第31話 復興の兆し
エーレンフェルト家の馬車が、グランベル領の領主屋敷の前に止まった。
馬車から降りたギルベルトさん、フィオナさん、アイリスの3人を、父さんが居間へ通した。
ギルベルトさんは、持ってきた革袋を机の上に置いた。
中で硬貨がジャラリと鳴る。
「これはエーレンフェルト家からの見舞金だ。少ないが、復興に使ってくれ。別便で他にも支援物資を送っている。食料、布、薬、家畜などだ。領民に分けてやってくれ」
父さんが申し訳なさそうに言う。
「お前のところも余裕がないだろうに。なんか悪いな」
ギルベルトさんが笑った。
「グランベル領が一番ヤバいだろ。気にするな」
父さんは苦笑しながら、机の上に置かれた革袋を見た。
「王都からの復興支援金も届いてな。しかも、各地から見舞金や寄付金まで集まってな。正直、予想以上だ」
「それで訓練場と寮か?」
「ああ。村人が使える訓練場と、配属された王宮騎士と王宮魔法士の寮を建てる。領民を守るための金だ。今度こそ、そう使わせてもらう」
フィオナさんは、母さんの手を両手で握った。
「でも、本当に無事でよかったわ。クレアが死を覚悟するほどの戦いだったって聞いて、気が気じゃなかったのよ」
「心配かけてごめんね。戦場で魔力が枯渇したのも、死を覚悟したのも初めてだよ」
「もう……クレアは昔から無茶ばかりするんだから」
フィオナさんは、母さんの手を握ったまま離そうとしない。
母さんは困ったように笑った。
「さすがに、あれはしんどかったよ。もう2度とやりたくないね」
ギルベルトさんが口を開いた。
「コボルトの数は78体。しかも、群れを率いる個体がいたというのも本当なんだな?」
「ああ。統率していたコボルトには逃げられたがな……」
「ハア……逃げられたか。なら、すぐには襲ってこないだろうが、警戒は必要だな」
父さんは腕を組んで話す。
「いや、グランベル領が再び狙われる可能性は低いと見ている。かなり頭が回る個体だ。自分の部隊をほぼ1人で壊滅させた魔法士がいる領地を、わざわざもう1度狙うとは考えにくい。だが、警戒は怠らない」
「確かに、クレアを見たら普通は2度と近づこうとは思わないだろうな。それにしても、領民を守りながらコボルト60体以上を1人で倒したのか。相変わらず規格外だな」
母さんは低い声で言う。
「その代償の魔力枯渇はしんどかったよ」
「まあそうだろうけど、俺には絶対にできん。何にせよ、本当に死ななくてよかった」
その後も親たちの話は続いた。
俺とアイリス、ロウエン爺の3人は屋敷を出て、村の復興状況を見に行った。
村へ入ると、あちこちからカン、カンと槌を振るう音が聞こえてきた。
何人もの村人が長い木材を肩に担いで運び、壊れた家の屋根や壁を修理している。
すでに修理を終えた家には真新しい板が打ち付けられ、煙突からは白い煙が上がっていた。
しかし、その隣には屋根が崩れ落ち、折れた柱がむき出しになったままの家も残っている。
以前の姿にはまだ程遠い。
それでも、王都から帰ってきた日に見た、誰もが呆然と立ち尽くしていた村とは違う。
村は少しずつ動き始めていた。
少し先の開けた土地では、王都から来た大工たちが、これから建設する訓練場と、配属された王宮騎士と王宮魔法士が暮らす寮の基礎を造っていた。
アイリスが少し驚きながら話した。
「私もグランベル領の事件の報告を父上から聞いたけど、本当にこんな被害を受けていたのね」
「ああ。王都から帰ってきた日は、誰も動けなかったもんね」
「ええ。頭が真っ白になりましたな。過去にここまで被害を受けたこともなかったですからな」
アイリスがしみじみと言う。
「あれから大変だったんだね。あそこで大工さんたちが造っているのが訓練場? 村の人たちなら誰でも使えるなんて、すごい発想だよね」
「ああ、誰でも使えるようにした方が、村人たちの戦闘能力の底上げになるからね」
「そう! 私がすごいと思ったのは、そこなのよ! 村の若い人を中心に、鍛練を義務化するなんて聞いたことないよ」
ロウエン爺が笑いながら話す。
「確かに聞いたことはありませんな。けれど、それができれば魔物が強くなっても対応できる。他の領地からも注目されているみたいですからな」
アイリスが感心しながら話す。
「すごいわね……考えが壮大というか……配属された王宮騎士たちは主に村人の指導役に、王宮魔法士たちは村人の鍛練の手伝いとクレアさんの小間使いにされていると聞いたわ」
俺が呆れたように言った。
「王宮騎士たちが村人を指導して、王宮魔法士の皆さんが鍛練を手伝ってくれるのはありがたいけど、母さんの小間使いにされている人も確かにいるんだよ。ねえ、ロウエン爺、母さんってそんなに有名なの?」
