第20話 水晶が示したもの
王都の正門には、商隊の荷馬車や貴族・冒険者の馬車、それに俺たちのような魔法適性検査へ向かう子どもたちを乗せた馬車が、長蛇の列を作っていた。
正門を抜けると、大通りも馬車と人でごった返している。
馬車を縫うように人々が行き交い、あちこちから威勢のいい声が飛び交っていた。
「ここが王都か……こんなにたくさんの人を見るの、初めて……」
「何かお祭りでもしてるのかな?」
「王都ってすごい!」
子どもたちは馬車の窓に張りつき、初めて見る王都の光景に目を輝かせていた。
やがて馬車は、魔法適性検査場の前に止まった。
石造りの巨大な建物だ。
正面には何段もの階段が伸び、横幅は40メートルほど。
高さも前世で見た10階建ての建物くらいはありそうだ。
この世界に転生してから、これほど大きな建物を見たことはない。
その前には石を敷き詰めた広場があり、大小さまざまな馬車が並んでいた。
俺たちも馬車を降り、人混みの中を歩いて検査場へ向かう。
立派な服を着た貴族らしい子もいれば、グランベル領の子どもたちと同じような質素な服の子もいる。
付き添いの親や護衛も多く、本当に王国中から人が集まっているようだ。
しかし、子どもたちの表情ははっきりと2つに分かれていた。
期待に満ちた顔で建物へ入っていく子ども。
俯いたり、泣いたりしながら出てくる子ども。
以前、父さんが話していた通りだ。
魔法適性があれば目が輝き、なければ目が死んでいる。
今のところ、笑顔で出てくる子どもは1人も見当たらない。
魔法適性がどれほど狭き門なのか、嫌でも分からされる光景だった。
ああ、めちゃくちゃ緊張してきた。
胃が口から出そうだ。
リリアもアイリスの腕にしがみつき、俯き加減で歩いている。
検査場の中へ入ると、大きな水晶がずらりと並び、その後ろには職員が立っていた。
それぞれの水晶の前に、長い列ができている。
父さんが俺たちに声をかけた。
「どこの列に並んでも一緒だ。最も短い所に並べ」
俺たちはリリア、アイリス、俺の順番で列に並んだ。
水晶の後ろに立つ職員たちは、事務的な声で同じ言葉を繰り返している。
「水晶に手を置いてください」
「適性なし。次」
「水晶に手を置いてください」
「適性なし。次」
いやいや、この職員、同じことしか言わないんじゃないの?
ロボット?
あなたはロボットか何かなの?
とうとうリリアの番になった。
「水晶に手を置いてください」
リリアは胸の前で手を組み、祈るように目を閉じた。
深呼吸してから、恐る恐る水晶へ手を置く。
最初は何も起こらなかった。
しかし、しばらくすると、透明だった水晶に藍色が滲み始めた。
水晶の後ろに立つ職員が目を見開く。
「闇の適性があります」
会場全体がどよめいた。
周囲の職員たちが一斉に動き出す。
「責任者と王宮へ連絡を!」
「色も濃い! すぐに別室へ案内しろ!」
リリアの顔から血の気が引いた。
「や、闇……? わ、私が……ですか……?」
足から力が抜けたように膝をつき、そのまま泣き始めてしまう。
アイリスがすぐにリリアの肩を抱いた。
フィオナさんも駆け寄り、アイリスからリリアを引き取るように抱き寄せる。
「リリアちゃん、泣かなくていいのよ。職員が慌ただしいのは、それだけ珍しい属性だからなの」
職員の1人が、リリアを別室へ案内しようとしていた。
フィオナさんはリリアを抱き寄せたまま、一緒に扉の向こうへ消えていく。
水晶の後ろに立っていた職員は、気を取り直したように咳払いした。
最低限、ロボットではなかったようだ。
「次。水晶に手を置いてください」
アイリスが迷わず水晶へ手を置く。
すると今度は、水晶が次第に白く濁っていった。
「光の適性があります」
周りの列に並んでいた子どもたちが、一斉にこちらを向いた。
この列へ並び直す子どもまで現れ、一気に列が長くなっていく。
水晶を変えても結果は変わらないと思うぞ?
アイリスは何も言わず、列から外れた。
望んでいた光の適性があったのに、喜んでいるようには見えない。
その視線は、リリアとフィオナさんが消えた扉へ向けられていた。
アイリスには光の適性がある。
ヒールも使える。
でも、今のリリアの涙は、アイリスの光では止められなかった。
次は俺だ。
リリアには闇、アイリスには光の適性があった。
2人を祝いたいのに、胸の奥では、自分だけ何もなかったらという恐怖が膨らんでいく。
身体なら鍛えれば変えられる。
俺は3歳から、そうやって自分の身体を作り直してきた。
だが、魔法適性だけは努力では手に入らない。
汗ばんだ手のひらを服で拭い、水晶の前に立つ。
「水晶に手を置いてください」
俺は水晶へ手を置いた。
心臓の音が、耳元で鳴っているように大きい。
水晶は何も反応しない。
心臓が何度鳴っても、透明なままだ。
くっ……ダメか!
