5-13 壱拾九話 それぞれの愛のかたち 4
停学もいよいよ折り返し、今日から一週間は駅前の喫茶 花菖蒲へ社会奉仕活動に
出向く羽目に。そういえば──────、雅蓮と店の様子を見に行った際に
居た男。
蒼 真司。雅蓮が辛い目に合ってたあの日、傘を差すオレに対して器用にも肩を
ぶつけて来た男。あの日も先日も、なんか存在が曖昧な雰囲気の男だった。
見た目年齢の割にグレーの若白髪、その白髪と殆ど変わらないような色の
ピンストライプグレーのスーツ。全身灰色の姿はまるで幽霊のようだった。
それでいて、なぜか気味悪さを感じなかったのは奴の職業柄、オレが
よく見ていた映画の主人公にどこか似通っていたから親近感を感じる
ため──────、本当にそれだけなのか?
「ねぇ、マコトもコーヒー飲む?」
「ん、オレ淹れるよ──────」
「いいよ、座ってて。このあとお仕事なんだからゆっくりしてて」
雅蓮がそんな気を使ってくれるのがすごく心地良い。
オレんちのキッチンで慣れたように湯を沸かす雅蓮を見てるとなんだか擽ったいな
ふと思い立ち、ベッドの上に掛けたハンガーの制服の内ポケットから生徒手帳を
取り出す。
アレを取り出す時まで気付かなかったこの名刺──────
「探偵事務所 杜若。か──────」
どうやらこの見慣れない漢字は“カキツバタ”と読むらしい。
どういう意味か解んないけどさ──────
そういえば、昨日の夜まではここに男子のエチケットたる
アレが収まってたんだよな。予行演習無しに本戦に挑もうとしたもんだから
破けて使い物にならなかったんだけどな・・・
カズのやつが“どうせなら一番薄いやつ買おうぜ”なんて云ったからだ
お前も失敗したらいいんだ。絶望しろ!
結局、お互いなんか緊張しちまったのも有って、二人のハジメテは
上手く行かなかったわけだ・・・はぁ。
名刺には“お困りごとご相談ください”とあるから
オレの失敗体験について相談してやろうか!
結局、行為そのものの成否なんて関係なく、二人の心は通じ合ったんだから
イイんだけどサ、やっぱそのさ・・・男子としての最初の夢じゃん?
「ねぇ、なに赤い顔してるの?」
アイコーのグラスふたつを手にジト目の雅蓮がベッドの上で制服の
ブレザーの袖を握りしめたオレを見上げていた・・・
「あー、リベンジマッチはいつかなってさ」
「──────えっち。そんなのわたしに聞かないでよ、ばか」
会話ボールを普通に打ち返すな! そこは茶化して惚けなさいよ!!
朝からはずかし・・・
「そんな気にするなら──────」
「無くてもお風呂なら平気だよって、言ったのに・・・」
分かったゴメンもういいから、この後お前の母さんのトコ行くんだぞオレ!!
どんな顔して祐実さんに会えっていうんだよ、気まずいな・・・
生徒手帳から取り出した名刺を手に、ベッドから降りてカウチに腰を下ろす
両手でグラスを手にして隣に腰を下ろした雅蓮がストローを吸う
チウチウとした小さな音を聞きながら、名刺に視線を落とす。
確かこの名刺の持ち主は雅蓮の事を“ガーちゃん”と親しげに呼んでいたし
雅蓮自体も古くから知っているというより、懐いていると言ったほうがいい
ような素振りだったな、この真司という男に・・・
なんかムカつく。嫉妬すんなァ、聞いたろ。
「ガレンさ、この真司って人。前から知ってんの?」
「真司さん? 知ってるよ。お母さんの雇い主だもん──────」
「あー、そっか。去年初めて窓際のマコトを見て最初に思ったのって」
「お店の奥に居る、真司さんみたいな子だなってそう思ったんだった」
「んだよそれ、妬ける事言うなァ・・・」
「フフッ、妬けるんだマコト──────」
「イタっ・・・もう、てい!」
クスクス笑いやがって、繋いだ交差した指を握りしめてやった。
二人に同時に襲った手の痛みと脳天に落とされた雅蓮チョップを痛感しながら
オレはなんとも言えない疎外感みたいな寂しさを感じてた。
この街に古くから居る雅蓮と祐実さんはオレがつい最近知った
この真司なるオッサンとも前から知り合いだったんだって
知らないのはオレだけなんだってさ
母さん。美咲にこの街に置いて行かれた時のように
