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# 第五部 第三十一話「疑惑」



 ラエルザが、自分の端末を見ながら、呻いた。


「最悪……」


 実家の両親、弟の写真と、詳細な住所。

 商売で失敗した父親の借金の額まで、記載されている。

 どこまで調べたんだろう。

 ふとラエルザは、梅子の端末に目をやり、声を上げた。


「あっ!?」


 梅子の画面には、『家族なし』の三文字だけ。


「ず、ずるい! なんで、登録されてないんすか!」


 梅子は、肩をすくめた。


「入隊時に戸籍情報の確認が取れなくて、空欄のまま、出したんです」


 実際、宇宙には鉱物系エイリアンのように、家族という概念がない種族もいる。

 防衛軍の受付も、意外と杜撰で、そのまま通ってしまったのだ。地球出身と言い張れば、細かいことは、聞かれなかった。

 中佐が、鋭い目で梅子を、見た。


「君、家族情報が、ないのか」


「はい」


「腕が立つらしいな。我々に同行してくれ」


 梅子は、驚いた。


「え? でも相手は、二人で来いって――」


「場所に来いと、言っただけだ」


 中佐が、遮った。


「送迎まで、二人にしろとは、言われていない」


 クウラが、異議を唱えた。


「おい、それは屁理屈だろ。相手を怒らせるだけだ」


 中佐は、冷たい目でクウラを、見た。


「黙れ、曹長。これは、命令だ」


 そして再び、梅子に視線を戻した。


「第一、地球人なのに家族情報がないのは、怪しい。連中の情報も、なぜか君たちのチームが、やたらと手に入れてくる」


 梅子の心臓が、跳ねた。


「何か伝手が、あるんじゃないか?」


 中佐の声には、疑惑が滲んでいた。

 スパイ容疑を、かけられている。


「そんなことは――」


「とにかく、同行しろ。これは、命令だ」


 ケルケンが、粘土の体を震わせながら、言った。


「中佐、それは梅子を危険に晒すことに、なります」


「危険?」


 中佐が、鼻で笑った。


「地球人同士なら、むしろ話が通じるかもしれん」


 レンツ少佐が、不安そうに口を開いた。


「しかし中佐、相手の指示に従わないと――」


「娘のことは、分かっている」


 中佐が、苛立たしげに言った。


「だからこそ、少しでも有利な状況を作る必要が、ある」


 ラエルザが、梅子の袖を引いた。


「梅子、これは、まずいっすよ」


 梅子も、分かっていた。

 キヨシは、二人で来いと言った。それを破れば、どうなるか分からない。

 でも、中佐の命令に逆らうこともできない。


 クウラが、端末を操作しながら呟いた。


「クキキキ……どうせ向こうは、この会話も、聞いてるんじゃねえか?」


 全員が、ギクリとした。

 確かに、非常回線の番号まで知っているような相手だ。船内の通信を傍受していても、不思議じゃない。


「とにかく、準備しろ」


 中佐が、締めくくった。


「三十分後に、出発する」


 梅子は部屋を出ようとして、振り返った。


「中佐、一つ質問が、あります」


「なんだ?」


「もし私が、スパイだったら、どうするつもりですか?」


 中佐の目が、細くなった。


「その時は、君も、向こうに置いてくる」


 冷たい言葉、だった。

 梅子は頷いて、部屋を出た。


 *


 廊下を歩きながら、梅子は、考えた。

 家族情報がないことが、こんな形で問題になるとは。

 でも――もし、本当の家族情報が、登録されていたら?

 七夕竹彦、七夕松子、そして祖母のニーナ。

 彼らの情報が、サムライの手に渡っていたら。

 いや――サムライたちは、最初から知っていたのではないか。

 だから、「家族なし」と表示することで、自分を守ってくれた。

 梅子は、身震いした。


 *


 自室に戻ると、父の本が、机の上に置いてあった。


『サムライたちは、誇りと共に生きている。彼らにとって、約束を破ることは、最大の恥だ』


 もし中佐が約束を破って、三人以上で行ったら、どうなるのだろう。

 父の本の言葉が、まるで予言のように、ぴたりと当てはまる現実。これも、また。

 梅子はポケットから、黒い名刺を、取り出した。

 キヨシの連絡先。でも今更連絡しても、何も変わらないだろう。

 準備を始めながら、梅子は、思った。

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