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第三話「追跡者」



 静寂な宇宙空間に、突如として警報が鳴り響いた。


「高速接近する熱源、三つ! いや、四つっす!」


 ラエルザが、操縦席から叫んだ。昨日の大手柄から一夜明け、クルーたちはまだ祝勝気分が抜けきらない中での出来事だった。

 梅子は慌てて、武器管制システムの前に滑り込む。モニターには、明らかに戦闘用に改造された高速艇が映し出されていた。流線型のボディに、違法な高出力エンジンを搭載しているのが、一目でわかる。


「識別信号、なし。警告にも、応答しません」


 ボルトの機械的な声が、状況を告げる中、クウラがヘッドホンを耳に押し当てた。


「クキキキ……待てよ、こいつら、暗号化された通信を使ってやがる」


 技術コンソールに向かい、指を高速で動かし始める。激しいビートの音楽を止めて、真剣な表情で解析を進めていく。

 梅子は、初めて見るクウラの本気の姿に、元少尉だったという噂も本当かもしれないと思った。普段のだらしない男とは、別人のような集中力だった。


「回避行動を、取るっす! 全員、しっかり、掴まって!」


 ラエルザの号令と同時に、船が急激に傾いた。梅子は手すりを掴みながら、それでも照準システムから目を離さない。


「船長、相手の武装を、確認。プラズマキャノンを、装備しています」


 ケルケンが、冷静に報告する。粘土体の彼は、船の揺れなど気にせず、床に張り付いていた。


「まずいっすね……うちの装甲じゃ、耐えられない」


 ラエルザの声に、初めて焦りが混じった。巡察艇は基本的に軽武装で、正面からの戦闘は想定していない。


 その時、クウラが顔を上げた。


「やった! 解読できたぞ!」


 スピーカーから、荒々しい男の声が、流れ出す。


『……必ず、積荷を取り返す。あのエネルギー結晶がなければ、俺たちはボスに、殺される』


『巡察艇なんて、ひと捻りだ。生け捕りにして、押収品の在り処を、吐かせろ』


 梅子たちは、顔を見合わせた。

 昨日押収したエネルギー結晶の持ち主が、報復に来たのだ。


「ブラックネビュラ……」


 クウラが、呟いた。


「知ってるんですか?」


 梅子が尋ねると、クウラは苦い顔をした。


「クキキキ……自由主義連盟でも指折りの、密輸組織だ。表向きは貿易会社だが、裏じゃあらゆる違法物資を、扱ってる。しかも……」


 言いかけた時、船体に衝撃が走った。威嚇射撃だ。


「くそっ! もう撃ってきやがった!」


「全速で、離脱するっす!」


 ラエルザがエンジンを全開にする。しかし、相手の高速艇はさらに速い。みるみる、距離を詰められていく。


「このままじゃ、追いつかれます」


 ボルトが淡々と告げる中、梅子は歯を食いしばった。

 こんなところで捕まるわけにはいかない。せっかく見つけた自分の居場所を、守らなければ。


「船長、応戦許可を」


 梅子が振り返ると、ラエルザは一瞬躊躇した後、頷いた。


「でも、深追いは禁物っすよ。あくまで、牽制」


 梅子は照準を合わせ、後方に向けてパルスレーザーを発射した。青白い光線が虚空を切り裂くが、敵の高速艇は軽々と回避する。


「ちっ、動きが速い」


 悔しがる梅子に、ケルケンが声をかけた。


「焦るな。相手もまだ、本気じゃない。俺たちを、生け捕りにしたいんだろう」


 確かに、その通りだった。敵の攻撃は、明らかに手加減している。エンジンや武装を狙わず、威嚇に留めているのだ。


「でも、なんでそんなに、必死なんだ?」


 梅子の疑問に、クウラが答える。


「あのエネルギー結晶、ただの密輸品じゃないかもな。量が多すぎたし、純度も、異常に高かった」


「まさか……」


 ラエルザが、青ざめた。


「アマノガワ同盟の、軍事物資とか?」


 その瞬間、通信機から声が響いた。


『銀河防衛隊の諸君、我々はブラックネビュラだ。要求は、簡単だ。昨日押収した積荷を、返してもらう。応じれば、危害は加えない』


 威圧的な声に、船内が静まり返る。ラエルザが通信機を取った。


「こちら防衛隊巡察艇、GDF-七七二九。押収品は、既に本部へ移送済みっす。要求には、応じられません」


 嘘だった。押収品は、まだ船内にある。しかし、簡単に渡すわけにはいかない。


『嘘をつくな! まだ、移送の時間はないはずだ!』


 相手の声が、荒くなる。


『十分、待つ。積荷を、放出しろ。さもなければ……』


 通信が切れた。同時に、敵艇からミサイルが発射される。今度は、本気だ。


「回避!」


 ラエルザの叫びと共に、船が急旋回する。ミサイルはぎりぎりで外れ、近くの小惑星に命中して、爆発した。


「やばいっす! このままじゃ……」


 その時――。

 梅子の中で、何かが疼いた。

 怒りだろうか。それとも、仲間を守りたいという想いだろうか。体の奥底から、熱い何かが込み上げてくる。今まで感じたことのない、不思議な熱。それは、自分の血の中に、ずっと眠っていたものが、目覚めかけているような感覚だった。


「船長、小惑星帯に、逃げ込みましょう」


 梅子の提案に、ラエルザは即座に頷いた。


「それしか、ないっすね! みんな、しっかり、掴まって!」


 巡察艇は急加速し、前方に広がる小惑星帯へと、突入していく。無数の岩塊が浮遊する危険地帯だが、今はそこしか、逃げ場がない。


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