やっぱり俺は一人ぼっちなんだって、そんな思いがぶり返したみたいでさ。
この街の新参者で、自分から進んで知り合いを作ろうとしなかった
オレは、やっぱり一匹狼のフリした子犬なんだって実感しちまうと
めいいっぱい背伸びして拵えた鎧の中に隠れたくなる。
オレはこの街で、異質な存在なんだって
そんな気がしてさ──────
「マコト?──────どうしたの。急にそんな悲しい顔」
「べつに。ただなんとなくさ、外様の寂しさみたいな思いがしてさ──────」
そんなこと言った途端に繋いだ手を引かれて
そのまま抱きしめられてしまった。
「──────マコトってさ、けっこう繊細なところわたしに見せてくれるよね」
「そんな弱みを見せてくれるのってわたしにだけ? そうだったらイイな」
クスクス笑う頬を付けた雅蓮の吐息が耳に掛かってくすぐったかった。
一週間は雅蓮の願いも有って、お互いの気持にリミッターを掛けずに
マジ恋するって二人で決めた。でもだからそうだと言って、年中こうして
抱きうようなベタベタな付き合いをする必要もなく──────
大物買うなって言ったのに、カウチをうっかり雅蓮がポチっちまったのは
結果的に大成功だったわけだ。
結局、オレ達が好きな茶をシバキながら肩を並べ、手を繋いで一緒に居るって
いう穏やかな時間を過ごしているだけで、オレは十分すぎるほどの充足感を
もらえていた。たぶん、雅蓮もそうだと思う。
「はぁ・・・なんかこうしてるの超、落ち着く──────」
「えへ──────わたしも」
ホラな。
この感じはきっともう、恋じゃないんだと思う。
素敵な想いなんだけど同時に、この幸せが期間限定だってことに
絶望と恐怖が足並み揃えて襲ってくる。
この二人の想いが一生続いて欲しい、ただそう願うことでしか
抗うことが出来ない気がして、必死に願っている。
離れたくないって──────
「はぁ、そろそろ時間かぁしかたね行ってくる」
「なんか有ったら電話して」
「うん、いってらっしゃい」
「あ、そうだ。鍵してくけど、買い物とかさ、なんか外出る時困るから」
「これ合い鍵な。雅蓮持ってて」
「あ・・・ うんありがと──────」
そうして雅蓮に部屋の鍵を渡して部屋を出た。
駅前の目的地まで向かいながら、鍵を渡したことについてあたらめて実感すると
なんか照れくさくなってきて赤面してきた。ヘルメットがフルフェイスで
良かったよ。マジで──────
ムズムズしながらも、拾分も走れば目的地の喫茶 花菖蒲がある
駅前に達する、が・・・って
「なんじゃこれ・・・」
店前には10数台のスクーターや電動自転車が並び、皆同じような黒い四角い
バッグを携えていた。コイツ等、まさかイーツ部隊じゃねぇか?!
パネェな、大盛況だ。下見の時に案内された裏口手前にデュラハンを停め
中の祐実さんを伺う
「おはよう御座います日比谷です! 一週間お世話になります。」
「マコトさんいらっしゃい。よかった時間どおりね・・・」
「あら、制服で来ちゃったのね・・・」
「はぁ、一応課外活動の一環ですんで・・・」
祐実さん含め、数名のスタッフが忙しく働いている中
祐実さんは、オレにとって当たり前の礼服に呆れたようにクスクス笑いながら
バックスペースに掛かった黒いエプロンをオレに着せてくれた。
「これでヨシ。汚れてしまうから明日からは私服で。これは業務命令です」
「じゃ最初の配達おねがいね。配達先はここの二階。探偵事務所 杜若よ」
「はい?」
そうしてオレの手に持たせた使い古して雰囲気の出たステンレスのトレーに
旨そうな香り立つカレー二皿と付け合せのサラダ、それにビールジョッキに
注がれたアイスコーヒを乗せた祐実さんは笑顔でオレの背中をトンと押し
時間は気にしなくていいからと裏口からオレを笑顔で送り出した。
薄暗い階段を盆に乗せた配達品を落とさないように注意しながら二階へ上がる。
二階には三室空き室があり、狭い廊下の奥に探偵事務所 杜若の文字が
磨りガラスに直書きされた古い扉を認めてその前に立つ。
慣れないオレがウエイターがよくやるような片手持ちなんてシたら
祐実さんのカレーを床にぶち撒けそうだからな・・・といっても両手持ちじゃ
