第19話 光を願う少女
翌朝、エーレンフェルト領の10歳児たちは、王都へ向かう馬車に乗るため、領主屋敷の門の前に集合していた。
子どもたちは、それぞれの親としばしの別れをしている。
ギルベルトさんも例外ではなく、アイリスへ心配そうに話しかけていた。
「アイリス……やっぱりパパも行った方が安全なんじゃないか? なあ! フィオナ!」
アイリスが即答する。
「この馬車の護衛にはアノルドさんやロウエン爺もいます。グランベル領とエーレンフェルト領の自警団も、合わせて16人います。父上は領地を守ってください」
フィオナさんも続ける。
「私を含めた治癒士も4人いますから、あなたまで来たら過剰戦力ですよ」
ギルベルトさんは悲しそうな顔をした。
「2人して、そんな悲しいことを言うなよ……」
父さんが笑いながら、ギルベルトさんの肩を叩く。
「ギルベルト、こちらは大丈夫だ。責任を持って子どもたちを送り届けるから、安心しろ」
「……頼んだぞ、アノルド。アイリスとフィオナを絶対に守ってくれ」
「ああ、任せろ」
ギルベルトさんはまだ何か言いたそうだったが、アイリスにじっと見つめられて黙った。
俺たち10歳児は、それぞれ馬車に乗り込む。
父さんが後ろから大声を上げた。
「乗ってない子はいないかー!?」
ロウエン爺が車内を確認する。
「旦那様、全員乗っているようですぞ」
「よし! 出発するぞ!!」
御者が手綱を振るい、馬車がゆっくりと動き始めた。
それにしても、この馬車の中は広すぎる。
子どもたち16人と、フィオナさんたち治癒士4人を乗せても、まだ余裕がある。
はっきり言って、バスじゃないか……。
子どもたちは、馬車が動き出して早々に騒ぎ始めた。
「俺は火の適性がいいな! 火が一番カッコいいよね!」
「カッコいいなら、雷の方が良くない?」
「いやいや、光なら治癒士になれるから、光がいいな」
「闇魔法って何ができるの?」
「分からない。分からないといえば、土も何ができるか分からないよね」
「水とか火なら、分かりやすいのにな」
俺は子どもたちの話をじっくり聞いていた。
なるほど。
魔法の属性は、光、闇、火、水、土、雷があるんだな。
その中で、すでに適性が分かっているのは、アイリスの光だけか……。
俺も母さんが使えるのだから、水の適性が出てほしい。
でも、母さんは親から必ず受け継ぐものではないと言っていた。
ああ……不安だ。
不安すぎて、胃が痛くなってきた。
アイリスとリリアは、俺の席から少し離れた所に座っていた。
アイリスは、何で俺の近くに座らなくなったんだ?
え?
俺、あからさまに避けられてる?
アイリスはリリアと話す時、相変わらず上品な笑顔を見せる。
俺の前では見せたことがない表情だ。
太ももをプルプル震わせながらスクワットして、青っ鼻を垂らしていたアイリスが懐かしい……。
って、いかんいかん!!
俺も人のことは言えなかったわ。
俺が柔軟を始めた頃の母さんは、本気で俺に怯えていたからな。
今は、俺が母さんに怯えているけど。
不安すぎて、昔のことまで思い出してしまった。
これが現実逃避か……。
俺は気を紛らわせるため、アイリスとリリアの会話に聞き耳を立てた。
リリアが不安そうに話している。
「私、フィオナ様に憧れているから、光の適性が欲しいです。適性がなかったら、治癒士にもなれませんから……立ち直れそうにありません」
アイリスが優しく微笑む。
「リリアなら大丈夫ですよ」
「でも、この馬車に乗った子どもたちの中に、適性を持つ子が1人もいない年の方が多いと聞きました」
「ええ。でも、悪いことばかり考えても仕方ないですよ。もっと楽しく行きましょう?」
そこまで言ったアイリスが、ふと目を伏せた。
「……でも、私が一番そういうことを言う資格がないですね」
リリアがアイリスへ尋ねる。
「アイリス様は、光の魔法が発現したのは何歳の時でしたか?」
「……私は5歳の時だよ」
「本当に、アイリス様はすごい人です」
アイリスのヤツ、リリアと話す時は背筋が伸びてやがる。
俺と話す時は、もっとグテッとしていたよな?
