第17話 母さんが守る場所
村の10歳児たちは、明け方早々に領主屋敷へ集合した。
3つの村から集まった10歳児は、俺も入れて6人。
護衛として父さんとロウエン爺、村の自警団が10人ほどいる。
屋敷の前には4頭引きの大きな馬車が用意されていた。
王都までの長旅用だからか、いつも見る荷馬車よりもずっと立派だ。
子どもたちは皆、そわそわしていた。
初めて王都へ行く子も多いのだろう。
緊張している子もいれば、目を輝かせて馬車を見上げている子もいる。
俺も、少し落ち着かなかった。
王都。
魔法適性検査。
あるのか。
ないのか。
それは、行ってみなければ分からない。
護衛の自警団の中に、見慣れた顔があった。
ニルくんだ。
ニルくんも俺を見つけると、笑顔で話しかけてくる。
「今年は若様が行くんだね」
「ニルくんは俺より1つ上だったよね? 去年行ったの?」
「ああ、去年行ったよ。適性はなかったけど、遠出したことがなかったから楽しかったよ」
「今年は自警団で行くの?」
「うん! 自警団見習いだね。俺はまだ戦えないから、主に荷物持ち兼10歳の子たちのお世話係に抜擢されたんだ!」
「すごいね! じゃあ暇になったら、馬車からニルくんに話しかけるね」
「俺は荷物を持っているから、移動中に話しかけられても余裕がないかも……若様は荷物をたくさん持っても平気で話しそうだけど……」
「いや、俺も重すぎたら普通に疲れるよ」
「本当に?」
「本当に」
ニルくんは少し疑うような目で俺を見た。
失礼な。
俺だって10歳児だ。
たぶん。
その時、父さんと母さんが屋敷から出てきた。
「みんな揃っているかー!?」
父さんの声に、子どもたちと自警団が一斉に振り向く。
ロウエン爺は、母さんに何か書かれた紙を渡していた。
俺は首を傾げる。
「母さん、ロウエン爺から何をもらったの?」
「旅の行程表だよ。いつ、どこにいるか分からないと、早馬も送れないからね」
ロウエン爺が頷く。
「行程が遅れたり早まったりするたびに、逐一手紙を届けます。グランベル領に異変があれば、旦那様や自警団の腕の立つ者が早馬で戻るのです」
「留守中に異変が起きたら、最初に対応するのは自警団? 戦力、薄くならないの?」
父さんが笑いながら言う。
「自警団も対応するが、お母さんもいるからな」
俺は、母さんがゴブリンをオーバーキルしていた時のことを思い出す。
今考えても、震えるくらい怖い。
あの氷槍の数。
あの殺気。
あの口調。
俺は青ざめながら、思わず言ってしまった。
「……魔物の方が心配」
その瞬間、父さんとロウエン爺の表情が固まった。
ロウエン爺は、すぐに正座したあの時と同じ顔をしている。
父さんも目だけで「セイン、なぜ今それを言った」と訴えていた。
俺は背中に嫌な汗を流しながら、首を機械仕掛けのように動かす。
ぐぎぎぎぎ……と、想像の中で音が鳴る。
そこには、満面の笑顔を浮かべた母さんがいた。
「……セイン、今何か言ったかしら?」
こ、こわっ!!
