5-11 壱拾九話 それぞれの愛のかたち 2
蒼 真司 年齢:推定44歳 職業、私立探偵。
名は偽名。年齢も遡行時の記録から計算するに六十を越え偽証。
その職業すらも自称にすぎない探偵業──────
今日日、探偵業なんて語っちゃいても、業務内容はまだマシなものでも
素行調査が大半、それも張り込みが必要な案件なんざほぼ全くない
只のしがない日陰者。
古いアメコミや映画に出てくるような華々しい事件なんて全くない。
直近の依頼なんて、突然やって来た十歳位のお嬢ちゃんが箱いっぱいの
マテバシイを報酬に猫を探して欲しいというものだった。
二十年もここでこの仕事してればお嬢ちゃんの依頼も慣れたもんさ
マタタビさえあれば即解決だ。
このようにその実情たるや、なんてことはない所謂街のなんでも屋。
当然、人は言う。そんな仕事で食えるのかと
勿体振るつもりもないのではっきり言わせてもらう。
食えない。
次に人はこう問うだろう、ではどうして二十年もの間、続けていられるのか。
簡単さ、パトロンが居るからだ。このオレの前に座って祐実ちゃんに人差し指
一つで注文したアイスコーヒーにアホみたいにガムシロをブッ込んでる
コイツもそんなパトロンの一人だ。
名は 日比谷 美咲 年齢 36歳 職業、自称IT技術者
世界でその存在を知る者は数名と居ない隠匿された人物。
公安調査庁内で封殺されている古い資料に依るところ
最後の目撃例が十八年前の東北とされ、現在所在不明なハズの電子の妖精様が
なんで京都に、それもオレの目の前に居るんだろうなぁ──────
なぁお前に聞いてるんだぞ愚妹。
六月十三日────── 自宅謹慎七日目 二週間停学の折返し
昨晩、何度か雅蓮のお花摘みに肩を貸し付き合って、結局寝たんだか
寝てないんだがわからないままに夜が明けた。鳴り出す前のアラームを前もって
切り、やっと落ち着いたスヤスヤ寝息を立てる眠り姫を起こさないように
コッソりとベッドを抜け出した。
スマホを手に、抜き足差し足でキッチンにたどり着く、時刻は朝六時を
回ったあたりだ。常識的に考えて、こんな時間に他人様に電話するなんてのは
失礼極まりないのだが、一晩がれんに寄り添って辛そうにしている彼女の為に
自分は何も出来ないのがただただ不甲斐無くて、藁をも掴む気持ちでスマホの
連絡先。祐実さんの表示をタップした。
「あっ──────、朝早く失礼します、真です。祐実さんじつは・・・」
正直な所そりゃ言葉にしづらいさ! 知識として知っちゃいてもその現象を
男子が、それも女性にさ、しかもその子のお母さんにだぞ・・・
どうしたらいいか相談する為に、その事象の名を語るのですらそりゃ
勇気がいるよ・・・つか言えねぇー
でもさこれって絶対大切な事だし、こういう見えない部分に目を背けて
綺麗事だけで語る様な恋愛論って、オレ絶対違う気がするし
こういう時こそ側に居てこそのカレカノなんじゃないかと思うし・・・
・・・えっと・・・つまり・・・その・・・なんだ
あぁ、やっぱオレ混乱してるぅ──────
『・・・ごめんなさいね迷惑かけてしまって』
「め、迷惑だなんてそんな事ちっともっ・・・」
「雅蓮辛そうだからオレ、何か力になれればと」
「祐実さんオレ、どうしてあげたら良いですか?」
『大丈夫よ心配しないで真さん』
『あの子ももう何度も経験してることだから平気。プロよプロ』
プロて・・・
『ここだけの話ね──────』
『雅蓮、初日と二日目が重いのよ、雅蓮に言っちゃダメよ怒るから』
『明日には良くなってるからね、できたら今日一日そばに居てあげて』
『それだけでいいのよ真さん』
『きっと好きな人のそばに居たからだと思・・・あ! そう真さん』
『一つ話しておかなきゃ・・・』
その言葉にゴクリと固唾をのむ。
でも雅蓮のためならオレはどんな難題だって──────
『あの子、すーっごくわがままになるから、フフッ頑張ってね真さん』
はい?
