仮面の裏側、姉妹の誓い
学園祭の喧騒が嘘のように静まり返った夜。寮の自室で、フィリップは窓辺に立ち、月明かりを見つめていた。
ドレスは泥と魔法の痕跡で汚れている。コンパクトの鏡に映る自分の顔は、公爵令嬢フィリアだが、その瞳に宿る光は、孤児院で生き抜いてきた少年のそれだった。
背後でドアが開く音がした。振り返ると、そこにはエリザが立っていた。彼女はいつもの穏やかな微笑みを浮かべていたが、その手には短剣が握られている……わけではなかった。彼女が持っていたのは、フィリップが今日、競技会場で地面に落とした「孤児院の形見である粗末な銀のペンダント」だった。
「これ、競技場の砂の中から拾ったの」
エリザは静かに歩み寄り、フィリップの手の中にペンダントを握らせた。
「フィリア、という名の子に、こんな平民の装身具は不釣り合いだわ。……ねえ、本当のあなたは誰なの?」
フィリップは息を呑んだ。言い訳を探す言葉を脳が必死に探し出そうとするが、エリザの真っ直ぐな瞳を前にして、すべてが空虚な音に消えていく。
「……信じてもらえないかもしれない。俺は、ハインツエッジ家の令嬢じゃない」
静寂の中、フィリップは語った。孤児院での日々、死から逃れるための女装潜入、カインドとの共犯関係、そして自分が何者かもわからないという不安。
すべてを吐き出したフィリップは、エリザが自分を軽蔑し、あるいはこの部屋から逃げ出すのを待った。
しかし、エリザがとった行動は、フィリップの予想を大きく裏切るものだった。
彼女は優しくフィリップの肩を抱き寄せ、その背に額を預けた。
「……過酷な運命を背負わせているのね、父様も。私、ずっと不思議だったの。公爵令嬢の教育を受けていないはずのあなたが、どうしてこんなにも誰よりも気高く振る舞えるのか」
「え……?」
「血筋なんて関係ないわ。あなたがどんな姿で、どんな名前であれ、私の前で見せてくれたその優しさと強さは、まぎれもなく私の大切な家族よ」
エリザの温もりに、フィリップの目から熱いものがこぼれ落ちる。それは、孤児として誰にも頼らず生きてきた少年が、初めて自分という存在を肯定された瞬間だった。
「……でも、正体がバレたら、カインド様に」
「大丈夫よ。カインド様だって、本当は分かっているはずよ。あなたが単なる『毒』以上の存在であることを」
エリザはフィリップの顔を覗き込み、いたずらっぽく笑った。
「これからは、二人でこの国を変えましょう? 私があなたの『影』となり、あなたがこの国の『変革者』となるの」
その夜、二人は「公爵令嬢」と「平民の孤児」という枠組みを超えた、真の姉妹としての誓いを交わした。
フィリップの胸には、死への恐怖を上回る、「誰かのために戦う」という新たな目的が灯っていた。




