第十四話「悪い子には……」
梅子たちが艦隊に戻ると、艦内は騒然としていた。
「大変なことが、あったっす!」
ラエルザが状況を聞き出すと、兵士たちが青い顔で説明を始めた。正体不明の襲撃者が現れ、エネルギー結晶と証人を奪い去ったという。
「映像記録を、見せてください」
モニターに映し出された監視カメラの映像を見て、全員が息を呑んだ。
兵士たちが、何もない空間に向かって発砲している。そして、次々と吹き飛ばされていく。まるで、透明人間と戦っているかのような、異様な光景だった。
「これ、加工してるんすか?」
ラエルザの問いに、技術者が首を振った。
「いや、これが、オリジナルなんだ。なぜか襲撃者だけが、映らない。カメラも、センサーも、全て、同じだ」
クウラが、震え声で呟いた。
「まるで、ホラー映画だな……」
扉が勝手に開き、警備システムが次々と解除されていく様子が、記録されている。そして、エネルギー結晶と廃人が、宙に浮いて移動していくかのような映像。
光学機器に映らない存在が、確かにそこにいて、人と物を吹き飛ばしている。
それは、視覚的な恐怖以上に、根源的な恐怖だった。
「証言を元に、似顔絵を作成しました」
兵士が見せた絵を見て、ラエルザたちは首を傾げた。
ロングコート、ベスト、白シャツ、ズボン。そして、白い狐の面。
「なんだ、この格好?」
「変わった服装っすね」
「この顔、フォク星人?」
「いや、陶器のような面を、被っていたらしい」
梅子は、絵を見て――心臓が、凍りつくような感覚を覚えた。
この服装、見覚えが、ある。
雨の日に父がよく着ていた、格好だ。近所のおじさんたちも、似たような服を着ていた。地球のカーカラシカ地方では、これが、普段着だった。
そして狐の面。これは、母の文化圏でよく見られるデザインだ。祭りや儀式で使われる、伝統的な面。
髪の毛の感じ、体格、全てが、大型の地球人のように見える。
「あの……」
梅子が、恐る恐る口を開いた。
「これ、地球人の普段着、みたいです。私の故郷でも、こんな格好の人が、たくさんいました」
船員たちの顔が、一斉に青ざめた。
「じゃ、じゃあ、これが、成体の地球人!?」
「地球人、やばすぎ……」
「梅子が地球人の女性…この襲撃者が男の成体だというならこの強さも納得いく気がしますね…」
映像を見直すと、訓練された武装兵士が、全く歯が立っていない。まるで、大人が子供をあしらうような、いや、子供がたわむれに小さな生き物を弄んでいるかのような圧倒的な力の差。
全員でその場を少し離れてから、クウラが、ヒソヒソ声で言った。
「な、なあ、少し思ったんだが……」
全員がクウラを見る。
「俺たち、小遣い稼ぎに、あの結晶を売っちまったよなあ? クキキキ……もしかして、すげえ、やばいんじゃねえ?」
全員が、黙り込んだ。
確かに、エネルギー結晶の一部を横領して、闇市で売った。それが今、奪い返されている。
「わ、私は、取ってないし……」
梅子が慌てて言うと、ケルケンが睨んだ。
「お前も、金を受け取って使っただろ! 同罪だ!」
「うわあああ!」
クウラが頭を抱えた。
「地球人の、やばい戦士……きっと、これが、パニッシャーだ!」
「本当に、実在したんだ!」
「俺たち、終わりだ!」
パニックに陥るクルーたちを見ながら、梅子は冷や汗を、流していた。
考えてみれば、自分は、最悪のことをしている。
元々アマノガワ同盟の星の出身。それなのに、自由主義連盟の兵士になった。アマノガワに届けられるはずだった貴重な荷物を奪い、自由主義連盟に渡した。しかも、その一部を横取りして、闇市で売った。
小さい頃から「絶対にしてはいけない」と教えられてきたことを、思いつく限り全部、やってしまっている。
梅子の脳裏に、幼い頃の記憶が、蘇った。
母と祖母が、寝る前によく聞かせてくれた話。
ナマハゲ、ブギーマン、悪い子のところには、お化けがやってきて連れ去られる。泣きながら「いい子にする」と約束した、夜のこと。
特に祖母は、真剣な顔で言っていた。
「裏切り者には、必ず報いが来る。逃げても、逃げても、必ず、見つかる」
当時は、単なる脅し文句だと思っていた。
でも、もしかして――。
梅子の顔が、青ざめた。
一番危険なのは、自分だ。アマノガワ同盟を裏切り、荷物を横領し、闇市で売った。これ以上の裏切りが、あるだろうか。
「どうしよう……」
小声で呟く梅子。
ラエルザが、まだパニックを続けている。
「パニッシャーに狙われたら、終わりっす!」
「逃げよう! どこか、遠くへ!」
「でも、どこに逃げても、見つかるって、聞いたぞ!」
梅子は、震える手で、自分の端末を見た。
故郷の連絡先が、まだ残っている。母に、父に、連絡したい衝動に駆られた。
でも――今更、何を言えばいい? 「悪いことをしたから、お化けが来そうです」なんて、十八歳にもなって。
それに、もし本当にパニッシャーが来たら、家族にも迷惑がかかるかもしれない。
梅子は、深呼吸をした。
落ち着け。これは、ただの偶然だ。自分たちが売った結晶なんて、ほんの一部。狙われる理由なんて、ない。
でも――心の奥底で、祖母の声が、響いていた。
「悪い子のところには、必ず、お仕置きが来るよ」
その声は、なぜか、今になって、初めて、本気の響きを帯びて聞こえた。