ノックも出来やしねぇ。仕方ないと、ガッコ指定のローファーのつま先で
ドアを小突きノックした。
「おー昼飯か? 開いてるよ、入れよ」
そうは云っても探偵サン。こっちは両手がふさがってんだよ・・・
「すいません、慣れないんで両手ふさがってんだ。開けてもらえます?」
しばらくして、例の男が扉を開けるのを磨りガラスの人影で察して一歩
横にずれると、タバコの煙を纏わせ鼠色の幽霊みたいな男がひょいと
顔を出した。
「来たなボウズ、入んな。メシはそこのテーブルに置いてな」
一歩その事務所に踏み込んで、その異質さに少し失望した。
ちょいと憧れの探偵事務所なんて言ったら、映画館の屋上のアレや
意味もない雑貨や中華街の土産物が散在して鉄の螺旋階段が在る
ごちゃ着いた空間を想像していたんだけどな。
ミニマリストなんて言葉がシックリするようにこの部屋は他の空き室と
変わらないような少しカビ臭い、空っぽの空間だった。
オッサンが座する背もたれの高い革の椅子、アンティークなまるで指揮官用
っぽい大きな机と、これまたアンティークって言えば聞こえがいい
古い応接セット
家具と言えるものはそのぐらいで、のこりは隣の部屋にある幾つかの書類棚
ぐらいなものだった。んだよこれ・・・ちっとガッカリだぜ──────
男が指差すアンティークなテーブルに配達のカレー二皿と付け合せを置き
お代を頂こうと、コレまた古い大きなテーブルに体を預けた幽霊野郎に
近づくと予想外な声を掛けられて戸惑う。
「どした、座れよ食おうぜ。腹減ってんだろ? 」
そう云って男は、ヒビだらけの革製ソファにどっかり腰を下ろした。
二人分のメシを運んだから、てっきり助手さんか
あの紫色の美人校長がお出ましになるもんだと思ってたが・・・
「あの、オレこれでもガッコの命令で奉公中なもんで」
「あぁ、課外活動だろ? だから今日お前の課題は、俺の話し相手だ」
そう云って向かいのソファを顎で差した。
もう何が何やらだよ・・・
とりあえず古いレコードのジャズが流れる空間で、お互い無言のまま
祐実さんの絶品カレーを頂いて、おっさんが核爆発にも耐えそうな
ワンドアのアメリカンな冷蔵庫から取り出した缶コーラを受け取って
一息ついた。
「さって、そんじゃお悩み相談の報告でも始めますかね」
「は? 相談って、頼んだ覚えも心当たりも特に無いんですけど・・・」
「ユーモアが通じねぇガキだな・・・じゃ聞き方を変えるか」
「ボウズがなんで一人この街にほっぽり出されたか」
「ソイツが喉につかえた小骨のようにずっと引っかかってる。だな?」
何なんだよコイツ・・・
一昨日、下の花菖蒲で去り際に“話聞きたかったらいつでも尋ねてこい”
なんて、耳打ちして行きやがって、一体オレの何を知ってるっていうんだよ・・・
つか、何モンなんだこのオッサン!
「なぁ、今の口ぶりから言うと随分オレに詳しいみたいだけどさ」
「アンタ、なにもんなんだよ・・・」
悪いが敬語なんて使うつもりもない、敵かもしれないからな。
話題では美咲の存在も示唆してた。オレはともかく、仙台のアイツに
なにか危険が迫るならオレは──────
「なぁ、ボウズ。その無作為に敵意をばらまく癖、良くないな」
「やめとけ。俺がお前の敵なら、逆手に取って必ず裏をかく」
「弱点は見せるな、冷静でいろ」
「っと、俺の正体だったな。待ってな──────」
そうムカつく御高説を宣って、真司“サン”は隣の資料室と思しき部屋に消えた
オレが敬語を使わなかっただけなのに、アイツはどうしてオレの敵意を
見抜いたんだ? マジなにもんなんだよ
戻ってきた真司さんは花菖蒲で見ていた物と同じ革のフォルダをテーブルの上に
置き、またソファにどっかり座り込んで、煙草に火を灯した。
はぁ、煙草嫌なんだけどな・・・
でもここは真司さんの居城だ我慢するしか無いか
「ここだけの話だ、いいかボウズ。この蒼って名字はでっちあげだ──────」
「その上で、あえて言う。オレはお前の身内だ。美咲に聞いてもいい」
「はぁ?!」
突然何を言い出すかと思えばこのオッサン・・・
美咲からはそんな話ちっとも聞いたこと無いぞ! どういうことなんだ?
