第二十三話「罠と裏切り」
納豆を腹に詰め込んだコズミックキャット、十匹を抱えて、梅子たちは目標の倉庫前に立っていた。
「本当に、やるんすか?」
ラエルザが、最後の確認をした。
自由主義連盟の商人を陥れる行為。
「でも、もう、遅いっすよね」
クウラが、苦笑いを浮かべた。
「俺たち、既にナットウを受け取っちまった。あのナメクジ野郎、逃げたら口封じに来るぜ。クキキキ……」
「最後まで、やるしかない」
ケルケンも、諦めたように頷いた。
梅子は、缶詰の最後の一匙を、最後のコズミックキャットに食べさせた。
猫の頭が、パカッと開き、触手が納豆を絡め取る。その光景に、もう慣れてしまった自分が、怖い。
「よし、行くよ」
倉庫の扉を、そっと開ける。
中は薄暗く、高級食材の箱が、山のように積まれていた。輸入品のチョコレート、希少な香辛料、乾燥果実。どれも高額な商品ばかりだ。
梅子たちは、素早くコズミックキャットを解き放った。
猫たちは納豆で興奮状態になっているのか、すぐに暴れ始めた。箱を引っかき、中身を散らかし、そして――。
「うわっ!」
ラエルザが、鼻を押さえた。
納豆を消化したコズミックキャットが、とんでもない匂いの排泄物を、撒き散らし始めたのだ。ネバネバした紫色の液体が、商品を汚していく。
「ひどい匂いだ……」
クウラが、涙目になっている。
「早く、出よう!」
扉を閉めて逃げようとした瞬間――倉庫番と、鉢合わせした。
「お前ら、何を……」
倉庫番が叫びかけた時、梅子の体が、勝手に動いた。
ボカッ。
拳が倉庫番の頭に命中し、男は白目を剥いて、倒れた。
「やっちゃった……」
梅子が、頭を抱えた。また、暴力を振るってしまった。
「とにかく、逃げるっす!」
ラエルザに引っ張られて、一行は現場から、走り去った。
*
すぐに、ジャルの店に戻る。
もう後戻りはできない。最後まで、行くしかない。
「おお、早かったな」
ジャルは、相変わらず水タバコをふかしていた。
「仕事は、終わりました」
梅子が報告すると、ジャルは満足そうに、笑った。
「よしよし。約束通り、濃縮結晶を扱ってる奴を、教えてやろう」
ジャルは手元の端末を操作し、一枚の写真を、見せた。
梅子は、息を呑んだ。
写真の男は、明らかに、日本人だった。
黒髪に精悍な顔立ち、身長は百七十から百八十センチくらい。左腕が機械化されており、腰には日本刀らしきブレードを、差している。
母から聞いたことがある。日本の職業軍人、サムライ。まさにその姿だった。
「こいつが、濃縮結晶を扱っている」
ジャルが、言った。
「じゃあ、すぐに会いに……」
梅子が身を乗り出すと、ジャルは大きく、首を振った。
「お前らがそいつに会えるのは、二、三年後だな」
「え? どうして!?」
全員が、驚いた。
その時――廊下から、足音が響いてきた。
扉が開き、屈強な傭兵が十人以上、部屋になだれ込んできた。全員が、武装している。
「な、何だ、これは!?」
ラエルザが、叫んだ。
ジャルは、ゆったりと身を起こした。
「俺の潔白を証明するためには、犯人を探して突き出さないと、いけないからな」
「騙したな!」
クウラが、怒鳴った。
ジャルは、肩をすくめた。いや、ナメクジに肩があるのか分からないが、そういう仕草をした。
「なーに、気にするな。十万クレジット程度払えば、すぐに保釈される」
「払えるか、そんなもん!」
梅子が、叫んだ。
「おいおい、倉庫をコズミックキャットのネバネバのクソまみれにしたのは、お前らで、俺じゃない。人聞きの悪いことを、言うな」
ジャルがニヤニヤと笑いながら、床の一部に触れた。
次の瞬間――ジャルの巨体が、床下に、消えた。脱出用の仕掛けだ。
「逃がすか!」
梅子が追いかけようとしたが、傭兵たちが、立ちはだかった。
「大人しく、しろ!」
一人が、銃を向けてきた。
「冗談じゃ、ない!」
梅子の中で、何かが切れた。
騙された怒り、利用された悔しさ、そして何より――また、悪いことをしてしまった罪悪感。
全てが、爆発した。
梅子は、一番近くの傭兵の腕を掴んだ。
「え?」
傭兵が困惑する間もなく、梅子は彼を、振り回した。
まるでハンマー投げのように、傭兵の体が、宙を舞う。
ドガッ!
別の傭兵にぶつかり、二人まとめて、壁に激突した。
「化け物か!?」
残りの傭兵たちが、一斉に発砲した。
しかし、梅子は机を盾にして、突進した。重い木製のテーブルを片手で持ち上げ、そのまま傭兵たちを、薙ぎ払う。
今度は、戸惑う暇もなかった。怒りが、力に直接変換されていた。
「うわあああ!」
部屋中が、大混乱になった。
梅子は次々と傭兵を掴んでは投げ、殴っては蹴り飛ばした。
「梅子、すごいっす!」
ラエルザが、興奮して叫んだ。
「さすが、バーサーカー地球人!」
ケルケンも、感心している。
しかし梅子の頭には、もうジャルのことしか、なかった。
全ての傭兵を倒した後、梅子はジャルが消えた壁を、見つめた。そして、拳を握りしめた。
「あの野郎……!」
ドゴォォォン!
渾身の力を込めた拳が、壁を、粉砕した。
向こう側に、薄暗い通路が見えた。
「あいつううう! 絶対に、捕まえてやる!」
梅子は、穴から飛び込んでいった。
「ちょ、待つっす!」
ラエルザたちも、慌てて後を追う。
通路の先で、ジャルの巨体が必死に逃げているのが、見えた。ナメクジなのに、意外と速い。
「待てえええ!」
梅子の叫び声が、薄暗い通路に、響き渡った。




