第29話 王国の謝罪
魔物がグランベル領を襲撃した数週間後。
グランベル領の領主屋敷に、王宮騎士と王宮魔法士の一団、そして王宮騎士団長のグレゴール・ランバルトさんがやってきた。
門の前で、グレゴールさんが騎士たちと魔法士たちに大声を張り上げる。
「総員!! 指示があるまで待機! 各自、馬の点検をしろ!!」
父さんは屋敷の窓から外を見て、首を傾げた。
「グレゴール? 何の騒ぎだ? とりあえず玄関に出ないとマズいな……」
そう言うと、父さんは背筋を伸ばし、玄関の扉を開けた。
グレゴールさんは門をくぐり、屋敷へ向かって歩いてくる。
父さんも玄関から出て、足を踏み鳴らして敬礼した。
「グレゴール・ランバルト団長! ご苦労様です!」
「アノルド・グランベル地方部隊長! ご苦労!! 本日は伝達したいことがあり、参った!!」
「どうぞ! お入りください!!」
グレゴールさんを屋敷へ通し、玄関の扉を閉めると、今までの固い雰囲気が一気に溶けた。
「グレゴール、今日はどうしたんだ?」
「今日はグランベル領にとって朗報を持ってきたんだ」
居間には、母さんと俺がいた。
「クレア、お久しぶりだな。冒険者をやっていた頃以来かな?」
「グレゴール、久しぶりだね。あまり昔の話はしてほしくないよ。息子がいるので、少し恥ずかしい」
「ハッハッハ、そうだな。では控えよう」
冒険者!?
母さんは学園卒業後に冒険者をやっていたのか!?
これは気になる。
でも、母さんに過去のことを聞いてもいいのか……。
今まで怖いから、あえて聞いてこなかったな……。
父さんはグレゴールさんに言った。
「今、客間を用意するからちょっと待って」
グレゴールさんが即答する。
「いやいや……これはお前とクレアにも聞いてほしい話だから、居間でいいぞ」
そのままグレゴールさんは、食卓の椅子に腰を下ろした。
父さん、母さん、俺も食卓の席につく。
父さんが切り出した。
「それで話ってのは? お前が出張るんだ。相当な話だろ?」
グレゴールさんは俺たちを見回したあと、神妙な面持ちで椅子から立ち上がった。
先ほどまで父さんと親しげに話していた顔ではない。
門の前で騎士団へ命令していたときと同じ、王宮騎士団長の顔だった。
「まず、伝えておく。本日、私は王国を代表する使者としてここへ来た。ここから先の言葉は、私個人のものではなく、王国の言葉として受け取ってほしい」
父さんと母さんの表情が引き締まった。
「アノルド・グランベル地方部隊長。クレア・グランベル夫人」
グレゴールさんは2人の名を呼び、深く頭を下げた。
身に着けている鎧が、わずかに音を立てる。
「長年にわたりグランベル領への支援を怠り、領民を危険にさらしたことを、王国を代表して深く謝罪する。誠に申し訳なかった」
王宮騎士団長が、地方部隊長である父さんと、その妻である母さんに頭を下げている。
その姿を見ただけで、これはグレゴールさん個人の謝罪ではないのだと、俺にもわかった。
父さんは何も答えなかった。
食卓の上で固く握り締めた父さんの拳が、小さく震えている。
母さんも、いつもの笑みを浮かべていなかった。
しばらく誰も口を開かない。
重苦しい沈黙のあと、父さんが低い声で言った。
「……顔を上げてくれ。この間のコボルトの件か?」
グレゴールさんは顔を上げ、静かに椅子へ座り直した。
「ああ、その通りだ。それと、5年前に出された騎士団派遣要請が、やっと認められた。私もこの5年間、何度も上へ打診していたが、コボルトの襲撃による損害が出て、皮肉にもようやく許可が下りた」
父さんは苛立ちを抑えきれず、吐き捨てるように言った。
「5年だぞ!? 俺がその間、何度要請書を出したと思ってる!? 魔物の数が増えている、領民だけでは守り切れないって、何度も何度も訴えたんだ!!」
父さんの声が居間に響く。
「それでも動かず、実際に村が襲われて、クレアが死にかけてからようやくかよ!? 判断が遅すぎるだろ!!」
グレゴールさんは父さんから目を逸らさなかった。
「ああ、その通りだ。返す言葉もない。私も何度も上へ掛け合ったが、結果として間に合わせられなかった。私の力不足だ」
グレゴールさんは一度言葉を切り、母さんへ顔を向けた。
「クレアが死の間際まで追い詰められたという報告が、皮肉にも王都を動かす最大の理由になった。クレアは王国中に名を知られた存在だからな」
母さんが王国で有名人!?