「私の口からは何とも言えないので、奥様から直接聞いてくだされ」
「何で教えてくれないのさ!? 父さんに聞いても同じことしか言わない。母さんに直接聞けないから聞いているのに……」
アイリスも興味深そうな顔をした。
「それね! 私も聞いたけど、父上も母上も話をはぐらかすのよ!! でも王都で有名って話だから、学園に行ったら嫌でも耳に入るんじゃない?」
俺は手をポンと叩いた。
「そうか!! 全く思い付かなかった」
アイリスが呆れたように額へ手を当てる。
「何でこんなこと思い付かないのよ……村人を戦わせる突飛な発想はできるのに。セインはすごいのか、ただの鍛練狂の変態なのかわからないわよ」
「何で変態なんだよ! アイリスだって同じじゃないか!」
「セインと一緒にしないで!!」
その時、ニルくんがボロボロになりながら近づいてきた。
「若様とアイリス様はいつも同じやり取りをしているね……」
アイリスが目を丸くしてニルくんを見る。
「ど、どうしたの? ニルくん」
ニルくんは息を切らしながら答える。
「若様が考えた地獄の鍛練を消化中なんだよ。確かに、こんなことをさせる若様は変態に同意するよ」
アイリスが胸を張って勝ち誇る。
「でしょ!? やっぱりセインは変態なんだよ。私以外に言われるなんて相当よ」
俺が不満を漏らす。
「それで強くなれるなら良いじゃないか。ロウエン爺もそう思わない?」
「そうですな。安いものですな。ニル、休むでないぞ? 早く戻れ」
「は、はーい……足がもう、自分の足じゃないみたいに重たい……うぷっ! 吐きそう……」
アイリスが同情する。
「ニルくん、頑張って……」
ニルくんが鍛練に戻るのを見届けてから、俺はアイリスに確認する。
「アイリス、学園の入学試験の勉強はしている?」
「……あまり捗ってないけど……苦手だし」
「なら、一緒にやろうよ。俺も魔法の練習を母さんと頑張っているんだよ」
「どれくらい使えるようになったの?」
俺はアイリスへ手のひらを向け、水球を作った。
まだ小さい。
それでも、水は確かに俺の手のひらの上で丸くまとまっている。
ゆっくりと魔力を流し込むと、周りの空気がひやりと冷え、水球の表面がわずかに白く濁った。
その中に、小さな氷の粒が1つだけ生まれた。
アイリスが目を丸くした。
「すごい……もう氷も作れるの?」
「粒だけだよ。母さんの氷槍には全然届かない。入試までに、戦いで使える形にしないといけないんだ」
「セイン、頑張っているんだね」
「まあね。魔法剣士になるって決めたから」
アイリスは少しだけ黙ったあと、俺から目を逸らした。
「なら、私も頑張らないとね」
「勉強?」
「勉強も、治癒魔法もよ。私だって、治癒士になるんだから」
「じゃあ、屋敷に戻って一緒に勉強しよう。今日はアイリスに付き合うよ」
「ハア……本当、そういうとこ」
「何か言った?」
「はいはい、何でもないわよ……でも、セインも頑張っているなら、私もちょっとだけ頑張ろうかな」
「ちょっとだけ?」
「ちょっとだけよ。勉強は嫌いだもの」
「そこは頑張ろうよ。治癒士になるんでしょ?」
「わかってるわよ。セインこそ、魔法をちゃんと使えるようになりなさいよ」
「もちろん。俺は魔法剣士になるんだから」
アイリスは少し呆れたように笑った。
「魔法剣士なんて言葉はないのよ。本当に変なことばかり言って……」
「変じゃないよ。魔法剣士がいないなら、俺が最初の魔法剣士になる!」
「……わかってる」
アイリスは小さくそう言って、少しだけ歩く速度を上げ、俺より前を歩いた。
「じゃあ、私も頑張る。セインに置いていかれたら、悔しいもの」
「俺も置いていかれないように頑張るよ」
「当然でしょ。私を待たせたら怒るからね」
「はいはい」
「返事が軽い!」
「じゃあ、もう1回。俺も頑張るよ」
「……よろしい」
そう言って振り返ったアイリスは、お日様のように笑っていた。
村を直す槌の音が、カン、カンと鳴り続けている。
アイリスの笑顔を、俺はすごくかわいいと思った。
第2章『守れる力の芽吹き』を最後までお読みいただき、ありがとうございます。
次話から第3章『共に生き残る力』が始まります。
物語はいよいよ学園編へ。ここから本格始動します。
これまでは1日3話を中心に更新してきましたが、第3章以降は1日1話ずつ、毎日更新する予定です。
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これから始まるセインとアイリスの学園生活も、引き続きよろしくお願いいたします。




