第33話 クレアの凄み
翌日、屋敷の前に幌付きの馬車が用意されていた。
荷台には、快適そうなふかふかの椅子が置いてある。
王都までは馬車で1週間だからな。
結局、母さんとアンドリューもついてくることになった。
アンドリューは少し震えていた。
俺はアンドリューに話しかける。
「アンドリューさん、昨日のことは冗談なんですから、あまり真に受けたら駄目ですよ? 母さんを怒らせない限りは……」
母さんが馬車に乗り込み、話しかけてきた。
「セイン、アンドリュー、行くよ! 早く乗りな!」
アンドリューが叫ぶ。
「は、はひ!!」
ビビりすぎだよ……アンドリュー。
屋敷の門を出ると、馬車は土煙を上げながら街道を進んでいった。
ふかふかの椅子は確かに快適だったけど、車輪が石を踏むたびに荷台が大きく跳ねる。幌の隙間から外を覗くと、見慣れた畑や家々が少しずつ遠ざかっていった。
日暮れ前に最初の街へ着くと、公衆浴場にだけ立ち寄った。
揺れる馬車に座り続けて固まった身体を湯に沈めると、足の先まで力が抜けていく。
そのまま街の宿に泊まるのかと思っていたけど、風呂を出た俺たちは再び馬車に乗り込んだ。
「父さん、今日はどこに泊まるの?」
「街を出たところで野宿だ。今回の旅は全部そうするぞ」
「全部!?」
父さんは当然のように頷いた。
「クレアとアンドリューがいるから、魔物が来ても問題ないだろ。強い護衛がいる時くらい、宿代を浮かせないとな。グランベル領には金がないんだ」
父さんが1人で移動する時など、戦力が足りない場合は安全のために宿へ泊まるらしい。
今回は母さんとアンドリューがいるから野宿か。
アンドリューがまた少し震えた。
日が沈む頃、街道から少し離れた草地で馬車が止まった。
俺とアイリスは夕飯ができるまで周辺を走り込み、肉体鍛練を行った。汗をかいた身体に夜風が当たり、火照った肌が一気に冷えていく。
焚き火のそばへ戻ると、鍋から湯気と一緒に肉の匂いが漂っていた。
温かい夕飯を食べた後、俺たちは毛布に包まって眠った。
夜中に一度目を覚ますと、父さんは焚き火の向こう側に座り、暗い街道を見張っていた。
翌朝、日の出と同時に馬車が動きだした。
しばらくすると、御者台に座っている父さんの頭が、ゆっくり前へ傾いた。
寝てる!?
「父さん、寝てない!?」
「少しだけな。夜は見張りでほとんど寝てないから、今のうちに休んでるんだ」
「馬車は大丈夫なの!?」
「馬は慣れた街道なら、手綱を握っている者が止まる合図をしない限り、道に沿って進み続ける。心配するな」
本当に大丈夫なのかと思ったけど、馬は街道から外れることなく進んでいく。
そんなふうに、昼は揺れる馬車に乗り、街に着けば公衆浴場で身体を休め、日が暮れれば野宿をする旅が続いた。
旅も半ばを過ぎた日の午後。
街道の両側には背の高い木々が並び、枝葉の隙間から差し込む光が、馬車の上を流れていく。
それまで聞こえていた鳥の鳴き声が、いつの間にか消えていた。
聞こえるのは、馬の蹄と車輪が地面を踏む音だけだ。
幌の中へ吹き込む風に、湿った土と草の匂いが混じった。
父さんが馬車の手綱を握りながら、後ろを見ないまま呟いた。
「あっ……なんか来たな……」
直後、馬車の後方から獣の唸り声と、いくつもの足音が聞こえてきた。
魔物だ!!
アンドリューが幌の隙間から外を覗き、叫んだ。
「ヒ、ヒィーーー!! ウルフハングだ!! ウルフハングが来ましたよ!!」
後ろからウルフハングが15体ほど追いかけてきた!!
土煙の中から次々と姿を現し、牙を剥きながら馬車との距離を縮めてくる。
それでも馬車は全く止まらない。
俺は父さんを二度見した。
父さん、何をやってるの!?
何で馬車を止めないんだ!!
起きてるよね!?
アンドリューの顔が白くなり、硬直していた。
母さんがゆらりと立ち上がる。
ま、まさか!?
