5-10 壱拾九話 それぞれの愛のかたち 1
「──────フゥー」
体に悪いからといつも取り上げられるタバコを吸いながら、ベッドで愛する
女の肩口が素肌のまま上下に揺れているのを複雑な思いで見つめている。
何度体を重ねても、作り物のこの体は子を成せない。しかもこの体は
あの日から全く老化しない・・・いや、この髪を除いてか──────
禍の事件から既に一八年になる。オレがこの町に戻り二人と一匹の
親代わりとなって連中を陰ながら支えてきたが、オレのお陰様も全く
必要とせずに彼らは自らの人生を自分たちできちんと見出し
それぞれの職に付き今やそれぞれが悠々自適に日々を暮らしている。
人の親になれないハズが、連中の成長を見届けた事でこうして今や
親としての喜びも与えて貰えた。
「フゥ──────」
その一人があの渦中でオレに募らせていた想い。カリソメとは言え
家族を守るため、世間体という下らないものを理由に、随分と長い間
つらい思いもさせた。
彼女が二十歳になった時それに応えたあの日から、一体どれだけの
時が立っただろう──────。
なんて、数えりゃすぐにでもわかるんだがな。
だがそれ位、オレの中では長い長い時が経ってしまった気がする。
歳を食わないオレだけを残して成長し巣立っていく連中が
まるで、皆オレを置いて遠くに行ってしまうような気がしてな・・・
いまでも稀に絶望する。
オレはいつからこんな弱気に成ってしまったのだろうか──────
「ぅん・・・・・。あら、起きてましたの?」
「お茶を入れるわね、それともあなたは、またビールかしら」
「──────、あぁ」
そんなオレの疎外感を愛した彼女が繋ぎ止めていてくれる。
この世界に居ていいんだとな。だが、愛した女に子を授けてやれない事に
引け目を感じ、オレは数年前彼女に投げかけられたキボウに対して答えを
言い出せないでいる。
彼女はこんなオレの気持を慮り、何も言わないでオレの隣りに寄り添って
いてくれる。まったく、何時の間にこんな大人になっちまったんだろうな・・・
だが、オレはそれに甘えちまってるのがただ情けなくて、こうしてたまに
隠れて吸うタバコの煙が目にしみる
「また・・・、煙草はだめ──────」
シーツのドレスに身を包んだ彼女はベッドに戻りオレから
タバコを取り上げて一口それを吸い灰皿にもみ消した。
肩を寄せ、愛し合った後の茶を楽しみながらに、いつもの言葉をふと口ずさむ
「わたくしは、あなたさえ居てくれればいいのよ真司・・・」
その言葉の礼にと、オレは彼女の頭を引き寄せて首筋に口づけをする。
彼女はそんなオレの眼を今日も変わらずに真っ直ぐ見つめていた──────
六月十二日────── 自宅謹慎六日目 昼前
「随分とポチッたな・・・おまえ」
二十四時間空いている牛屋で朝食を取り、戻ってくるとタイミング良く
雅蓮が買ったネットショップの購入品がマイキャッスルに着弾した。
昨日スマホでポチポチしていた物品なのだが、10箱近くある・・・
鏡台と衣装棚も買おうとしていたので流石に止めさせた
二人が学業に復帰して雅蓮が帰った後、俺の部屋に残されていったら
邪魔だからな。
ともあれ彼女の服をしまうところがないのも問題で、オレはタンスの
引き出し一つを空けて衣装棚をシェアする形で納得させた。
むしろ喜んでたのがよく解んないけど・・・
「じゃーん! わたしのヘルメット」
