第四話「囮作戦」
小惑星帯を縫うように飛ぶ巡察艇。その周囲を、三隻のブラックネビュラの高速艇が、執拗に追い回していた。
「燃料残量、三十パーセントを、切りました」
ボルトの報告に、ラエルザの顔が青ざめる。このままでは、あと二時間も持たない。
「くそっ、しつこい連中っすね」
巨大な岩塊の影に滑り込みながら、ラエルザは歯噛みした。彼女の操縦技術は確かに優秀だが、燃料切れでは意味がない。
梅子は、武器管制システムの前で、じっと画面を睨んでいた。敵は明らかに手加減している。生け捕りにして、押収品の在り処を吐かせるつもりなのだ。
「このままじゃ、ジリ貧だな」
クウラが、ヘッドホンを外して呟いた。激しいドラムの音が、一瞬漏れる。
その時、ケルケンが口を開いた。
「僕に、考えがあります」
全員の視線が、粘土体の上等兵に集まる。彼はいつものイケメン風の顔を少し歪めて、真剣な表情を作った。
「エネルギー結晶の箱を一つ、宇宙空間に投棄します。敵は必ず、それを回収するでしょう」
「それで?」
「その隙に、僕が回収作業員に変装して、敵船に潜入します」
梅子が、息を呑んだ。確かに粘土体なら、形を自在に変えられる。しかし、それは極めて危険な作戦だった。
「潜入して、どうするっすか?」
ラエルザの問いに、ケルケンは自信を持って答えた。
「船の推進システムを破壊して、小惑星に不時着させます。他の船も当然降りてくるでしょうから、同じように機能を故障させる。その後、僕を回収してもらえれば、相手を置き去りにして、脱出できます」
クウラが、口笛を吹いた。
「クキキキ……理論上は、可能だな。ただし、お前が失敗したら」
「失敗は、しません」
ケルケンの断言に、梅子は不安を覚えた。彼とはまだ一年の付き合いだが、すでに大切な仲間だ。失いたくない。
「危険すぎます」
梅子の反対に、ケルケンは微笑んだ。
「梅子、なんてことないさ、何、僕はほとんど不死身だから大丈夫さ!」
その言葉に、梅子は何も言えなくなった。
ラエルザが深呼吸をして、決断を下す。
「分かったっす。やりましょう」
*
準備は、素早く進められた。
エネルギー結晶の入った小さな箱を、エアロックから放出する。予想通り、敵の一隻が回収に向かった。
ケルケンは自分の体を、宇宙服を着た作業員の形に変化させていく。粘土の表面が水のように動き、皺の一本までも本物の作業員と見分けがつかなくなる。その様子を見守りながら、彼は振り返った。
「僕を、置いていかないでくださいよ」
クウラが、不気味に笑った。
「当たり前だぜ。俺の辞書に、仲間を見捨てるなんて言葉は、存在しねえー。クキキキ」
ラエルザが苦笑した。
「この笑い方さえなければ、熱いセリフなんすけどねー」
梅子も頷きながら、ケルケンの肩を叩いた。
「必ず迎えに行きます。約束です」
ケルケンは頷くと、エアロックから宇宙空間へ飛び出していった。小さな推進装置を使い、敵船へと接近していく。
巡察艇のクルーたちは、息を詰めてモニターを見守った。ケルケンは見事に作業員のふりをして、敵船に乗り込むことに成功した。
「よし、第一段階クリア」
クウラが呟いた瞬間、通信機から、ケルケンの小声が聞こえてきた。
『潜入、成功。これから機関室に、向かいます』
十分後――。
最初の敵船が、不自然な動きを始めた。エンジンから黒煙を吐きながら、近くの小惑星へと、不時着していく。
「やった!」
梅子が、小さく歓声を上げた。計画通りだ。他の二隻も、仲間を助けるために、小惑星に降下していく。
『二隻目も、成功。あと、一隻です』
ケルケンの報告に、全員が安堵の息をついた。このまま上手くいけば、脱出できる。
しかし、その時だった。
センサーが、新たな反応を捉えた。
上空から、今までとは比べ物にならない大きさの船が、降下してくる。中型の戦闘艦だった。
「な、なんすかあれは!」
ラエルザが叫んだ。ブラックネビュラの母艦だろうか。予想外の展開に、梅子たちは凍りついた。
小惑星の地表で、母艦からエアロックが開く。そこから、威圧的な雰囲気を纏った大型のエイリアンが、姿を現した。爬虫類のような鱗に覆われた肌、鋭い牙を持つ口。明らかに、組織の幹部クラスだ。
通信機から、怒号が響いてきた。ケルケンが傍受したものだった。
『貴様ら! あの荷物を渡せなかったら、俺たちは、終わりだぞ!』
幹部らしきエイリアンが、部下たちを怒鳴りつけている。
『あれはアンナムに卸す予定の、特別な品だ! お前ら、死ぬ気で探し出せ!』
梅子とクウラが、顔を見合わせた。アンナム。その名前に、聞き覚えがある。アマノガワ同盟の、中核企業の一つだ。
『申し訳ございません、ボス。必ず、取り返します』
不時着した船の船長らしき声が、聞こえる。しかし、次の瞬間――プラズマ銃の発射音が、響いた。
『無能が。責任は、命で償え』
ケルケンの息を呑む音が、聞こえてきた。
『た、大変なことに、なりました。船長が……撃ち殺されました』
梅子たちは、言葉を失った。
仲間の失敗を、その場で処刑する。これが、ブラックネビュラの掟なのか。
『見せしめ、です。他の部下たちも、震え上がっています。こちらは……どうしましょう』
ケルケンの声に、初めて恐怖が混じっていた。
「すぐに、戻って来いっす!」
ラエルザが叫んだが、状況は簡単ではない。母艦から、さらに多くの兵士が降りてきている。小惑星は、完全に包囲されつつあった。
梅子は、拳を握りしめた。
ケルケンを助けなければ。でも、どうやって? 相手は武装した犯罪組織。こちらは、軽武装の巡察艇が一隻。
「クウラ、何か策は」
「クキキキ……正直、これは想定外だ」
クウラも、珍しく焦っている。計画は完璧だったはずなのに、母艦の出現で、全てが狂ってしまった。
通信機から、ボスと呼ばれたエイリアンの声が、再び響く。
『巡察艇は、まだこの近くにいるはずだ。見つけ次第、生け捕りにしろ。荷物の在り処を吐かせてから、全員、始末する』
梅子の中で、何かが熱く、脈打った。
仲間が、危険にさらされている。このままでは、全員殺される。
守らなければ。この場所を、この仲間たちを。
でも――どうやって?