やっぱりリリアが原因なんだな。
リリアは姿勢が良くて、すごく上品だもんな。
そりゃ影響も受けるか……。
俺も、強いヤツの近くにいたら影響を受けそうだ。
その時、馬車の外を歩く自警団の話し声が聞こえてきた。
「最近、全国で魔物が増えているらしいな」
「ああ。数だけじゃない。同じ種族をまとめて、知恵を使って動かす個体まで増えているそうだ」
「統率する魔物か……。そんなの、魔物の軍隊じゃないか」
「実際、王宮騎士団だけでは人手が足りなくて、王宮魔法士団にも応援要請が出ているらしいぜ」
「王宮魔法士団まで王都を離れているのか?」
「ああ。昔は、そんな話はほとんど聞かなかったんだがな。まるで、どこかの国と戦争しているみたいだ」
「嫌な時代になったな……」
「全くだ」
俺はその会話を聞きながら、窓の外へ目を向けた。
統率された魔物。
王宮騎士団の人手不足。
王宮魔法士団の地方派遣。
俺たちが王都へ向かう道も、安全だから通っているわけではない。
父さんやロウエン爺、自警団の人たちが守ってくれているから進めているだけだ。
木々の間に暗い影が見えるたび、俺は無意識に目を向けた。
けれど、馬車は何事もなく街道を進んでいった。
エーレンフェルト領から王都までは、通常の馬車なら1週間ほどらしい。
今回は大勢の子どもを乗せ、周囲を警戒しながら進むため、10日の道のりになる。
最初のうちは、子どもたちは窓の外に新しい景色を見つけるたび、歓声を上げていた。
遠くに小さな村が見えただけで窓際に集まり、休憩で馬車が止まれば、今度は王都で何を見たいかを話し始める。
だが、毎日同じように馬車へ揺られていると、少しずつ声が減っていった。
3日目の昼頃、俺の向かいに座っていた男の子が、突然口元を押さえた。
「うっ……気持ち悪い……」
顔から血の気が引いている。
フィオナさんはすぐに男の子の隣へ移動し、その背中へ手を添えた。
「無理に下を向かないで、遠くを見るのよ。ゆっくり息をして」
男の子が窓の外へ顔を向ける。
フィオナさんは少しずつ水を飲ませながら、背中を優しくさすっていた。
休憩に入るまで、男の子のそばを離れなかった。
さらに数日が過ぎる頃には、窓の外へ身を乗り出していた子どもたちも、座席へもたれて眠るようになった。
「まだ着かないの?」
誰かがそう尋ねるたび、父さんが馬の上から、
「まだだー!」
と返す。
そのやり取りも、何度目かには誰も笑わなくなっていた。
雨が降った翌朝には、街道の土がぬかるんでいた。
馬車の横を歩いていた自警団の1人が、泥に足を取られる。
「うおっ!?」
身体が傾き、そのまま地面へ倒れた。
「いってぇ……」
立ち上がろうとした自警団員が、右足を地面につけた瞬間に顔をしかめる。
馬車が止まり、フィオナさんたちがすぐに外へ出た。
フィオナさんは足首へ触れ、腫れ方を確かめる。
「無理に立たないでください。骨は大丈夫そうですが、しばらく歩かない方がいいですね」
白い光が、フィオナさんの手のひらから足首へ染み込んでいく。
治療が終わっても、フィオナさんはその人をすぐには歩かせず、馬車へ乗せて休ませた。
他の治癒士たちも、子どもたちの顔色を確かめ、休憩のたびに声をかけている。
治癒士は、怪我を魔法で治すだけじゃない。
誰を歩かせて、誰を休ませるのか。
誰が無理をしているのか。
旅を続けられるように、全員の状態を見る役目でもあるんだ。
やっぱり、治癒士がいると安心感が全く違う。
リリアがフィオナさんを見る目も、旅が進むほど真剣になっていった。
怪我人の治療が始まれば、誰よりも先にフィオナさんへ目を向ける。
子どもが体調を崩せば、心配そうにその様子を見守っている。
あれは、憧れの目だ。
アイリスも、そんなリリアを時々ちらりと見ていた。
長い旅の終わりは、唐突に訪れた。
「見えたぞ! 王都だ!」
馬車の外から声が上がる。
眠そうにしていた子どもたちが、一斉に窓へ押し寄せた。
俺も隙間から外を覗く。
山をいくつも越え、森や草原を抜けた先に、巨大な城壁が見えた。
遠目でも、エーレンフェルト領の城壁とは比べものにならない。
高い。
長い。
どこまで続いているのか分からないほど、巨大な壁が地平の向こうまで伸びている。
「でかっ……」
「え、あれ全部、王都?」
「城壁って、あんなに大きいの?」
俺も言葉を失った。
グランベル領とも、エーレンフェルト領とも違う。
あれが王都。
あの中で、魔法適性検査が行われる。
王都が近づくほど、胸の奥が重くなる。
俺の不安は、もう誤魔化せないところまで膨らんでいた。
隣の方を見ると、リリアが胸の前で両手を組んでいた。
祈るように目を閉じ、小さく呟く。
「光の適性がありますように……」
アイリスは、その横顔を静かに見つめている。
俺も膝の上で拳を握った。
母さんと同じ水の適性があってほしい。
いや。
とにかく、魔法なら何でもいい。
俺に、より多くの人を救える力がありますように……。