祐実さんは仕事に向かう前に様子を見に来てくれるという。
祐実さんにとってはもう何度も見てきた事なんだろう、でも初めての事で
がれんの力に慣れているか不安なオレに、例のフフフをなんどか口ずさみながら
勇気づけてくれた。電話を切って少し元気をもらえフゥと安堵が漏れ出たが
間髪入れずに起きたらしい雅蓮の声が聞こえてきた。
「マコト? むぅ居ない・・・ねぇおねがい、そばに居てー!」
「はいはい! ただいまお嬢様」
そうして部屋に戻ると、起きたお嬢様が寝癖頭のままベッドに座り
奈良の大仏様も真っ青なほどガチ座りのすげージト目でキッチンの
オレを見てた。うわぁ・・・
その後、彼女はパジャマを着たままベッドに横になったり
カウチに座ってみたり、終いには冷蔵庫を開けてその前でしゃがみこんで
何も取り出さずに扉を締めてみたりとまったく落ち着きがない。
きっと、ジッとしていると痛いんだろうな・・・
どこかが。
「なぁがれん、歩いてたりするのって大丈夫?」
「・・・・うー。うん少しなら」
「朝のお散歩にでも行く? 駅前までさ」
「・・・・うん」
気分転換に駅前コンビニまでの誘いに彼女は了承した。
同じ感じかなんてわかんないけどさ・・・
去年だったかな、夜中に突然虫歯が痛みだして翌日歯医者が開くまでの間
痛くて痛くて夜中中部屋の中を歩き回ってさ、遂には鼻まで詰まってきて
痛みと息苦しくてブチキレて、外に飛び出し少し散歩に出たら少し痛みが
和らいだんだ、それを思い出してさ──────
「マコト・・・着るもの無い。服貸して」
「え、こんなにいっぱい私服持ってきてるのにか?」
「だって・・・ほとんど白系なんだもん」
んーよく解んないけどまあ良いか。
「サイズ合いそうなのパーカージャージしか無いけどいい?」
「──────うん」
雅蓮は少しだけ丈の長い男物、お揃いのパーカージャージを着て家を出た。
いつものように手を繋いで、雅蓮の歩幅に合わせて朝の歩きなれた道を行く
何度か立ち止まったりしながら、倍とまでは行かないにせよ
少し時間を掛けてコンビニに到着する。
ご所望のレモンアイスや彼女の好きそうなファッション誌などを買って
店を出た。手を繋ごうと振り返るもオレを置いて彼女は店に戻っていった。
買い忘れでも在るのだろうかと思ってついて行こうとするも、ジト目で睨まれ
「うー!」と唸られたので大人しく外で待つことにした。
帰り道、徐々に歩幅が狭くなっていく雅蓮の繋いだ手が遂に止まり
その場にしゃがみ込んでしまった。通学中の同じ学校の生徒や通勤中の
人々が、平日の早朝からお揃いのパーカージャージを着たオレ達に
不思議そうに視線を向ける。
辛いのか、まゆをクシャクシャにしてまるで栗を逆さにしたような
ぶっくくれた顔してさ。アリんこの行列を笹で叩くのやめなさい
かわいそうに・・・
普段のお前なら絶対にやらないよな、人目のある道っぱたで
しゃがみ込むなんてさ、そういうトコ結構気高かったりするもんな
そんな、こども雅蓮がなんかとっても愛しくてさ・・・
そう言えば昔、オレが6歳ぐらいのときだっけな。
保育所帰りで眠くて座り込んだオレに美咲が、よくしてくれたっけな
