第十一話「異文化の晩餐」
梅子は、衝動的に街へ降りた。
もらった分配金を握りしめて、市場を歩き回る。
生の大豆。合成肉ではない、本物の鶏肉。田舎の何百倍もする値段に、店主も驚いていた。でも、もう、どうでもよかった。
飾り付け用の紐、リボンになりそうな布、蝋燭。聖火祭に必要なものを、片っ端から買い込んでいく。
宿の部屋に戻ると、梅子は無心で作業を始めた。
大豆を水に浸し、鶏肉の下ごしらえをする。祖母に教わった通りの手順で、一つ一つ、丁寧に。
紐を器用に結んで、麦の穂の形を作る。それを繋げて、壁に飾り付けていく。部屋が少しずつ、記憶の中の聖火祭の風景に、近づいていく。
妙に、心が落ち着いてきた。手を動かしていると、余計なことを考えずに済む。ただひたすら、祖母に教わったことを再現していく。
料理の手順、紐の結び方、蝋燭を立てる位置。体が、全部覚えていた。
*
数時間後――。
歓楽街で堕落の限りを尽くしたクルーたちが、宿のロビーで集まっていた。
「梅子には、助けられたなあ」
クウラが、酔った声で言った。
「地球人がクルーにいて、本当に良かったっす」
ラエルザも、頷いた。
「今後は、地球人枠をもっと連盟も増やした方が、いいんだろうね」
ケルケンが提案すると、全員が同意した。
「そういえば、梅子は元気なかったよな」
「酒でも、買っていってやるか」
「二次会だ!」
適当な酒を買って、梅子の部屋へ向かう。ドアをノックして開けると――そこには、異様な光景が広がっていた。
部屋中に、植物を模した飾り付けが施されている。水で煮た大豆が、山のように盛られ、原始的な蒸留酒らしき液体から、強烈な匂いが立ち込めている。
異文化を知らない彼らには、まるで異教の儀式のような、不気味な世界に見えた。
「こ、これは……」
全員が、ホラー映画の主人公になったような気持ちで、恐る恐る部屋に入っていく。
奥で、何かをしている梅子の背中が見えた。
彼女は何かの動物の肉を捌いて、内臓を取り出しているところだった。
ラエルザは、ごくりと生唾を飲み込んだ。他のクルーたちは、へたり込みそうになる。
梅子は鶏肉に香草を詰め、強烈な臭いの香辛料を素手で擦り込んでいる。それをオーブンに入れて、焼き始めた。
「ふへへ」
満足そうに笑いながら振り返った梅子の顔を見て、全員が腰を抜かした。それは純粋な喜びに満ちた笑顔だったが、状況が状況だけに、不気味に見えた。
「あ! みんな! 座って座って!」
梅子が嬉しそうに、椅子を引く。
クルー全員は、恐る恐る席についた。
テーブルには、カロリー度外視の手作り料理が並んでいる。合成食品の味と見た目しか知らない彼らには、まさに魔境の食い物だった。
「地、地球人、やっべえ……」
誰かが小声で呟くと、別の誰かが慌てて口を塞いだ。
「しっ!」
梅子は、自作した豆の甘煮を、幸せそうに食べている。
「まさか、あの結晶の金を、全部これに……?」
誰かが、呆然と呟いた。生の食材など、どう考えても、法外な値段だ。
仕方なく誰かが豆を口に入れると、むにょっとした感触に、顔をしかめた。
「美味しい?」
梅子が期待に満ちた目で聞いてくるので、全員が、仕方なく頷いた。
「そうだ、そろそろ焼けたかな」
梅子がオーブンから取り出したのは、ローストチキンだった。
羽をむしられ、首のない肉の塊。内臓の代わりに、香草が詰められている。
寸胴なケルン星人に似た形に見えなくもない。これも目が飛び出るほど高額な上に、彼らにとっては、グロテスクすぎる代物だった。
ラエルザは吐きそうになったが、必死に、耐えた。
「これ、地球のカーカラシカ地方の、聖火祭の料理なの」
梅子が、説明を始めた。
「豆は豊穣を、鶏は繁栄を、表すのよ。祖母が、毎年作ってくれてた」
クルーたちは、顔を見合わせた。地球の伝統料理か。それにしても、原始的すぎる。
「地球って、地域によって文化が違うんすね」
ラエルザが恐る恐る言うと、梅子は頷いた。
「うん。私の故郷は、カーカラシカっていう地方なの。地球でも、特に田舎の方」
その一言に、全員が納得した。地球は多様な文化が混在する星だと、聞いている。
梅子の言う「カーカラシカ地方」が、実は地球の地名ではなく、銀河を二分する超大国の名であることに、みんな割と聞き覚えしかなく、ちょっと、不穏すぎる気配を感じていた。地球にいるという法力使いという謎の戦士たちの噂は戦うことを商業にする者たちにとってあまりにも有名だ。
梅子は鶏肉を切り分けて、全員に配った。
仕方なく口に運ぶクルーたち。意外にも、香草の香りが良く、味は悪くなかった。
「あの、梅子」
クウラが、恐る恐る聞いた。
「これ、毎年、やってたの?」
「うん。家族みんなで」
梅子の表情が、少し、曇った。
「今年は、一人だけど」
その言葉に、クルーたちは、何も言えなくなった。
梅子が故郷を恋しがっているのは、明らかだった。
でも、彼らにはその気持ちを完全に理解することは、できない。生まれた時から宇宙を渡り歩き、故郷という概念が希薄な彼らには、梅子の郷愁は理解しがたいものだった。
それでも、仲間のために、彼らは不慣れな料理を、食べ続けた。
不思議と、二口、三口と進むうちに、原始的な味が、口に馴染んできた。豆の素朴な甘みも、香草の強い香りも、合成食品にはない、何かを呼び起こした。
それが何なのか、彼らにもよく分からなかった。ただ、嫌な気分ではなかった。
梅子は、その様子を見て、ふっと笑った。
今夜だけは、この狭い宿の部屋が、瞑想の星の縁側に、繋がっているような気がした。
壁に貼った麦の穂の飾りが、蝋燭の炎に揺れている。
その光が、げっそりしているクルーたちの顔を照らしている。ぱっと見はそれは、ホラー映画のグロテスクな晩餐に見えなくもなかった。




