第34話 合格発表と両親との別れ
職員が掲示板の前に張っていた縄を外した瞬間、待ち構えていた受験生と保護者が一斉に押し寄せた。
「合格したぞ!!」
「名前がない……嘘だろ……」
歓声と泣き声が入り交じり、学園の門前が一気に騒がしくなる。
俺たちも人の流れに乗って掲示板へ近づいた。
先ほどリリアの闇魔法で落ち着いたはずのアイリスが、俺の服の裾を強く握っている。
隣を見ると、母さんまで胸に手を当て、浅い呼吸を繰り返していた。
「母さん、大丈夫?」
「だ、大丈夫よ……セインなら絶対に大丈夫だって、わかってるんだけどね……」
全然大丈夫そうに見えない。
リリアがやんわりとした笑顔を浮かべ、母さんの背中に手を当てた。
「大丈夫ですよ、クレアさん」
リリアの手の周りの空気が藍色に染まる。
母さんの強張っていた肩から力が抜け、呼吸が少しずつ穏やかになっていった。
「ハァー……リリアちゃん、すごいわね。ありがとう」
「お役に立てたなら嬉しいです」
父さんが人混みから俺たちを守るように前へ立ち、掲示板までの道を作ってくれた。
「よぉし! 行くぞ! まずは名前を探せ!」
俺とアイリスは掲示板の前へ進んだ。
大きな紙には、合格者の名前が総合順位順に並んでいる。
周囲の声が急に遠くなったように感じた。
俺は唾を飲み込み、紙の一番上を見た。
総合順位
1位 セイン・グランベル
あった。
俺の名前だ。
しかも、一番上にある。
「よし……!」
握った拳に力が入った。
剣術も魔法も勉強も、入試で1位を取ることを目標に、毎日鍛練を続けてきた。
その結果が、今、目の前にある。
嬉しい。
でも、まだだ。
すぐにその下へ視線を走らせる。
2位 アイリス・エーレンフェルト
あった。
アイリスの名前だ。
しかも、総合2位。
「アイリス、合格だ!! 総合2位だぞ!!」
「どこ!?」
「ここだ!」
俺が指を差すと、アイリスは掲示板へ顔を近づけた。
自分の名前を何度も目でなぞり、本当に書かれていることを確かめる。
その顔が、ぱっと明るくなった。
「あった!! 本当に名前あった!! 私、合格した!!」
アイリスが俺の腕に抱きついた。
「やったな、アイリス!」
「うん!!」
父さんが俺たちの肩を同時に叩いた。
「よくやったな、セイン、アイリス嬢!」
振り返ると、母さんが両手で口元を押さえ、全身を震わせながら泣いていた。
父さんは笑いながら、そんな母さんの肩を抱く。
「年を取ると涙もろくなっちまっていけないねえ……あたいらしくないね……」
「そうか? 俺はお前らしいと思うぞ」
リリアも自分のことのように嬉しそうに笑っている。
「セイン、アイリス、おめでとうございます」
「ありがとう、リリア!」
合格者一覧の隣には、実技試験と筆記試験の上位者も張り出されていた。
俺たちは人の波に押されながら、そちらへ移動する。
実技試験
1位 セイン・グランベル
2位 アイリス・エーレンフェルト
3位 エルナ・レイフォルト
4位 ジーク・ランバルト
5位 マリウス・クライン
実技上位5人の名前を、筆記試験の順位表でも探してみた。
筆記試験
1位 セイン・グランベル
3位 ジーク・ランバルト
8位 エルナ・レイフォルト
15位 マリウス・クライン
16位 アイリス・エーレンフェルト
実技、筆記ともに1位だ!!
目標にしていたとはいえ、本当に取れるとは思っていなかった。
実技はアイリスが2位か。
毎日一緒に鍛練してきた俺からすれば順当な結果だ。
筆記も16位なら、かなり健闘したんじゃないか?
……でも、実技2位、筆記16位で、どうして総合2位なんだ?