「おっ! へぇ、可愛いじゃん」
ニケツする際、流石にいつまでもカズのコルク半をパクるのも
悪いとおもって雅蓮に自分のを買ったらどうだと提案したが
うん、悪くない。
蒼先生にバイクを取りに来いと言われたので、祐実さんの店に行く前に
二人で学校に取りに行こうと思う。雅蓮のメットも届いたことだしな。
「お母さんのお店ね15時に夜の部開店だから」
「その前の13時ぐらいに見に行こ!」
「じゃ、十三時前に学校にバイク取りに行くか」
時計を見るとまだ十時前、しばらく時間はあるし、雅蓮の
インフルも治りきっては居ないんだ、時間まではゆっくりとするか。
そう思ってベッドに寄りかかって伸びをすると、机の上に積んである
課題本の残り四冊に目が止まる。
せっかく借りたんだしそのまま図書館に返すのもなんだしな。
感想文を書かなくていいのなら、読むのなんてべつに苦でもないし
時間潰しにはもってこいだ。それに、オレの制止が間に合わず
雅蓮がポチって着弾しちまった二人がけローソファカウチもあるし。
本を手にオレがカウチに移ると、ネットショップ密林の箱を、
クリスマスの子供よろしく嬉々として開けていた娘っ子が、にへーっと
笑って駆け寄るように隣に座った。
哲学書のような小難しい純文学の文庫本。雅蓮が興味を示すような
物では無いのだけど、きっと新しいカウチの座り心地を確かめ
たかったんだろうな・・・
「もう読んだ? じゃめくって」
「うん・・・」
オレの肩に自分の肩を密着させて隣り合ってる、オレの右手は例の恋人繋ぎに
捕まってしまい、肩にサラサラのボーイッシュな頭をあずけたまま、一冊の本を
二人で読んでいる。両手が塞がってるからページをめくるのは雅蓮の役目。
やがて、どちらが合わせているわけでもなくぺージをめくる
タイミングが重なり合い、読んだか確認するそんなやり取りも不要になる。
三分の一ぐらい読んだ所で自動ページ送り機能が停止した。
やっぱりがれんはファッション雑誌がお似合いか。自然に漏れたフフフと共に
本を閉じて隣の頭にオレの頭をあずけ、いつものように眼閉じた。
「やっぱ、こういうのいいな・・・」
「お起きてマコト・・・もうすぐ時間だよ、着替えて行こ!」
繋いだ手がクイクイ引かれ、目を覚ます。
そう言うと彼女は立ち上がろうとするが繋いだ手をチョイと引いて座らせ
彼女のお腹付近に頭を埋める。もうさ、このまま今日の予定をブッチして
しまいたい。もし、オレ一人が今までのような自堕落な生活をしていたら
今日は昼寝デーになってたんだろうと思うと、なんか笑えてくる。
「・・・てい!」
「いて・・・」
脳天チョップで叱られて、彼女に手を引かれお互いの制服を持って
着替えのために洗面所へ向かう。彼女は入り口付近で振り返り、繋いだ手を
離すと、制服を胸に抱いたまま人差し指を自分の瞳に寄せて
桃色の舌先をちろりと覗かせ洗面所の鍵をかけた。
マッタク・・・どうせそんなことだろうとは思ったよ。フフッ・・・
自室に戻って久々の制服に袖を通す。数日前に彼女がこのワイシャツを素肌で
身に付けていたことを思い出し、少し照れくさい思いがする。
そんなオレの心を見透かすように、彼女は洗面所から制服姿でひょいと現れ
キッチンと自室を隔てる引き戸から、部屋の中を覗き込むように顔だけ出し
「チッ! もう着ちゃってたか・・・」
「見んな──────がれんのスケベ!」
見たいんだったら脱いでやるぞ?