そんなアイツのあったかい背中を思い出して真似してみる。
「がれん、ほらおんぶ」
「──────うー・・・。うん」
おぶるために彼女の前にしゃがんで背を向ける。
彼女を待つと、ゆっくり首に手を回して背に力なく寄りかかって来た。
雅蓮を背負いあげて、二人分の買い物袋をぶら下げて家に向かって歩く。
彼女をおぶって歩いていると、同じ学校の制服を着た連中が幾度も俺達と
すれ違う、通学時間だからな。
そんな中、何人かがすれ違った後に“えー”だの“もしかして今のって”だの
ヒソヒソ話してるのが聞こえてくる。昨日校庭で大々的に宣言しちまった
しな・・・まぁ仕方ない。
昨晩、まともに寝れてなかった雅蓮がまもなくオレの背で寝息を立て始め
ずり落ちるの何度か体を揺すって持ち上げる。
雅蓮ってこんなに軽かったんだな・・・なんて思いながら歩いていると
祐実さんの軽自動車がオレ達を追い越して少し先で止まった。
「やっぱりあなた達だった!」
「よかった雨降りそうよ。さぁ乗って真さん、帰りましょ」
助手席で膝を抱えて窓枠に頭をもたれる彼女を後席の真ん中から
見ている。人によって症状はまちまちだって知識では知ってはいたけどさ
毎月こんな辛い思いしてるなんて、世界中の女性を尊敬するよ、まじで。
運転席の祐実さんはそんな娘を慈愛の眼差しを向けながらフフフと
笑みを浮かべていた。母親と娘という関係をこれまで見たこともなかったし
知らなかったオレは、その光景になんとも言えない愛を感じたんだ。
そして、少しだけ羨ましいなと思った。
やっぱりまだ、母親離れが完了してないんだなオレ・・・
まもなく車はアパートに付き、先に降りてトボトボ玄関に向かう雅蓮を
ポケットから鍵を取り出し、追うように車を降りようとした時、祐実さんが
振り返ってオレに問いかけた。
「お散歩に出たのはあなたの提案?」
「真さん! グッジョーブ!!」
そんな称賛を頂いたが、意味はよくわからなかった・・・
鍵を開けると彼女はトボトボ部屋の中を真っ直ぐに、ベッドに向かい
前からそのままダイブした。
「うわぁ...デスマで虚無に落ちた女子社員みたい・・・」
「フフフ、ほんとそんなかんじ。お邪魔しますね真さん。」
祐実さんは雅蓮の隣りに座って話しかけてる。オレは買ってきたアイス等を
冷蔵庫にしまいながら二人のやり取りを聞いたんだ・・・
「雅蓮、おウチに帰りましょ」
「──────やだ」
「でも真さんに迷惑をかけてしまうわよ?」
「や!!」
「雅蓮、あなたはどうしたいの? ちゃんと教えて、ね」
きっと雅蓮の生命が救われた日からずっと
繰り返されてきたやり取りなんだろうなこれってさ。
それにしても──────
すごいわがままになる・・・か
ふふ、子供だ・・・ キレイめおねーさんの姿したこどもだ・・・
そうか、雅蓮がオレにたまに見せてた子供モードって、甘えたい人にだけ
見せる姿だったんだ。そう気付いた途端になんか心が凄くくすぐったかった。
「真さんごめんなさい。やっぱり帰りたくないみたい」
「任せちゃっていいかしら・・・」
「もちろんそのつもりです。こんな弱気ながれん滅多に見れませんから」