初耳だぞ!?
父さんもロウエン爺も、ギルベルトさんもフィオナさんも、今まで何も言わなかったじゃないか!?
父さんは苛立ちを隠さないまま、話を続けた。
「氷槍のクレアが死にかけたから、上は重く見て慌てて動いたんだな。現場を何だと思ってるんだ!」
「それもあるが、魔法系貴族たちが動いたのが1番だな。私はクレアにも個人的に謝罪したい。私が至らなくて、大変申し訳なかった」
「魔法系貴族? ……ああ、そういうことか」
父さんは納得したようだ。
母さんは膝の上で両手を組んだまま、静かに口を開いた。
「命を落とした村人が1人もいなかったのは、本当に良かったよ。でも、せめてもう少し早く動いてくれていたら、村のみんなもあんな目に遭わず、私も死にかけずに済んだんだけどね」
母さんの声に怒りはなかった。
だからこそ、その言葉が重く聞こえた。
グレゴールさんは言い訳をせず、重く受け止めるように頷いた。
母さんの言う通りだ。
だが、聞き捨てならない単語が出たぞ。
氷槍のクレアって何!?
父さんにも別名があるの?
魔法系貴族って何?
ちょっと分からないことだらけだ!
グレゴールさんの話は続いた。
「王国も、謝罪だけで済ませるつもりはない。グランベル領に復興支援金を出す方向で動いている」
父さんが首を傾げる。
「復興支援金?」
「ああ。家畜も全滅し、畑もほとんど駄目になったのなら、グランベル領の民が食べていけなくなる。だから、かなり多額の金が出る予定だ」
「……わかった」
父さんの声は、まだ固かった。
失った家畜や畑は、金が出たからといって、すぐ元に戻るわけじゃない。
それでも、冬を越すために必要な金になることは、俺にもわかった。
「それと、今日連れてきた王宮騎士と王宮魔法士は、グランベル領への配属が決まっている。王宮騎士5人、王宮魔法士5人の合計10人だ。彼らの指揮権は、現場責任者であるお前に一任される。自由に動かしてもらって構わない」
グレゴールさんが椅子から立ち上がった。
「じゃあ、騎士団と魔法士団を呼んでくる。それで俺は帰るぞ」
父さんが少し驚いた。
「今日は泊まっていかないのか? 帰るって言っても野宿になるぞ?」
グレゴールさんは険しい顔をした。
「色々やることが山積みでな。今帰っても明日帰っても、距離的に野宿は野宿だ」
そう言って、グレゴールさんは外へ出た。
玄関の扉が閉じたあとも、父さんはしばらく席を立たなかった。
外からは、馬の嘶きと鎧の触れ合う金属音が聞こえてくる。
5年間届かなかった父さんの声は、母さんが死にかけて、ようやく10人の援軍となって返ってきた。
あまりにも遅い、王国からの返事だった。
しばらくして、グレゴールさんと入れ替わるように、これからグランベル領を守る王宮騎士5人と王宮魔法士5人が、屋敷へ入ってきた。




