4-29 壱拾六話 ミレニアムの反逆者 3
「美咲はどこだッ!!」
ジョンのその不誠実な態度に苛立ちを覚え、M9の撃鉄を起こしこちらの意思を
突きつける。
「MISAKI? ミサキ、ミサキ。あぁ、あの時一緒に居た小娘の事か?」
「此処には居ない。CASINOの爺さんが連れて行ったぜ? この娘にはには目も
くれずにな。そんな態度で我々も気づいたよ、この娘を我々に助け出せと
云った事自体、あの爺さんが最初から企んでいた目的だったのだとな」
各国に散らばるunseeableは国家や政府の為に動くものが殆どとされるが
件のCASINOは違う。どの国家や政府及び様々な攻勢の組織とも一定の距離を置き
独自の思想信条を元に活動している。
故にステイツと米帝のイザコザにこれ以上関与するつもりはないとCASINOの
意思表示だったのではないかとジョンは語る。チェロと云う旧合衆国の行く末を
左右する存在に火の粉が降り掛かるのならば己等の手で振り払えと──────
つまりはそういう訳だ。
「ま、もっともジャックがこの娘を日本に連れて行くと語った際にオレは
こちらで預かる事もできると提案したんだが拒否されたよ」
「オレはてっきり奴がこの娘をCASINOに連れ帰るものだと思っていた。
なにせ奴自体CASINOの構成員だからな」
「でも事はそう単純じゃなかったって事だな」
「いいや、なんてことは無い。単純なことさ──────」
チェロをジョンに預けた場合、チェロはステイツに軟禁されてしまうだろう
人としてではなく、文字通りの政治的道具として。それを知ってか知らずか
騎士様はその提案を直感的に拒否した、アレはそういう男だ。
私はある種の理解を得て、このジョンという男に向けたM9をおろした。
「で、おたく等はこれからどうしたい? その娘の事もそうだが目的は別にも
有るみたいだな、しかしそれは此処じゃ手に入らんぞ」
「何よりおたく等は仲間を大勢ヤッてくれたからな、只で出られると思うなよ」
ジョンに云われるまでもない、一刻も早く美咲を見つけ出し、合流しなければ
ならない。最後の打ち合わせもしたいしな。だがチェロをここに置いて行く訳に
いかないのも事実だ。
しかしジョンが簡単にチェロを手放すとも思えん、仕方ないここは代々伝わる
古の搦め手と行くか───
「知らなかったとは言えノックするドアを間違えて勝手にシクったのは
アンタだ。此方も怪我人を出し大事な牧場を台無しにされたからな」
「タダで済むと思うなよジョン。それはそれとしてだ、今現在アンタ達は敵の
強襲を受けている。チェロを手にした代償、降りかかる火の粉ってやつだ」
「今はそいつを振り払う手助けをしよう」
「へぇそりゃ心強い。が───ヘルメス貴様何を企んでいる?」
「大したことじゃない、アンタの言う幻の終末を退けてやる」
「そのうえでチェロを返してもらう」
「Negativeだ。そのガキを手に入れる為にここまで事態が拗れたんだ断る」
「悪いがコチラも引けないんだジョン。ココでアンタを倒し全力で逃げ出す
ことも出来る、なにせ全員異能の者だ我々はな。───だな? トライデント」
「チッ、その魔女を再び解き放つ気か?」
「アンタ等に今現在攻撃を加えているのは、私たちでもなけりゃCASINO
でもない。しかし幸いな事にこの相手はCASINOと私達の敵でも有る」
「ジョン、アンタこの事態を収める手立ては有るのか? 外の連中を全て倒した
とて、幻の核攻撃は止まらんぞ?」
「我々はCASINOの一員ではない。何処にも所属していない言わば幽霊だ」
「そんな我々と共にアンタはこの事態を収め、手柄は全部アンタが受け取る
がいいさ、我々がここに居た証拠など証明しようが無いのだからな」
「コチラの要求はチェロの身柄一つでいい、どの道ここに置いていたとしても
敵味方双方の目を引きつけるだけの今となっては疫病神だろう?」
「強襲部隊と交戦中に失ったと上に報告すればいい」
「どうだ悪くないとは思うが?」
「クソッ。ま、悪くない取引─────か。よしその話乗っても良い」
結局、ロイの想定外の行動に私自体も翻弄されることになった訳だ。
あの時、私は京都でロイに対し二つの依頼をした。一つは作戦遂行の後
私自身を殺す事、そしてもう一つは美咲の成長を陰ながら騎士様に
見守らせる事。
村瀬との密約がある以上CASINOは公に動けないはずだったが、私が
相馬と都をアヴァロンへ送り届けロイの望む形になった。
村瀬との密約を反故にしてまで私の依頼の一つ、美咲を護る為動いたと
云う事か? いや寧ろ、相馬と都を乗せた機を米帝に売ったのが村瀬ならば
先に密約を反故にしたのは村瀬の方、意趣返しの意味も有る───か。
結局の所はロイ自身が良かれと思って行動したに過ぎないわけだが
それが見事に裏目に出て私の予定が狂ったのか、マッタク、儘ならぬものだな
CASINOと云う組織自体が誰にも借りを作りたく無い性格だ、掛けの報酬を
即座に私宛に振り込んだに過ぎんのかもな。
仮にあの時、私がオリジナルから受け継いだ真名と出自をロイに伝えたと
しても未来より持ち込んだ私の記憶にある予定表、つまりタイムラインは
恐らく今の状況に推移していただろう。
現状が私の知らないタイムラインに推移しても、定められた因果に捕らわれ
続けているのならば、世界線がトゥルールートを示す存在であるエレクトラが
ここに存在している以上、私が流れに身を任せても未来で割れていないコップ
が過去で割れることは無いと願いたいな。
♣
先程から英語で何やらずっと押し問答を続けていた二人、エメスが構えた銃を
降ろしたのを見るに、たぶん何かの約束が取り交わされたのでしょうね。
牧場を強襲しておじさまに重症を負わせ、わたくしを叩きのめしたここの連中と
エメスは一体どんな取り決めを結んだというのかしら。マッタク! 内容が
わたくしの気に食わない物だったら平手の一つでも差し上げたいくらいですわ。
「ねぇチェロ、美咲は何処へいったの? どうしてはぐれてしまったの?」
「───ねーね、足痛い痛い・・・なって・・・アイツ、ねーね叩いた!!」
金庫扉のような入り口に立つ右目を青く腫らした衛兵チェロが指差した。
待って、美咲が怪我を?! アイツが美咲を叩いたですって!
