第25話 グランベル領防衛戦
「現在、自警団で応戦していますが、抑えきれません!!」
椅子が床を擦り、背後へ倒れた。
「数は!? どれくらいいるんだい!?」
「60から70ほどです! 村の東側に十数体が入り込み、そのさらに東、畑の向こうの低い丘に50体以上が待機しています! 自警団は村の中央にある共同井戸の前で食い止めていますが、長くは持ちません!」
クレアは唇を噛んだ。
口の中に、鉄の味が広がる。
「50体が動かず、十数体だけを村に入れてるって……? 統率型だね!! クソッ!! 何だってこんな時に!!」
クレアは机へ駆け寄り、ペン先を紙へ叩きつけた。
乱れた文字で数行を書き殴り、インクも乾かないうちに二つ折りにする。
「あんたはこれを持って、エーレンフェルト領へ向かう街道を早馬で走りな!! うちのクソ野郎が戻ってきてるはずだ!! 見つけたら、何があってもこの手紙を渡すんだよ!!」
「心得ました! 奥様は!?」
「安心しな!! あたいが行って、コボルトを全員シメてやっから!! 久しぶりにやってやんよ!!」
クレアは屋敷を飛び出すと、馬へ飛び乗った。
蹄が土を蹴るたび、身体が激しく上下する。
握り締めた手綱が、じっとりと汗で濡れていた。
アノルドもいない。
ロウエンもいない。
自警団の主力もいない。
あたいが何とかするしかない!
でも、60、70のコボルトだぞ!?
数が多すぎる!!
泣き言なんか言ってられない!!
「あたいが何とかするしかないんだ!!」
ロウエン村の西口へ飛び込むと、すぐ右手に村長屋敷が見えた。
鉄板で補強された分厚い両開きの扉が開け放たれ、村人たちが次々に中へ駆け込んでいる。
屋敷前の広場から、1本の大通りが東へ伸びていた。
通りの中央には共同井戸があり、その前で自警団が盾を並べている。
さらに東には村の家々が続き、その向こうには畑と低い丘が見えた。
丘を埋め尽くすように、50体を超えるコボルトの黒い影が固まっている。
そのすべてが、村を見下ろしていた。
クレアは馬を東へ走らせた。
悲鳴を上げる村人たちが、クレアとは逆に西の村長屋敷へ走っていく。
泣き叫ぶ子ども。
荷物を抱えたまま立ち尽くす老人。
子どもが転び、母親が慌てて助け起こす。
そのすぐ東側では、自警団がコボルトの攻撃を盾で受け止めていた。
歩けない老人を、村人2人が戸板に乗せて運んでいる。
クレアの奥歯がギリッと鳴った。
「クソッ!!」
悩んでいる暇なんかない!!
やるしかない!!
「みんな!! 大通りを西へ走って、村長屋敷に入りな!! 子ども、老人、怪我人が先だよ!! 荷物なんか捨てちまえ!! 命が一番大事だ!!」
クレアは共同井戸の前を指さした。
「自警団は井戸の前で盾を並べな!! 村の者は、その盾列を越えたら振り返らずに屋敷まで走るんだ!! 一体たりとも西へ通すんじゃないよ!!」
「はい!!」
井戸の手前で馬から飛び降り、近くの自警団員に手綱を押しつける。
「この馬も屋敷まで下げな!!」
その時、盾列の向こう側に子どもが見えた。
東側の家並みから逃げてきたのだろう。
道の真ん中で腰を抜かし、両手を地面について泣いている。
すぐ後ろの路地から、コボルトが飛び出した。
「やらせないよ!!」
クレアの右手に白い光が集まり、氷槍が生まれる。
ドフッ!!
氷槍がコボルトの胸を貫き、その身体を地面へ叩きつけた。
クレアは盾列の隙間を駆け抜け、子どものもとへ走った。
震える小さな身体を抱き上げる。
「もう大丈夫だ! あたいが来たからには安心しな! 雑魚どもは、すぐに蹴散らしてやるからな!」
左右の路地から、さらに2体のコボルトが飛び出してきた。
クレアの背後に2本の氷槍が浮かび、一気に射出される。
ドフッドフッ!!
