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英雄になる最強魔法剣士ができるまで 〜前世で動けなかった俺は、三歳から身体を作り直して多くの人を救う〜  作者: むぎ
第1章 間に合う身体

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第12話 セイン、走る

「セ、セイン!! あそこ!! 遠くの木と木の間に緑の人が子どもを抱えている!!」


 アイリスの叫び声で、俺は振り返った。


 見えた。


 遠くの木と木の間。

 緑色の小さな人影。


 いや、人じゃない。

 俺は3歳の時を思い出した。


 ゴブリンだ。


 その肩に、子どもが担がれている。


「アイリス!! すぐに母さんたちを呼んで追いかけてきて!!」


「わかった!! セインはどうするの!?」


「俺は先に走ってゴブリンを止めてくる!!」


 アイリスが泣きそうな顔をする。


「1人で行ったら危ないよ!!」


「時間がないんだ!! あのゴブリンが森に入って行ったら子どもが助からない!! だからすぐに追いかけてきて!!」


「う、うん!! わかった!!」


 返事を聞き終える前に、俺は木剣をその場へ放り出して走り出した。


 庭を蹴る。


 芝を踏みしめる。


 足を前へ出す。


 すぐにトップスピードになる。


 この身体じゃ、これが限界か!!


 だが、前世と違ってすぐに苦しくならない。

 胸は熱い。

 息も荒い。


 でも、足は出る。


 前へ出る。


 木の根が見えた。


 前なら、足を引っかけて転んでいたかもしれない。

 今は違う。


 踏む場所を選ぶ。

 足首を固める。

 身体を少し傾けて、次の一歩へつなげる。


 走る。


 止まらない。


 ロウエン爺に言われた。


 間に合わぬ剣では、誰も守れない。


 でも、今の俺に剣はない。


 木剣は庭に置いてきた。

 取りに戻る時間なんてない。


 なら、足で間に合わせるしかない。


 森の奥へ向かって歩くゴブリンの後ろ姿が見える。


 間に合え!!


 今は、前世で動けなかった俺ではない!!


 あの時は、足が出なかった。

 身体が重かった。

 もう一歩を踏み出す反応が遅かった。


 でも、今は違う。


 俺は3歳から走ってきた。

 転んでも立ち上がってきた。

 止まって、曲がって、また走ってきた。


 ここで間に合わなかったら、何のためにやり直したんだ!!


 近づくにつれて、輪郭がはっきり見えてくる。


 あ、あれは!!


 ニルくんか!?


 まさか、ニルくんが担がれている!?


 はっきり見えた。


 ニルくんだ!!


 昨日、俺たちと鬼ごっこをしたニルくんだ。

 普通の遊びを教えてくれたニルくんだ。


 そのニルくんが、ぐったりしたままゴブリンの肩に担がれている。


 その時、ゴブリンが振り返った。


 濁った目が、俺を見た。


 ゴブリンは焦ったのか、小走りになる。


 けれど、ニルくんを担いでは速く走れないようだ。


 ゴブリンの背丈は、俺より少し大きい。

 腕も脚も細いが、力はありそうだ。


 よし!!


 追い付ける!!


 間に合う!!


 このままの勢いでタックルした方が強い!!


 まずは足止めが優先だ!!


 俺は走りながら身体を低く構える。


 前世で何度もやった姿勢だ。


 頭を下げる。

 肩を入れる。

 足を止めない。

 腕で掴むんじゃない。

 身体ごとぶつける。


 後ろから足に飛びつき、相手を抱え込まずに倒す。

 試合なら反則だが、今はそっちの方が都合がいい。


 ここは試合じゃない。


 ニルくんを助けるための一撃だ。


「うおおおおーーー!! ニルくんを返せえええーーー!!」


 ドフッ!!


「ぐぎいいーー!!」


 ゴブリンの下半身に、思いっきりタックルをかます。


 骨にぶつかったような硬い衝撃が、肩に返ってきた。


 痛い。


 だが、関係ない。


 ゴブリンの短い叫び声が聞こえた。


 ゴブリンの肩からニルくんが落ちる。


 俺とゴブリンは一緒に地面を転がった。


 草と土が顔に当たる。


 息が詰まる。


 それでも、転がり終えた直後に、俺はゴブリンより早く立ち上がった。


 ニルくんの様子を目で追う。


 ニルくん!?


 動かない!!


 ぐったりしてるぞ!?


 死んでいるのか!?


 確認したい!


 でも、先にゴブリンだ!


 ゴブリンが立ち上がり、短刀を構えた。


 クソッ!


 普通に立ち上がってきやがった!!


 こいつ、足も痛めなかったのか!!


