第三十四話「コンサートへの誘い」
本部の星に到着してから、三日が経った。
宿舎の共同リビングで、クルーたちはぐったりとソファに、沈み込んでいた。
中佐の死、サムライの恐怖、そして地球への不気味な招待。すべてが、重くのしかかっている。
「なあ」
クウラが、突然口を開いた。ヘッドホンを首にかけたまま、天井を見上げている。
「もう任務のことは忘れて、休暇取った方が、いいんじゃねえか?」
ラエルザが、疲れた顔を向けた。
「そうっすね……でも何するっていうんですか」
クウラが身を起こし、ポケットから何かを、取り出した。光沢のあるチケットが、四枚。
「実はさ、俺が取ってた、音楽のコンサートチケットがあるんだ」
「へえ」
ケルケンが、粘土の体を少し持ち上げた。
「クウラさんが、音楽なんて」
「クキキキ……バカにすんなよ。結構いいビートしてるんだぜ。お前らも、絶対気に入ると思うんだよな」
クウラが、少し照れたように頭を掻いた。
「一緒に来てくれねえか? 四枚あるから、ちょうどいいだろ」
ラエルザの顔が、少し明るくなった。
「お前にしては、気が利いてるじゃないっすか」
「おい、俺だってたまには、気が利くこともあるんだよ」
梅子も、頷いた。
確かに、少し気分転換が必要かもしれない。このまま部屋に籠もっていても、不安が募るばかりだ。
「私も、行きます」
「僕も」
ケルケンが、同意した。
「よし、決まりだな」
クウラが、立ち上がった。
「明後日の夜だから、それまでにちょっとマシな服でも、買いに行くか」
ラエルザとクウラが、買い物の相談を始めた。
梅子は彼らの様子を、微笑ましく見ていたが、ケルケンがそっと、近づいてきた。
「梅子さん、ちょっといいですか」
二人は、廊下に出た。
ケルケンが声を潜めて、話し始めた。
「実はですね……」
粘土の体を少し震わせながら、ケルケンは、続けた。
「クウラさんは、ラエルザさんに、恩があるんです」
「恩?」
「昔、クウラさんが不祥事を起こして降格された時、当時部下だったラエルザさんが、いろいろと便宜を図ってくれたんです」
梅子は、驚いた。
あのだらしないクウラが元少尉だったことは知っていたが、ラエルザがその部下だったとは。
「それで、ラエルザさんも連座して、実家から縁を切られたそうです」
「え? でもラエルザは、家の商売が失敗したって……」
ケルケンが、首を振った。
「実際には、彼女の家は健在です。でも、彼女が負い目を感じて、そう言っているんです」
梅子の胸が、締め付けられた。
ラエルザはクウラをかばって、自分の立場を犠牲にしたのか。
「もっと言うと」
ケルケンが、続けた。
「クウラさん、彼女にかなり気があるみたいですよ」
「えっ!?」
梅子の目が、輝いた。
「彼女はああいう人だから、ほとんど気がついてないけど、クウラさん、結構アタックしてるんです。今回のコンサートも、きっと……」
「デートのつもり!」
梅子は興奮して声を上げそうになり、慌てて口を押さえた。
「し、静かに」
ケルケンが、慌てた。
でも梅子の心は、踊っていた。
あの二人に、そんな関係があったなんて。急にコンサートが楽しみになってきた。恋の行方を見守るなんて、久しぶりにわくわくする。
*
部屋に戻ると、クウラがチケットを、配っていた。
「はい、梅子の分」
チケットを受け取って、会場名を見た瞬間――梅子の顔が、凍りついた。
『シオン 銀河ツアー 本部星特別公演』
姉だ。
自分の姉の、コンサートだった。
「どうした?」
クウラが、心配そうに覗き込んだ。
「い、いえ、なんでもないです」
梅子は、慌てて笑顔を作った。
「すごい人気アーティストなんですね。知ってます、この人」
「だろ? 俺のヘビロテなんだよ」
クウラが、得意げに言った。
「生で聴けるなんて、最高だぜ」
梅子はチケットをよく見て、会場の収容人数を、確認した。
二百万人。
目を、疑った。
「に、二百万!?」
「すげえだろ?」
クウラが、得意げに言った。
「銀河最大級のドーム会場だぜ。席はほどほどの場所だけど、これでもかなり値段が、張ったんだ」
四人席のチケット。かなりの出費だったはずだ。クウラの気合いが、伝わってくる。
梅子は、席番号を確認した。
よく見ると、二人と二人で微妙に席が、分かれている。AブロックとBブロック、隣接しているが、通路を挟んでいる配置だ。
「案外、ちゃっかりしてるわね、あの人」
梅子は、小さく笑った。
隣にいたケルケンも、気づいたようだ。
「本当は二人席の方が、良かったんでしょうけどね」
「でも、これくらいの方が、ラエルザさんも警戒しないでしょう」
「あの人、普段から段取りが非常に良いですからね」
ケルケンが、頷いた。
二百万人の観客の中なら、まず姉と会うことは、ないだろう。
梅子は、少し安心した。
「じゃあ、明後日、楽しみにしてるっす」
ラエルザの明るい声で、梅子は現実に、引き戻された。
「はい、楽しみです」
梅子は、笑顔で答えた。
クウラとラエルザの恋の行方、そして久しぶりの姉の歌声。
不安ばかりの日々の中で、小さな楽しみができた。
*
夜、ベッドに横になりながら、梅子は天井を、見つめた。
姉は今、どこで何をしているのだろう。
まさか妹が、こんなところでこんなことをしているなんて、夢にも思わないだろう。
「シオン、姉さん……」
小さく呟いて、梅子は目を、閉じた。
明後日が、少し怖くて、でも、楽しみだった。