2体の胸に氷槍が突き刺さった。
子どもを抱えたまま井戸前の盾列まで下がり、地面へそっと降ろす。
西を向けば、大通りの先に村長屋敷の開いた扉が見えている。
「村長屋敷まで走れるかい?」
子どもは何度も頷き、泣きながら西へ走っていった。
「よし!! 自警団は井戸前を死守するんだ!! 腕の立つ者を1人ずつ、北と南の路地へ向かわせな!! あたいは東側の家を見てくる!!」
クレアは盾列の向こうへ向き直った。
「いいかい!! あんたらの仕事は、ここから一体も西へ通さないことだよ!!」
「はい!!」
背後で一斉に返事が上がる。
クレアは東へ走り出した。
家々の間から飛び出してくるコボルトを、1本ずつ氷槍で葬り去っていく。
ドフッドフッ!!
倒れた荷車の横に、若者に肩を借りて歩く老人がいた。
一歩進むだけでも時間がかかっている。
「止まるんじゃないよ!! あたいが周りを警戒する!! ゆっくりでいい!! 確実に西へ進みな!!」
南側の路地から、3体のコボルトが老人へ飛びかかった。
クレアの周囲に3本の氷槍が浮かぶ。
ドフッドフッドフッ!!
3体のコボルトが、ほぼ同時に地面へ転がった。
クレアは荒くなった息を吐きながら、東の村外れへ目を向けた。
最後の家の向こうに畑が広がり、その先の低い丘には、50体を超えるコボルトが立っている。
その中央に、一回り大きなコボルトがいた。
ほかのコボルトがクレアの動きを追う中、そいつだけは腕を組んだまま動かない。
先頭の1体が畑の畦を1歩越えた。
クレアが手を向けると、すぐに丘の方へ下がっていく。
あいつら……あたいの氷槍が届く距離を見切ってやがる!!
あそこで黙って見ながら、村に入れた十数体であたいを削ってるんだね……!!
背中を、湿った嫌な汗が流れ落ちた。
わざと誘ってやがる……。
こんなピンチ、いつ以来さね……。
「奥様!! 北側の家々には、もう誰もいません!!」
自警団の男が、北の路地から走ってきた。
「よし!! じゃあ、この方を担いで村長屋敷まで運びな!! 共同井戸を越えて、そのまま大通りを西だ!!」
「はい!!」
「井戸前の連中には、まだ動くなと伝えな!! あたいは東の端と南側を見てくる!!」
老人が背負われたのを確認し、クレアは再び東へ走り出した。
「誰か残ってないかい!! いたら返事をしな!!」
返事はない。
東端の家にもいない。
南側の路地にも人影はない。
物陰から、2体のコボルトが飛び出してきた。
ドフッドフッ!!
「ギャッ!!」
「グエッ!!」
2体がもんどり打って倒れる。
よし!!
この辺りの住民も避難できたようだ!!
西側から、自警団の男が大通りを走ってきた。
「奥様!! 村長屋敷で住民の点呼が終わりました!! 全員揃っています!!」
「よし!! 井戸前の防衛ラインを村長屋敷まで一気に下げるよ!!」
クレアは東の丘を振り返った。
一回り大きなコボルトは、まだ動かない。
あいつが統率してるんだね。
動かないなら、今は好都合だ!!
共同井戸まで戻ると、自警団は盾を東へ向けたまま、大通りを1歩ずつ西へ下がり始めた。
「盾持ちは前!! 後ろを向くんじゃないよ!! 盾を持っていない者は、そのすぐ後ろで援護しな!! 誰かが崩れたら、すぐに穴を埋めるんだ!!」
「はい!!」
クレアも盾列の横を走りながら、東側へ何度も手を向けた。
共同井戸が遠ざかっていく。
代わりに、西端の村長屋敷と開かれた大扉が近づいてきた。
「もうすぐ屋敷だ!! 足を止めるんじゃないよ!!」
自警団が屋敷前の広場まで下がった、その時だった。
東の丘にいた大きなコボルトが、片腕を振り上げた。
50体を超えるコボルトが、一斉に丘を駆け下りる。
畑を踏み荒らし、東端の家々の間へ雪崩れ込んできた。
「奥様!! コボルトが動きました!!」
あたいが村長屋敷まで戻るのを待っていた?
なぜ……?
逃げる村人を狙うより、あたいに魔法を使わせてから攻めるために……?
理由はわからない。
だが、なめやがって!!
忘れたことなど一度もない。
かつて王都で呼ばれていた二つ名が、クレアの喉から飛び出した。
「この氷槍のクレアをなめるな!! 虫けらどもが!! あたいを落とせると思ったことを後悔させてやんよ!!」
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