第15話 守るための約束
翌朝、アイリスが目を覚ましてすぐに、俺と母さんがいる部屋に来た。
「セイン……生きてる?」
「生きてるよ……傷も治ったし、アイリスが治してくれたんだよ。覚えてないの?」
アイリスは少し首を傾げた。
「う、うーん……あまり覚えてないんだよね。白い光が出たのは覚えているけど……その後、急に眠くなって……」
母さんは「朝ごはんを作ってくるから、ゆっくり話しなさい」と言って、早々に部屋を出ていった。
アイリスは泣きそうで、それでも嬉しそうな表情をしていた。
「でも……よかった! セインが本当に死ぬかと思ったんだ……」
「アイリスの白い光、すごかったよ。光に包まれて、すごく温かくて、心地よくて……腕の痛みが消えていったんだ」
アイリスの表情が少し明るくなった。
「本当!? 私、初めて白い光が出たよ。さっきママに聞いたら、本当に助けたい人がいる時に、自然と出ることがあるんだって……」
「アイリスが本当に助けたいって思ってくれて、嬉しいよ。アイリスはフィオナさんみたくなれるかもね」
アイリスがぱあっと明るくなった。
「なれるかな!? 私もママみたいになりたいと思ってたんだ~!」
「うん、アイリスなら必ずなれる! 俺もみんなを守れるようになりたい!」
そう言うと、アイリスは急に真剣な顔になった。
「セイン……でも無茶したらダメだよ? 昨日もかなり無茶したの、わかってる?」
「ああ……本当にアイリスがいなければ、俺はあの時、死んでいたかもしれない」
「今度セインが無茶しそうになったら、私が止めるからね。わかった?」
「アイリスに止められるのは、ちょっと嫌かも……」
「なんでよ!!」
アイリスが頬を膨らませた。
その顔を見て、ようやく少しだけ安心した。
生きている。
アイリスも、生きている。
アイリスと話していると、部屋の扉がまた開いた。
「若様、いる?」
ニルくんだった。
頭に包帯を巻いているけれど、ちゃんと自分の足で立っている。
「いるよ! ニルくんも今起きたんだね」
「うん。若様、昨日は助けてくれて、ありがとう」
ニルくんは深く頭を下げた。
俺は慌てて首を横に振る。
「俺だけで助けたわけじゃないよ。あの時、母さんが間に合っていなければ、アイリスが治癒魔法を使ってくれなければ、誰かが死んでいたかもしれないんだよ」
「うん。そうなんだね。でも、あの時、若様の声だけは聞こえていたんだ」
「俺の声?」
「うん。ニルくんを返せって言ってた。すごく遠かったけど、聞こえたんだ。嬉しかったよ」
アイリスが微笑んだ。
「セイン、そんなこと言っていたんだね」
俺は少し恥ずかしくなった。
「あの時は必死だったから、あまり覚えていないや」
でも、覚えていなくても、声が届いていたならよかった。
それから俺たち3人は居間に下りていった。
父さんと母さん、フィオナさん、ロウエン爺までが揃っている。
昨日に引き続き、地獄の沈黙だ。
父さんは明らかに母さんの顔色を窺っているし、ロウエン爺は静かに座っている。
フィオナさんだけが、いつも通り落ち着いていた。
昨日の事情を知らないアイリスは、母さんに話しかけた。
「クレアさん、昨日は私がパニックになっているところを優しく導いてくれてありがとう」
母さんはアイリスの頭を撫でながら微笑んだ。
「アイリスちゃん、セインを助けてくれてありがとう。私もお礼を言いたかったよ」
母さんの口調が、いつものものに戻っている。
ひとまずよかった。
でも、沈黙は続いた。
そのまま、ニルくんとロウエン爺も交えて朝ごはんを食べた。
朝ごはんを食べ終わると、母さんに呼ばれた。
「セイン、これからは鍛練を全て見直します。ロウエンとの午前中の鍛練も、一度白紙に戻します」
え!?
これはヤバい!!