「あら! フフフ、たのもしい。真さんキッチン借りていいかしら」
「有り物で何か作るわね」
「マコト! もう早く来て。そばにいてよ!」
「やべ、お嬢様がご立腹だ・・・」
「あ、真さんこれ飲ませてやって痛み止め」
「あげて良いのは8時間に一度、胃に悪いからなにか食べた後にね」
祐実さんはそう云って、白い箱の市販の鎮痛薬とコップに注がれた水を
オレに持たせ、背中をとんと押した。なんかそれが心強くてあったかくて
振り返ると手に持ったお玉の柄を口元に寄せて、フフフと目を細めていた。
取り敢えず両手の薬と水をテーブルに置いて、ベッドで突っ伏してる
彼女の横に座り、ボサボサになってしまっているオレの好きな髪を撫でる。
デスマ虚無女子社員が、突っ伏したまま太ももの横に力なく伸ばしていた
右手でオレが着ているパーカーの裾をチョンと掴んだ。
しまった捕まった。これ多分これしばらく離してもらえないやつ・・・
近づく前にトイレ行っとけばよかったな──────
「じゃぁ真さん、後はヨロシクね。あんまり気負わないように!」
「卵粥作ったから良かったらあなたも食べてね」
「夕方また様子を見に来るから、あとあなたも少し寝てね」
あくびを連発してたのもシッカリお見通しだったようだ・・・
たしかにこれじゃまた倒れかねない。今度こそ蒼白幸先生に死なされる。
得体のしれない恐怖に身震いしながら祐実さんの方に視線を移すと
玄関先で小さく手を振っていた。オレが小悪魔に捕まったまま頭を下げると
クスクス笑いながら店に戻っていった。
「な、がれんさ。いいお母さんだよな、優しいし・・・」
「うん。でもダメだよ、絶対あげないからね」
ほんと交換してもらいたいくらいだぜ。
どっかのカーちゃんと──────
そんな話を二人でしながら少し遅めの朝食をいただく。
熱っ旨っ! 卵とレンチンのご飯だけのはずなのに・・・
「はぁ、あっという間に食っちゃった・・・今度作り方聞こう」
「わたし・・・もう、いいや」
雅蓮は半分ぐらい口にして陶器の蓮華を置いた。
無理しなくていいさ、また気持ち悪くなったら嫌だもんな。
オレはさっき祐実さんに渡された市販薬のパッケを開けて
一昨日の夜みたいに一粒雅蓮の唇にチョンと当てた。
「ほら口、開けて」
少し視線をずらして桃色に頬を染め、ちろりと桃色の舌先が覗いたので
その上に薬をのせる。それがなんかさ、可愛くてついフフフと笑ったら
指を噛まれた。
「 か む な 。水、全部飲んで。胃が荒れちゃうらしいから」
「うん──────、しってる。ありがと・・・」
コップの水をこくこく喉を鳴らしながら飲み干して、ぷぅと息をもらし
下を向いたままオレのパーカーを引っ張る。だめ!伸びちゃう伸びちゃうから!
「マコト、ゴメンね。わたし面倒くさい女になってるよね・・・」
「オレだってだいぶ面倒くさい男だぞ。ここ数日でもう知っただろ?」
「さ、少し寝よう」
肩を抱いて立たせ、一緒にベッドに座って、おとなこどもの雅蓮をよこにする
また捕まっちまう前にやることやっとかないとな・・・
「どこいくのっ! ねぇお願いそばに居て!!」
「お花摘みだよ・・・待ってて」
「──────うー、早くしてね」
急かすな!