実技4位、筆記3位のジークより上になる理由がわからない。
「アイリス、この順位、どういう計算なんだ?」
アイリスは鼻を高くして胸を張った。
「私の剣と魔法の実技がみんなより飛び抜けていた証拠よ!」
「え!? ジークよりも!?」
「知らないわよ! この2年で剣の差が開きすぎたのよ!」
アイリスが俺と掲示板を交互に見て、少し引いたような顔をした。
「あんた、実技も筆記も1位とか、ちょっと引くわ……ここまできたら本当、変態よね」
「何でだよ!? でも、目標にしていたから嬉しいかも……」
リリアが笑顔で言う。
「私からしたら、アイリスも実技2位なんて離れ業に見えます。あっ、でも3位も女の子の名前ですね」
アイリスの目付きが、剣を持っている時のものに変わった。
「へえー……エルナ・レイフォルト……」
名前を覚えたな。
絶対に立ち合いを申し込むつもりだ。
「実技は魔法も含まれているんだからな。そんな興味津々な顔をしても、魔法士なら剣では戦えないぞ?」
アイリスが顔を赤らめて俺を睨んだ。
「なっ!! わ、私をあんたと同じバーサーカー扱いしないでよ!! 失礼ね!!」
リリアは目をつむり、うっとりとした表情で呟いた。
「ああ……バーサーカーなアイリス、尊いです……」
「え……?」
「え……?」
俺とアイリスの声が重なった。
人混みから離れようとしたところで、見知った大きな背中を見つけた。
王宮騎士団長グレゴール・ランバルトさんと、その隣に立つジークだ。
父さんとグレゴールさんは顔を合わせるなり、互いの子どもの合格を喜び、そのまま話が盛り上がった。
最後に父さんが切り出す。
「グレゴール、俺たちは合格祝いに飯を食いに行こうと思ってるんだ。お前たちも一緒に来いよ。あと、良い店があれば教えてくれ」
「ああ、私たちも同じ目的だったから、ご一緒しよう。良い店はあるぞ。貴族御用達だけどな」
「おお! いいね! こういう祝いの日にぴったりだ。そこに行こう!」
俺たちは道中、入試の結果について話しながら、グレゴールさんが勧めた店へ向かった。
到着した店は、入口からして高そうだった。
扉を開けると、柔らかな絨毯が靴音を吸い込み、天井から下がる照明が店内を淡く照らしている。
派手な装飾が並んでいるのに、不思議と落ち着いた雰囲気だ。
俺は歩き方までわからなくなり、少し落ち着かなかった。
隣ではアイリスとリリアも同じようにそわそわし、店内を見回している。
席に案内されて注文を終えると、グレゴールさんが俺に話しかけてきた。
「セイン殿、入試の結果はすごいな。実技、筆記ともに1位は、ここ10年は出ていないはずだ」
その言葉に、父さんは得意げに胸を張り、リリアは口に手を当て、母さんは再び泣きそうになった。
アイリスだけは、なぜか当然のような顔をしている。
「まあ、セインですからね」
ジークも少し考えてから口を開いた。
「俺も実力を出して頑張ったけど、上には上がいるってことを思い知らされました」
父さんがグレゴールさんへ釘を刺す。
「グレゴール、セインはまだ将来を決めていない。騎士団に勧誘するなよ?」
「ハッハッハ! 将来有望すぎるから、今すぐ勧誘して内定させたいところだが、さすがにそこは弁えてる」
そんな話をしていると、料理が次々に運ばれてきた。
香ばしく焼かれた肉には艶のあるソースがかかり、色鮮やかな野菜と、湯気を立てるスープが銀色の皿に並んでいる。
なんて豪華な料理なんだ……。
肉をひと口食べる。
柔らかっ!!
噛んだ瞬間に肉汁とソースの味が口いっぱいに広がった。
うんまっ!!
これはヤバい。
今までエーレンフェルト領でアイリスに連れていってもらった店のケーキが、この世界で一番だったが、今、書き換えられたな。
アイリスは上品に少しずつ食べているつもりだろうが、食べるのが早すぎるんだよ。
リリアも上品に食べているが、目をキラキラと輝かせ、ずっとニコニコしている。
母さんは、こういう店でも普段と全く変わらず食べていた。
母さんは高級店に慣れているの?
それとも、ただ肝が据わっているだけ?
父さんが大きな声で言った。
「おお!! これはうまいな! 久しぶりにこんなの食べたわ!!」
父さん!!
声が大きい!!
周りのお客さんがこっちを見てるから!!
