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第一話「田舎娘の反発」

梅子は十八で家を出た。

売れぬ小説を書き続ける父が嫌であった。それを許す母も嫌であった。兄や姉のような才もなく、喧嘩しか取り柄のない自分が、何より嫌であった。

逃げた先で、梅子は不思議な冒険と自分の中に流れる奇妙な一族の運命に巻き込まれていく。そして父そっくりの恐ろしい若者、彼はセブンと名乗り彼女に襲い掛かった。

これは、家を捨てた娘と、存在の理由を求めた人造人間の物語だ。



「売れない小説なんてやめて、まともに働いてよ!」


 梅子の怒鳴り声が、ワイン工房の裏にある家に響き渡った。


「母さんに、ぶら下がるのをやめて!」


 褐色の肌をした十八歳の少女は、赤い瞳を怒りで燃やしながら、父親を睨みつけていた。腰に手を当て、仁王立ち。背は低めだが、その気迫は家の壁を震わせるほどだった。


「う、梅子……そんなに、怒らなくても……」


 竹彦は、娘の剣幕にしょぼしょぼと縮こまっている。原稿用紙を抱えたまま、困ったような顔をしていた。かつて銀河を救った男が、今や娘の前ではすっかり形無しだった。


「だって父さん、また今月も小説、売れてないんでしょ? 母さんがワイン工房で、朝から晩まで働いてるのに!」


「いいのよ、梅子」


 松子が、優しく娘をなだめようとする。エプロンで手を拭きながら、穏やかな声で。


「お父さんには才能があるから、いつか必ず……」


「母さんも、甘すぎる!」


 梅子は、頭を抱えた。


 その時、玄関のドアが開いた。


「ただいまー」


 銀髪に青い瞳の青年が、入ってきた。白衣を着ている。


「あ、ソーマ兄さん」


「梅子、また父さんと、喧嘩?」


 ソーマは苦笑しながら、靴を脱いだ。


「仕事帰り?」


 松子が尋ねる。


「うん。今日も研究所で、実験だったよ」


 続いて、金髪碧眼の美少女も入ってきた。


「みんな、いたのね」


 シオンだ。華やかなドレスを着ている。


「コンサートの打ち合わせが、長引いちゃって」


 梅子は、二人を見て、さらにイライラした。


「ねえ、どう考えてもおかしいでしょ!」


「何が?」


 ソーマが首を傾げる。


「父親一人で、母親が別々って! ドラマじゃないんだから! なんで二人とも、平気な顔してるの!?」


 シオンが、肩を竦めた。


「まあ、そういう家もあるんじゃない?」


「そういう家もあるって……普通じゃないから!」


 梅子は叫んだ。


(この二人、頭おかしい……)


 実際、ソーマは若くして科学者として名を馳せ、シオンは銀河で有名な歌姫になっていた。それに比べて、自分には怪力と喧嘩の強さしかない。世間に誇れるものがない、というのが、彼女の中でずっと燻っている劣等感だった。


「梅子の力、羨ましいなあ」


 ソーマが、突然言った。


「は?」


「だって、この前見たじゃん。トラクター、片手で持ち上げてたでしょ」


「あれくらい……」


 梅子は顔を赤くした。


「私も、羨ましい」


 シオンも言った。


「歌なんかより、そっちの方がかっこいい」


「なんだそれ、当てつけか!」


 梅子はキレた。


 その時、隣の部屋から声がした。


「あら、みんな揃ってるのね」


 金髪赤目の女性が、顔を出した。ニーナおばあちゃんだ。なぜか妙に浮かれた様子をしている。


「梅子、もうすぐ誕生日でしょう? 楽しみねえ」


「え、ええ……」


 梅子は困惑した。ニーナおばあちゃんはいつも上品で落ち着いているのに、最近やけに、ニコニコしている。

 もう一人、別の部屋から顔を出したのは、工場のオーナーのニイナさんだ。グラスのワインを揺らしながら。


「梅子ちゃん、十八歳かあ。もう、立派な大人ね」


 こちらもなぜか、意味深な笑みを浮かべている。


 梅子は、思った。


(父さんは、金持ちのドラ息子なんだ。だから、こんな無法が許されてる)


 実際、父親は働かないのに、なぜか金には困っていない様子だった。おばあちゃんたちも、甘やかしている。


(私は、絶対にこうはならない)