用を済ましてスゥエットの腿で手を拭きながら部屋に戻ると
布団に頭まですっぽり潜ってるわがままお嬢様が、片手だけ布団から出して
帰りを待ってた。
その手をトンと指で突いてオレのポジション、窓際に陣取る。
ブラインドのスキマから梅雨時期の雨雲が黒々と広がっているのが見えた。
これは降り出すんだろうなと思った時、衣擦れの音とともに
布団の中のミノムシお嬢様が振り返ってオレの胸の中にスポっと収まった。
「ふふっ、あまえんぼ」
「うるさい・・・ばか」
祐実さんが云ったように、時間が立つにつれ雅蓮の身体も
落ち着いてきたようで、日常会話が成立するようになってきたみたいだ
「・・・ねぇ、マコトあのね──────」
「わたし・・・えっちしたくなってきちゃった・・・」
前言撤回。
「バカ云ってないで寝ろこの小悪魔!」
「・・・ちぇ、イジワル」
そう言いながら腰に回した雅蓮の腕が結構力強くギュッと抱きついてきたので
またここ数日のように肩を抱きながらサラサラの大好きな髪を撫でて
彼女のつむじに顎を乗せ、目を閉じて一つ深呼吸する。
「んっ、わたしそれされるの好き・・・すこし、恥ずかしいけど」
「なんかさオレすごく落ち着くんだ。これ・・・」
「ぅん──────」
おかしいよな、二人でベッドの中にいるのってこんなのばっかだ
まぁ、それ以外で男女がベッドに居るのは異常事態なんだけど・・・
とにかくだ。お互い熱でうなされてたり、どっちかが具合悪かったり・・・
あの日の保健室だって。
でも──────
そんなどこか心細い時に、お互いがこうやって抱きついて
一つになってさ。支えあってるから心が満たされて安心するんだ・・・
少し前だったらふたりとも恥ずかしくって、照れちゃって
抱き合うなんてとても出来なかったのにな──────
「・・・スー・・・スー・・・」
愛って言葉の意味。
今までよく分らなかったけど、多分こんな気持を言うのかな・・・
こういう・・・事なのかな──────
がれん? オレたぶん・・・
お前のこと愛してる
・・・・・・・
妙な寒気を感じ目を覚ます。
胸の雅蓮は穏やかな顔をオレに向けたままいつもの寝息を立てている。
インフルがぶり返したかななんて思い、手の甲をおでこに当ててみる
が、驚くほど冷たかった・・・直後玄関から不穏な音が響きわたる。
玄関のドアノブがガチャガチャと激しく音を鳴らす。
祐実さんじゃない、絶対にこんな事・・・
血の気がどんどん引いて、めまいがする。
隠れなきゃ! そう思うがオレの腰は彼女にガッツリホールドされて動けない
激しく音を鳴らしていたドアノブが静かになり、一拍置いて
鍵穴に静かに適切なキーが押し込まれる音が聞こえる。
まるでこっちの心の内を読むかのように
鍵山の1ノッチづつカチリカチリとキーが押し込まれていく・・・
間違いない・・・奴だ。
北方から新幹線に乗って悪魔が来たんだ・・・
オレはもう逃げ込む場所もなく、二人で掛けていた布団を頭からかぶった
二人の足が出ちゃったけど仕方ない・・・
「ね、ねぇマコト・・・どうしたの。外にいるのだれ? こわいよ」
「がれん静かに・・・大丈夫。がれんは取って喰われははしないさ・・・」
「オレは、頭からマルカジリだろうけど・・・」
遂に鍵穴からの音が止まる。
直後バアァァンと音がコンクリの擬音となってブッ飛んできたんじゃないかって
勢いでマイキャッスルの城門が打ち砕かれた・・・
「さぁ!まこと時間切れよ!! 参考書はちゃんと仕舞ったの!」
「ちゃんとパンツは上げたのかしらー!──────ってあらぁ」
「これは一体どういうことでしょう・・・」
あーオレ・・・死んだー。
「マコト!ねぇ誰。怖いよ」
「母さんだよ・・・オレの──────」
「えっ──────」
突然俺の部屋に入ってくるでもなく、悪魔がゆっくりとパンプスを脱ぐ
音が聞こえ、どうやら部屋の外で美咲捜査官による実況見聞がはじまった
キッチンの卵粥が入ってる鍋の蓋を開け閉めする音、脱衣所の扉を開き
トイレを開け閉めする音。浴室のアコーディオンドアを開ける音・・・
無警戒に雅蓮が密林でポチポチした物品が部屋のあちこちに置かれている
多分、真っ赤な視界の美咲EYE、その赤と黒の二色モニタには
雅蓮の私物その一つ一つに十字のターゲットがロックされ、その名称が
カタカタタとあからさまなSEと共に活字で映し出されてるんだと思われ・・・
「あらぁ?」だの「あらら」だの「へぇー」とか言いながら
状況証拠を集めているようで・・・
「ねぇ・・・ど、どうするの? どうしたらいいのマコトっ・・・」
「なんで仏様みたいな穏やかな顔で昇天してるのよ、マコト!」
オレの短い人生をターミネートする為に奴は遂に部屋の引き戸を
一気に開き、その重苦しい足音がドスリドスリと真っ直ぐベッドに
向かい聞こえてくる。そして遂にオレ達の直ぐ側で立ち止まる・・・
オレ達の顕になってる二人の震えた足の元から布団をひっつかみ
部屋の明かりが真っ暗な布団の中に殺意の光として差し込んだ。
デデンデンデデン!