俺は5年前を思い出し、一瞬で半泣きになる。
「い、いや、違うよ!! 母さんなら安心だなって思ったんだよ!! 強すぎるから!!」
母さんが真顔で目を細める。
「強すぎる……?」
やばい。
また言葉を間違えたかもしれない。
けれど、母さんはすぐにいつもの優しい表情へ戻った。
「まあ、いいでしょう。セインも気をつけて行くんだよ?」
「は、はい!」
助かった。
たぶん助かった。
母さんは俺の前に膝をつき、服の襟元を整えてくれる。
「王都では、お父さんとロウエンの言うことを聞くのよ」
「うん」
「知らない場所で1人にならないこと」
「うん」
「勝手に走って行かないこと」
「……うん」
「痛い時と怖い時は、ちゃんと言うこと」
「うん。約束する」
母さんは俺の頭を撫でた。
「よろしい」
それから、固まったままの父さんとロウエン爺へ顔を向ける。
「あんた、ロウエン。セインと子どもたちをお願いね」
「あ、ああ! もちろんだ! 約束する!」
「御意。命に代えても」
父さん、今ちょっと声が裏返っていたな。
そうして、馬車は出発した。
俺が窓から振り返ると、母さんは屋敷の前に立ったまま、こちらを見送っていた。
馬車が道を曲がり、その姿が見えなくなるまで、ずっと。
父さんが馬の上から、俺に声をかける。
「セイン。次からは言葉を選んでくれ。お父さんまで寿命が縮む」
「……ごめん」
「分かればいい……」
まだ少し疲れた顔をしていた。
馬車の中では、子どもたちが王都の話で盛り上がっていた。
「王都って、家が全部石でできているんだろ?」
「魔法適性があったら、すぐ魔法が使えるのかな?」
「俺は火魔法がいい! 火を出せたらかっこいいだろ!」
「私は水がいいな。洗濯が楽になりそう」
「適性なしだったらどうする?」
その一言で、空気が少しだけ止まった。
みんな考えていることは同じらしい。
魔法適性があったらどうしよう。
なかったらどうしよう。
期待と不安が、馬車の中で混ざっている。
ニルくんが馬車の横を歩きながら笑った。
「大丈夫だよ。適性がなくても死なないから」
「ニルくん、去年なかったんだよね?」
「なかったよ。ちょっと落ち込んだけど、帰り道には普通に腹が減っていたよ」
子どもたちが笑った。
俺も笑った。
でも、胸の奥の重さは消えない。
剣なら振ればいい。
走るなら走ればいい。
でも、魔法適性だけは、今の俺には何もできない。
馬車はゆっくりと街道を進んだ。
途中、森の近くで一度だけ馬車が止まった。
前方にいた自警団の1人が、道の端に足跡を見つけたらしい。
俺は思わず身体を強張らせる。
魔物か?
ロウエン爺が馬から降り、足跡を確認する。
父さんも剣の柄に手をかけた。
馬車の中の子どもたちも黙る。
しばらくして、ロウエン爺が顔を上げた。
「鹿ですな。問題ありませぬ」
馬車の中に、ほっとした空気が流れた。
俺も息を吐く。
5年前の俺なら、怖さで身体を強張らせるだけだったかもしれない。
でも今は違う。
魔物が出たら、どこへ逃げるか。
子どもたちをどう馬車の奥へ寄せるか。
父さんとロウエン爺が前へ出たら、俺は何をするべきか。
約束を破らず、みんなを守るには、どう動くべきか。
考えることは、以前より増えた。
そうして、エーレンフェルト領までの道のりを、5日かけて進んだ。
いくつもの山を越えた先に、城壁に囲まれた街並みが見えてくる。
エーレンフェルト領は、領地全体が1つの大きな街といったところだ。
城壁は小さめだが、魔物の侵入を簡単には許さない作りになっている。
それでも近年、魔物は城壁の外に出没しているらしい。
討伐が終わるまで城門を開けられないこともあると、ギルベルトさんから聞いたことがある。
門をくぐり、石で舗装された道へ入る。
途端に、馬車の揺れが小さくなった。
「道が石だ……やっぱりいいな」
俺は思わず呟いた。
ニルくんが馬車の横から笑う。
「若様、グランベル領にも敷きたいって顔してる」
「敷きたいよ。歩きやすそうだし、馬車も揺れないし」
「お金があれば、だけどね」
「うん。お金があればね……」
現実は厳しい。
グランベル領も舗装できれば、どれだけ歩きやすくなるだろう。
でも、うちにはそんなお金はない。
エーレンフェルト領は、祈りの街と呼ばれるほど宗教が盛んだ。
教会を兼ねた治癒所が至るところにある。
白い壁の建物。
鐘のついた小さな礼拝堂。
入口に並ぶ怪我人や老人。
その間を行き来する、白い服の治癒士たち。
グランベル領とは、街の空気が違う。
同じ騎士爵家でも、領地によってここまで違うのか。
今日は子どもたちも含め、エーレンフェルト家の領主屋敷に一泊する。
屋敷は、グランベル家のものよりずっと大きかった。
門の前には、ギルベルトさんとフィオナさん、そしてアイリスが立っていた。
アイリスは俺を見つけると、ぷいと顔を逸らす。
アイリスのヤツ、本当に最近つれないよな……。
だけど、俺の視線はアイリスの隣で止まった。
あれ?
もう1人いるな?
アイリスの横に、茶色の髪をした女の子が立っていた。
年は俺たちと同じくらいだろうか。
大きな目と透けるように白い肌を持つ、アイリスに負けないほど整った顔立ちの女の子だ。
けれど、アイリスとは雰囲気が違う。
柔らかくて、おしとやかで、いかにも女の子らしい。
そしてなぜか、アイリスはその子の隣で、少しだけ背筋を伸ばしている。
誰だ?
アイリスが、あんなふうに意識する相手なんて。