バイクを取りに行くだけの登校だが、指定の格好にシッカリ身を整える
こう見えて、規則はきちんと守るのがカッケェと思ってるからな。
文武両道を地で行く彼女もちゃんと制服を着こなしていた。
彼女のこういう所もカッケェと思うんだオレは。
同棲中の恋人ってのは普段こんな楽しいことをして暮らしていたのかと思うと
他者を寄せ付けまいと、ハリネズに成って不良と殴り合ってた去年一年が
すげぇ無駄だったような気がして笑える。そう思いながら鍵を締めて先に
歩き出した彼女を追う。もっと早く雅蓮と知り合っていたなら・・・
そんな事を思った時に、意気揚々とオレの前を行く彼女が振り返り
オレに向かってにへーっと笑いながら手をのばす。その手を当然のように掴むと
雅蓮の好きなあの繋ぎ方に即座に繋ぎ直される。彼女にとってオレと手を繋ぐのは
コレしか有り得ないんだろうと思うとさ。なんかさ──────
それが微笑ましくて、くすぐったくて、恥ずかしくて・・・
「うっ──────いて!」
「もう、痛いよマコト・・・」
繋いだ手をギュッと少し力を入れると、互いに交差した指が悲鳴を上げ
同じ痛みが二人を襲う。さすが恋人繋ぎ、あのときカズが言ってたように
相棒の痛みは自分の痛みか・・・言い得て妙だな、なんて思ったんだ。
肩引っ叩かれたけどな・・・
恋人繋ぎの手が、隣の行進ガールの歩幅とともに大きく前後に揺れてる
こういう所、意外と幼いんだよなぁ・・・ 最初に雅蓮に会った時には
微塵も感じなかったんだけど、たまにこういう可愛らしい事を素でやる。
制服姿じゃそこまで感じないんだけど、私服のあの大人びた雰囲気
でも中身は等身大の同い年の女の子。そのギャップがなんだかさ・・・
二つのメットを肩に担いでその、おとなこどもの隣を歩きながら
なんとなくだけど、愛おしいと思った。
「ねぇ、学校着いたらちょうどお昼休みだね」
「和哉くんにメッセしてさ、また三人でお昼食べようよ」
そう云って雅蓮はカズにメッセを入れた。
三人で昼飯かイイな・・・でも歩きスマホはおやめくださーい。
駅前のコンビニで軽食を仕入れ
校門へ・・・ すると昇降口からカズが、まるで砂煙を上げて突進して
来るような勢いで俺達の前に現れた。
「あちゃー! 間に合わなかった・・・しかもご丁寧に手なんか繋いじまって」
「どうしたカズ。まさか、何かあったのか?!」
「何もかにも、校舎を見てみろ窓際ァ!」
そこにはソコソコの数の人影が、オレ達に視線を送っているようだった・・・
「見られちゃってるね・・・フフっ」
「見られてるなバッチリ・・・」
「おまえらな・・・」
カズが言うにはこうだ。
例の弓道場の出来事。首謀者はもとより、あの場でカズをボコした三年の
男連中は、停学退学含め厳重な処分を受けた。突然三年の二十人程の
ハンパな悪どもが消えたんだ、そりゃ連中に大小様々なメーワクを
掛けられてた大多数の普遍的な学生生活を望む連中は原因を知りたがる。
そこで名が上がったのがオレ達三人だ・・・
他校の不良にもその存在がヤベェと触書が回った狂犬のオレ。
全校にファン多し、弓道部の期待のホープ雅蓮。
そして昭和原チャリチームのヘッド和哉だ。
カズはともかく、やっぱり三人の中で、唯一の女生徒、しかも
どちらかと言えば優等生で人望もある雅蓮が、あの暴力沙汰の渦中に居た
ってのは彼女を知る生徒の中でとりわけ特異に映ったようだ・・・
そうなれば校内でウワサがウワサを呼ぶ。
しかも、そんな彼女があの事件をキッカケにその髪型を極端に短くした
オレ等男にゃわっかんねーが、髪に特別な思いのある女子の間では
一体何があったんだと学年関係なく、女連中の中で話題が駆け巡る。
しかも、どうやら停学処分を受けるような日比谷と付き合ってるんじゃないか
というウワサまで飛び交ってるらしと・・・
「そんな中でよぉ・・・話題の中心人物の二人がおてて繋いでノンキに
登校とはよぉ・・・」
「ねマコト・・・コレってさ」
「フフッ、むしろ好都合だな・・・がれんイイか?」
「あんまりやらしいのはダメだからね」
そんな人目の中でオレと雅蓮は固く抱き合った。流石にキスまでするのは
雅蓮に怒られるのでしなかったが。でもその効果は絶大で、校舎の方から
黄色い声が上がるのが、結構離れたココまで聞こえてきた。
オレ達の横でカズが尻餅をついて驚きの顔でオレに指差してる。
指をさすな、噛むぞ?