あぁ、さようならがれん。オレお前のこと愛してた──────。
「てーい!」
「ハイ!──────まことと女子みっけ」
「え、えへへー、み、見つかってしまいました」
チーン。
ほぼ一年ぶりに突然やって来て、まるで自分家のように的確に急須や
湯呑の場所覚えてやがって・・・一切迷いなく自分の茶を
入れようとするな美咲ぃ!
「アンタ達何飲む? えっと・・・あら、スポドリしか無いわね」
「昨日までインフルで死んでたんだから仕方ないだろ!」
「うわ・・・マジ? やばいところに来ちゃった」
口元を手で抑えて部屋中の窓を開け始めた美咲。
即物的なんだよなぁ・・・少しは思いやりを持てよぉ・・・
実際、雅蓮はすっかり怯えちまって二人の後ろで繋いだ手が
小さく震えてるじゃないか!
美咲は戸棚の奥にオレが封印したはずの湯呑に、新幹線の中静岡あたりで
買ってきただろう煎茶を入れ、オレ達にはコップに入ったスポドリを
中二テーブルに二つ置き、オレ達二人に向かい合うように座った。
「さてマコト。──────隣のお嬢さんとはどういうカンケー?」
「恋人だよ! オレのカノジョ!! なんか文句ある?!」
繋いだ手がビクリと震え、雅蓮が見開いた瞳でオレを見てる・・・
え、そうだよねがれん? 一瞬で桃色に頬を染め下向かないで
オレ・・・不安になるから。
その直後から小さく震えていたのがパタリと止み、恋人繋ぎが
より力強くなった気がする。あまり力入れないでね痛いから・・・
「ふぅん、ちゃんと自覚在るなら──────まぁよし。」
「ねぇお嬢さん、具合悪いんでしょ? ムリしないで寝ててね、えーっと」
「が、がれんです。鏃 雅蓮ですお母様・・・」
「はじめましてねがれんさん。わたしは日比谷 美咲、あなたの彼の母親」
「美咲でいいわよ。お母さんなんて呼ばれる程人間出来てないから」
そんな自己紹介から始まり、美咲の事情聴取めいた質疑応答が始まる。
停学になった経緯、インフルで寝込んだ話。親友ができた話なんかをね
そうしてると雅蓮の薬が切れてきたのか、雅蓮の様子が・・・
辛そう。
「がれん大丈夫? 横になっていいよ」
「ううん、大丈夫だから・・・ハァ」
「・・・・・・へぇ」
さっき薬を飲ませてから八時間・・・今が十五時だから・・・まだ駄目か
そう薬の箱を見ながら考えていると玄関のドアベルが鳴り──────
「あーら今度は誰かしら」と立ち上がってハイハイ言いながら玄関に
向かい。チョットやめて勝手に、ここオレの家ぃー!
美咲が玄関を開くと様子を見に来た祐実さんが立っていて・・・
「あら・・・喫茶店の」
「えっ・・・あ先程のお客様?」
ってな会話が執り行われ・・・
雅蓮と俺はカウチに移動し、祐実さんVS美咲の母親特別デスマッチが
中二テーブルで開催されようとしていた。
なんだこの状況・・・
いきなり修羅場ラバンバか? ならオレはパーカーの紐をいつでも引ける
ように握り瞬時に爆死できるように備え・・・ってことしてる場合じゃない。
コイツ辛いのに「お母様の前で横になるのは失礼」だとオレに耳打ちし
オレの肩にもたれかかって必死に堪えてる・・・
母親同士のとりとめもない・・・というか自己紹介からはじまった
我が子達の話に花を咲かせ、美咲の得意技の搦手により祐実さん
あっさり陥落。もうすっかりオトモダチですか・・・
時計を見ると十六時を周る頃だった。
もう薬飲ませても大丈夫だな。
二人の横を通り過ぎてキッチンで水を汲んで雅蓮に薬を飲ませ肩を抱いて
お腹を擦る。ハッと気付くと母親二人と目が合ってしまった・・・
二人してニヤニヤとオレを見やがってさ!