「わかりました」とはとても言えない。
けれど、母さんが怖くてすぐには言い返せない。
アイリスが口を挟んだ。
「えー!? セイン、剣術やめるの!?」
「アイリス、今は少し黙って聞きなさい」
フィオナさんにたしなめられ、アイリスは頬を膨らませたまま黙った。
俺は少し考えた。
鍛練したいというだけでは、きっとダメだ。
母さんはトラウマ級に怖い。
でも、鍛練できないのはもっと怖い。
「母さん、俺は次に誰かが危ない時、自分が危ない時に、何もできないのは嫌だ」
母さんは息を呑んだ。
「その誰かがアイリスだったら、俺は絶対に後悔する。それだけは嫌なんだ」
アイリスは顔を真っ赤にしながら、俺を見つめていた。
フィオナさんはそんなアイリスの様子を見て微笑み、アイリスの頭を撫でた。
ロウエン爺が静かに口を開く。
「若様の言う通りですな。騎士たる者は、誰かを守れなければ意味がありません。ですが、それだけでは奥様も納得できないでしょう。鍛練をやめるのではなく、中身を変えるのはいかがですか」
母さんは真顔でロウエン爺に向き直った。
「ロウエン、説明しなさい」
「はい。戦う鍛練だけでは足りませぬ。逃げる鍛練、呼ぶ鍛練、時間を稼ぐ鍛練も入れます」
逃げる。
呼ぶ。
時間を稼ぐ。
それは、今まで俺があまり考えてこなかったことだった。
「さらに、若様が自分で背負える重さを知る鍛練も必要です。守れるのか、守れないのか。届いた後に何をするべきか。それを見極める目も鍛えねばなりません」
ロウエン爺は続ける。
「奥様、これは若様の命を守るための鍛練でもあります。あとは奥様が、若様との約束を決めてくだされ」
母さんは顎に手を当て、しばらく考えた。
「ロウエンの考えはわかりました。私も、その通りだと納得できるところがあります」
そして、母さんは俺を見た。
「セイン。私があなたに求める約束は4つです」
1人で魔物に向かわないこと。
痛い時は必ず言うこと。
疲れたら休むこと。
お母さんに嘘をつかないこと。
俺は深く頷いた。
「約束する」
母さんは俺の目をじっと見た。
「破ったら、鍛練は本当に禁止します」
「……はい」
怖い。
でも、これは仕方ない。
俺は助かった。
だから、約束しないといけない。
◇◇◇◇
夕方になって、ロウエン爺とニルくんも呼び、みんなで庭でバーベキューをすることになった。
庭の端に小さな火を起こし、鉄串に刺した肉や野菜を焼いていく。
昨日、俺が死にかけた庭だ。
ニルくんが倒れていた場所も見える。
でも今は、肉の焼ける匂いがしている。
みんなが同じ庭にいる。
それだけで、少しだけ胸が軽くなった。
アイリスが嬉しそうにニルくんへ話しかけた。
「ニルくん、今度遊ぼうって言っていたけど、今度は何して遊ぶ?」
ニルくんが肉にかぶりつきながら言う。
「うーん……鬼ごっこみたいな追いかけっこ系は、若様とアイリス様が速すぎて追いつけないからなあー」
アイリスが首を傾げる。
「みんなは速く逃げないの?」
ニルくんは首を横に振った。
「もちろん逃げるけど、あんなに速くは逃げないよ。鬼に捕まっても、逃げている最中は楽しいわけだし」
アイリスがきょとんとした表情で尋ねる。
「本気で逃げないで何が楽しいの?」
「え?」
「え?」
アイリスはもう、完全にこっち側の人間だ!
アイリスには英才教育を施し済みなんだ!
この2人の話が噛み合うことはないだろう。
ニルくんが小さく呟いた。
「若様たちの普通って、絶対に普通じゃないよ……」
父さんはお酒を飲みながら、上機嫌に肉を焼いている。
少し目を離した隙に、肉を焦がしてしまったようだ。
母さんはにっこり笑った。
「あんた、その肉はあんたが食べるんだよね?」
「も、もちろんじゃないか! クレア……」
フィオナさんが助け船を出す。
「クレア、あまりいじめたらダメよ」
「だって、フィオナ……やることなすこと腹立ってくるのよ」
「クレア、夫婦は仲良くするのが一番ですよ。それにセインくんが見てますよ」
俺は慌てて目を逸らした。
目を逸らしながら、ロウエン爺が肉を焦がさないようにサッとひっくり返しているのが見えた。
判断が早い。
やはり、ロウエン爺こそ最強なのではないかと思った。
俺は、庭を見た。
昨日、死にかけた場所。
でも今は、みんなで肉を食べている場所。
俺は、初めて間に合った。
でも、守り切れなかった。
だから、もっと強くなる。
走ること。
止まること。
剣を振ること。
逃げること。
呼ぶこと。
時間を稼ぐこと。
そして、約束を守ること。
そうして、俺の鍛練は少し変わった。
それから、5年が過ぎた。
俺は10歳になった。
そして、俺の身体はもう、5歳の頃とはまるで違うものになっていた。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
これで第1章が完結します。
第2章はさらに物語が大きく動き、徐々に世界観も見えてきます。
引き続きお読み頂いて、少しでも楽しんで頂ければ嬉しいです。
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