 その夜、梅子は決意した。

 部屋で荷物をまとめながら、窓の外を見た。星空の向こうには、自由と商売の世界が広がっているはずだ。


(ソーマ兄さんやシオン姉さんを、見返してやる)


 手紙を残して、梅子は静かに家を出た。


『お母さんへ。私は自分の力で生きていきます。心配しないで。梅子』


 夜明け前の道を走りながら、梅子は振り返らなかった。

 この田舎の星から出て、銀河で成功してやる。

 そう、心に誓いながら。


 *


 夜明け前の貨物ドックは、冷たい風が吹き抜けていた。

 梅子は大きなリュックを背負い、貨物船への搭乗口で、最後の手続きを済ませていた。偽造した身分証明書には、『ウメ・タナバタ、十八歳、商業見習い』とだけ記されている。


「どこまで行くんだい、お嬢ちゃん」


 貨物船の老船長が、煙草をくわえながら尋ねた。


「自由主義連盟の、中心星系まで」


 梅子は迷いなく答えた。


「ほお、大都会に憧れる田舎娘ってわけか。この星じゃ、物足りないってか?」


「ええ、まあ……そんなところです」


 梅子は曖昧に笑った。本当のことなど、言えるはずもない。父親が複数の女性と関係を持ち、働きもせず小説を書いている。兄と姉は天才だが、なぜか異常な家庭環境を受け入れている。そんな狂った家から、逃げ出したなんて。


 貨物船のエンジンが、唸りを上げ始めた。

 梅子は振り返らなかった。振り返れば、きっと迷いが生まれる。母の泣き顔が、浮かんでしまう。


(ごめん、母さん。でも、私はあんな家には、いられない)


 搭乗口が閉まる直前、梅子は最後に一度だけ、この田舎の星を見た。

 ワイン畑が、朝露に濡れて輝いている。工房の煙突からは、もう煙が上がり始めていた。母はきっと、いつも通り朝早くから、働いているのだろう。


(私も、自分の力で生きてみせる。ソーマ兄さんみたいに科学で名を上げることは、できないかもしれない。シオン姉さんみたいに歌で人を魅了することも、できない。でも、この怪力だって、何かの役に立つはず)


 貨物船が、地面を離れた。

 窓から見える景色が、どんどん小さくなっていく。家も、畑も、工房も、全てが点になって消えていく。


「初めての、宇宙旅行か?」


 隣に座った商人風の男が、話しかけてきた。


「ええ」


「緊張してるな。まあ、誰でも最初はそうさ。俺も田舎から出てきた時は、ビビりまくってたよ」


 男は、懐かしそうに笑った。


「でもな、自由主義連盟はいいところだぜ。努力すれば、誰でも成功できる。金と才能があれば、何でも手に入る」


 梅子は頷いた。そう、それこそが、自分の求めていたものだ。実力で勝負できる世界。家柄や血筋ではなく、自分の力で評価される場所。


 貨物船は大気圏を突破し、宇宙空間に出た。

 初めて見る星々の輝き。無数の光が、暗闇の中で瞬いている。


「綺麗……」


 思わず呟いた。

 こんなに広い世界が、あったなんて。この小さな田舎の星で、父の小説がどうだとか、兄姉の才能がどうだとか、そんなことで悩んでいた自分が、馬鹿みたいだ。


「お嬢ちゃん、自由主義連盟に着いたら、何をするつもりだ?」


 船長が、操縦席から振り返った。


「仕事を探します。何でもいいから、自分の力で稼げる仕事を」


「根性はありそうだな。でも、気をつけな。あっちは甘い世界じゃない。騙そうとする奴もいれば、利用しようとする奴もいる」


「大丈夫です」


 梅子は、拳を握りしめた。


「私、喧嘩は強いんです」


 船長は大笑いした。


「そりゃ頼もしい! でも、あっちの喧嘩は、拳だけじゃ済まないぜ」


 梅子は、窓の外を見つめた。

 どんな困難が待っていようと、もう、後戻りはできない。いや、するつもりもない。


(見てなさい、ソーマ兄さん、シオン姉さん。私だって、自分の力で、成功してみせる。あなたたちみたいに、父親のコネとか、おばあちゃんの金とか、そんなものに頼らなくても)


 貨物船は、加速を続けた。

 目的地まで、あと、三日。

 梅子の新しい人生が、今、始まろうとしていた。

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