「な、なんだよ・・・」
「なんでもないわよ、さって。じゃ帰るまこと」
「では祐実さんお言葉に甘えて・・・」
「え? もう帰るのかよ美咲」
「帰るわよ。だって邪魔でしょ?」
「なにシに着たんだよ一体!」
「インフルで倒れたってアヤメが言うから様子見に来たのよ」
「ピンピンしてるじゃない? ならもういいかなって」
「じゃねまこと! エッチなことしちゃダメよー」
そう云って二人の母親たちは楽しそうに談笑しながら家を出ていってしまった。
い、一体何だったんだ。オっかないな・・・せめて一報してから来てくれ
悪魔め・・・玄関を見つめボーゼンと立ってたら
雅蓮にベッドへ押し倒されてしまった・・・
「・・・・んっ、はむ・・・」
「──────んーー!!」
やめてー雅蓮やめてー、突然の貞操の危機ぃぃ!!
アタシまだ心の準備が・・・
「ねぇマコト、もう少し寝よっ・・・わたし・・・いますごくね」
「ベタベタしていたいのっマコトにィ!」
「い、イイけど・・・やらしいのはダメだよ?」
帰りの新幹線まで時間が有ったのでアヤメの店でカレーをご馳走になって
かえることにした。真の話からなぜこの町に真を一人で住まわせているか
に及んで、祐実さんは車を道の端に寄せハザードを焚いた。
「へぇ・・・それじゃ真司さんの妹さんって美咲さんだったのね!」
「そそ、アヤメの店の店長さんだったらあの娘・・・って」
「歳でもないわねもうお互い。アヤメと真司の関係もご存知よね?」
「・・・えぇ」
「真司は病気で子供が作れない身体に」
「それを気にしてアヤメのプロポーズに答えられないでいるの・・・」
「バカよね、二人あんなに愛し合ってるのに・・・」
知らない訳ないわ、二階の事務所より花菖蒲に居る時間のほうが長い元エメス
真司とオーナーの事はいくらなんでも10年お店にいれば想像付いてると思う。
彼の偽名 蒼 真司ってその苗字もね
実際、お兄ちゃんがアタシに詳しく話さないから
知らないんだけどさ、彼には戸籍がなかった。
この町に彼が戻ってアヤメ、シラユキそしてラチェットの親代わりとして
一緒に住むに当たりアタシが住民基本台帳をチョット・・・ね。
アヤメは当時17歳。真司は44歳。だからアタシはアヤメに云ったのよ・・・
彼は大人だから押し倒してでもモノにしなきゃ
アタシと相馬みたいになるわよって。
結局、アヤメが二十歳になってから二人は正式なお付き合いを始めた。
「だからね、子供が出来ないなら子供をあてがってやろうと思ってね・・・」
「この街のアパートを借りてまことを住まわせた訳。知り合いも多いしね」
「アヤメの手紙から二人の行方を察してはいたんだけど・・・」
「あの通り進展なし。でしょ?」
「都合よく、まことがポカしたのを利用して真司をまことのそばに
行かせたわけ。年齢的にも二人の性格的にも、まぁ親子みたいなものだし
あの子にも父親役が必要な年頃だし丁度いいじゃない?」
「さしずめアヤメと真司をくっつけるカンフル剤よ、うちの子」
「フフフっ美咲さん、あなたって面白い・・・」
「やだなー、アタシはいつだって本気よ」
「ね、祐実さんあなたも協力してくれる?」
彼女はプッと吹き出して口元に手の甲を寄せてクスクスと笑ってその手を
アタシに差し出した。よーしよし、これで盟約成立ね!




