第六話「破壊工作」
呼吸装置の警告音が、梅子の耳に響き続けていた。
残り、十分。
このままでは、死ぬ。
でも、ただ死ぬわけには、いかない。
岩陰から、見張りの小型艇を観察していた梅子の脳裏に、ある考えが浮かんだ。
「そうだ……飛べなくすれば」
小声で呟きながら、腰のツールポーチを確認する。船外作業用の基本工具は、持っている。これと自分の怪力を使えば、あるいは。
梅子は、深呼吸をした。残り酸素を考えると、深呼吸している場合ではないが、落ち着かなければ失敗する。
最初の小型艇まで、約五十メートル。
低重力の小惑星では、慎重に跳躍すれば音もなく接近できる。梅子は岩陰から岩陰へと、静かに移動を始めた。
見張りの海賊たちは、母艦が離れたことで気が緩んでいるようだった。一隻目の船内から、笑い声が聞こえてくる。
「あの防衛隊の連中、ビビってたな」
「ボスに叩きのめされて、泣きそうだったぜ」
梅子は、歯を食いしばりながら、船の下部に回り込んだ。
エアロックのハッチ。これが閉まらなければ、船は飛び立てない。
問題は、どうやって壊すかだ。
梅子は工具箱から、メンテナンス用のレンチを取り出した。ハッチの蝶番部分に使われている、特殊合金のボルト。これを外せば、ハッチは正常に閉まらなくなる。
しかし――このボルトは、通常の力では外れないように設計されている。専用の電動工具が、必要なはずだ。
でも、梅子には、怪力がある。
レンチをボルトに噛ませ、全身の力を込めて、回し始めた。
金属が軋む、低い音がする。通常なら絶対に動かないはずのボルトが、少しずつ、緩み始めた。
「うっ……」
力を入れすぎて、呼吸が荒くなる。酸素の消費が、激しくなっていく。残り時間の表示が、八分、七分と減っていく。
一本目のボルトが、外れた。続いて二本目、三本目。汗が宇宙服の中で浮遊する不快感を感じながら、梅子は作業を続けた。
最後のボルトを外した瞬間、ハッチの固定部分が外れ、微妙にずれた。これで、この船は気密を保てない。飛び立つことは、不可能だ。
梅子は、素早く二隻目の船に向かった。
残り時間、五分。急がなければ。
二隻目の船でも、同じ作業を繰り返す。今度は要領を得て、少し早く作業が進んだ。しかし、最後のボルトを外そうとした時、船内から声が聞こえてきた。
「おい、何か、変な音がしないか?」
梅子は、凍りついた。気づかれた?
「気のせいだろ。この星、変な磁場があるから、センサーも狂いやすいんだ」
「そうか……でも、一応確認してくる」
足音が、近づいてくる。
梅子は慌てて、船の影に隠れた。
エアロックが開き、熊のような巨体の海賊が、顔を出す。
「何もないな……ん?」
海賊の視線が、外れかけたボルトに、向いた。
梅子は、息を殺した。見つかったら、終わりだ。心臓の音が、自分の耳の中で、爆音のように響いている。
しかし、海賊は首を傾げただけで、船内に戻っていった。
「異常なし。やっぱり、気のせいだ」
梅子は、安堵の息をついた。そして、最後のボルトを、渾身の力で外した。
二隻とも、飛べなくなった。これで、時間が稼げる。修理には最低でも、数時間はかかるはずだ。その間に、何か状況が変わるかもしれない。
呼吸装置の最終警告が、鳴った。
残り、二分。
梅子は、巡察艇に走った。
船内には、まだ予備の酸素ボンベがあるはずだ。必死に走りながら、梅子は思った。
これで何が変わるかは、分からない。でも、何もしないよりは、マシだ。仲間たちが生きている限り、諦めるわけには、いかない。
巡察艇のエアロックに飛び込み、予備ボンベを掴んだ瞬間――呼吸装置が、ゼロを示した。
慌てて、交換する。新鮮な酸素が肺に流れ込んできた時、生きている実感が、湧いてきた。
通信機から、海賊たちの慌てた声が、聞こえてきた。
「ハッチが閉まらない! どうなってるんだ!」
「こっちもだ! ボルトが全部、外れてる!」
「誰がやった!?」
混乱する海賊たち。梅子は、小さく笑った。
これで、少しは時間が稼げた。
でも――これから、どうする?
母艦はいずれ、戻ってくる。仲間たちは、捕らえられたまま。自分一人では、どうにもならない。
その時、センサーが、新たな反応を捉えた。
高速で接近してくる、船影。味方か、敵か。
梅子は、武器管制システムの前に座った。巡察艇の武装は貧弱だが、使えないよりは、マシだ。
「誰だろう……」
不安と希望が入り混じる中、梅子は照準を合わせた。もし敵なら、せめて一矢報いてやる。
通信機が、鳴った。
『こちら、銀河防衛隊第七艦隊。巡察艇GDF-七七二九、応答せよ』
梅子の目が、見開かれた。
救援だ。
ラエルザが捕まる前に、救援信号を送っていたのか。
「こちら、GDF-七七二九! 緊急事態です! 仲間が、捕虜になっています!」
梅子の必死の声に、通信の向こうで、緊張が走った。
『了解した。すぐに、向かう。持ちこたえろ』
梅子は、安堵で膝から崩れ落ちそうになった。
間に合った。ギリギリだったが、間に合った。
見張りの海賊たちは、ハッチの修理に夢中で、接近する防衛隊の艦隊に、まだ気づいていない。
梅子は、思った。
田舎から出てきて、良かったのかもしれない。こんな仲間たちと、出会えたのだから。
たとえダサくて、手のひら返しが早くても、彼らは大切な仲間だ。そして今、その仲間を助けるチャンスが、巡ってきた。
一年前、家を飛び出した時の自分は、ただ意地を張っていただけだった。ソーマ兄さんやシオン姉さんを見返したい、という気持ちだけが、心を占めていた。
でも、今は違う。