昇降口に生活指導の先公と思しき白ジャージが竹刀もって走って出てきたので
カズの手を取って立たせ、逃げ際にオレは窓際のオーディエンスに、これでもか
って位に大きく手をふると、マジLOVE繋ぎで手を握ったままの雅蓮も
見ていた生徒たちに大きく手を振った。
「お前たちさぁ・・・俺がどれだけ・・・ウワサの真相を聞いてくる連中にさぁ」
「ウソまで付いたオレの立場ぁ!! ああぁぁ唯ちゃん嘘ついてゴメンねぇぇぇ」
「いいから中庭まで走るぞカズヤ! 理由はちゃんと話してやるからさ!」
そんなオレ達の会話を他所に、雅蓮はココ数ヶ月見たことなかったような
屈託ない笑顔で──────
「フフフッ、あっはははははは・・・ 楽しィ。ね! マコト! 和哉くん!」
オレとカズは、そんな雅蓮の久々な笑顔と笑い声に顔を見合わせて
同じように大笑いしながら三人で手を繋いだまま校内を走ったんだ──────
中庭のベンチで食事を広げた親友三人。オレと雅蓮はこの後祐実さんの店で
ご馳走になるから、コンビニで買った一つのサンドウィッチを分け合い
それを横目で見てるカズが、カーチャンの弁当を突きながら
結構でかいため息をつく
「──────で、他の連中が雅蓮を諦めるようにってさっきみたいな事をか」
「お芝居ってなぁ・・・オレから見たらお前等もうお芝居には見えないんだが」
その言葉を聞いた雅蓮がスッと目を細めて下を向く・・・
「和哉くん・・・去年わたしに言ってくれたよね・・・スキって」
「あーーー!! ばかぁ、それを真の前で言うなって恥ずかしい!!」
「でもさ、あの時俺はたぶん本気じゃなかったんだよ、人気者の彼女が居たら
誇らしいなってそんな下心だけで告っちまって・・・さ」
「今は悪いと思ってる。だから雅蓮ゴメンなあれは取り消し」
「そりゃさ、真にちょっとは嫉妬しちゃうけどさ、マジなカレカノってきっとさ」
「お前等の様なつうかあで気心の知れたカンケーの事を言うんだろうなって」
「お前らの人前での抱擁を見てマジで思ったよ・・・」
「俺にはあんな度胸ねーよ」
「・・・・・・」
「それにさ俺は今、唯ちゃんのことしか考えられねぇしさ! へへへ」
「気にすんなよ雅蓮さ、お前らがどうなっても、俺達はズッ友だしな!」
「──────そっか、ありがとねカズヤ!」
「お! やったぜ名前呼び捨てッ! くぅーこれでやっと俺もマブダチになれたぜ」
まったく、隣で黙って聞いてりゃオマエ、やっぱマジすげーイイ奴だよ。
オレはお前みたいなダチ公が持てて幸せだ。
午後の予鈴チャイムをだいぶ前に、カズは教室へ戻っていった。
オレの席の前に座る女子と話がしたくなったって言ってな。フフッ
カズ頑張れよ・・・
「さーて! じゃ愛しのデュラハンに会いに行くか雅蓮」
「ねぇマコト、デュラハンって何? バイクのこと?」
そう思わず口走ってしまい後悔した。ぜってー誂われる・・・
仙台で美咲と一緒にたまに乗せてもらった白い馬のジュン。オレは免許取って
中古バイク屋でタンクに付いた馬のマークを見つけて、コレしか無いと思った。
多分、生まれ育った仙台。美咲との繋がりが欲しかったんだと思う。
あのときはまだ寂しさの真っ最中だったからな。
でもそれは絶版人気車種で程度の良い物はオレの貯金じゃ手に入らなかった。
そんな中で程度は中の下の同じ車種を店の奥から引っ張り出してきた店員が
下取り車のデユラハンを勧めてくれた。
馬のマークの首が剥がれてなくなっちまってるソイツを買って
すぐにデュラハンと名付けたんだ。そーだよ!中二ネームだよただの!!
