第18話 親友の前で剣を振る日
エーレンフェルト領の領主屋敷に着き、俺は馬車から降りて、アイリスの前まで行った。
アイリスの隣にいた茶色の髪の女の子が、丁寧に頭を下げる。
「初めまして。私はリリア・ベルフォードと申します。セイン様ですね。アイリス様からお話はかねがね聞いております」
俺も挨拶を返す。
「初めまして。セイン・グランベルです。よろしくお願いします。リリアさんは、アイリスとどういう関係なの?」
アイリスが苦々しく口を開く。
「セインには関係ないでしょ!」
リリアは口元に手を当てて笑う。
「フフッ……アイリス様ったら……アイリス様とは親しくさせて頂いております。私も魔法適性検査に行きますので、本日はこちらにお邪魔しております」
俺はかなり驚いた。
アイリスに同い年の友達がいたのか!!
全く聞いてなかったぞ!!
父さんが話しかけてきた。
「セイン、今日はもう午後だが、夕方にはまだ早い。セインも5日馬車に揺られたから、身体がなまってるだろう? 久しぶりに鍛練するぞ」
「うん。わかった」
ギルベルトさんも笑いながら話しかけてくる。
「セイン殿が鍛練するなら、アイリスもしないとな! アイリスも行くぞ!!」
「父上! 本日は朝にもう済ませています!!」
「ん? 鍛練は1日に何回やってもいいぞ?」
「そもそも、セインの鍛練に何で私が毎回付き合わないといけないんですか!? 母上からも何か言ってください!」
フィオナさんは頬に手を当てて、困った顔をする。
「う、うーん……まあでも、今日はセインくんが来たから特別だと思って、パパッと終わらせてきたら?」
「は、母上!!」
俺もアイリスに言う。
「アイリス、俺も馬車に揺られて疲れてるから、フィオナさんの言うとおりすぐに終わらせよう」
「何であんたが来ると、いつも鍛練なのよ!!」
リリアがフィオナさんに尋ねる。
「フィオナ様、私も見学させて頂いてもよろしいでしょうか?」
フィオナさんは優しく微笑んだ。
「いいわよ。たくさん見ていってね。リリアちゃんも興味があるのかな?」
リリアは恥ずかしそうに言う。
「はい……鍛練なんて私にはできないことだから、すごいなと思います……」
「リ、リリア……? 鍛練なんて見ても、全く面白くないよ……?」
アイリスのヤツ、明らかに動揺しているな?
なんでだ?
そんなに見られたくないのか?
訓練場に移動したのは、父さんとロウエン爺、ギルベルトさん、俺、アイリス、リリアだった。
ロウエン爺が、いつものように俺たちの近くに立つ。
「それではいきますぞ。準備はよろしいか? 始め!!」
俺とアイリスは、お互いに剣を構える。
今日は木剣を持ってきていないため、使うのは鍛練用の鉄剣だ。
俺は地面を蹴り、アイリスへ上段から打ち込んだ。
カンッ!!
鈍い金属音が訓練場に響く。
アイリスは俺の剣を受けたが、その剣先が大きく揺れた。
ん?
アイリス、やる気がないのか……?
そのまま横薙ぎに切り返す。
アイリスは受け止めるだけで、自分から全く打ち込んでこない。
すかさずロウエン爺から檄が飛ぶ。
「アイリス様! 邪念が出ておりますぞ! 集中なされい!!」
アイリスの肩がビクッと跳ねた。
少し目の色が変わったようだ。
俺は再び上から打ち込み、そのまま切り返してアイリスの首を狙う。
アイリスは間一髪で首を引いた。
「アイリス、動きが遅すぎる! 鍛練相手にならないぞ!」
アイリスの目が鋭くなり、唇を噛んで叫ぶ。
「何で私が、あんたにそんなこと言われなきゃいけないのよ!!」
直後、アイリスの身体が回転した。
キンッ、カンッ、キキンッ!!
鉄剣が立て続けにぶつかり、握った手が痺れる。
受けるたびに、俺の足が半歩ずつ後ろへ押し込まれた。
「くっ……!! 速すぎる!!」
しまった。
アイリスに連撃を許した。
このまま止められなければ負ける。
訓練場の隅で見ていたリリアが、息を呑んだ。
大きく見開かれた目が、食い入るようにアイリスを追っている。
俺は隙を見つけ、剣を切り返した。
だが、アイリスは上体を反らし、刃を紙一重で避ける。
アイリスの調子が良い時は、受けずに全部避けるんだよな。
目が良すぎだろ!
アイリスが目を細め、さらに地面を強く蹴った。
「セインなんて、どっかいけえーー!! ハアアアア!!」
回転の勢いが、もう一段上がる。
衝撃に耐えきれず、俺の剣が大きく弾かれた。
次の瞬間、アイリスの刃が俺の眉間へ突きつけられていた。
「うっ……」
「そこまでですな」
ロウエン爺の声が響いた。
「アイリス様、かなり良い動きでした。その動きを心がけてくだされ」
ロウエン爺は俺にも視線を向ける。
「若様は防戦一方でしたな。アイリス様の目が見えている時に攻撃を当てるのは至難の業。本日は致し方ないでしょう」
アイリスはロウエン爺の言葉もそこそこに、剣だこのある両手をリリアから隠すように背中へ回した。
俺がリリアの方を見ると、リリアは目を輝かせていた。
「リ、リリア……変なものを見せてごめんね……。女の子らしくないから、見せるの恥ずかしいかも……」
アイリスは両手を背中へ隠したまま、うつむき加減でリリアの様子を窺う。
リリアは興奮を抑えられない口調で言った。
「アイリス様、すごすぎます!! あんな動きをするなんて、私にはできないから、すごく感動しました!!」
アイリスが戸惑いを隠せない表情をする。
「そ、そう……? 全然女の子らしくないよ……?」
リリアはさらに続ける。
「いえいえ、アイリス様は普段はすごくかわいらしい人だなって思っていましたが、剣を持ったら表情も鋭くなって、すごくカッコいいと思います!! セイン様に剣を突きつけた時、私、鳥肌が立って震えました!!」
アイリスがさらに動揺する。
「え……? え……? カ、カッコいい……?」
俺も、こんなに剣を扱える女の子はカッコいいと思う。
でも、アイリスは動揺しすぎじゃないか?
