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第三十七話「狐面の正体」


「なんだ!?」


 二百万の観客が、騒然となった。

 天井から降ってきた、謎の男。演出なのか、事故なのか、誰にも分からない。


「演出か!? すげえド派手!」


 誰かが、叫んだ。

 それを聞いた観客たちも、半信半疑ながら、拍手を始める。

 警備員たちが、男に殺到した。

 しかし――。


 バシッ、ドカッ!


 男は流れるような動きで、警備員たちを蹴散らした。

 まるで子供を相手にしているかのように。

 そして軽やかにジャンプし、シオンの目の前に、着地した。

 シオンが、息を呑んだ。マイクを持つ手が、震えている。


「え……?」


 その時、クウラが、叫んだ。


「あれは、パニッシャーだ!」


 梅子は一瞬の逡巡の後、動いた。

 売店で買ったコンサートグッズの大きなハンカチを、素早く口元に巻きつける。

 顔を隠すため、正体を悟られないため。

 そして全力で、走った。

 人混みを押しのけ、柵を飛び越え、ステージへと、駆け上がる。


「うおおおお!」


 梅子は叫びながら、狐面の男にドロップキックを、放った。


 ドガァン!


 男は吹き飛び、ステージの背景に、めり込んだ。

 巨大なLEDパネルが、派手に砕け散る。

 シオンが、振り返った。

 目の前に立つのは、口元を隠した小柄な人影。

 でも、その褐色の肌、その赤い瞳、その動き。


「え!? え!? う、梅――」


「続けて歌って!」


 梅子が、叫んだ。シオンの言葉を、遮るように。

 狐面の男が、瓦礫から立ち上がる。

 梅子は、構えを取った。

 観客たちは、熱狂していた。


「すげえ! アクションまで入ってる!」


「シオン、最高!」


 音楽は、止まっていない。

 バンドメンバーたちが、プロ意識で演奏を続けている。

 シオンは混乱しながらも、マイクを握り直した。


『いつか私を認めさせてやる!』

『お前なんかに、負けてられない!』

『見ていろよ、私だって』

『輝く星になってやる!』


 歌いながら、シオンは妹と狐面の男の戦いを、見つめていた。

 梅子は襲いかかってくる男の攻撃を避けながら、反撃を、繰り出す。

 二人は空中を舞い、天井の鉄骨を蹴って跳躍し、まるで重力が存在しないかのように、戦っていた。


「演出、やばすぎ!」


 観客たちは、大興奮だ。

 これほどの規模のアクションショーは、見たことがない。

 梅子は、男の仮面に拳を、叩きつけた。


 パキッ。


 仮面にひびが入り、一部が、剥がれ落ちた。

 その下から現れた顔を見て、梅子は、息を呑んだ。


(お父さん……?)


 父親にそっくりの顔。

 でも、明らかに若い。

 父は四十代だが、この顔は二十代前半だろう。褐色の肌、黒い髪、赤い瞳。


(まるで……私を男にしたような……)


 電撃的な衝撃が、走った。

 これは、誰だ?

 自分に兄弟がいたのか? 父の隠し子?


 警備員たちが、増援として殺到し始めた。

 男は、舌打ちしたように見えた。


「チッ」


 男は天井の大穴を見上げ、そして驚異的な跳躍力で、飛び上がった。

 梅子も迷わず、後を追った。


「待て!」


 観客席を蹴り、鉄骨を掴み、天井の穴へと、飛び込む。


「梅子ぉぉぉ!」


 後ろから、シオンの叫び声が、聞こえた。

 マイクを通しているから、会場中に響き渡る。

 でも梅子は、振り返らなかった。


 *


 天井の外は、夜空だった。

 ドームの屋根を走る、男の後ろ姿が見える。


「逃がさない!」


 梅子は全力で、追いかけた。

 屋根の上を駆け、空調設備を飛び越え、男との距離を、詰めていく。

 男が、振り返った。

 仮面の下から、赤い瞳がこちらを、見つめている。


「お前は……」


 男が何か言いかけた時、遠くからサイレンの音が、聞こえてきた。

 警察か軍か、とにかく大規模な部隊が、向かってきている。

 男は梅子を見つめたまま、ゆっくりと後ずさった。


「また会おう、梅子」


 低い声でそう言うと、男は屋根の端から、飛び降りた。

 梅子が端に駆け寄った時には、もう男の姿は、どこにもなかった。

 風が吹いて、梅子のハンカチが、はためいた。

 下を見ると、ドームから避難する観客たちの波が、見える。


「梅子!」


 振り返ると、クウラとラエルザ、ケルケンが、屋根に上がってきていた。


「大丈夫っすか!?」


 ラエルザが、心配そうに駆け寄ってくる。

 梅子はハンカチを外しながら、頷いた。

 でも、頭の中は混乱していた。

 あの顔。

 父にそっくりで、でも自分にもそっくりな、あの顔。

 そして、最後の言葉。


『また会おう、梅子』


 男は、自分の名前を知っていた。

 最初から、自分を狙っていたのか?


 梅子は騒然とする足下の観客たちのどよめきを聞いて立ち尽くした。

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