「フフッ、男の子ってそういうの好きだよねー。でもさ──────」
ホラ来た!
「中学と一緒に卒業したほうが良いよーマコト」
「痛々しくて、お姉さん心配しちゃうなぁ」
「突き刺さることを言うなコノっ、コノッ!!」
繋いだ手をギュギュと握ってやった。オレも痛いがこの痛みは
オトナの階段を登る痛みなんだろうな。わかったもうしないから背中を叩くな!
駐輪場へ向かう木陰の中を歩きながら、そんな話をしていると弓道場の屋根が
見えてきた。
もし雅蓮がその場所を見て、トラウマ的な何かを感じたらと思って
咄嗟にいくつかの話題を考えだしたんだが──────
それは徒労に終わったようで・・・
「ねぇ! 弓道場見てきていいかな!」
「あ、雅蓮! 一人で大丈夫か?」
「うん! 先行っててマコト、すぐ戻るから!!」
そうして雅蓮は弓道場の方へ駆けていった。
実は少し心配してたんだ、あんなヒドイ事があったあの場所で
あんな精神統一が必要な競技を雅蓮が続けられるのだろうかって
でも──────
「全然大丈夫そうだな・・・よかった。停学が開けたら部活を覗きに行くかな」
そんな事を思いながら駐輪場へたどり着く。
そこに居たバイクの側の人影に思わず拳に力がこもる・・・
オレに気付いたその人影は、オレを真っ直ぐ見たまま寄りかかっていた
駐輪場の柱から身を起こしてオレに近づいてきた
ベビーフェイスの可愛い奴、越前屋 祐一だ・・・
「──────ようヒビヤ」
「どうしたよ、またイタズラかコイケヤ?」
「 え ち ぜ ん や !! ポテチじゃねえってったく」
「バイクは無事だったからな! パツキンのおねーさんがボロボロのトラックで
持って行ってしまったときにはさすがにオマエに死なされる思って
ひやひやしたけど・・・」
ま さ か ・・・お前オレが云った脅しを真に受けちまってたのか?!
可愛い奴だなおまえ相変わらず・・・
「ヒビヤ マコト! あ、いやマコト・・・さん。コレをオマエに渡せって」
「──────きさちゃんが」
そうオレに紙片を手渡すエチゴヤ。きさちゃん?
「なんだ、恋文を貰う心当たりもないが・・・」
「多分違うよ! 一人で行ったほうがいい。いいか! 忠告はしたからな」
そう云ってオレの顔に人差し指を向け去っていく越前屋。
何だその指は、噛むぞ? あ、そうだ・・・
「オイ、越前屋 祐一! オマエもうバイク見張って無くていいからなー」
「気持ち悪ィしーー! うっとおしいからァー!!」
「──────うるさい! コッチから願い下げだ、ばーーーか!!」
やっぱアイツ可愛いな。あの女が惚れるのがすこーーーしだけわかる気がする
奴が昇降口の方へ向かって校舎の影へ姿を消すのを見送って
その紙片を開いた。
[ 今日22時に校門前で待つ。 できれば・・・きて、渡したいものがある]
ふぅん・・・果たし状のくせに、できればなんだな──────
名前が書いてある。わたぬき きさら 女? 知らねー名だ。
とは言え心当たりはある。
越前屋祐一が持ってきた女の紙片。 一人で来いってな・・・
奴ら・・・まだ懲りてねぇのか
「おまたせマコ──────ト ねぇ・・・マコト、なんかあった?」
「すごい・・・怖い顔してる」
「いや! なんも、やっぱ一週間ほっといたからエンジンのフケ悪いなってさ」
「メット出してごらん、あご紐調整してやるよ」
「──────、うん」
カズが言うには三年の野郎どもは停学や退学になった。
退学食らったのはたぶんナイフなんて凶器を持ち出した奴だろう。
オレが逆恨みを買うには十分な理由だ。あの女、たぶん名はわたぬき。
蒼先生が云うには生かしてはいるそうだ。何があったかは知らないが
あの時の錯乱具合だ、ヒステリー起こしてオレを狙うには十分か・・・
「──────マコト・・・痛いよ」
「ん、こうやって結構シッカリシメないとさ、ころんだ時に脱げちゃうんだ」
「そう・・・なんだ。え、へへ・・・転ばないでねマコト」
そうして、本当はニケツ禁止なんだけど、オレと雅蓮は久々の学校を後にした・・・
「お母さん! 連れてきたよー」
「こんにちわ祐実さん、まさかと思ったけど、やっぱココでした」
学校より5分程の駅前にある水曜から世話になる社会奉仕活動先、
駅前の喫茶 花菖蒲。カレーが美味いと最近評判の店だ。
おれもウワサを聞きつけて食いに来て一発でハマった。昨日二人でご相伴に
預かったのも、雅蓮が作ったのも似てる味だと思ったけどやっぱりな。
さすがオレの肥えた舌。的中だったか!
