第32話 入試2週間前
俺とアイリスは12歳になり、王立学術学園の入試まで残り2週間となった。
アイリスとリリアは、3か月前からグランベル領の領主屋敷に滞在している。
ギルベルトさんはエーレンフェルト領の統治があり、フィオナさんは目を離せない患者がいるということで、2人ともエーレンフェルト領に帰っていた。
リリアは入試を免除されているが、学園の勉強についていけるように、アイリスと一緒に来た。
この3か月で、1日のルーティーンとして定着したのが、午前中に行うロウエン爺の指導の下での鍛練、午後から行う母さんとアンドリューによる魔法指導、夜遅くまでやる3人の勉強会だ。
ロウエン爺の掛け声がかかる。
「始め!!」
アイリスが低い姿勢で素早く踏み込み、下段から斬り上げてきた。
俺は剣を受けながら、アイリスに足払いをする。
アイリスは素早く跳んでかわし、空中に浮いた。
俺はそこを狙って、横薙ぎに剣を振る。
しかし、アイリスは剣で受け止めた。
アイリスは俺の剣の勢いを利用しながら身体を回転させ、そのまま回転斬りに移る。
アイリスの連撃が始まった。
アイリスは剣の勢いで回転しながら、足で顎を狙って上段蹴りをしてきたり、アイリスが上段から振り下ろした剣を、俺が受けた瞬間、意表をついて腹に前蹴りを打ち込んできたりする。
アイリスの連撃は、以前とは比べ物にならないくらい手数が多くなった。
俺の足技を跳びはねてかわしたり、俺の剣を見切ったと言わんばかりにギリギリでかわして、カウンターを仕掛けてくる。
俺はアイリスの連撃を丁寧に受け続け、途中で一歩だけ身を引いた。
そして、空いた間合いに剣を突き出す。
アイリスは後方宙返りをしながら剣を避け、間合いを取った。
アイリスの体術は、日に日にヤバくなっていく。
後方宙返りでかわしたりとか、もう漫画じゃん!
軽業師も真っ青だよ!!
だが、俺も負けていられない!
アイリス対策は、アイリスの連撃中に意表をついて体勢を崩すしかない。
アイリスが回転しながら連撃を始める。
アイリスの一撃は軽い。
ここだ!!
アイリスの剣を強く弾く。
アイリスは苦し紛れに跳び上がり、身体を回転させて、俺の側頭部へ後ろ回し蹴りを放ってくる。
いわゆる、ソバットだ。
読んでたぞ!!
俺はその蹴りを腕で受けながら、アイリスの胴体に剣を突きつけた。
「それまでですな」
ロウエン爺が終わりを告げた。
「よし!! 俺の勝ちだ!!」
最近は、俺が勝つことが多くなっていた。
リリアは毎回両手を胸の前で組み、頬を赤く染めながら、アイリスと俺の剣術の鍛練を見ていた。
リリアは戦闘は苦手だけど、見ていたら気分が高揚するのかな?
アイリスは唇を噛み締めながら、剣を握り締めた。
そして、悔しさを隠すように平然とした顔を作り、俺に話しかける。
「なかなかやるようになったわね」
これは、かなり悔しいときのアイリスだ。
顔に悔しいと書いてあるぞ!!
嬉しくはあるけれど、アイリスに勝つときは毎回紙一重だ。勝ち誇れるほどの余裕はなかった。
午後からは、母さんとアンドリューによる魔法指導だ。
アンドリューは、このグランベル領に配属されてから2年間、母さんに小間使いにされている王宮魔法士だ。
だが、この2年間、母さんの擬音が混ざる指導を、俺は全く理解できなかった。
「セイン、氷槍はボンと出してキュッだよ!」
「セイン殿、奥様は魔力を外に出して、氷槍を形作る。その後に氷槍を引き締めて固くすると仰られております」
「だからそう言っているんじゃないかい! アンドリュー、うるさいよ!!」
母さん、全くそんなこと言ってなかったよ。
アンドリューの通訳がわかりやすい!!
それでも、俺はこの2年間で母さんの半分くらいの大きさの氷槍を3本は形成できるようになっていた。
俺は息を整え、魔力を外へ押し出す。
俺の周囲の空気が急激に冷え、白く光り出す。
その光の中に、まだ輪郭のぼやけた3本の氷槍が浮かび上がった。
ぼやけた輪郭を引き締め、先端を尖らせていく。
氷槍はまだ1本ずつしか射出できないけど、標的台には必ず当たるようになった。
ドン!ドン!ドン!
