第24話 改めて気づいた想い
エーレンフェルト領に着いた翌日、父さんから物資の補給に昼過ぎまでかかると言われた。
いつもなら、すぐに鍛練しろと言われるはずだが、今日は自由時間になった。
こんなこと、初めてではないだろうか。
ゴブリンを初討伐した翌日だから、気を使ってくれたんだな。
ニルくんが俺のところに来て言った。
「若様、俺は若様についていろって言われた」
「ニルくんは補給する組じゃないんだ。俺も自由時間になったよ。だったら、この街で買い物に付き合ってくれないか?」
「買い物? 何か欲しいものあるの?」
「うん。グランベル領には武器屋がないから、ちょっと見てみたいんだよ。買わないけどさ」
「わかった。俺もエーレンフェルト領を歩いて回ったことがないから楽しみだな」
そこへ、アイリスが話に加わってきた。
「買い物に行くなら、私も付き合ってあげるわ。リリアもこのまま帰すのは心配だから、みんなで楽しまない?」
「いいね。じゃあ父さんから少しお金をもらってくるよ」
俺は父さんから少しお金をもらい、ニルくん、アイリス、リリアと4人で、この街を見て回ることになった。
アイリスが美味しいお店があると言って連れてきたのは、喫茶店だった。
扉を開けると、小さな鈴の音が鳴った。
店内には甘い香りと紅茶の香りが漂い、磨かれた木のテーブルが並んでいる。
店員に案内されて席に座ると、リリアが落ち着かない様子で店内を見回した。
「私、このような高級店に来たことがないから、少し緊張してきます」
ニルくんも緊張しているのか、背筋を伸ばして頷いた。
「俺も同じ。だってグランベル領は畑ばかりでお店自体がないから、俺はお店に入るのが初めてだ」
俺も2人に頷いた。
「そういえば、俺もだ。今まで遊びや剣術の鍛練ばかりで、全く気にしたことなかった」
アイリスは呆れたように言った。
「セインの場合、今考えると遊びが鍛練だったわよね? お店に入ったことがないなんて、2人ともどんだけ田舎者なのよ……」
リリアが笑う。
「フフッ……そうですね。お店自体に入ったことがないのは、少しびっくりですね」
俺は不満を漏らした。
「グランベル領にはお店がないから仕方ない。物資は行商が来るから間に合ってるしね。エーレンフェルト領に遊びに来ても、いつも領主屋敷から出なかったよね?」
アイリスが即答する。
「当たり前じゃない。小さい頃、領主家の子ども2人だけで街に出たら、領民は何事かと思うでしょう? だから、私もグランベル領の村には行ったことがないわ」
ニルくんが俺とアイリスを見比べた。
「若様もアイリス様も、行動が制限されていて窮屈そうですね」
「ああ……気にしたことなかったな」
「セインは鍛練狂の変態だからね」
「なんで変態なんだよ。アイリスも同じじゃないか」
「セインと一緒にしないで!!」
リリアは楽しそうに笑う。
「フフフッ……2人は仲良しで羨ましいですわ」
そう言っているうちに、白いクリームに包まれたケーキとお茶が運ばれてきた。
おお!!
この世界にもケーキがあったのか!!
久しぶりすぎる……。
前世でも甘いものは制限していたからな。
今日は食べてもいいだろう。
ニルくんとリリアの様子を見る。
リリアは1口食べた途端に目を見開き、肩を小さく震わせた。
そんなリリアを、アイリスが微笑みながら見ていた。
これは初めて子どもに美味しいものを与えたお母さんの目だな。
ニルくんは無言で、ほとんど食べ尽くしていた。
はやっ!!
俺も1口食べた。
うんまっ!!
ああー……クリームが口の中で溶ける……。
久しぶりのケーキは、ほっぺたが落ちそうだ。
アイリスは俺にもお母さんの目を向けてきた。
ママ、美味しいよ!!