母さんが不機嫌に言い放つ。
「全く……楽しい旅を邪魔しやがって!! 子どもの門出に水を差すんじゃねえよ!!」
そう叫ぶと、母さんの周りの空気が急激に冷え、白い光を発した。
肌を刺すような冷気が荷台を満たし、母さんの周りに十数本の氷槍が出現した。
自分でも氷槍を形成できるようになったからこそ、目の前の光景がどれほど異常なのかがわかる。
母さんは十数本もの氷槍を、息をするように出している。
しかも、氷槍は1本1本別の方向を向き、それぞれに意志があるかのように動いていた。よく見ると、鋭く回転している氷槍まである。
アンドリューも冷や汗をかきながら、母さんの氷槍を見て呟いた。
「なんて魔力制御なんだ……!」
母さんは再び叫んだ。
「犬っころが!! 子どもがいる馬車を襲うとは最低だね!! ぶち殺してやんよ!!」
氷槍が一斉に飛んだ。
白い軌跡が幾重にも走り、氷槍はすべてウルフハングに命中した。
断末魔を上げる間もない。
ウルフハングは一撃で仕留められ、走っていた勢いのまま地面を転がっていった。
俺も、アイリスも、リリアも、アンドリューも、皆一様に口を大きく開けて絶句した。
動き続ける馬車から、全速力で追ってくるウルフハングへ全弾命中って、どう考えてもヤバいよね!?
「な、何で全部当てられるんだ……」
アンドリューが再び呟いた。
父さんはずっと前を向き、後ろを振り返ろうともしない。
何で!?
気にならないの!?
でも、父さんにとっては驚くような光景じゃないのかもしれない。
俺には、母さんの凄みがはっきりと見えた。
前衛に守られながら撃つ魔法じゃない。
動きながら、守りながら、敵を止める魔法だ。
俺が目指す魔法剣士の形が、そこにあった。
母さんが小さく息を吐き、荷台の椅子に座り直した。
「ふぅ……」
母さん、ふぅ……で終わりなんだ!!
相変わらず強すぎだろ!!
アンドリューは目を見開いたまま、未だに固まっている。
俺はアンドリューに話しかけた。
「ね? アンドリューさん、結局蹴り落とされなかったでしょ?」
母さんが俺の言葉に反応した。
「あっ……! そういえば忘れてたね」
出発から1週間後、俺たちは王都に到着した。
入試を免除されているリリアを学園の寮へ送り届けてから、俺たちは宿へ向かった。
入試当日の朝。
宿から移動して、王立学術学園の前で馬車が止まった。
父さんが俺とアイリスに話しかけた。
「よぉし!! 着いたぞ! 2人とも頑張ってこいよ!」
母さんも心配そうな顔をして話す。
「セイン、アイリスちゃん、落ち着いて頑張るのよ」
「うん。全力は尽くしてくるよ」
俺とアイリスは入試に臨んだ。
実技は、思ったより身体が動いた。
剣も魔法も、練習通りに出せたと思う。
実技が終わり、筆記試験の会場へ向かっている時に、見知った顔があった。
ジーク・ランバルトだ。
「ジーク!! やっぱり来ていたのか!!」
ジークは俺の顔を見ると、少し笑顔になった。
「久しぶりだな。セイン・グランベル!! 実技はうまくいったのか?」
「ああ、もちろんだ! ジークも大丈夫だったのか?」
「ああ、実力は出せたと思う。セイン、あの時の約束、覚えているか?」
「ああ。入試が終わって学園生活が少し落ち着いたら、絶対立ち合いしよう」
ジークは気合いの入った目をした。
「ああ! 次は筆記だな! 頑張れよ! 落ちるなよ!」
「お前もな!!」
ジークが筆記試験の会場へ向かうのを見送り、俺もアイリスのもとへ戻った。
昼過ぎには試験が終わった。
学園の門へ戻ると、父さんと母さんの馬車の前でリリアも待っていた。
みんなで遅めの昼食を取り、夕方になると、合格者の掲示板が設置されるのを学園の門の前で今か今かと待った。
アイリスは緊張しているのか、呼吸がおかしくなっていた。
「ヒィ……ヒィ……フゥゥー」
ラマーズ法?
「おい、アイリス、大丈夫か?」
「え、ええ……ちょっと落ち着かなくて……」
リリアが優しく笑った。
「アイリス、大丈夫ですよ。あれだけ勉強したんですから」
そう言いながら、リリアの手の周りの空気が藍色に染まった。
「リリア、ありがとう。なんだか気分が落ち着いてきたわ。これが精神を癒やす闇魔法なのね……リリア、すごい」
そう言いながら、アイリスはリリアを抱き締めた。
リリアも幸せそうに抱き締め返した。
何なんだ……この2人は……。
しかし、アイリスは一気に落ち着いたんだな。確かに闇魔法は医療現場で役立ちそうだ。
学園から職員が慌ただしく出てきて、門の前に掲示板を設置した。
結果発表だ!!