グレゴールさんも笑顔で言う。
「ここは上位貴族との会食で知ったんだ。会食の時は味も何もわからなかったが、改めて食べると旨いものだな」
アンドリューは背筋を伸ばし、ナイフとフォークを器用に使っていた。
他の客と比べても、かなり食べ方が綺麗だ。
「アンドリューさん、ナイフとフォークの使い方が上手ですね」
アンドリューは鼻を高くして、胸を張りながら答えた。
「ここは私が王都に住んでいた頃の行きつけさ。食べ慣れているんですよ」
母さんが声を低くして反応した。
「アンドリューのくせに生意気だね」
その瞬間、高くなったアンドリューの鼻が、音を立てて折れたかのようにしぼんだ。
顔まで青ざめている。
グレゴールさんがその様子を見て笑った。
「フッ……クレアは相変わらずだな。なんだか懐かしいよ」
笑い声に包まれながら、温かい料理を食べる。
この世界に来て、俺は両親に愛され、婚約者や友人にも恵まれた。
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
俺は今、幸せなんだな。
夕食会を終えた頃には、すっかり日が暮れていた。
俺たちは学園の寮の前に立っている。
父さんが俺たちを見回した。
「俺たちはここまでだ。お前たちは、これからこの寮で過ごすことになる。学園では良いことも悪いこともあるだろう。お前たちなりに、目いっぱい学園生活を楽しめ!」
母さんが目に涙をためて、俺に言う。
「体には気をつけるんだよ? 鍛練ばかりではなく、少しは体も労ってね。暴飲暴食はしないようにね。夜更かしも駄目だよ。落ちている物を拾って食べないでね」
「母さん、わかったよ。大丈夫だよ」
母さんは俺の顔を見つめたまま、動かない。
次の瞬間、急に俺へ抱きついてきた。
「ああ、セイン……お母さん、セインと離れて暮らしたくない……お母さんもここに住む!」
母さんの腕に力が入り、俺の顔が胸元へ押しつけられた。
父さんはため息をつく。
「おいおい……クレアさん?」
グレゴールさんが唖然としている。
「クレアがこんな風になるのは初めて見た……いつもこんな感じか……?」
父さんが顎に手を当てて考えた。
「うーん……概ね?」
みんなの視線が集まっている。
俺は急に恥ずかしくなった。
「母さん……みんな見てるよ……俺、恥ずかしいよ……」
母さんがハッとして顔を上げた。
「セ、セイン……」
俺の肩を掴んでいる母さんの指が震えた。
父さんが母さんをそっと俺から引き離す。
「クレア、セインも12歳なんだ。母親に人前で抱き締められたら、恥ずかしいのは当たり前じゃないか」
父さんが母さんを抱き締めると、母さんはその胸に顔を埋め、肩を震わせた。
離れていった母さんの温もりが、まだ体に残っている。
言い方が悪かったかな……。
俺の胸に、寂しさと申し訳なさが広がった。
父さんは、そんな俺に笑いかけた。
「じゃあ、お前たちはもう寮に入れ。俺たちは王都で1泊して、明日には帰るからな。セイン、夏休みと冬休みには迎えに来る。じゃあ、またな!!」
親たちは馬車に乗り込んだ。
走りだした馬車の窓から、母さんが身を乗り出すようにして、何度も手を振っている。
俺も腕を高く上げて振り返した。
車輪の音が少しずつ小さくなり、やがて夜の街へ消えていった。
手を下ろしたあとも、胸の奥には小さな寂しさが残っていた。
俺たち4人は、しばらく誰も口を開かず、親たちが去った道を見つめていた。
アイリスが、しんみりとした空気を壊すように声を上げる。
「さあ! 私たちも寮に入りましょ!?」
「そうだな」
俺たちは寮へ入り、それぞれ割り当てられた部屋へ向かった。
初めての寮。
初めての学園生活。
見慣れない天井を眺めていると、昼間の歓声や、母さんの泣き顔が何度も頭に浮かんだ。
これから始まる生活への期待と、家族と離れる寂しさが混ざり、その夜はなかなか眠れなかった。
翌日、学園の施設説明を受けたあと、俺たちは寮の裏手にある訓練場へ向かった。
訓練場でジークが足を止め、迷いのない目で俺を見た。
「セイン。学年1位の実力、見せてもらうぞ!」
俺は訓練用の鉄剣を握りしめる。
……望むところだ!
王立学術学園での最初の立ち合い。
相手は、ジーク・ランバルトだ。