「ボウズ、これはお前と美咲の臍帯血から採取したDNAを元に鑑定した結果だ」
「俺が身内だって言う決定的証拠だな。どうする、見るか?」
「あぁ、証拠だってんだろ? 拝まさてもらうさ」
「よし、但し条件がある」
「事実を知った上でこの先、俺に関しての質問は3つまでだ」
「ボウズに関しての話なら、まぁ──────ある程度は教えてやる」
んだよそれ、そっちの都合が悪い話は口を噤むって事じゃねーか
「キたねぇよな大人ってさ──────」
「そんなの真司さんのさじ加減ひとつって事じゃねーかよ」
「大人か──────。ボウズ、自身が大人ではないって自覚がある以上」
「この話はお前にとってプラスだ。どうだ、見るか?」
そこまで云われちゃ見ないわけにも行かないだろ・・・
真司さんは、この鑑定は然るべき信用がおける機関によるものだと
前置きした上で革のフォルダを開いた・・・
書類の鑑定日・・・それはオレが美咲の腹の中に宿って間もない頃の
日時が記され、書類自体はまぁ17年前のものらしく、ところどころ茶色く
煤けていた・・・
「父子適合率0% 3等親適合68%」
「つまり、俺はお前の叔父さんって事になる──────。書類上はな」
突然この街に身内が出来た。なんて、紙ペラ一枚で納得すると思うか?
一体このオッサンはどういうつもりでこの事実を今オレに語ったるっていうんだ?
訳わかんねぇよ・・・。美咲はなんで叔父がいることを黙ってた?
なんで今になって真司さんはオレの前に現れたっていうんだ?
「ま、コレを見せたからって納得なんざ出来ないよな」
「妹・・・、美咲に止められてたんだよ」
「お前と絶対に会うなってな──────」
「だが、お前と雅蓮ちゃんが面倒事に巻き込まれた──────」
「で、俺は美咲との約束をギリ反故にならんように、お前に名刺を渡した」
「生徒手帳に忍ばせたのは失敗だったがな・・・」
「なっ! あの事態を知ってたっていうのかよアンタ!!」
「知ってたさ──────」
「だからもうちっと早いとこで名刺に気付いて貰いたかったんだがな」
真司さんはそう言いながら、美咲に俺が関わることに下手に介入するなと
指示を受けていたらしい事を語った。
おおよそ想像は出来る──────
つまり、オレが一人ぼっちだと思い込んでたってのは
美咲の気まぐれでアイツの単なるイジワルだったって事じゃねーか
「ボウズ、仮の話だ。雅蓮ちゃんに危険が迫ってると察知したお前が」
「俺やシラユキ、アヤメと始めから知り合いだったとして」
「俺達大人にお前はどのタイミングで助けを求めた?」
「直感でいい、言ってごらん──────」
「クッ・・・そんなの、オレは──────」
突然そんな事を言いだした。蒼 真司、蒼 白幸先生 そして蒼 アヤメ校長か
学内で起きた生徒同士の問題だ。先生方に話を通すのも筋が通ってる・・・
結果的にだが、雅蓮がああなってしまった状況を考えるに、あそこまで発展したら
立派な傷害事件だ、警察の出動だって有り得る。
じゃ、オレはどのタイミングで大人に助けを求めるべきだったんだ?