こんなに目が泳いでいるアイリスは見たことがない。
剣術の鍛練を終え、汗を拭き取って食堂へ行くと、グランベル領の10歳児が皆集まっていた。
これから夕飯を食べるのか。
アイリスは俺とは少し離れた所に座り、その隣にはリリアが座った。
アイリスは、さっき見せた動揺が嘘だったかのような柔らかい表情で、リリアと話している。
「私、領主屋敷にお泊まりするのは初めてだから、気分が高まっています」
「そうなのね。リリアがたくさんくつろいでくれたら嬉しいわ」
リリアが口元を隠しながら笑う。
「フフッ……たくさんくつろがせて頂きます」
俺はその様子を見ていた。
なんて上品な会話なんだ!
全くアイリスらしくない。
アイリスはもっとこう……いやいや、やめよう。
しかし、アイリスが最近急激に話し方や立ち振る舞いを変えたのは、リリアの影響か!!
クソッ!!
幼少時からアイリスをずっと鍛練相手として育ててきたのに!!
アイリスを返せ!!
まあ、リリアはすごくかわいくて、おしとやかな良い子だから、なおさら何もできない。
◇◇◇◇
その日の深夜、アイリスは1人で、ろうそくが1つも灯っていない暗い廊下を歩いていた。
コン、コン。
「母上、寝てましたか?」
扉の向こうからフィオナの声が聞こえた。
「アイリス? 起きてるわよ。どうぞ」
アイリスが扉を開ける。
フィオナはベッドに座っていた。
アイリスは部屋に入り、俯いたまま立っている。
フィオナが優しく微笑みながら、アイリスに聞く。
「アイリス? どうしたの? 話したいことがあれば、ゆっくり聞きますよ。まずは隣にいらっしゃいな」
アイリスはフィオナの隣に座り、俯きながらポツリと漏らした。
「母上、リリアにカッコいいと言われました」
「うん」
「私、母上に昔から憧れていて、母上のように美人で、みんなから慕われるような治癒士になりたいんです」
「知ってるわよ」
「だから……私……本当は……かわいい……と言われ……たいんです」
アイリスの手の甲に、大粒の涙が落ちた。
そのまま涙を拭かずに、アイリスは続ける。
「私……カッコいいなんて言われたくない!! 私は……女の子らしく……なりたいんだよ!!」
アイリスはそのまま号泣する。
フィオナはアイリスが少し落ち着くまで、何も言わずに頭を撫でた。
「アイリス、私はアイリスがカッコいいし、とてもかわいらしい女の子だと思いますよ」
「母上も、私をカッコいいと言うんですか!!」
アイリスは再び号泣する。
フィオナは優しく話す。
「アイリス……そうじゃないのよ。私も重傷の患者さんをハイヒールで治した時なんかは、カッコいいと言われるわ」
「母上が……!?」
「そうよ。その患者さんやご家族にとっては、助けた私がヒーローに見えたのね。だって、私が助けなければ、恐らく間に合わなかったんですもの」
「……」
「ほら、ヒーローってカッコいいでしょ? アイリスが幼い頃、セインくんもヒーローだったのを覚えてる?」
「……うん。あの時、私は同年代のお友達が欲しかった。だから、私と会うたびに連れ出してくれたセインには感謝してる」
フィオナは優しく微笑んだ。
「はい。素直にちゃんと言えて偉いわよ。あの頃、アイリスは屋敷に帰ってくるたびに、セインはカッコいいとか、次はいつ行くのとか、よく言っていたわね」
「……でも、セインは男の子です」
「アイリス、違うわよ。カッコいいと思うのに、男女は関係ないわ」
フィオナは続ける。
「その人にとって、ヒーローに見える人がカッコいいのよ。リリアちゃんは、自分では鍛練ができないと言っていたわ」
「……はい」
「リリアちゃんは、きっとアイリスのことが羨ましいのよ。アイリスは身体を自在に動かせて、10歳とは思えない剣術を使うセインくんにも勝てるんですもの。私も身体を思いどおりに動かせないから、リリアちゃんの気持ちはすごくよく分かるな」
「母上にとって、私は羨ましい?」
フィオナは少し驚いた顔をしたが、すぐに優しい笑顔になった。
「もちろんです。あなたのように、走れて、剣も振れて、人を治せる治癒士はなかなかいないわ。私より1人でも多くの命を救う可能性を秘めたアイリスは、羨ましいよ」
アイリスは何も言えなかった。
それでも、胸の奥の引っかかりが全部消えたわけではない。
かわいいと言われたい。
母上のようになりたい。
その気持ちは、まだ残っている。
けれど、リリアが見てくれた自分を、全部嫌わなくてもいいのかもしれない。
アイリスはそう思いながら、母の隣で静かに目を閉じた。
そのまま夜は、更けていった。