氷槍を1本ずつ連続で標的台に当てる。
3本目が深々と突き刺さり、俺は張り詰めていた息を吐いた。
よし! 威力もなかなかだと思う。
母さんは俺のそんな様子を見て、目を細めながら口元を少し緩めていた。
隣では、アイリスの手の平がヒールの時より強く発光していた。
ハイヒールだ。
アイリスはヒールを5分間維持できるようになり、ハイヒールも2分間は維持できるようになっていた。
まだ少し光の揺れがあるけれど、アイリスは唇を結び、その光を維持する。
アイリスの額から汗が流れ始めた。
「アイリスちゃん、なかなか良いハイヒールだよ。でも、この後勉強するんだから、眠くならない程度に魔力消費は抑えるんだよ」
アイリスは小さく頷き、揺れた光をもう一度安定させた。
アンドリューも母さんの言葉に頷いた。
「その通りです。自分の魔力量の3分の2くらいを目安に毎日放出することが一番魔力量を増やすのに効率が良いと言われています」
その間も、リリアの手の平では藍色の光が揺らぐことなく灯っていた。
リリアも精神制御魔法を5分間維持できるようになっていた。
リリアは、フィオナさんが紹介してくれたエーレンフェルト領の超一流の闇魔法士を、師匠にしているのだとか。
リリアは魔法適性検査の時は闇魔法に否定的であったが、その師匠に毎日ついて回るようになってからは、闇魔法に対する考え方が180度変わったらしい。
5分が過ぎ、藍色の光を消したリリアは、俺とアイリスへ両手を向けた。
まだ魔力に余裕があるということで、毎日最後に俺とアイリスへ魔力回復魔法をかけてくれている。
魔力回復魔法の光が身体を包む。
回復量はそこそこだが、身体にのしかかっていた重さが少し和らいだ。
初めて魔力回復魔法をかけてもらった日、母さんもアンドリューも目を輝かせていた。
「おお!! この魔法はあるのとないのとじゃ雲泥の差だね!! コボルト戦の時にリリアちゃんがいたら、コボルトは殲滅できていたよ!!」
アンドリューも目を輝かせながら頷いた。
「これが噂に聞く国家戦略級の魔力回復魔法ですね!! すごいなんてもんじゃないですよ!! 我々魔法士の命綱と言われるだけはありますね!!」
夕方、夕飯を食べて俺の自室に戻ると、アイリスがさっそく勉強をしていた。
「夕飯を食べた直後なんだから、少しは休んだらどうなんだ」
「私は余裕がないの!! やってもやっても不安で苦しくなるの!! セインも手伝いなさいよ!!」
気持ちはすごいよくわかるけどさ。
リリアはマイペースで勉強を続けて、わからないことがあれば、たまに俺に聞いてきた。
ある日、学園に入学したらという話になった。
俺が勉強中の2人に話しかける。
「学園にあいつ来るかな? アイリス、覚えてるか? 騎士団本部にいたジーク」
「ええ、覚えてるわ。セイン以外で、私が立ち合ったことのある同年代だもの」
リリアが会話に混ざってくる。
「私も覚えています。ジークさんは、アイリスに負けて悔しそうな顔がまたハンサムでしたね」
俺は全く予想していなかった斜め上の返答に、かなり驚いた。
「ハンサム!? ……そんな目で見たことなかったな……」
アイリスが問題に目を落としながら返答する。
「そうね、セインはお子ちゃまだからね……」
「何でだよ!?」
リリアは笑いながら話す。
「フフフッ! 女の子はそういう風に思うこともあるのですよ? もしかしたら、セインも他の女の子にそういう風に思われるかもしれませんね」
アイリスが俺を指差しながら否定した。
「はぁーー!? セインが!? ないないない……絶対ないわ!!」
リリアは困惑しながら言う。
「え……? そ、そうかな……」
「そんなに否定しなくてもいいだろ……」
アイリスが眉間にシワを寄せて睨んでくる。
「は? 何あんた、そういうことに興味あるの?」
「い、いや……あまりないかな……」
「あまりじゃなく、絶対ないよね。フゥ……これだからお子ちゃまは……」
なんか……アイリスは俺を女の子に全く興味がないと、無理やり持っていってるような気がする……
リリアはそんな俺たちのやり取りを見て、微笑んでいた。
リリアとの距離も、この3か月でだいぶ縮まったよな。
2年前は俺とアイリスを様付けで呼んでいたのに、今では、俺たち3人は親友と言っても過言ではない。
たまに鍛練と勉強で疲れて、そのまま俺のベッドで3人で寝たり、リリアが割り当てられた自室に戻った時はアイリスと2人で寝ることもあった。
ある朝、目を覚ますと、アイリスの腕が俺の背中に回っていた。昔と同じはずなのに、その温かさに妙にほっとした。
そんな生活を続けていたが、時が経つのは早く、入試1週間前になった。
父さんが夕飯を食べながら、俺たち3人に話しかけた。
「明日の早朝に王都に向かうぞ。入試を受けたら、その日の夕方には結果発表。合格したら即入寮だ。リリア嬢は王都に着いたら即入寮だな。忘れ物だけはやめてくれ。セインとアイリス嬢は鍛練用の鉄剣は絶対に忘れるなよ!」
「はーい」
分かっていたはずなのに、「明日」と聞いた瞬間、3人で過ごしたこの日常が終わるのだと実感した。
母さんが恥ずかしそうに話した。
「お母さんもついて行っちゃおうかな……?」
俺は驚いて聞き返す。
「え!? 母さんはエーレンフェルト領にしか出かけないのかと思っていた」
「うん。お母さんもあまり王都には行きたくないんだけど、3人が心配で……ほら、この3か月間、頑張っていたじゃない」
アイリスが嬉しそうに話した。
「クレアさんも一緒に来たら楽しそう!」
父さんが難しい顔をして言った。
「最近は街道に魔物の目撃報告があるから、クレアが来てくれた方が安心だが、クレアは大丈夫なのか?」
母さんは真顔で言った。
「魔物が来たら、アンドリューを馬車から蹴り落とせばいいんじゃないかな……?」
アンドリューはリリアのコップに水を注ぎながら、悲鳴を上げた。
「ヒ、ヒィーー!! ……奥方様、それだけはご容赦を……!!」
母さんは首を傾げながら言う。
「アンドリューは王宮魔法士というエリートなんだから、魔物が20体や30体くらいなら余裕だよね? 私でもそれくらい一瞬なんだからさ」
アンドリューは泣きそうな顔になっていた。
もう母さんやめてあげて!
これ以上言ったら、言葉だけでアンドリューをオーバーキルしちゃうよ……。