危ない……考えていたら、本当に言ってしまいそうだ。
「これはうまいな……ほっぺたが落ちそうだわ」
アイリスが鼻を高くしながら胸を張る。
「でしょ!? 私もここに初めて来た時はすごい感動したんだよね!」
鼻を垂らしていた昔のアイリスが、ケーキを食べているところを想像して微笑まし……いやいや、やめておこう。
リリアがニコニコしながら言った。
「私、生まれて初めてこんな美味しい物を食べました! すごい感動ですわ!!」
ニルくんが名残惜しそうに空の皿を見つめた。
「俺もこれ、すごいと思う。もう食べちゃった……」
喫茶店でケーキとお茶を楽しんだ俺たちは、俺の希望で武器屋に来た。
扉を開けた瞬間、鉄と油の匂いが鼻に入った。
壁には長さも形も違う剣や槍が並び、棚には盾や籠手が所狭しと置かれている。
窓から差し込む光が刃に反射して、店内のあちこちで輝いていた。
俺とニルくんは目を輝かせた。
ニルくんがキョロキョロしながら言った。
「すごい! カッコいい!!」
俺もニルくんに同意だ。
店の奥から主人が出てきた。
「これはこれは、アイリス様。本日はどのようなご用向きで?」
「今日は友人の希望で見学に来ただけです。少し見せてもらっても大丈夫ですか?」
店の主人は満面の笑みで返答する。
「どうぞどうぞ。では、ごゆっくりしていってください」
そう言いながら、奥に入っていった。
「若様! この剣、カッコよくないですか?」
確かに!
でも、装飾がごちゃごちゃついていて、恐らく儀礼用の剣なんだろう。
「俺はシンプルな方がいいな。これとか」
そう言って、いかにも「私はスパスパ切れますよ」と言っているような細身の剣を指差した。
アイリスは興味がないふりをしながら、何度もこちらを盗み見ていた。
アイリス、お前も目を輝かせて見たいのはバレてるぞ!!
お前も繕っていても、所詮はこちら側の人間なんだよ!!
リリアは微笑みながら、俺たちの様子を見ていた。
アイリスがつんとしながら言ってきた。
「そろそろ時間だから行きましょうか」
ニルくんが慌てて店の外を見た。
「あっ! もうこんな時間なんだ! 若様、遅れたら怒られますよ。戻りましょう」
俺たちは急ぎ足で、でもリリアに合わせながら、馬車に戻った。
もう出発準備はできていた。
フィオナさんが俺に話しかけてくる。
「セインくん、帰ったら必ずクレアに魔法を教えてもらうんですよ? 今から練習しないと間に合いませんからね」
俺は頷いた。
「うん。必ず母さんに教えてもらうよ」
俺はアイリスとリリアに向き直った。
「じゃあ、アイリス、リリア、またね」
アイリスとリリアがそれぞれ言う。
「ええ、またすぐにそっちに行くと思うけどね」
「お気をつけて。また会う日までごきげんよう」
馬車がゆっくりと動き始めた。
アイリスとリリアが、領主屋敷の前で手を振っている。
俺も窓から手を振り返した。
少しずつ2人の姿が小さくなっていく。
リリアが先に手を下ろしても、アイリスはまだ振っていた。
俺も、アイリスの姿が見えなくなるまで手を下ろせなかった。
またすぐに会える。
いつものことじゃないか。
それなのに、窓から顔を戻した途端、胸の中にぽっかりと穴が空いたような気がした。
さっきまで隣にいたはずなのに。
楽しそうにケーキを食べる俺たちを見て、得意そうに胸を張っていた顔。
武器なんて興味がないふりをしながら、何度も剣を盗み見ていた顔。
思い出すたびに、もう1度会いたくなる。
でも、その顔に昨日の光景が重なった。
俺が残心を忘れたせいで、アイリスを危険な目に遭わせた。
もし、あの時……。
そこまで考えた瞬間、胸の奥を強く掴まれたように苦しくなった。
嫌だ。
アイリスが傷つくところなんて、2度と見たくない。
アイリスがいなくなるなんて、考えたくもない。
俺は無意識に、もう見えない窓の外へ目を向けていた。
また会いたい。
今すぐ戻って、もう少しだけ一緒にいたい。
どうして、こんなに寂しいんだろう。
どうして、アイリスのことばかり考えてしまうんだろう。
答えは、もう分かっていた。
そうか。
俺は、アイリスが好きなんだ。
前から好きだった。
ただ今日、初めてその気持ちに名前がついた。
◇◇◇◇
それから3日後。
グランベル領の領主屋敷に、1人の若者が駆け込んでいた。
「奥様!! 大変です!! ロウエン村がコボルトの群れに襲われています!!」
「何だって!?」




