第十七話「偽装任務」
防衛隊本部の通信室は、騒然としていた。
「このメッセージ、母艦にいた、八千人全員に送られています」
通信士官の報告に、司令官が眉をひそめた。
「ブギーマン……冗談にしては、悪質すぎる」
データ収集の結果が、画面に表示される。受信者リストには膨大な数の名前が並んでいたが、個人の特定までは、できていないようだった。
梅子たちは廊下で、その報告を聞き、少しほっとした。
「どうやら、窃盗犯が誰かは、分かってないみたいっすね」
ラエルザが、小声で言った。
「よく考えたら、横流しした奴は、他にもいるかもしれないし」
クウラが、付け加えた。
「このまま、逃げ切れるかも」
「でも、変な行動したら、怪しまれるっす」
ラエルザが、提案した。
「通常任務に、戻りましょう」
*
司令部から、新たな任務が告げられた。
捕虜から聞き出した、濃縮エネルギー結晶の出所となる星への、潜入調査。民間輸送船に偽装して、アマノガワ同盟の星に入り込むという、危険な任務だった。
「自由主義連盟とアマノガワ同盟は、表向きは普通に交易してる」
任務説明官が、言った。
「その商取引を装って、情報収集してもらう」
ラエルザが、胸を張った。
「私、元々商人の家の娘だから、こういうの、慣れてるっす!」
「え、なんで、防衛軍に入ったの?」
ケルケンが聞くと、ラエルザは、さらに胸を張った。
「親父が商売で騙されたから、食い扶持減らしで!」
全員が、微妙な表情になった。
*
彼らに与えられた船は、予想外に豪華なものだった。本物の商人たちも、同乗している。
「この船、誰の?」
クウラが聞くと、案内係が答えた。
「デストロイヤー様の娘、シヴァ様の、持ち船です」
全員が、驚いた。
そして、その本人が、姿を現した。
十九歳の女性。母親のアスカによく似た顔立ちだが、どこか父親の荒々しさも感じさせる。立ち姿には、若さに似合わない貫禄があった。
「よろしく」
シヴァは、梅子を見て、興味深そうに近づいてきた。
「あなた、地球人?」
「は、はい」
「母も地球人なの。日本の、関西って場所の出身」
シヴァは、親しみを込めて話しかけてきた。
梅子の母も日本人だと知ると、さらに親近感を示した。
「お母様は、どちらの出身?」
「東京という、都市です」
梅子が答えると、シヴァの目が、輝いた。
「東京! 行ったことある?」
「子供の頃に、一度だけ」
「羨ましい!」
シヴァは、興奮した様子で話し続けた。
「この旅の最終目的地は、地球なの。母がよく作ってくれた、本場のたこ焼きを、食べたいの」
梅子は、複雑な気持ちになった。
地球、それも、自分の故郷に近い場所に行くことになるとは。
「地球の、どこ出身?」
シヴァが、さらに聞いてきた。
梅子は、慌てた。カーカラシカとは、絶対に言えない。祖母と母から、固く口止めされている。
「えっと、東京の近くの……田舎です」
曖昧に答えると、シヴァは、納得したようだった。
梅子は、内心で安堵した。シヴァの方も、それ以上は突っ込んでこなかった。育ちの良さからか、相手のプライバシーを尊重しているらしい。
*
船が、動き出す。
目的地は、アマノガワ同盟の中継星。そこで取引をしながら、エネルギー結晶の出所を探る。
「緊張、するっすね」
ラエルザが、呟いた。
「敵地に、乗り込むようなもんだ」
クウラも、緊張している。
梅子は、さらに複雑だった。
自分にとっては、敵地ではない。むしろ、故郷に近い文化圏。でも、今の立場では、敵。
立場が、二重に、捻れていた。
船内では、本物の商人たちが、荷物の確認をしていた。自由主義連盟の工業製品と、食料品。普通の貿易品だ。
「これで本当に、潜入できるんすかね」
ケルケンが、不安そうに言った。
「大丈夫」
シヴァが、自信満々に答えた。
「私の名前を出せば、大抵のところは、通れる。父の名前は、アマノガワでも、知られているから」
確かに、デストロイヤーの名前は、銀河中で有名だ。
その娘となれば、警戒もされるが、同時に、一目置かれる存在でもある。
梅子は、シヴァを横目で観察した。
名前を背負って堂々と銀河を渡り歩く女性。それは、自分が一番なりたかった姿でもあり、自分が決して名乗れない姿でもあった。
梅子は、窓の外を見た。
星々が流れていく。このまま、地球に向かうことになる。
家族のいる星に、裏切り者として、帰ることになる。
偽名で。他人の船で。任務という建前で。
端末を見る。
ブギーマンからのメッセージは、まだ残っている。
『悪い子は、どこ?』
梅子は、震えを抑えた。すぐにでも家に帰り、家族に助けを求めたい気持ちにかられた。