そう思った直後、水晶の底から青色が滲み出した。
青は俺の手のひらを中心に、波紋のように広がっていく。
「水の適性があります。ん? 少し……濁り方が変ですね」
「……変?」
「他の属性はなさそうですが、色が揺れているような……。まあ、問題ないでしょう。次」
俺は水晶から手を離し、震える指を強く握った。
水だ。
母さんと同じ、水の適性だ。
胸の奥に詰まっていたものが、一気にほどけていく。
俺は小さくガッツポーズをした。
父さんも笑いながら駆け寄ってくる。
「水の適性があったな! お母さんと一緒だ! おめでとう!」
「父さん! やったよ!」
3歳から作り直してきた身体に、今度は母さんから学べる魔法が加わる。
剣だけでは届かない場所にも、水魔法なら届くかもしれない。
周囲の職員たちが、こちらを見ながら小声で話している。
「グランベル領主だ。じゃあ、あの子がクレアの子か」
「かなり濃い青だったな」
「クレアの子なら納得だ……」
ん?
母さんは実は有名人なのか?
まあ、いいか。
アイリスも無表情で俺のそばへ来た。
「セイン、クレアさんと同じ適性があってよかったね」
「ありがとう。でも、何でそんなに無表情なんだよ! もう少し嬉しそうに言ってほしかったな!」
アイリスは少しだけ顔を赤くして、視線を逸らした。
「な、何となくだけど、あんたには魔法適性がある気がしてたの。だから、やっぱりねって思っただけよ」
「アイリスも、望んでた光の適性でよかったな」
「私は治癒士だから、光だけでいいの。それより、リリアと母上はどこに行ったの?」
父さんが答えた。
「別室で詳しい説明を受けている。闇属性は、国家戦略級の希少属性だからな」
◇◇◇◇
別室へ案内されたリリアとフィオナは、説明を担当する魔法士と向かい合って座っていた。
「まずは、おめでとうございます。闇属性は国の保護対象となる希少属性です」
魔法士は書類を広げながら説明を続ける。
「12歳になれば、王立学術学園へ無試験で入学できます。学園にかかる費用は一切不要です。在学中の生活支援金に加え、生涯にわたる支援金も国から支給されます。他にもいろんな特典があります」
リリアは目を見開いた。
しかし、泣き腫らした目からは、まだ涙がこぼれている。
魔法士は不思議そうに首を傾げた。
「ところで……どうして泣いているのですか?」
リリアは震える声で答えた。
「だって……闇って、悪い人が使う魔法なんですよね? 私が悪い子だから、光じゃなくて闇が出たんじゃ……」
「とんでもない!」
魔法士が驚いて身を乗り出した。
「闇属性は、他者の魔力を回復させることができる国家戦略級の属性です。どれほど優秀な魔法士でも、魔力が尽きれば何もできません。闇属性の魔法士は、我々、魔法士にとって命綱と言っても過言ではないのですよ」
リリアは涙を浮かべたまま、魔法士を見つめた。
「でも……私は治癒士になりたくて……光の魔法が欲しかったんです」
フィオナがリリアの手を優しく包んだ。
「リリアちゃん。私たち治癒士だって、魔力が尽きれば、目の前の患者さんを治せなくなるの」
リリアがフィオナを見上げる。
「リリアちゃんが魔力を回復してくれれば、私たちはもっと多くの人を治せる。もっと多くの命を救えるのよ。でも、それだけじゃないわ。闇魔法は、患者さんの不安や恐怖を和らげたり、痛みを抑えたりもできるの」
フィオナはリリアの手を握ったまま、優しく微笑んだ。
「光魔法でも、すべての傷や病気を治せるわけじゃない。治すことができず、死を待つしかない患者さんもいるわ」
リリアの瞳が揺れた。
「そんな患者さんの恐怖や痛みを和らげて、最後に家族へ笑顔を向けられるようにしてあげられる。光魔法では絶対にできない患者さんのケアよ」
フィオナはリリアの手を、もう一度強く握った。
「死に瀕した人が、最後に家族へ笑顔を向けられる。それは、私たち治癒士からすれば奇跡なのよ」
「私の闇魔法でも……人を助けられるんですか?」
「もちろんよ。光とは違う方法で、リリアちゃんは人を救えるの」
リリアのもう片方の手は、服の裾を握り締めていた。
その手から、ゆっくりと力が抜けていく。
その目から、また1粒の涙がこぼれた。
けれど今度は、俯かなかった。
◇◇◇◇
リリアとフィオナさんが戻ってきた時、リリアの目元はまだ赤かった。
それでも、先ほどより顔を上げている。
アイリスは何も言わず、リリアの隣に立った。
リリアもアイリスを見て、ほんの少しだけ笑った。
俺は自分の手を見る。
この手には、水の適性がある。
母さんと同じ力だ。
でも、まだ水を出せるわけじゃない。
誰かを守れるわけでもない。
俺は手を強く握った。
母さんに教わり、剣と同じように何度でも鍛えよう。
いつか、この水を、剣だけでは守れない命まで救える力にする。
胸の奥が熱くなった。
そうして、全員の検査が終わった後、俺たち一行は帰路に就いた。
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