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第十五話「ナマハゲが来る」



 梅子の頭の中で、記憶が渦巻いていた。

 家出した挙句に、この始末。彼女の受けた躾から考えれば、そして幼い頃によく見ていた近所の悪ガキが受けていた制裁を思い出すと、自分にはそれ以上の報いが待っているに違いない。


 いや、待て。

 梅子は、自分に言い聞かせた。

 闇市で売ったものの元の持ち主なんて、分かるわけがない。落ち着け。深呼吸を、する。


 その時――。

 ラエルザが端末を操作しながら、顔を青くした。


「まずい、っす……」


「どうした?」


「あの骨董屋、無期限休業に、なってる」


 全員が、凍りついた。

 つい数時間前に、出入りした店だ。年中無休が売りの闇市の店が、突然、休業。


「絶対に、何かあったっすよね……」


 クウラが、震え声で言った。


「本部の星に、すぐ移動しよう! ここは、危険だ!」


 ラエルザの提案に、全員が賛成し、急いで出発の準備を始めた。


 *


 小型艇に乗り込み、本部星系へ向かう中、クルーたちは梅子を取り囲んだ。


「梅子、ああいうのに、心当たり、ある?」


「地球では、よくあることなの?」


「あれは、絶対、パニッシャーだよな」


 梅子は、少し考えてから、口を開いた。


「小さい頃、母と祖母から、よく聞かされた話が、あるんです」


 全員が、身を乗り出した。

 銀河連盟の宇宙船の中で語られる話としては、あまりにも不似合いな怪談話が、始まった。


「ナマハゲ、っていうのがいるんです」


「な、なまはげ?」


「悪い子のところに、やってくる鬼です。包丁を持って、『悪い子は、いねがー』って叫びながら、家に入ってくる」


 クウラが、息を呑んだ。


「それから、ブギーマンも、います。言うことを聞かない子供を、夜中に、さらっていくんです」


「地球には、そんなのが、いるの!?」


 ケルケンが、震えている。

 梅子は、続けた。


「祖母はいつも言ってました。『裏切り者のところには、必ず仕置き人が来る。顔を隠して、夜中にやってきて、悪い子を連れ去る』って」


「そ、それって……」


 ラエルザが、狐面の襲撃者を思い出して、震えた。


「うちの近所でも、悪さをした子供の家に、夜中に誰かが来ることが、あったんです。次の日、その子は、真っ青な顔で、謝ってました」


 梅子は、思い出しながら話した。

 実際、瞑想の星では時々そういうことがあった。悪ガキが急に大人しくなったり、問題を起こした人が突然改心したり。

 今思えば、子供の躾以上の何かが、あの星では確かに、機能していた。


「父も言ってました。『悪いことをすると、お化けが来るぞ』って。私は子供の頃、それが怖くて、いつも、いい子にしてました」


 クルーたちは、完全に怯えきっていた。


「地球、やばすぎる……」


「そんな化け物が、うようよいるのか」


「もう、地球人、やだ……」


 梅子は、内心、少し申し訳なく思った。

 確かに故郷ではそういう言い伝えがあったが、実際にお化けがいるわけではない。多分、大人たちが子供を躾けるための、脅し文句だったはずだ。

 でも――今回の狐面の襲撃者を見ると、もしかしたら、本当にいるのかもしれない。

 いや、お化けではない。もっと、現実的で、もっと、組織的な、何か。


「それで、どうすれば、お化けから、逃れられるの?」


 ラエルザが、必死に聞いてきた。

 梅子は、首を振った。


「分かりません。でも、祖母は言ってました。『一度目をつけられたら、どこまでも追いかけてくる。謝っても、許してくれない』って」


 全員が、絶望的な表情になった。


「終わった……」


「俺たち、全員、連れ去られる……」


 船内は、重苦しい雰囲気に包まれた。

 宇宙を股にかける防衛隊員たちが、地球の怪談話に、怯えている。

 その光景の滑稽さに、誰一人、笑える者は、いなかった。


 梅子は、窓の外を見た。

 星々が、流れていく。本部星系まで、あと数時間。でも、そこが安全だという保証は、どこにもない。

 ふと、梅子は、思った。

 もし本当にナマハゲやブギーマンが来るなら、一番最初に狙われるのは、自分だろう。家出をして、故郷を裏切って、盗品を売った。これ以上の悪い子が、いるだろうか。


「母さん、ごめんなさい」


 小声で、呟く梅子。

 今更謝っても、遅いかもしれない。でも、心の中で、謝らずにはいられなかった。


 クウラが、おびえた声で言った。


「なあ、もしかして、あの狐面は、梅子を迎えに来たんじゃ……」


 全員の視線が、梅子に集まった。


「地球人の悪い子を、連れ戻しに」


 梅子は、何も言えなかった。否定したいが、否定できる根拠もない。

 むしろ、心の中の何かが、それを「当たっている」と告げていた。


 ラエルザが、慌てて言った。


「で、でも、梅子は、いい子っすよ! 私たちを、助けてくれたし!」


「そうだ、梅子は、悪い子じゃない!」


 仲間たちが、必死にフォローしてくれる。

 でも――梅子自身が、一番よく、分かっていた。

 自分は、とんでもなく、悪い子だということを。


 窓の外の星々が、ゆっくり、ゆっくり、流れていく。

 梅子は、ぐっと、膝の上で拳を握りしめた。

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