 マズい。


 遠くでは、母さんたちとアイリスが走ってくるのが見える。


 だが、まだ豆粒のように小さく、遠い。


 時間を稼がないと!!


 木剣を持ってくればよかった!!


 ゴブリンが乱暴に短刀を振り回してくる。


 木剣とは違う。


 打たれたら痛い、では済まない。

 当たれば斬られる。

 刺されたら死ぬ。


 刃物が目の前にある。


 錆びた短刀の先が、俺の顔の横を通り過ぎる。


 3歳の時の恐怖を思い出す。


 冷たいものが背中を走った。


 切られたら死ぬ!!


 刺されたら死ぬ!!


 そのプレッシャーが重すぎる。


 足がすくむ。


 足が止まりそうになる。


 動け。


 動け。


 動けーー!!


 俺は必死に身体を横へずらす。


 木の根を避けた時のように、足を置く場所を探す。


 アイリスの打ち込みを受けた時のように、相手の肩を見る。


 でも違う。


 アイリスの木剣とは違う。


 目の前にいるのは魔物だ。


 こいつは、俺を殺す気で短刀を振っている。


「ぎっ! ぎぎっ!」


 ゴブリンが汚い声を漏らしながら短刀を振る。


 俺は避ける。


 避ける。


 もう一度、避けようとした。


 その時、ゴブリンが乱暴に振り回した短刀が、俺の肩を切り裂いた。


「ぐあっ……!!」


 熱い。


 痛い。


 痛いというより、焼けた鉄を押し付けられたみたいだった。


 肩から腕に、熱が走る。


 血が出ている。


 赤いものが服に広がっていく。


 初めて斬られた。


 前世でも、こんな痛みは知らない。


 痛みに耐えきれず、俺は地面に倒れた。


 呼吸が乱れる。


 身体が動かない。


 ゴブリンは俺に馬乗りになり、トドメを刺そうと短刀を両手で握って振りかぶる。


 短刀の先が、朝の光を鈍く反射した。


 あっ……これ、死んだな……。


 その瞬間、母さんの声が聞こえてきた。


「あたいの息子に何しやがる!! このクソゴブリンがあああーーー!! ぶち殺してやる!!!」


 え?


 母さん?


 今、あたいって言った?


 次の瞬間、空気が凍った。


 白い魔力が母さんの周囲に集まり、何本もの氷槍ひょうそうになって放たれる。


 氷槍は俺の身体だけを正確に避け、短刀を振りかぶったゴブリンへ突き刺さった。


 1本。


 2本。


 3本。


 数えきれない。


 ドドドドドド!!


「ぎゃっ――」


 ゴブリンの声は、途中で潰れた。


 氷槍が突き刺さるたびに、大量の血が俺に降り注ぐ。


 ゴブリンには、もう氷槍が突き刺さる場所がない。


 それでも母さんの氷槍は止まらない。


 どう見てもオーバーキルだろ!?


 いや、怖い。


 ゴブリンより母さんの方が怖い。


 昔、絶対に荒かっただろ。


 氷槍だらけになったゴブリンは、そのまま俺に向かって倒れてきた。


「ひ、ひぃーーーー!!」


 俺の予想以上に情けない声が喉から出た。


 だって、氷槍が突き刺さりまくって原型がないゴブリンが、俺に倒れてくるんだから仕方がない!!


 重い。


 臭い。


 冷たい。


 血が顔にかかる。


 魔物の死体が、俺の上にのしかかっている。


「セイン!!」


 母さんが走りながら叫ぶ。


「セイン!! 大丈夫!? 今どけるから!!」


 母さんの声は震えていた。


 さっきまでゴブリンをオーバーキルした人と同じ声とは思えない。


「退きやがれ!! クソゴブリンが!! 汚ねー血をセインにかけんじゃねえよ!! ザコが!!」


 いつもの優しい母さんとは裏腹の言葉を吐きながら、ゴブリンの死体を蹴っ飛ばした。


 ドゴッ!!


 ヤバい!!

 トラウマ級の怖さだ!

 ゴブリンがかわいく見えてきた!


 肩の痛みもあるが、この恐怖の光景に涙が出そうになる。


 アイリスも走りながら泣きそうな声で叫ぶ。


「ママー!? セイン、血だらけだよ!!」


 そりゃあね。


 大半はゴブリンの血だけどね。


 でも、俺の肩からも血が出ている。


 痛い。


 かなり痛い。


 だけど、今は俺じゃない。


 俺より先に見てほしい相手がいる。


 俺はフィオナさんに向かって叫ぶ。


「フィオナさん! 俺は大丈夫!! ニルくんが!! ニルくんが動かない!!」

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