣れておきたいんです」
「必要ない。無駄なことはやめろ」
グレン先生は即座に言い切った。
「戦場では前衛が盾となり、魔法士が魔法を発動する時間を稼ぐ。魔法士は後方から高出力の魔法を放ち、敵を殲滅する。それが魔法士の仕事だ」
「でも俺は、前衛で戦いながら魔法を使えるようになりたいんです」
グレン先生の眉がピクリと動いた。
「奇天烈なことを言うのはやめろ! クレア・グランベルの教えか!?」
やっぱり、母さんの名前に反応した。
「母さんに直接言われたわけではありません。でも、母さんが全力で走りながら、何本もの氷槍を撃っているところを見たことがあります」
あれは、俺が5歳の時だ。
はぐれゴブリンに馬乗りにされ、動くことすらできなかった俺のところへ、母さんは全力で走ってきた。
走りながら何本もの氷槍を生み出し、俺を押さえつけていたゴブリンだけを正確に撃ち抜いた。
あの時は、母さんならできて当然だと思っていた。
でも、自分で魔法を使うようになった今なら分かる。
走る。
狙う。
魔力を練る。
氷槍の形を保つ。
そして、敵だけを撃ち抜く。
その全てを同時に行うなんて、普通じゃない。
「ふん。まあいい」
グレン先生は面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「貴様がどんな魔法士を目指しているかは知らん。だが、応用は基本ができる者が行うものだ。今は基本に徹しろ」
「……はい」
反論できなかった。
俺はもう一度魔力を練り、4本の氷槍を出現させる。
今度は動かずに、1本ずつ的へ射出した。
1本目は的へ突き刺さる。
2本目も命中した。
3本目は少し速度が落ちたものの、何とか的まで届いた。
最後の1本を撃ち出す。
けれど、的まであと少しというところで先端が崩れ、そのまま空中へ溶けるように消えてしまった。
「セイン・グランベル。制御が甘い」
グレン先生の言葉が突き刺さる。
「精進しろ」
「はい」
俺は唇を噛んだ。
悔しい。
剣術なら、今の俺でもある程度は戦えるという自覚がある。
でも、魔法はまだ全然だ。
止まった状態ですら、4本全てを的へ届かせることができない。
こんな状態で、前線を動き回りながら魔法を使うなんて、夢のまた夢だ。
「セイン!」
声に顔を上げると、エルナが笑顔でこちらへ歩いてきた。
「セインも氷槍を4本出せるんやな! まだ小さいけど、すぐにできるようになりそうやん!」
「全部、的まで届かなかったけどね」
「最初から完璧にできる人なんておらんて。それに、クレア様の息子が氷槍を使っとると思うと、少し感動したわ!」
「まだまだだよ。俺が思い描いている氷槍とは、全然違う」
「もしかして、クレア様の氷槍を思い浮かべとるん?」
「うん」
「そんなん、今すぐは無理やで?」
エルナは呆れたように笑った。
「クレア様が何年魔法を使っとると思ってんねん。一つずつ段階を踏んでいかんと。焦らず精進してこ?」
そう言いながら、エルナが俺の肩をパンと叩く。
その瞬間、少し離れたところにいたアイリスがピクッと反応し、こちらを見た。
俺と目が合うと、アイリスはすぐに顔を背ける。
何だ?
「それにしても、動きながら氷槍を維持しようとするんは、やっぱり変やな」
「変かな?」
「変やで」
エルナは即答した。
「普通、魔法士は魔法を撃つ時に止まる。姿勢を安定させれば、魔力も安定する。なのに、セインはわざわざ動こうとする」
「やっぱり、無駄だと思う?」
「うーん」
エルナは腕を組み、俺の周囲に浮かんでいた氷槍を思い出すように目を細めた。
「魔法だけを見たら、まだまだや。でも、その発想は面白いと思うで」
「面白い?」
「うん。魔法士としては変。でも、めっちゃ面白い」
エルナは楽しそうに笑った。
馬鹿にしているわけではない。
俺が目指している魔法そのものに、純粋な興味を持っている顔だった。
「次、アイリス・エーレンフェルト」
「はい」
アイリスがグレン先生の前へ進み出た。
両手を胸の前へかざし、魔力を集中させる。
アイリスの手のひらから、強い白い光が溢れ出した。
ハイヒールだ。
けれど、光は一定ではなかった。
大きく膨らんだかと思えば弱まり、また急激に強くなる。
アイリスの腕や足元にも、治癒に使われていない白い光が漏れ出していた。
そのまま3分も経たないうちに、白い光が急激に弱まる。
「ハア……ハア……ハア……」
アイリスが肩を上下させ、乱れた呼吸を繰り返す。
グレン先生は冷たく言い放った。