「あ、真司さん今日も来てたんだね! お久しぶり・・・だね! 元気だった?」
そういう雅蓮の視線の先へ振り返ると、カウンターの奥。シルバーのスーツを
身に纏い、年齢の割に真っ白な髪をした男が足を組んでコーヒーを口にしていた
この男・・・どこかで──────
「ま、事務所が上なんで、その気になればいつも会えるけどなガーちゃん」
「とと、そうか夕方は部活だったな。じゃそうそう会えもしないか」
「 が れ ん マスクして。手は消毒した? マコトさんいらっしゃい」
駅前の古い雑居ビルの一階をリノベしたここらじゃ珍しい小洒落た喫茶店。
店の前には古いトライアンフが止まり、木製のデッキにはペット連れや
喫煙者がお茶を楽しめるように、ブルーの帆布が貼られた大きな
パラソルが目印だ。
奥の男はオレ達を一切気にすること無く革のフォルダに視線を落としながら
カップをたまに口に運んでる。
「さぁ! マコトさん。どうかしらお店の雰囲気は」
そんな導入で祐実さんは、仕事の内容とこの店のことをいろいろ
教えてくれた。カレーが流行った経緯、古い店を改装した理由、そして
祐実さんがオーナーではなく雇われ店長だってこと──────
「このお店のオーナーはね・・・フフフ、そこの真司さんの奥様よ」
奥の男を見ると、革のフォルダより目を離さず左手だけを挙げた。
「そしてなオーナーは、ガーちゃんとボウズ、お前たち通う学園長」
「蒼 菖蒲だ」
やっぱりだ。電話でオレの社会奉仕先は一任するようなこと云ってたが・・・
「あれ? 蒼 白幸 先生って、校長と同じ苗字ってことは旦那さん?」
「──────どういう事?」
「ちがうちがう、オーナーのお兄様よ真さん。ね真司さん」
そこまでご存知ってことはやっぱり祐実さんが瞳を☆にしてオレを誘ったのって
「やっぱり祐実さん始めっからオレを」
「ココに誘うつもりだったんじゃないですかーー!」
その言葉に小悪魔親子は桃色の舌先をちろりとオレに向かって覗かせた
奥の男はそれに肩を揺らし、フォルダをカウンタに置きコーヒーを
飲み干して立ち上がった。顕になったその顔、そこはかとなく
感じる親近感、この男は一体・・・
「じゃ祐実ちゃん、お代はツケといてくれ」
「真司さん、お食事はまた後でお持ちしますね」
そんな灰色の男は去り際にオレの肩にぽんと手を置き
( 話聞きたかったらいつでも尋ねてこい )
( ここの二階、探偵事務所 杜若。そこにいる )
( 生徒手帳に名刺あるだろ? この間のようになる前に相談しなボウズ )
「じゃ、またなガーちゃん。祐実ちゃん。王子様」
そんな事を小声で呟いて灰色の男は店を後にした・・・
「うふふ、カッコイイでしょ真司さん。あの人はねこの町の正義のミカタよ」
「さぁあなた達何が食べたい? なんでも作っちゃうわよ三時までは貸し切り!」
そうしてオレはポークジンジャーソテー。がれんはスパゲティを
ごちそうになり、学園に提出する書類に祐実さんが一筆添えてくれて
