5-6 壱拾八話 小悪魔がれん 1
二時間も前に再生が終わったプレイリスト、ノイズキャンセル機能がついた
ヘッドホンをしたままベッドに仰向けになってると、天井のなんとなく付いている
内装の模様が嫌をなしに眼に映る。見飽きたその天井から逃れるように目を瞑り
かなり遅刻気味な睡魔の訪れを待っている。
静まり返ったオレの聴力は、自分の中から聞こえるキーンと言う少し
不愉快な高音が鳴り止まず、トルクのミュージック再生アプリをタスクキルして
枕元へ投げ、仰向けのままヘッドホンを外して溜息をつく。
「思い出しちまって寝れなく成っちまったじゃんかよ・・・」
「お前のせいだぞ? 咲夜──────」
夕方までコーヒーショップで咲夜に語り聞かせたオレ達の昔話
あの日からはじまった、お芝居の関係、そして雅蓮が自分で定めた
恋愛禁止令が終了する三年夏の終りを遂に迎えた。二人がずっと我慢して
お互いの心にブレーキを掛け、本気になれなかった日々の終わり。
待ちに待ってたはずなのにな。
なぁ、がれん。オレ達の心は一体どこですれ違ってしまったんだろうな
アイツが推薦入学を勝ち取る条件が、インターハイで好成績を収めるってのは
トルクで調べてなんとなく分かっちゃいたが、大学によってその基準はまちまち
のようで、雅蓮が志望している大学の名を語らないもんだから、推薦を勝ち取った
んだか一般入試の道に進むのかそれすら定かじゃない。
一般入試に進んだ場合、アイツが今まで全力で向き合っていた弓道が今度は
受験勉強に切り替わる。去年みたいにオレと遊んでる暇もなくなるだろう。
それはつまり、お互いの気持に本気になる事も出来ないってことだ・・・
枕元に投げたスマホに手を伸ばしメッセージアプリで雅蓮に推薦の合否を
オレ達のこれからを、どうしたいか聞こうかと思って──────
やめた。
「なんで一人でこんな気を揉んでなきゃいけないんだよ、がれんのバカ」
夏休み、アイツが合宿から帰ってきてから今日教室で再会するまで何度か
雅蓮からの電話があったが、例の連中に振り回されっぱなしだったので
マトモに電話に出れたのは一回だけ。
その会話の内容といえばお互いの近況報告に留まるような惨憺たる物だった
オレは新学期に直接合った雅蓮から大学の推薦入学を得たのか、今後の
オレ達の関係がどうなるのか話が聞けるんじゃないかとずっと待っていた。
オレはその期待をけっこう必死に押し殺して、努めて親友として教室で
再会したんだ。でも──────、
再会したアイツも終始親友モードだった。
「これじゃどっちが惚れてんだかウラハラだ。──────小悪魔雅蓮め」
雅蓮が自分に課した恋愛禁止令を解いたとしても、アイツがマジ恋愛の
相手にオレを選ぶっていう確証が無い以上、アイツに彼氏が出来たとしても
オレは今までの付き合いをべつに変えるつもりはない──────
元より親友だしな。
三人でつるんで飯食って、たまにカラオケやボーリングへ行って
くだらない笑い話を思いついた時にメッセ飛ばして・・・
雨の日は三人で傘さして並んで歩いて下校してさ・・・
──────。
結局──────、これも強がりか。
「オレ──────、たぶん怖がってんだ」
楽しくてキラキラ輝いてる毎日が、執行猶予7ヶ月で抗うすべもなく
卒業っていう世界の終わりの訪れによって強制終了する。
たぶんオレはそれに怯えてるんだアイツらと離れ離れになる事に
本気になれないまま、雅蓮ともう会えなくなることに──────
「こんな思いする日が来るなんて、思ってもなかったよ・・・クソッ」
声に出すととたんに襲ってきた虚しさに、腕を額に乗せ目を瞑る。
結局オレはもう、後戻りもできないほどに小悪魔雅蓮に惚れてるんだ・・・
頭の中からいくら追い出しても戻ってくる、楽しかった去年の思い出が
頭の中で繰り返しめぐって、意識が思い出に溶けていく──────
六月七日────── 自宅謹慎一日目
洗面の鏡の前で自分と対面しながら歯を磨き、寝癖でボッサボサの頭から
いくつもの“~~○”って形容し難い何かが浮かんでははじけて消えてる。
顔を洗って髪を整え、スマホ画面の7:16をスワイプしてホーム画面の
お天気アプリで天気を確認し、二択の通学方法をどちらにするか決める。
