聖人の告白、王国の原罪
禁書庫に流れる張り詰めた空気を切り裂くように、カインド・ピースフルはゆっくりと歩み寄った。その手には聖剣はなく、ただ一冊の古い日誌が握られている。
「歴史は勝者が書き換える。……貴様が読んだその羊皮紙は、権力者たちが都合よく改竄した『公式の嘘』だ」
カインドが投げた日誌を、フィリップは受け止めた。それは当時の王宮直属の聖騎士であった男の記録――若き日のカインド自身の直筆だった。
「二十年前、我ら勇者パーティーは『魔王討伐』という大義を掲げた。だが、当時の王は『魔王と手を取り合って新たな秩序を築く』と公言していた。……我らは騙されていたのだ。『魔王=絶対悪』という教義を盲信し、救世主であると信じ込んで、世界で最も慈悲深き賢王を手にかけた」
カインドの黄金の瞳が、過去の追憶に曇る。
「我らは英雄となった。だが、その裏で国は腐敗し、血の継承が始まった。……私が今、この国で『処刑人』として振る舞うのは、己の罪を背負い、かつて救うべきだった王の血筋を絶やさぬようにするためだ」
フィリップは絶句した。カインドがこれまで自分を殺さず、泳がせていた理由。それは、監視や粛清のためだけではなかった。彼自身もまた、過去の過ちに縛られた「亡霊」だったのだ。
「貴様は、その王の唯一の生き残りだ。今の王家は貴様の存在を知れば、世界を滅ぼしてでも貴様を消そうとするだろう」
カインドはフィリップの肩に手を置いた。その手は、以前のような冷徹なものではなく、どこか震えていた。
「フィリップ。私と一緒に、この腐敗した王国を終わらせないか。……王として君臨するのではない。この国の『システムそのもの』を破壊し、人々が本当の意味で自由に生きられる世界を作るために」
エリザが静かにフィリップの隣に並び、その手を取った。彼女の瞳には、カインドの言葉に対する疑念と、フィリップを信じるという強い意志が同居している。
「フィリップ、私はあなたの隣にいるわ。……たとえカインド様が、私たちを切り捨てる日が来るとしても」
フィリップは深く息を吐き出し、コンパクトを握りしめた。
カインドという強大な共犯者を得た今、フィリップの「偽装」は、もはや国を騙すためのものではなく、王国を根底から覆すための「最強の武装」へと昇華しようとしていた。
「……わかりました。カインド様。俺は、公爵令嬢として、そして貴方の『毒』として、この国の心臓を止めてみせます」
地下書庫の影で、少年、公爵令嬢、そして聖人が手を組んだ。
王国の滅びと、新たな世界の胎動が、この瞬間から始まった。




