第三十六話「家族への叫び」
静かなピアノの音が、会場に響いていた。
が――突然、激しいドラムが、炸裂した。
ギターが唸りを上げ、ベースが地響きのように、轟く。
シオンの可憐な姿とは裏腹の、激烈なヘビーメタルサウンドが、会場を包み込んだ。
「おお! 新曲だ!」
観客が熱狂する中、シオンが叫ぶように、歌い始めた。
『いい加減にしろ! 今すぐ帰ってこい! 家の中は大炎上 みんな毎日大喧嘩!』
梅子は、凍りついた。
これは……。
『甘えたこと言ってんじゃねえ! 何が不満だって? 知るかよ! 勝手に消えて音信不通 心配かけてるの分からないの!?』
シオンの額に、青筋が浮かんでいる。マイクを握りしめ、全身で怒りを、表現している。
「すげえ! シオンのこんな激しい曲、初めて!」
クウラが、興奮している。
ラエルザも、体を揺らしてリズムを取っている。
でも、梅子には分かっていた。
これは、自分への個人的なメッセージだ。
(やっば……)
手紙くらい、書けばよかった。
確かに音信不通で、家族はかなり心配しているに違いない。
シオンが、次のパートに入った。
『本当は私も特別になりたかった なんでお前だけがチヤホヤされる! 完璧じゃない私は醜い 愛される資格もない!』
観客は、自虐的な歌詞だと思って盛り上がっている。持たざる者の気持ちを代弁する、共感できる歌だと。
でも梅子は、戸惑った。
(え? 姉さんが?)
ステージで輝いているのは、姉の方だ。二百万人を熱狂させているのは、姉だ。自分なんて、ただの落ちこぼれなのに。
『鏡を見れば不細工な顔 才能もない、愛もない 全部持ってるお前が憎い! なんで私じゃダメなの!?』
シオンの絶叫が、会場に響き渡る。
「この自己否定感、めっちゃ共感できる!」
隣の観客が、叫んでいる。
失恋ソングか、自己肯定感の低い若者への応援歌だと思っているのだろう。
でも梅子には、姉の本当の叫びが、聞こえていた。
激しい中間部のギターソロが、始まった。
会場が最高潮に達し、観客が、飛び跳ねている。
その時だった。
ドカァァン!
天井が、爆発した。
「きゃああああ!」
悲鳴が、上がる。
破片が降り注ぐ中、一つの影が、落下してきた。
白い狐の面。長いコート。腕に巻かれた、甲冑。
あの男だ。
ブギーマンを名乗った、謎の襲撃者。
男は音もなくステージに、着地した。シオンのすぐ後ろに。
「姉さん!」
梅子は、思わず叫んだ。
でも二百万の悲鳴の中で、その声は届かない。
狐面の男が、ゆっくりと顔を上げた。
そして、シオンに向かって、一歩踏み出す。
会場がパニックに陥る中、梅子は席を、立った。
「梅子!? どこ行くんすか!」
ラエルザの声も、聞こえない。
梅子はただ、ステージに向かって、走り出していた。
(姉さんを、守らなきゃ)
二百万の観客が逃げ惑う中、梅子だけが、ステージに向かっていく。
狐面の男が、振り返った。
まるで梅子が来ることを、知っていたかのように。
そして、ゆっくりと片手を、上げた。