制服のズボンを履いてシャツの裾をツッコミ、肌寒いのでブレザーを羽織って
カバンを担ぎ、あくびしながら玄関に向かう。
下駄箱の上、うし屋の丼から鍵を取り出して思い出す──────
「停学だった・・・」
そう言えばさっきから痛む両手を見ると、ご無沙汰だった殴り傷がいくつも
付いてた・・・部屋に戻り、机の横にカバンを落としてそのまま前から
ベッドに倒れ込む。
「二時間ぐらいしか寝てなかった・・・も、寝ゆ──────」
そう言えば・・・
保健室でがれんとあんな事があった後、彼女が寝るのを
見届けていたら蒼先生が現れて、オレは首根っこを引っ掴まれ
先生の車で家に送って──────
もらって──────
──────
けたたましく家のドアを叩く音に目を覚ます。
枕元のスマホを持ち上げると12:34の表示、そのまま居留守を決め込んで
目を閉じるとノックの音はやがてオレの嫌いなバンドの代表曲、サビのリズムを
打ち鳴らしはじめ、さすがの仏のオレも、その行為にキレて玄関扉を蹴り開ける。
「ルっせんだよ!! 誰ぞ!」
「よ、マコト! おまえ寝すぎw」
オレが蹴り開けた扉を見事に避けて、カズヤが立ってた。
「誰かと思えばフフフ、ボッコボコの顔してさ、カッケーじゃん」
「朝起きたら見事に腫れてた、どうだー少しはハクがついたろ?」
「それはそうとしてさ、ガッコからの預かりもの持ってきたぜ」
そう云って手渡されたくくり紐がついた封筒、裏にはウチの学園の名が
印刷されたものだ。一体何だろう?
「ま、二週間宿題頑張ってなマコト。じゃおれ、懲役あるからガッコ戻るわ」
「あ!そうだ、お前のバイクな弓道場から駐輪場に戻しといたぜ」
「あれは修理代高く付きそうだぞー、じゃあなマコト!」
「あぁ、またなダチ公・・・って、ちょいまち!」
「 が・・・雅蓮来てたか教室に」
「あー、いや。なんか一応病院で胸の検査するみたいでさ」
「マコトに“心配すんな”って言え、ってメッセ来た。大丈夫だよきっと」
「そ、そうか──────まぁ俺も後でメッセ入れて見るわ」
「それがいい、お前たちがその・・・なんだ」
「どうなってもさ、おれ達親友だしな」
「っタリまえだろ!大丈夫だと思うけどな、ガレン頼んだぞカズ」
「あぁ、任せとけマコト。んじゃな!」
シュッと片手を上げて、パリパリ喧しい原付きで学校に戻っていった。
制服のズボンから片方はみ出したシャツに手を入れて腹を掻きながら
自室に戻る。枕元のスマホを見ると案の定、カズヤからのメッセや着信が
何回もあったみたいだ。不在着信の嵐をスワイプで消し、中二病を患った
者が好むと言われるガラス天板のテーブルに封筒の中身を出す。
「はぁ、カズが懲役刑なら、おれはさながら禁固刑か──────」
その中身は停学処分の通知書と二週間オレがやるべき課題のリストだった
難題な問題集ならともかく、指定書籍の読書感想5冊分などなど、とにかく
オレから時間と自由を奪うための内容の周到さにため息が出る。
オレはこう見えても夏休みの宿題を最初の一週間で終わらすタイプの
人間だからな。そう思ってはみ出たシャツをしまって、身なりを整え
家を出た。
駅から見て学園の反対側、病院や役所など公共施設が集まる一画の
図書館に、おしおき指定の本を借りるためにトボトボ向かう。
駅前を通り越し、病院の手前を歩いてると、正面から白い肩紐ワンピ
に七分丈のロンTを合わせたコーデにキャスケット深く被ったスラッと
スタイルのいい、きれいめお姉さんが歩いてきた。
すれ違う時オレはなんとなく湧き上がる照れを隠すように、本のリストに
視線を落とす──────
「こんにちは! ヒビヤ マコトくん」
その聞き覚えのある声に思わず振り返る──────
数メートル先でオレに向かい合ったワンピコーデのきれいめお姉さんは
腰に両手を当て、いまにもエッヘンと言い出しそうな見事な仁王立ちで
深々と被っていたキャスケットを勢いよく脱ぐいだ。
彼女は、ボーイッシュな黒髪の毛先を風にサラサラ靡かせ
桃色の舌先をちろりと覗かせた。
六月八日────── 自宅謹慎二日目
昨日、図書館から戻ってお仕置きリストにある課題を時間の掛からない順に
整理して、徹夜で六割消化した。絶対に一週間で終わらせて残りをグータラ
過ごすんだ!
