第三十五話「二百万の熱狂」
コンサート当日。
巨大ドームの前には、見渡す限りの人の波が、広がっていた。
様々な星系から集まった観客たち。青い肌の人、触手を持つ人、光る鱗に覆われた人。二百万の生命が、一人の歌姫を見るために、集まっている。
「すっげえ人だな」
クウラが、列に並びながら口笛を吹いた。
いつものだらしない格好ではなく、珍しく襟付きのシャツを、着ている。
「クキキキ……これだけいると、普段の船の中での生活なんて、忘れちまいそうだ」
「本当っすね」
ラエルザも、同意した。
彼女も普段の軍服ではなく、薄いブルーのワンピースを、着ていた。金髪が肩に流れて、いつもより大人っぽく見える。
梅子は二人の様子を、微笑ましく見守っていた。
最近起きた血なまぐさい事件の数々も、この喧騒の中では、少しだけ遠くに感じられる。
「あ、私、ちょっとトイレ」
梅子が、急に言い出した。
ケルケンがすぐに、察した。
「トイレの場所、わかります?」
「うーん、わかんないかも」
「じゃあ、案内しますよ」
二人が離れようとすると、ラエルザが、笑った。
「梅子も、頼りないなあ。子供みたいっす」
梅子は、舌を出して見せた。
クウラの顔を盗み見ると、少し微妙な表情を、している。どうやら自分の気持ちが他の二人にバレていることを、察したらしい。
*
人混みを抜けて、梅子とケルケンは売店の並ぶエリアまで、来た。
「作戦成功ですね」
ケルケンが、振り返って微笑んだ。
「そういえば」
梅子が、思いついたように言った。
「ケルケンは、気になる女の子とか、いないの?」
ケルケンが、少し照れたような顔をした。
「実は私、爬虫類系の人の方が、好みなんです」
「へえ!」
「本部の受付の人に、声かけてるんですけど」
ケルケンが、続けた。
「その時は、顔を変えてますよ」
そう言って、顔がゆっくりと、変形し始めた。
粘土族の本来のイケメン顔から、鱗に覆われた爬虫類系の男性の顔に。緑の瞳が、縦長の瞳孔に変わる。
「こんな感じで」
梅子は、爆笑した。
「便利な体ね! 相手の好みに合わせて変われるなんて、ずるいわ!」
「でも中身は、変わらないんで、結局振られることも多いですよ」
ケルケンが苦笑しながら、元の顔に戻った。
二人は売店でドリンクと軽食を買い、のんびりと食べながら時間を、潰した。
ポップコーンの香ばしい匂いが漂う中、梅子は少しだけ普通の若者に戻ったような気が、した。
「そろそろ、戻りましょうか」
列に戻ると、クウラとラエルザが、仲良く話していた。距離が、心なしか近い。
「遅いっすよ」
ラエルザが振り返ったが、怒ってはいない。むしろ、頬が少し赤い。
やがて列が動き始め、四人は会場に、吸い込まれていった。
*
席に着くと、梅子は改めて会場の巨大さに、圧倒された。
天井は遥か彼方で、ステージは小さく見える。でも巨大なホログラムスクリーンが何十個も浮かんでいて、どの席からでも見えるように、なっている。
照明が落ち、歓声が、沸き起こった。
ステージの中央に、一筋のスポットライトが落ちる。
そこに現れたのは、サラサラの金髪を風になびかせた、妖精のような美少女だった。
シオン。
梅子の、姉。
『みんなー! 今日は来てくれて、ありがとう!』
マイクを通した声が、会場に響き渡る。
二百万の観客が、一斉に歓声を上げた。
梅子は複雑な気持ちで、姉を見つめた。
あの完璧な容姿、あの才能。自分とは、正反対だ。褐色の肌、癖っ毛、不器用な性格。どうして同じ親から生まれて、こんなに違うのだろう。
音楽が、始まった。
激しいビートに乗せて、シオンが歌い始める。
その声量に、梅子は息を呑んだ。
小さな体のどこから、こんな声が出るのか。力強く、それでいて繊細。観客を一瞬で虜にする、魔法のような歌声。
「すげえな」
クウラが、興奮して叫んだ。
「生で聴くと、全然違う!」
ラエルザも、目を輝かせている。ケルケンも、体を揺らしてリズムを取っている。
梅子だけが、複雑な表情で姉を、見つめていた。
羨ましい。正直に言えば、羨ましい。
あんな風に輝いて、みんなに愛されて。自分にも、ほんの少しでいいから、あの才能と容姿があったら。
でも同時に、誇らしくもあった。
あれが自分の姉だ。血の繋がった家族が、二百万人を熱狂させている。
「梅子、大丈夫?」
ケルケンが、心配そうに覗き込んできた。
「うん、大丈夫」
梅子は、笑顔を作った。
「すっごいな~って…思って」
ステージの上のシオンが、激しいダンスを踊りながら歌っている。
汗が光って、まるで星屑のようだ。
梅子は、拳を握りしめた。
自分には姉のような才能は、ない。でも、自分には自分の道がある。それを見つけるために、家を出たのだから。
歌が終わり、割れんばかりの拍手が、起こった。
『次の曲は、家族に捧げる歌です』
シオンが、マイクに向かって言った。
梅子は動揺を悟られないように、急に浮かれた声を、出した。
「やっぱシオンしか、勝たん!」
クウラが驚いて、振り返った。
「お、梅子もファンなのか?」
「全曲、家にあるんだよね!」
梅子は、大げさに騒いだ。
実際は何度も生歌を聞かされているので、逆にありがたみがない。むしろこんな大きなホールで歌って、シオン姉さん緊張してないかなという心配の方が、勝っている。
『遠く離れた家族。今どこにいるか分からない、大切な人』
静かなメロディーが、流れ始めた。
二百万の観客が、息を呑んで聴き入っている。
梅子も表面上は熱狂的なファンを演じながら、歌に耳を、傾けた。