「あ・・・。そういやあの時、白幸先生がオレに傘を借して・・・」
「──────。最初から知っていたら、たぶんその時に」
「そうだな。お前が俺達を知ってたなら──────」
「きっと梅雨の訪れた六月五日の放課後、駐輪場で出くわしたシラユキに」
「一言は相談しただろう。様子がおかしい友だちがいるってな」
「ボウズ、生徒手帳。最初の一ページを見てみろ」
悔しい思いで舌打ちをしながら云われるがまま、ブレザーの内ポケットから
取り出して確認した。
生徒心得
1. 本校生徒として誇りと自覚を失わず
自身の責任に置いて、自律した行動に努める。
「そこに記されたとおりだ。俺達大人はな」
「お前からのSOSを受けて初めて、お前の舞台に臨場できるんだ」
「だから聞いたんだ。どのタイミングで助けを求めた、とな」
「ボウズ、何で仲間三人のうち、お前だけ停学になったか理解るか?」
「お前が深追いしないように家に縛り付けるためさ」
「綿貫嬢ちゃんや配下の連中を血祭りにあげないようにな──────」
「信用ねぇんだな・・・。雅蓮が悲しむからそんな事しねぇよ」
もどかしい。結局はオレがもっと早く雅蓮の危機に気付いていれば
あそこまで事態が悪化せず、大人達の介入に依って事態収集が敏速且つ安全に
行えたってことか・・・
チッ! 何だよ、結局気付けなかったオレが悪いってのかよ!!
一人で何でも解決できるって粋がって、それを咎めたいっていうのかよ!
突然現れて身内ズラしやがって・・・このオジサン、何だって言うんだ!
「いいか真。俺達に相談すれば──────、これはただの結果論。仮の話だ」
「だがな、実際はお前自身で事態解決の一歩手前まで切迫した」
「これはな、この街に来てお前一人で築き上げた自信があったからだ」
「誇っていい。並大抵の人間が出来るこっちゃ無い」
「だが覚えておけ、次は真っ先に俺に相談しろ。イイな?」
叱りたいのか褒めたいのかどっちなんだよオジサン!
でも確かに、オレがこの街に暮らしはじめた時に真司さんや
白幸先生、アヤメ校長の事を知ってたら、オレは──────
「美咲はな、お前の自主性を育てるため」
「あえて我が子を谷から突き落とすような事をした」
「その結果、お前はどうした」
オレは・・・ 一人ぼっちの心を守れるのが一人だと自覚して
できること、全部をがむしゃらに──────
「いいか、美咲はな。お前と同じような歳でお前を身ごもった」
「同時に──────まぁ詳しくは言えないが」
「美咲自身の自主性が問われる事態に巻き込まれた」
「そんな時、お前の親父と、死んじまったお前のじっちゃんから」
「美咲は自主性を伸ばす教えを沢山学んでたんだ」
「窮地に陥った際、どうすべきかをな」
「・・・・・・・」
「美咲はそれをお前にも学ばせたかったんじゃないか?」
「もちろん俺達“守護聖人”っていう保険をかけながらに──────」
云われた意味もわかる。インフルを心配して駆けつけた美咲が
まるで踵を返すように帰ると云ったあの時、オレは心細さを
まっさきに感じたんだ。母親離れが出来てないって
自分でも実感したよ。
そんなオレがこの地に来た時に、先生や校長そしてこの真司さんを
紹介されていたら、たぶん──────
最初からずっと甘えていただろうな・・・
オレがハリネズミの鎧をこしらえるために美咲はわざと
この地にオレ一人ほっぽり出したっていうのか?
「と、まぁ愚妹は愚妹なりに色々考え、甘えん坊のお前を鍛えたってわけだ」
「──────結果、上手く行った。お前は一人の少女を守り抜いた」
「美咲が俺達の事をお前に伏せていた理由、理解したか?」
「まぁ情操教育の手段としては・・・、下の下だがな」
チッ──────、んだよ・・・いまさら
修行だってんなら、なんで今真司さんはオレに会う気になったんだ
美咲との約束を破ってまで──────
「ボウズ、こうしてお前に直接会うことになったのもな、実のところ」
「美咲の指示だ。お前一人でこなす鍛錬の限界を迎えたってな」
「あともう一つ。お前が成長の第一段階に達したからだ」
成長の第一段階に達しただって?
一体何の話だ?
