第二話「銀河防衛隊の日常」
一年後。
銀河防衛隊第八百八十七小隊の小型哨戒艦「スターダスト号」は、自由主義連盟の辺境宙域をパトロールしていた。
「じゃあみんな! 今日も一日、頑張るっす!」
船長のラエルザが、小柄な体を精一杯伸ばして号令をかけた。金髪緑目の女性軍曹は、見た目は可愛らしいが、れっきとした指揮官だ。号令を発する時だけは、声に妙な威厳が宿る。
「クキキキ……なあ、おまえらよぉ」
技術担当のクウラが、ヘッドホンを首にかけたまま振り返った。激しいビートが、隙間からシャカシャカ漏れ聞こえてくる。
「俺のデータメモリ、見なかったかあ? 昨日の整備記録、入れといたやつ」
「また失くしたんすか、クウラ曹長」
ラエルザが、呆れた顔をした。元少尉だったが何かの不祥事で降格されたという噂のクウラは、頭はいいが生活態度に問題があった。デスクの上には、空き缶と工具が散らばっている。
「私が、預かってます」
粘土体のイケメン風の男、ケルンが手を挙げた。上等兵の彼は、ケルケルゲの玄孫にあたる。この一族は繁殖力が強く、ケルケルゲ自身もまだ現役で活動していた。
「おお、さすがケルン。気が利くねえ」
「当然です。効率的な運用が、我々の使命ですから」
ケルンは、真面目な顔で答えた。粘土の表情筋を、わずかに引き締めている。
「ガガガ……修理……完了……デス」
ずんぐりした体型のメカニックロボ、RB-77が、船外から戻ってきた。一等兵扱いだが、実質的には道具のように扱われることも多い。それでも、文句一つ言わずに任務を遂行する、優秀な相棒だった。
「お疲れ様っす、アールビー!」
ラエルザが、労いの言葉をかける。RB-77の頭部のランプが、ぽっと一度だけ点滅した。それが彼なりの返事らしかった。
「梅子、朝食の準備、お願いっす!」
「はい、船長」
梅子は、台所へ向かった。
一年前、この船に配属されたばかりの頃は、田舎者扱いで馴染めなかった。特に、地球出身と偽ったことで、最初は疑いの目で見られた。
「地球って、あのパニッシャーの本拠地だろ?」
クウラが、初対面の時にそう言った。
「アマノガワ同盟の総本山じゃん。大丈夫かよ」
でも梅子は、田舎の方の出身で、そういう都会の事情はよくわからない、と話を濁した。実際、瞑想の星出身だと言えば、審査すら通らなかっただろう。
今では、監視社会と閉鎖的な田舎から自由を求めて出てきた、よくいる田舎娘という認識で落ち着いている。
「梅子の飯、うめえよなあ」
クウラが、朝食を頬張りながら言った。
「クキキキ……田舎の味って感じでさあ」
「ありがとうございます」
梅子は微笑んだ。母から習った料理の腕は、こんなところで役に立っていた。まあ生鮮食品は手に入りにくいのでプリントアウトされたものではあるが。
味噌汁、焼き魚、漬物。地球の家庭の味そのもの。それを、宇宙の辺境で銀河の各種族が食べている。母が見たら、きっと喜ぶだろうなと、ふと思った。
「それにしても、梅子の怪力は、すげえよな」
ケルンが、感心したように言う。
「この前の貨物積み込み、一人で全部やっちゃったし」
「えへへ……」
梅子は、照れくさそうに笑った。
実は、高度な軍事訓練を受けていたことも採用の決め手になったが、その理由は自分でもよくわからない。小さい頃から、ニーナおばあちゃんが教えてくれた体術だと言っても、誰も信じないだろう。「カーカラシカ女帝直伝です」などと言ったら、それこそ正体がバレてしまう。
「今日のパトロールコースっすけど」
ラエルザが、星図を広げた。
「第七宙域の密輸ルートを見回るっす。最近、アマノガワ同盟の連中が、怪しい動きをしてるって情報があって」
梅子の、心臓が跳ねた。
アマノガワ同盟。自分の故郷も、その一部だ。でも、それは誰にも言えない。
「あいつら、マジで何考えてるか、わかんねえよな」
クウラが、言った。
「犯罪組織みたいなもんだろ? パニッシャーとかいう殺し屋が、仕切ってるんだっけ」
「都市伝説っすよ、それ」
ラエルザが、笑った。
「パニッシャーなんて、実在するかも怪しいっす」
梅子は、黙って聞いていた。
パニッシャー。その名前を聞くたびに、なぜか胸がざわつく。まるで、何か大切なことを、忘れているような感覚。
梅子は、それを話題から逸らすように、味噌汁を啜った。
「ガガガ……敵影……感知……」
突然、RB-77が警報を発した。
「マジかよ!」
クウラが、慌てて操縦席に駆け込む。ヘッドホンが床に転がり、まだ激しいビートを漏らしていた。
「距離、二千、接近中っす!」
ラエルザが、指示を飛ばす。
「戦闘配置! 梅子は砲塔へ!」
「了解!」
梅子は、走った。
通路を駆け抜ける足取りは、軽い。怪力だけでなく、運動神経も常人離れしていた。父譲りの何か、なのかもしれない――そう考えるたびに、梅子は頭を振った。あの売れない小説家から、何も受け継ぎたくはなかった。
砲塔についた梅子は、照準を合わせた。
遠くに、不審な船影が見える。
「梅子、準備はいいっすか?」
「いつでも!」
梅子は答えた。
一年前、家を飛び出した時は、こんな生活になるとは思ってもいなかった。
でも――悪くない。
仲間がいて、自分の力が認められて、給料ももらえる。
(見てるかな、ソーマ兄さん、シオン姉さん。私だって、ちゃんとやってるよ)
これが、自分の選んだ道だ。
後悔なんて、一つもない。
……本当は、時々、母さんの顔を思い出して、胸が痛むけれど。
その痛みも、自分で選んだものだ。だから、抱えていく。
照準器の中で、不審な船影が、ゆっくりと近づいてくる。
梅子は、ぐっと、息を整えた。




