第九話「価値観の違い」
銀河防衛隊第七艦隊の巨大な戦艦内で、梅子たちは上官への報告を終えていた。
「よくやった。ブラックネビュラの母艦を確認できたのは、大きな成果だ」
艦隊司令官は、満足そうに頷いた。
「君たちには危険手当と、一週間の休養を与える。ゆっくり、休むといい」
敬礼して司令室を出ると、クルー全員がほっと息をついた。
「助かったっすね」
ラエルザが伸びをしながら言った。
その時――梅子以外の全員が、何かを確認するような視線を、交わした。
「じゃあ、打ち上げ、しよう」
クウラが、ニヤリと笑った。
「近くの商業星系まで、移動だな。クキキキ」
そう言うと、全員がポケットから、何かを取り出した。
エネルギー結晶だった。それも、かなり大きなものを、各自が持っている。
梅子は目を見開いた。
「ちょっと待って、それって……押収品じゃ……」
「何言ってるんだ?」
ケルケンが、きょとんとした顔で梅子を見た。
「報告したのは、船に残ってた分だけだろ? これは俺たちが『個人的に確保』した、やつさ」
梅子の顔が、怒りで赤くなった。
「どういうこと!? みんなで協力して、回収したものでしょ!?」
全員が、笑い出した。
「これが、自由主義連盟のやり方だよ」
「リスクを負った分、報酬も自分で確保する。当たり前、だろ?」
梅子は、拳を震わせた。
「じゃあ、私だけ何も!?」
ラエルザが「あー」と、納得したような顔をした。
「そういえば梅子は、救出で忙しくて、そんな暇なかったっすもんね」
クウラも頷いた。
「確かに、梅子がいなければ、俺たちの命もなかったしな」
「ボルトの修理費も、かかるし」
ケルケンが提案した。
「今回は、山分けってことで、いいんじゃないか?」
全員が、渋々といった様子で頷いた。まるで、大きな譲歩をしているかのような態度だった。
梅子は、複雑な気持ちになった。
瞑想の星では、こういう身内を騙すようなやり方は、絶対に許されない。もしバレたら――梅子は、思い出しかけて、慌てて頭を振った。
田舎者だと思われたくない。だから、黙っていよう。
「そ、そう。わかってれば、いいのよ」
梅子は、無理に笑顔を作った。でも、心は全く、晴れなかった。
ここと自分の故郷では、「仲間」という言葉の意味が、全く違うのだと、梅子は理解し始めていた。
*
商業星系に到着すると、クルーたちは慣れた様子で、歓楽街へと向かった。
ネオンが瞬く通りを抜け、薄暗い路地裏の店に入っていく。
店内は、独特の匂いが漂っていた。カウンターの向こうには、明らかに普通ではない店員がいる。触手のような腕を持つ異星人が、無表情で客を待っていた。
「いつもの」
ラエルザが、慣れた様子で言うと、店員は黙って秤を出した。
全員が、エネルギー結晶を、秤に乗せていく。店員は何やら検査装置で結晶を調べ、電卓を弾いた。
「八万クレジット」
淡々とした声で告げられた金額を、ラエルザが受け取る。そして、手早く全員に分配していく。
「よし、じゃあ、遊びに行くっす!」
「クキキキ、今夜は、飲むぞ!」
「カジノでも、行くか」
仲間たちは盛り上がっていたが、梅子だけは複雑な表情で立っていた。
故郷では、仲間は家族のようなものだった。利益も損失も、全員で分かち合う。誰かが抜け駆けしようものなら、それは最大の裏切りとみなされる。
でも、ここでは違う。自分の利益は、自分で確保する。それが、当たり前。
「梅子、どうしたっす?」
ラエルザが、振り返った。
「行かないの?」
梅子は、曖昧に笑った。
「ちょっと疲れたから、先に宿に行くわ」
「そっか。じゃあ、また明日っす」
仲間たちは、気にせず歓楽街の奥へと、消えていった。
梅子は一人、通りに立ち尽くしていた。
ネオンの光が顔を照らす中、彼女は思った。
自由主義連盟の自由とは、こういうことなのか。
確かに、自由だ。誰も縛られない。でも、何か大切なものが、欠けている気がする。
父の顔が、浮かんだ。
売れない小説家で、だらしなくて、複数の女性と関係を持つ、最低な男。
でも――彼は決して、仲間を裏切らなかった。少なくとも、梅子が見ている限りでは。
父の小説が売れないことを、おばあちゃんたちは誰一人として責めなかった。母は朝早くから働きながら、それでも父の原稿を「楽しみにしている」と言っていた。あの家には、利益と引き換えにしないものが、確かにあった。
母も、兄も、姉も、みんな家族として、支え合っていた。複雑で歪な家族だったが、それでも、絆はあった。
梅子は、小さくため息をついた。
田舎を飛び出して、一年。
自由を手に入れたはずなのに、なぜ、こんなに心が重いのだろう。
ネオンの瞬きが、自分の影を、何度も塗り替えていく。
その影の輪郭が、誰のものなのか、梅子には、急にわからなくなった。