確かに17のオレが今、この街で出来る事。
人から習ったり、効率的な移動手段を得るためにバイクの免許を取ったり
身を護る術はあらかた習得したつもりだ、それを言ってるのか──────
「なんだ、気付いてないってのか。全く──────」
「親友と呼べる存在を作ったことだよ」
カズヤ、雅蓮の事が・・・
たしかに自分でも理解したさ、痛いほどな──────
二人を守るにはオレが築き上げたハリネズミじゃダメだってことも。
そして、確信したんだ。
カズと雅蓮、二人はオレが持っていないもの、オレの憧れだったことを
素で出来る奴らだって・・・。だからオレは二人に惹かれ、同時に
一緒に居たいって思ったんだ
「いいか、お前はこの街でもう、ひとりじゃない」
「掛替えのない存在と出会った」
「こればっかりは俺達大人がお前に教え伝えられることじゃない」
「お前自身が見つけ出した宝物だ、美咲が初めに考えたハードルを越えてみせた」
「何かあれば俺達大人が必ず支える必要とあらば叱る。そりゃもう全力でな」
「だから伸々やれ。自分が思うままに──────」
突然正体を明かしたかと思えば今度は父親ズラかよ・・・
でもなんだろう、この安心感は。この真司サンに感じていた親近感
確信はなかったけど、心で理解していたのか? 身内なんだって──────
ん、待てよ。身内と謂やさっき、美咲が教えを受けた話の中で
親父の話が出たな──────
まさかこの人、親父を知ってる?
「なぁ、真司サン。ひょっとしてオレの親父のこと──────」
「──────あぁ、知ってるとも。会った事も共に戦った事も在る」
「だが守秘義務があって部外秘だ。教えてやれるのはそうだな、名前ぐらいか」
「“ソウマ”お前のオヤジの名だ」
女作って美咲から逃げたって云う、親父の名なのかそれが・・・
ガキの頃から鬱積した思いからつい言葉になってそう呟いちまった。
したら真司さんはケタケタわらって膝を打ってた何なんだよ全く──────
「そういえばさ、真司さんはどちら方の叔父に当たるんだ母方?」
「父方だってのは勘弁してもらいたいな──────」
「なんだ、三回限りの質問、貴重な一つをそんな事で使っちまうのか?」
「うっ・・・いや、やっぱいい」
オレはエリクサーをラスボスまで持ち越す性格だからな
この先のために質問の機会は温存しておこう・・・
しかし──────
真司さんの話を聞いて、色々穴だらけだった心のパズルにピースが
どんどんハマって行くこの感覚・・・ ホッとしたと云うかなんて言うか
「おっと、もう15時か」
「下の祐実ちゃんに報告して帰んな。初日の課外活動は終了だ」
真司さんにそんな事を云われ、空の皿を持たされほっぽり出されてしまった。
仕方なく事務所を後にしてお店に戻る。祐実さんがお夕飯にと二人分の
食事を用意していてくださり、すっかり呆気にとられたまま雅蓮の待つ
自宅に戻った。
鍵を開けたそこに居た雅蓮の首元に倒れ込むように頭を預け
デッカイため息をつく。結局さ、俺が自分の為にと拵えた
カリソメの鎧がなければ、二人と親友に成るキッカケも掴めなかったんだって
「おかえりマコ──────えっ・・・あれあれ。ど、どうしたの?」
この安心とぬくもりを俺に齎してくれるこの存在と、親密に成ることも
無かったんだって。そう想えんだけどさ、もうチット何かやりよう無かったのか
母さんよォ!!
「よしよし、疲れちゃったのかな」
「なんかさ、色々気疲れした。夕飯までカウチでぼんやりしたい・・・」
「ガレン、隣りにいて──────」
そんな、オレが今まで言いそうもないような言葉がスッと出てきちゃう辺り
真司さんが云ってた“成長の第一段階に達した”ってことなのかもな
「ふぅー、これで良かったのか愚昧よ・・・」
真が流行病に倒れたから見舞いの序だなんて、突然俺のもとに現れたが
どうせ──────口実に過ぎんのだろ?
本来の目的は知らんが、俺と真の接近禁止令が解除になったのは渡りに船だ。
さっそくで真には悪いと思っているさ──────あのDNA鑑定書も偽装。
悪いな真、本物なんか見せられっこないさ。なんて言ったて──────
「父子適合0%だが──────」
「本人適合98.99%の確証なんだからな・・・」
この結果は俺しか知らない秘密として墓まで持っていくしか無い。
真が愚妹の腹に宿った時、俺は対消滅を避けるために調べ尽くした
真と俺の同一性を否定する確証を得るのに必死だった。そりゃもう
あらゆる手段でな──────
今でも覚えているさ、トライデントに新たな命を授かった
あの時に見た光景を、そして俺はきっと、あの瞬間に決めたのさ。
この生命の使い方を・・・
俺のコピー元。2043年のヒビヤマコト──────
さっきまでここに居たボウズを、あの悲しげなマコトにしてはならないと
愚妹の本心、こうなったらそれも利用させてもらうさ・・・
真をロイの手駒にさせないためにな──────