そんな思いで机に向かってるとメッセの着信を知らせる着信音が短く鳴り
同時にスマホが短く震えた。机の端にあるそのスマホに視線を移す。
小悪魔がれん
【 おはよマコト 】
【 ねぇ、お昼ごはん何食べたらいいと思う? 】
2017/6/8 12:06 既読
おれさま
【 おはよがれん、好きなもん食え! 】
何でそんな事いちいち聞いてくんだよ、オレは今数学で忙しいんだ!
ってもうそんな時間か、オレは何食うかな・・・そう思っていると
立て続けにメッセが飛んできて
小悪魔がれん
【 マコト何が好きだっけ? 】
おれさま
【 さぁ、カレーとか? 】
小悪魔がれん
【 わかった! 】
つい、今食いたい物が頭に浮かんで、そう返信した。
なんだアイツ・・・ カレーなら駅前の喫茶、花菖蒲がオススメだぞ。
で、数学の課題が佳境を迎える頃、徹夜が響いて数学の教科がノート上で
睡魔の鎌と鉛筆の剣の織りなす鍔迫り合いに変わり、意識を何度か
失いつつもなんとか耐えていた。
「だぁ!! もう限界!」
机に突っ伏して少し寝ようか考えた時、メッセ着信にスマホが震えた。
小悪魔がれん
【 ついた! 開けて 】
2017/6/8 16:24 既読
なにがへっ付いて何を開けろと? そう返してやろうとした時
唐突にドアベルが鳴る、まさかと思って玄関に走りより、扉を開くとそこには
スーパーのビニール袋を手にした雅蓮が制服姿のまま立っていた──────
そしてこのシチュでお決まりのセリフを口にするのだった。
「えへへ、来ちゃった」
オレは唐突なる訪問者にすっかり目が覚めてしまった。
おかげで今日中に数学は終えれそうな目処がついた。左手首を掴んで
ここにいるさひとりな!!的な延びをしていると、部屋内にスパイシーな
カレーの香りが漂い始める。
「なぁ、そういえばさ、がれん部活はー」
「まってー、もうすぐ出来るからさ食べながら話そ?」
ヤレヤレ、お前は誘惑・・・というか雄を翻弄しないと小悪魔エネルギーが
貯まり過ぎて爆発して死ぬのか? 数学の教科書とノートを閉じて、机に積んで
ある、おしおき指定の文庫本を手にとってベッドの下に座り
最初の1ページを開いた。
キッチンで、美咲が置いていった腰巻きエプロンを、夏服の制服に巻いて
いそいそと歩き回る雅蓮を文庫本越しに観てると、微笑ましいと言うか
心地よい睡魔がまた鎌を振り下ろし始め・・・
──────
課題の本を手に、ベッドに寄りかかって目が覚めた。
「やべっ! オレ寝てた・・・」
「フフッ、おはよマコト」
中二テーブルには二皿のカレーライス、付け合せのサラダが乗っていている。
その横で雅蓮がエプロン姿のまま、中二テーブルの上で真向かいベッド下の
オレに向かいまっすぐ手を伸ばし、その右腕にすっかりボーイッシュに大人びた
頭をころんと、もたれて伏せて上目遣いでオレを観てた。
「どれくらい寝てた! メシ冷めちゃった?!」
「ううん、5分ぐらい。気持ちよさそうに寝てたえへへ」
「うーーーッ、昨日徹夜しちまったからな」
体を起こしてスマホを机から取り時間を見ると6時を少し回った所だった。
「さ! ほんとに冷めちゃう前に食べよマコト」
「ゴメンね、お夕飯に成っちゃったね」
「仕方ないだろ、がれんはお咎め無しで学校があるんだから」
「それより材料代払うぜ、いくら?」
「ううん、いいの。んー・・・じゃあさ! 次はマコトがご馳走してよ」
「いいぜ・・・って言ってもオレ料理自信ないし、出前とか外食になるけど」
「──────いい?」
「わたしはさ、どこでもなんでもいいよ、マコトと一緒なら」
「おまっ! よくそういう照れるような事──────」
「さ!食べよ冷めちゃうよ」
アンニュイな雰囲気で机にもたれて伏せてた雅蓮は、そう云うとすっと
背筋を伸ばして、ぱんと両手を合わせた。
「いただきます!」
「い、いただきます」
雅蓮の作ったカレーは空きっ腹だったから、駅前の喫茶、花菖蒲のカレーを
余裕で追い越しメチャウマだった・・・
飯を食いながら話した事にオレは、色々納得と少しの後悔を感じた
カズが言っていたように、雅蓮は心臓の検査のために暫く部活を休むそうだ。
明日午前中に学校を欠席して、病院と自宅で精密検査を受けその結果が
出るまで。たぶん10日前後らしい。
結局雅蓮も、あの出来事で大好きな弓道を二週間近く取り上げられて
しまう結果になった。その話を聞いた時にオレは六月五日の下校時
