第二十四話「ナメクジ狩り」
薄暗い地下通路を、ジャルの巨体が、必死に這いずっていた。
ナメクジのような体をくねらせ、意外な速度で、移動している。
「げっ!? あいつ、地球人、だったのか!」
ジャルの声には、明らかな恐怖が、混じっていた。
「なんてこった! 聞いてないぞ!」
背後から、梅子の怒声が、響く。
「待てええええ!」
梅子は、恐ろしい速度で跳躍した。
天井すれすれを飛び、壁を蹴って方向を変える。まるで重力を無視したような、動きだった。
「ひぃぃぃ!」
ジャルが悲鳴を上げた次の瞬間、梅子が上から、降ってきた。
その巨体に飛び乗り、ジャルの大きな口に、手を突っ込む。
「ぐもももも!」
ジャルが抗議の声を上げようとしたが、梅子はその口を掴んだまま、信じられない怪力で、ジャルの体を、持ち上げた。
「うおおおお!」
梅子の叫びと共に、六メートルの巨体が、宙を舞った。
まるでハンマー投げのように、ジャルは通路の壁に、叩きつけられた。
ドゴォン!
衝撃で、通路全体が揺れる。
「待て! 待ってくれ!」
ジャルは必死に這いずりながら、梅子に懇願した。
「ちょっとした冗談だ! 悪気はなかったんだ!」
慌てたジャルは、自分の胴体に巻き付けていた装飾品を、外し始めた。
金の鎖、宝石のついた指輪、エメラルドのネックレス。それらを震える手で、差し出す。
「これで、お近づきの印としよう! な? いいだろう?」
しかし、梅子の怒りは、収まらなかった。
彼女の目は、まるで燃えているように、赤く輝いている。
「そんなものは、どうでもいい!」
梅子の拳が、ジャルの胴体に、めり込んだ。
「ぐぼぉぉぉ!」
ジャルの口から、さっきまで食べていたものが、全て吐き出された。
半分消化されたコオロギ、何か分からない肉塊、紫色の液体。それらが通路にぶちまけられ、ジャルは、のたうち回った。
「もう一発……!」
梅子が拳を振り上げた時、ようやく追いついたクルーたちが、飛び込んできた。
「ストップ! ストーップ!」
ラエルザが、梅子の腕にしがみついた。
「落ち着くっす! 梅子!」
「離して! 一回殺す!」
梅子はまだ、怒りに震えている。
クウラも、必死に止めに入った。
「もう十分だ! これ以上やったら、本当に死んじまうぞ!」
「だから殺すって言ってんの!」
「クキキキ……いや、笑い事じゃ、ない」
ケルケンも、梅子の足にしがみついた。粘土の体を伸ばして、梅子の動きを封じようとする。
「梅子さん、お願いだから、落ち着いて!」
三人がかりで、ようやく梅子を、落ち着かせることができた。
*
ジャルは痛みに震えながら、必死に這い上がった。
巨体のあちこちに打撲の跡があり、粘液が、漏れ出している。
「わ、分かった……分かったから……」
ジャルは、震え声で言った。
「サムライとの面談を……必ず、取り付ける……約束する」
梅子が、ギロリと睨みつけた。
「嘘ついたら、お前の館を、更地にしてやる」
その言葉に、ジャルは本気で、震え上がった。
地球人の噂は聞いていたが、まさか、これほどとは。
「絶対だ! 絶対に、嘘はつかない!」
ジャルは、必死に頷いた。
「明日の朝一番で、連絡を入れる! 本当だ! ジャル様の名にかけて!」
クルーたちは、疲れ切った様子で、壁にもたれかかっていた。
「はぁ……」
ラエルザが、深いため息をついた。
「海賊とか、ブラックネビュラとか、そんなのより……」
「ああ」
クウラも、頷いた。
「梅子の方が、全然、怖い」
ケルケンは、形を保つのも難しそうに、ぐったりとしていた。
「地球人、恐ろしすぎる……」
梅子は、まだ怒りが収まらない様子で、ジャルを睨みつけていた。
その視線に、ジャルは小さくなっている。六メートルの巨体が、まるで縮こまっているように、見えた。
「明日の朝一番だぞ」
梅子が念を押すと、ジャルは何度も、頷いた。
「分かってる! 分かってる!」
通路には、ジャルが吐き出したものの悪臭が、漂っている。
梅子は鼻をつまみながら、きびすを返した。
「行こう」
クルーたちは、ほっとしたような、まだ恐怖が残っているような、複雑な表情で、梅子の後に続いた。
*
ジャルは、彼らが去っていくのを見送りながら、震える声で、呟いた。
「地球人だけは……絶対に、敵に回さない……」
彼らが完全に見えなくなってから、ようやく、大きく息をついた。
「地球人だと、最初から知ってれば……」
痛む腹を押さえながら、ジャルは、愚痴をこぼした。
「タケヒコといい、サムライといい……ヤクネタも、いいとこだ……」
その名が、暗い通路に、ぽつりと、落ちた。
タケヒコ。
もしその名を、梅子が聞いていたら――。
でも、その時、梅子はすでに、通路の遥か先を歩いていた。彼女の耳には、自分の荒い呼吸と、仲間たちの足音しか、届いていなかった。
巨体を引きずりながら、ジャルは、自分の隠れ家へと戻っていった。
明日の朝一番で、本当にサムライに連絡を入れなければ、ならない。
約束を破れば、本当に、館が更地になってしまうだろう。