「アイリス・エーレンフェルト。貴様はまだ、ハイヒールを使うには魔法制御が足りなすぎる」
アイリスが悔しそうに顔を上げる。
「貴様のハイヒールは、魔力を必要のない場所へ漏らしているだけだ。だから、これほど早く魔力が尽きる」
グレン先生はアイリスの足元に残っていた白い光を指した。
「出力が高いだけでは意味がない。必要な場所へ、必要な量の魔力を正確に届けろ。今のままでは戦場で使えない代物だ」
アイリスは眉間にしわを寄せ、強く唇を噛んだ。
「……はい」
グレン先生の言い方はきつい。
でも、言っていることは間違っていない。
アイリスの光は強い。
ただ強く光らせればいいわけではないんだ。
傷を治すためには、必要な場所へ、必要な量の魔力を届けなければならない。
攻撃魔法とは違う難しさがあるんだな。
「次、リリア・ベルフォード」
「は、はい」
名前を呼ばれたリリアが、周囲を気にしながら前へ出た。
何人かの生徒が、珍しそうにリリアへ視線を向けている。
リリアは自分の手を胸元で握り締めたまま、なかなか魔法を使おうとしなかった。
グレン先生が怪訝そうに眉をひそめる。
「リリア・ベルフォード、何をしている。貴様は闇魔法だったな。早く見せろ」
「……はい」
リリアは意を決したように顔を上げ、片手へ魔力を込めた。
手のひらの周囲から、藍色の光が静かに広がっていく。
火球や氷槍のような明確な形はない。
それでも、藍色に染まった空気は揺らぐことなく、リリアの手の周りへ一定の濃さで留まっていた。
「ふむ。出力、制御共に安定しているな」
グレン先生が藍色の光を観察する。
「お前の闇魔法は、それだけか?」
「いえ。他に眠りの魔法と痛みの緩和、魔力回復が使えます。これは精神を安定させる魔法です」
「精神制御に、睡眠、痛みの緩和、魔力回復か」
グレン先生は顎へ手を当て、少し考える。
「医療に特化した能力だな。特に魔力回復は希少だ。そのまま精進しろ」
「はい!」
リリアがほっとしたように返事をした。
あれ?
結局、褒められたのはエルナとリリアだけ?
俺とアイリスを含めて、他の生徒たちは全員ボロクソに言われている気がする。
リリアが俺たちのところへ戻ってくると、エルナが目を輝かせながら駆け寄った。
「リリア! うち、闇魔法なんて初めて見たわ! 空気が藍色になるんやな! めっちゃ綺麗やん!」
「えっ……」
「形がないのに、ずっと同じ濃さで維持しとったやろ? 感動やで!」
けれど、リリアは周囲の生徒たちの視線を気にするように俯いた。
「リリア、どないしたん?」
「私の闇魔法を、怖いと思っている人はいないのかな……って。どうしても、まだ周りの目が気になるんです」
「はあー? なんでー?」
エルナが心底不思議そうに首を傾げた。
「闇魔法に限らず、どの属性でも悪用したら危険やろ? うちの火属性だって、その辺の民家くらい燃やせるで?」
「う、うん……そうなんですけど……。闇魔法は、あまり知られていないから……」
アイリスがリリアの隣へ立ち、優しい笑顔を向けた。
「リリア。母上が言ってたよ。闇魔法は、医療の分野で光魔法だけでは届かないところへ手を伸ばせる魔法だって」
「アイリス……」
「光魔法と闇魔法を組み合わせれば、今まで救えなかった人を救える可能性もある。だから、自信を持って」
エルナも力強く頷く。
「知らん人が勝手に怖がっとるだけや。リリアが正しい使い方を見せていけばええねん!」
リリアは2人の顔を交互に見た。
その瞳が、わずかに潤む。
「アイリス、エルナさん……ありがとうございます」
うんうん。
眠らせる。
痛みを和らげる。
心を落ち着かせる。
どれも、人の命を救うためには欠かせない力だ。
リリア、頑張れ!
初めての魔法制御の授業は、エルナとの差を痛感させられる結果に終わった。
俺は止まっている状態でも、まだ不完全な魔法しか放てない。
前線で剣を振りながら魔法を放つなんて、今の俺にはまだ夢物語だ。
でも、やる。
俺は、そういう魔法剣士になりたい。
エルナが放った、全く形の崩れない4個の火球。
グレン先生に指摘された制御の甘さ。
1歩動いただけで砕けてしまった氷槍。
その全てを思い返しながら、俺は自分の手のひらを見つめた。
俺の魔法は、まだ動く身体に追いついていない。
それからの日々、俺は剣術だけではなく、魔法制御にも今まで以上に時間を使うようになった。
何度失敗しても氷槍を生み出し、形を保ち、動きながら操る練習を繰り返した。
そうして月日は過ぎ、俺たちは学園や寮での生活にも慣れていった。
そして、事件は起きた。