夕方の営業に向け店が慌ただしくなる前に店を出た。
「・・・・・・」
「あーお腹いっぱいだねマコト──────マコト?」
「あぁうん、美味しかった。祐実さん料理上手だな」
「・・・・・・うん」
「帰ろマコト。私なんか疲れちゃった・・・」
そうして二人、バイクで帰宅した。
午後八時過ぎ──────
雅蓮が先に風呂に入り、バスルームからかすかに水音が響いている。
オレはこの綿貫 きさらからの紙片を、カウチに腰を下ろし片膝を立てて
睨むように見ていた。
正直この呼出が闇討ちの誘い出しかそれ以外の何らかの理由によるものか
判断に迷っていた。
きっとこれまでのオレだったなら、一人で抱え、考えて、そして一人で決断
してただろう。でも昼に久しぶりに三人で飯を食って確信したんだ。
「オレはもう一人じゃない。オレの悩みはみんなの悩み・・・か」
そう、あの日カズがオレに拳を寄こしてまで言い聞かせた訓戒だ
この件に関してオレが決断を迷っているならば、絶対に二人に相談スべきだ。
そう思って、オレはカズヤにメッセを飛ばした。
おれさま
【 カズ、相談がある 】
2017/6/12 20:57 既読
カズヤ
【 どうした改まって、えってぃことかww 】
2017/6/12 20:58 既読
おれさま
【 今、電話できるか 】
2017/6/12 20:58 既読
カズヤ
【 なんだ、マジなやつっぽいな 】
【 もちよ! まってなオレが電話する 】
【 仕送り、キツいんだろ。勿体ないからな 】
2017/6/12 20:59 既読
すぐにカズから電話があって、オレは詳らかに全て相談した。
『──────なるほどな、正直俺もどっちかなんて解んないよ』
『で、オマエはどう思ってるんだよマコト。雅蓮にも・・・話すのか?』
「話そうと思う。オマエに話して雅蓮に話さないなんてありえない」
そうだ、これは三人が関わったオレたち皆の問題だ。だから当然・・・
『マコト、すまねぇ。俺は反対だ』
『お前も迷ったんだろ? だから雅蓮に話す前に俺に聞いてきた』
『良い判断だよ。でもな、彼女にまたつらい思いをさせる事になる可能性もある』
「・・・・・・あぁ」
『へっ、わかってんよ! 俺が言うこっちゃねぇてーな!』
『オレ達三人は親友だ。親友としての俺の判断は反対』
『でもさぁ、お前らはカレカノなんだろ?』
『ならこっから先は俺が口を出せない領域だ。二人で決めろ』
『その上で、俺は親友として出来ることをするよ』
「やっぱお前良いやつだよ」
『当然だろ、へへへ。じゃぁよ、俺はチムメン集めて近くに待機してんから』
『ヤバくなったら電話しな! 鳴らすだけでいい。校門だったな』
「すまねぇ、頼むわ。頼りにしてるぞカズ」
『あたぼーよ! じゃ後でな』
さすがだよカズ。お前だってあの時あれだけ怪我して
処分まで食らったってのにな・・・カッケーよやっぱお前
そういや雅蓮遅いな・・・
そう思ってバスルーム、脱衣所の前に立つ。音が聞こえない、
シャワーは止めて洗面所にいるのか?