雅蓮のSOSに気付いてあげられなかった事に、悔しさが湧いてきた。
あのボス猿女が、オレ達のキスにあそこまで動揺するとは思ってなかったが
雅蓮に思いを寄せている連中にオレが“コイツとは親友だ、だから手を出すな”
なんて云って諦めさせようなんて、たしかにそんな都合のいい話はない。
保健室でオレが眠っちまう直前にとっさに出た考えだったが、彼女の初めてを
あんな形で奪っちまった責任の取り方としては、雅蓮を想って、オレの気持ち
も重ねた上で、恋人として振る舞う方が雅蓮に惚れちまった連中は諦めも付くの
かも知れない・・・
そりゃオレだって・・・でも、今は雅蓮の気持ち。弓道に打ち込むために
来年夏までこの気持は心に仕舞って、雅蓮に誂われる形で彼氏役を続けていた
方が彼女のためになるなら、オレは──────
「真面目な顔ぉ、何考えてるの? やらしいのはダメだよマコト」
「ばっ!! ちが・・・」
「フフフ、お勝手片付けちゃうね」
「い、いやオレが後でやるよ。それよりがれん時間大丈夫か? 門限とか」
「んーウチってさ、そういう所意外とゆるいんだよね放任主義って言うんだっけ」
「夜11時って門限も一応あるけどさ、部活の事で遅くなったりするし」
「傷つけられた髪の事もあってさ」
「マコトの話ししたら満更でもない感じだったから、マコトの家なら泊まっても
何も言わないと思うよ」
雅蓮の場合、部活の頑張りでそういう信用があるのかもな・・・
とは言え、門限の一時間前には放り出すからなおまえ! 絶対ッッ!!
「ねぇマコト、隣行っていい?」
「あ、あぁ・・・」
ベッドに寄りかかって居るオレの横に女豹が歩いて・・・
って! なんでいちいちそうやって、行動がやらしいンだよお前!!
「んしょ・・・」
「──────!!」
いきなり近いってか、ピッタリくっつきすぎだ
他の連中にやらなくなった分小悪魔エナジーをオレに全部よこすな!
「ねぇマコト、昨日のさ・・・お芝居の話だけどさ、あの時・・・ね」
「マコト、本気の恋愛に成らないように“お互い”って言ったの覚えてる?」
「そ、そんなこと言ったか?」
言ったかも知れないし言っちゃってたと思う、とっさに否定したんだが
雅蓮は制服のポケットからスマホを取り出して指差しながら
ニヤニヤしてる・・・
「ちょ、おまっ!マジか──────」
「えへー・・・嘘。でもたしかに言ったよ?」
「私の気持ち知ってるからおたがい手加減できるし・・・って」
「それってさ・・・相思相愛・・・って事なのかな・・・マコト」
もうさ、オレ。お前には敵わないって・・・
「そ、そうですが、何か?」
「──────ううん、確認しただけっ!」
「わたし帰るね!バイバイマコト」
「明日病院終わったらまた来るから」
冷や汗が・・・って、え! 明日も来んのか・・・
ま、まぁいいけど──────
「あ、がれん送るよ遅いし」
「大丈夫、自転車だしここからなら10分ちょいだしさ」
「 ダ メ ! おまえな、昨日のこともあるんだぞ、云うこと聞きなさい」
「──────べ・・・」
舌先を出して立ち上がり、玄関に向かってパタパタ駆けて行くのを
慌てて追うと、雅蓮は部屋を出たところで急停止して振り返り、オレは
ぶつかりそうになってあわてて雅蓮を抱えた。
「ばっ──────、あぶっねッ!」
「んっ──────、へへー大成功」
「おまえな・・・」
「あのね・・・お願い1分でいいから、ぎゅってして」
もう完全にオレは、この小悪魔がれんに戦略的に敵わないんだと理解した。
「んっ」
「目を瞑るな」
「物欲しそうに見上げるな」
「来年の夏まで我慢するんじゃないのかよッ!」
「ちぇ、ケチー」
けちっておまえ・・・
「ねぇ! 明日お昼何食べたいマコト」
「そうなー・・・じゃピザでも取るかオレ食いたいし」
その言葉に小悪魔雅蓮はにへーと笑顔を浮かべ、オレは彼女のイメチェンした
髪をサラリと撫でて、彼女を家まで送った。
鏃家の門前までずっと手を離してもらえなかったけどな
帰宅後、ここ一番のため息が出る──────
あのな雅蓮、本気にならないって、お前が決めたルールなんだからな?
オレに破らせようとすんの ヤ メ ロ !
お前の本気が怖くて今から戦々恐々だよ──────
どうやら部活を休むのをいい事に、放課後毎日来そうだからな
部屋の中の宝物、少し処分とかなきゃな。
そう思いながら二人分の皿を洗った──────




