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第十六話「姉の輝き」



 本部星系の宇宙港に到着した一行は、ようやく安堵の息をついた。


「追跡されなかったみたいっすね」


 ラエルザが、周囲を見回しながら言った。

 全員が、本部ビル前のベンチに、へたり込む。緊張が解けて、一気に疲労が押し寄せてきた。


 梅子が顔を上げると、目の前の巨大なホログラム広告が、目に入った。

 サラサラの金髪、碧眼、完璧な美貌。

 銀河の歌姫、シオンが新曲を歌っている映像だった。


 梅子の胸が、締め付けられた。

 姉だ。


 シオンは、親の言うことをしっかり聞いて、明るい道を歩いている。

 それに比べて、自分は何をしているんだろう。家出して、裏切って、盗みまで働いて。


「おお、シオンじゃん!」


 クウラが広告を見上げて、声を上げた。


「クキキキ、俺のヘビロテのアーティストだぜー」


 少しほっとした表情で、端末から音楽を流し始める。美しいメロディが、流れてきた。


「この子、地球出身なんすよね」


 ラエルザも、興味深そうに見ている。


「自由主義連盟でも、超人気っす」


 梅子は、何も言えなかった。

 自分の姉だなんて、言えるわけがない。言っても、信じてもらえないだろう。それに、こんな美しい歌姫と、自分のような野暮ったい女が姉妹だなんて。

 街のショーウィンドウに映る自分の姿が、目に入った。褐色の肌、癖っ毛の黒髪、不気味に光る赤い瞳。姉とは正反対の、田舎臭い容姿。


 ホログラムが切り替わり、シオンのインタビュー映像が、流れ始めた。


『私を支えてくれているのは、ファンの皆さんと、家族です』


 シオンが、優しく微笑む。


『特に兄は、科学者として食料品の研究をしていて、たくさんの人のために頑張っています。本当に、尊敬しています』


 兄のソーマのことだ。

 でも――妹の自分のことは、一言も出てこない。


 梅子は気づいた。

 シオンは、いつも、自分のことを話さない。まるで、妹なんていないかのように、振る舞っている。

 祖母は「芸能界は怖いから、あなたのことは秘密にしているの」と言っていた。でも、今となっては、それも悲しい嘘のように思える。

 きっと、不良の妹がいることを知られたくないんだ。みんなの迷惑にならないように、自分の存在を隠しているんだ。


『地球のカーカラシカ地方で、育ちました。素敵な場所です』


 シオンが、故郷について語る。

 梅子も同じ場所で育ったのに、まるで別世界の人間のよう。


「シオンって、完璧っすよね」


 ケルケンが、感心したように言った。


「美人で、歌も上手くて、性格も良さそう」


「地球人でも、こんなに違うんだな」


 クウラが、梅子をちらりと見た。


「梅子みたいなバーサーカータイプも、いれば、シオンみたいな天使タイプもいる」


 梅子は、俯いた。

 比較されることが、辛い。


 広告はさらに続く。シオンのコンサート情報、新アルバムの宣伝、ファンクラブの案内。

 姉は、銀河中で愛されている。

 それに比べて、自分は、狐面の化け物に追われる身。家族の恥さらし。


「梅子、どうしたっす?」


 ラエルザが、心配そうに声をかけてきた。


「顔色、悪いけど」


「何でもない」


 梅子は、無理に笑顔を作った。


「ちょっと、疲れただけ」


 本当は、叫びたかった。

 あれは、私の姉なの、と。

 でも――そんなこと、言えない。信じてもらえないし、信じてもらえたとしても、「全然似てない」と言われるだけだ。


 シオンの歌声が、街中に響いている。希望と愛を歌う、美しい声。

 梅子には、その歌が、自分を責めているように、聞こえた。


『正しい道を、歩もう、光の中へ』


 歌詞が、胸に突き刺さる。

 自分は、真逆の道を歩いている。


「本部に、報告に行くっす」


 ラエルザが、立ち上がった。


「押収品の件と、襲撃の件と」


 梅子も立ち上がったが、足元がふらついた。精神的な疲労が、限界に来ている。


 突然――全員の端末が、同時に、震えた。


「なんだ?」


 クウラが端末を取り出す。

 ラエルザも、ケルケンも、梅子も、全員が同じタイミングで、メッセージを受信していた。

 差出人、不明。

 そこには、こう書かれていた。


『悪い子は、どこ? ――ブギーマンより』


 全員の顔が、青ざめた。


「ブ、ブギーマン!?」


 ラエルザが、震え声を上げた。


「さっき梅子が言ってた、悪い子を連れ去るやつ!」


 クウラが、端末を投げ捨てるように置いた。


「マジかよ!」


 梅子の手は、震えていた。

 全員に同時に送られてきたということは、クルー全員が、標的ということだ。


 姉は、光の中で、輝いている。

 自分は、闇に追われている。

 この差は、どこで生まれたのだろう。

 いや――分かっている。自分が選んだ道だ。家出をして、裏切って、盗んで。全部、自分の選択だった。


 シオンの笑顔が、大型スクリーンに映し出されている。

 その隣に、コンサートのスポンサー企業のロゴが、並ぶ。

 その中に――アンナム・ブロードバンドの名前が、あった。


 梅子は、ますます絶望的な気持ちになった。

 自由主義連盟の真ん中で、シオンは平然と、アマノガワ同盟の中核企業のスポンサーを受けている。

 それは、シオンが、両陣営のどちらにも顔の利く、特別な立場にいることを意味していた。

 梅子の知らないところで、姉は、ずっと、銀河の橋を渡る人間になっていた。

 自分が田舎で反発している間に。

 自分が小さな正義感で家を飛び出している間に。


 梅子は、ぐっと、唇を噛んだ。

 歌声は、まだ街中に響いている。

 光の中の姉と、闇に追われる自分。

 その距離が、銀河の幅と、同じくらい、遠く感じられた。

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