「がれん、大丈夫? のぼせた?」
「あっ!! うん大丈夫 だ、ダメだよ入ってきちゃ・・・えっち!」
そんな声を聞いて取り敢えず部屋に戻る。
心臓の事が少し気になった。倒れてたらどうしようって・・・
祐実さんや武雄さんの話ではそれはもう無いそうなので、だまって雅蓮の
帰りを待つことにした。
トボトボと部屋に戻ってきた雅蓮はやっぱり何処かおかしい・・・
明らかに具合が悪そうだ。雅蓮の様子を見てさっきまでの決意が揺らぐ。
カズは云った。オレと雅蓮の決断に従うって・・・
なら、オレの決断は一つしか無い。
「がれん、大丈夫? 具合悪いのか? 隣においで」
そう云ってカウチの隣をポムポム叩く・・・
「あ・・・うん。 まってね、マコトちょっとそっち向いてて」
「お、おう・・・」
そう言うと何やらガサガサとボストンバックのなかを探す音がして
「え、えへへーちょっとお花摘み」
「いちいち言わない。行っといで」
こうなっては、たとえあの女が待ってても仕方ない。
できればと書いてあったが、できねぇ理由ができた。
今おれが優先すべきは雅蓮だ。そう思ってカズに今日の呼び出しを
ブッチする旨をメッセで伝えると、了解コッチは気にするなとの返信が
すぐに来た。
「え、えへへ・・・マコト、お腹痛くなっちゃった」
戻ってきた雅蓮はますます青い顔してオレの隣にゆっくり腰を下ろした。
いつもよりなんか離れて座って、頬を赤らめて下を向く彼女。
そんな雅蓮の後頭部にそっと手を当て、おでこの髪を小指で払い
額を付ける
「んッ──────」
「少し、熱出てきたかな・・・がれん、もう寝る?」
「嫌っ! マコト・・・わたしになにか隠してる」
「がれん、隠してないよ。ちゃんと言おうと思ってた」
「カズにも相談した。俺達三人マブダチだからな。そうしたら言われた」
「カズは反対だけど、あとは恋人同士のオレ達で決めろって」
「でも、がれんの体のほうが心配だ。だからカズには今日はやめるって伝えた」
「マコト──────、なにがあったの?」
そうしてカウチに座りながら隣の不安そうな彼女の肩を抱いて
オレが越前屋祐一から受け取った紙片を見せ全て伝えた。
流石にショックだったようで抱いた雅蓮の肩が小さく震えてる。
「マコト行かないでッ! ねぇそばに・・・いて!!」
「行かない。あんな奴の事より、がれんのほうが大切だ」
「な、お腹痛いんだろ? おれさ女の子のそういうの解んないからさ」
「どうしたらイイ? 薬飲む? おしえて、がれん」
たぶん、そういう事だとアタリをつけて聞いてみた
雅蓮は不安そうな顔でため息を一つ付き、そして若干幼く愛らしい顔に
戻って、にへーとちょっと元気なさげに微笑んだ。
オレはそんな彼女の肩を抱いてベッドに座らせて一緒に横になった。
「マコト・・・あのね──────」
落ち着いたのか雅蓮は静かにいつもの寝息を立て始めた。
そんな時、カズからメッセが届いた。
内容はこうだ。
マコト、余計なお世話だと思ったがこれはオレの問題でもある。
悪いと思ったが22時に校門に行った。結果から言うと逆恨みの
お礼参りじゃなかった。例のクソ女がひとりでお前を待ってた。
今日はマコトは来れないと伝えたら、毎日この時間に待ってると言った。
お前が来る日までずっとな──────
ムカつくけどさ、あの女は本気だ。
たぶん、どんな事があってもお前はあの女を許さないと思う。
どうするかはお前が決めろ。できれば一人できてもらいたいそうだ。
雅蓮に合わせる顔がないと言っていた、だが真意はそこじゃない
下を向きながら言ってた。もう怖がらせたくないからって
今更なんだよなぁー
でもさ、おれさ流石にちょっとホッとしたぜ。
あと雅蓮に伝えてくれ。今日は久々に三人で飯が食えて楽しかった。
早くまた三人で飯が食えるようになると良いな!
じゃ、そういうことだから。
またなマコト。
「まったく・・・お節介でどこまで良いやつなんだよカズ」
「ありがとな」
なぁがれん。おれたちのダチ公はスゲーやつだよ。
そう云いながら、またがれんのお腹に手を当て痛みが和らぐように
後ろから彼女を抱いて、その日は寝たんだ。
まさか翌日、あんな事になるとはその時は思ってもなかったよ。




