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第二十話「ドロリックコオロギの真実」



 梅子は、父の本を読み進めながら、違和感を覚えていた。

 父が、孤児? でも家には、祖母のニーナがいる。れっきとしたカーカラシカ人の祖母が。これは、どういうことだろう。同姓同名の別人なのか。

 いや、でも、本の中には確かに、自分のことも書かれている。


『娘に土産を持って帰ったが、興味を示さず、すぐに埃を被った』


 梅子は、苦い顔をした。

 確かに、覚えがある。父が時々持って帰ってくる、変な置物や民芸品。興味もなく、部屋の隅に放置していた。

 ここまで一致するのは、偶然とは思えない。

 作家というものは、話を面白くするために、多少の脚色をするものなのかもしれない。梅子はそう、自分を納得させようとした。


 ページをめくると、今まさに滞在している、この星についての記述が現れた。


『この星の取材で、出版社の伝手を頼って、闇市の見学をした。そこである男と知り合いになり、貴重な話を聞くことができた。今から書く内容は、そのパニッシャーと呼ばれる男から、聞いた話である』


「はぁ?」


 梅子は、思わず声を上げた。

 パニッシャー? まさか、父が? いやいや、これは完全に、作り話だろう。

 読み進めると、さらに奇妙な内容が、続く。


『この星のマーケットは、ジャルという大きなナメクジのような見た目の金持ちが、管理している。本当の商売をしたければ、彼に話を通さなければならない。手土産にドロリックコオロギを一キロ持っていくと、面倒を見てくれる』


 梅子は、本を閉じた。


「これは……ちょっと、眉唾すぎるでしょ」


 今まで父の苦労話に感心していたのに、急に、ファンタジーになってしまった。

 こんな変な話、あるわけない。大きなナメクジの金持ち? ドロリックコオロギ? 作家の想像力も、行き過ぎだ。


 *


 梅子はベッドに本を置いて、気分転換に市場を見て回ることにした。

 食料市場は、活気に満ちていた。都市では見かけない生の食材が、所狭しと並んでいる。商人たちが威勢よく、客寄せの声を上げていた。


「新鮮な野菜だよ! 今朝採れたばかり!」


「肉! 上質な肉は、いかが!」


 ラエルザたちも、興味深そうに見て回っている。


「へー、こんなの食べるんすね」


 ラエルザが、紫色の奇妙な果実を手に取った。


「クキキキ、俺は、合成食品の方がいいな」


 クウラは、生の食材に抵抗があるようだった。

 梅子も仲間たちと一緒に市場を歩いていると、ある高級食材の店で、足が、止まった。

 店先に並んだ壺の中で、何かがゴソゴソと、動いている。

 近づいてよく見ると、昆虫が、ぎっしりと詰まっていた。

 そして、その横に書かれた、商品名。


『ドロリックコオロギ 一キロ 五千クレジット』


 梅子の顔が、青ざめた。


「まじで……あった……」


 思わず、呟いてしまう。

 父の本に書いてあった、まさにその名前の昆虫が、目の前で、這い回っている。

 偶然、ではない。あり得ない。

 気づけば、口が勝手に動いていた。


「これ、一キロ、ください」


「えぇ!?」


 クルー全員が、振り返った。


「梅子、正気っすか!?」


 ラエルザが、目を丸くした。


「地球人って、こんなのも食べるの!?」


 ケルケンが、引いている。


「い、いや! これは違って!」


 梅子は慌てて否定したが、もう遅かった。

 店主は無愛想な顔のまま、黙々とコオロギを計量し始めた。大柄な四本腕の異星人で、手際よく虫を特別な容器に詰めていく。

 作業を終えると、店主は容器を、梅子に差し出した。

 そして――ぶっきらぼうに、一言だけ、付け加えた。


「ジャルさんは今、『銀河の胃袋』だよ」


 梅子の体に、電流のようなものが、走った。

 ジャル。

 父の本に書かれていた、まさにその名前。

 それだけ言うと、店主は次の客の相手を始めた。無愛想だが、必要な情報だけは教えてくれる。親切と言えば、親切な対応だった。

 いや――この応対こそが、ドロリックコオロギを買った客への、決まりの応対なのだ。父の本にあった通りに。


 梅子は、震える手で容器を受け取った。

 中でコオロギたちが、騒がしく動き回っている。

 クルーたちは、梅子と店主のやり取りを、呆然と見ていた。


「梅子……何か、知ってるっすか?」


 ラエルザが、小声で聞いてきた。

 梅子は、答えられなかった。

 父の本に書いてあったことが、まさか、本当だったなんて。

 ということは、父は本当に、この星に来たことがある?

 そして、パニッシャーと呼ばれる男に、会った?


「ジャルさんの店は、市場の奥のレストランだ。『銀河の胃袋』って看板が、目印だよ」


 店主の追加の説明を、梅子はぼんやりと聞いていた。父の本に書かれていた通りの、展開。

 まるで、本の中に吸い込まれたような、感覚だった。


「ありがとう……ございます」


 支払いを済ませて、梅子はコオロギの入った容器を、抱えた。

 ゴソゴソという振動が、腕を通じて、伝わってくる。生命を、運んでいる感触。

 仲間たちは、心配そうに梅子を見ていた。


「大丈夫っすか? 顔色、悪いけど」


「うん……大丈夫」


 でも――全然、大丈夫じゃ、なかった。

 父の本が、ただの作り話じゃなかったとしたら。

 父が本当に、パニッシャーと知り合いだったとしたら。

 いや、いずれにせよ、父の小説を見てその本の内容が今頼りだ。梅子は何となく自分が今父親と一緒にこの奇妙な冒険をしている気がしてきた。


 ゴソゴソ。ゴソゴソ。

 容器の中で、哀れなコオロギたちが、騒いでいる。

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