「待ちなさいエメス、なに一人で勝手に そうかなるほど なんて納得しているのよ
美咲が怪我をした様ですわよ!!」
わたくしがそう叫ぶと、チェロが抱着いていたこの大きな犬をずっと撫でていた
兄様が懐の蒼炎刀を居合の構えで臨戦する。
「待て待て早まるな美咲は京都、CASINOに保護されたらしい。
怪我については今この男聞いてみるからシラユキ、矛を収めて犬撫でてろ!」
なによ! 美咲美咲と必死になってわたくし達を巻き込んで散々振り回して
おきながら───おバカ!
~
エメスから事のあらましを聞かされた後、席を外して居たエメスと兄様が
戻ってきた。まるでヤマアラシのように全身に武器を纏ったエメス。
兄様は一艇のライフルを携えてわたくし達のもとへ戻り、それを私に託した。
「アヤメ、残念だがここにキミの使えそうな得物はそれしか無かった。
儀仗隊のM1だ、彼らにとって神聖な物だそうだ。彼らからお前さんへ、今朝の
詫びの意味も有る」
エメスはこの部屋の入口付近からこの銃剣の付いたこのライフルをそう説明する
詫びの品であるならば、そうですわね──────
「なら、せいぜい使い込んで返して差し上げませんとね」
兄様から槍代わりの小銃を受け取って立ち上がる。
「アヤメ、シラユキこの場に留まりチェロを護れ、トライデント着いて来い」
確かにチェロをここに残して戦場に赴く訳にはいきません。でもなぜ彼は
わたくしをそうまでして鉄火場から遠ざけたいのかしら。
最初に出会った時から、何故わたくしをそうまでして救おうと──────
「この場を収めたら美咲を迎えに行く、戦力は極力温存しておきたい」
「いいな?」
──────結局は美咲ですのね、ハァせめて瞳位コッチに向けて話しなさいな
「ハイハイ了解ですわよ!!」
胸の位置に取り付いた小銃を確認するように弄り回すエメスに歩み寄って
臀部にめいいっぱいの力で拳を叩き込んで差し上げる。
「エメス、絶対に無事に戻ってきなさいよ。そうでなければわたくし───」
「絶対に許しませんから! おわかりッ!!」
自分のお尻を撫でながらわたくしの頭をサラリとなでた彼は、わたくしの瞳に
流し目を送りながら一つ頷いた。まったくズルい男。
≒
地上に戻ると完全に膠着状態となった状況は、散発的な銃声と戦闘ヘリの
羽音が時折鳴り響いていた。地下へと続く入り口建屋の柱に身を隠し外を
伺っていると、痺れを切らしたジョンが私の肩に手を乗せ話しかける。
「で、どうするよヘルメス」
「上空のアパッチを陽動に一気にヤッちまうか?」
その帽子に刺繍された文言の通り、脳味噌まで筋肉で出来ているのか?
「──────介入する前に一つ手付金を払ってもらうぞジョン」
「アンタの秘匿回線で彼に繋いでくれ、話がある」
猛って逸る気持ちの出鼻をくじかれ、一つ溜息をつく彼は周りの兵から
衛星電話を受け取ると美咲の近くに居るであろうロイに回線をつないだ。
「ほう誰かと思えば。息災かね、進捗は──────」
「ロイ! アンタ一体どういうつもりだ、美咲は何処に居る!!」
「藪から棒に何だね、安心したまえ。彼女は此方の施設で膝の手術を受けている」
「医師の話によると、だいぶ酷使していた膝が私達が接触した際に限界に達した
ようだが、なぁに我々の扱う人工関節なら永久的に──────」
膝?! そうか美咲は膝の故障で障害馬術から距離を置いていたらしいが
ジューンブライドに乗って逃げる際に無茶したのか、そして直後ロイは
歩けない美咲を保護したと。突拍子のない話だが、電話口で前置き無しに語る
って事はやはりロイは美咲の保護を最善と考え動いたと見て間違いないだろう。
「一先ず美咲の件は信用しよう。アンタが相手の心が読めない電話口でカマを
かけて心理戦を仕掛けるとも思えん。これは相馬と都をアヴァロンへ送り届けた
事に対する第一報酬の前金とでも云うことか?」
「ふむ、貴殿に対してはそう受け取ってもらって構わん、しかしMr.M。彼は此方の
流儀をないがしろにした。それは不味かったのだよ」
「ポーカーゲームを楽しみたいのなら賭場のルールを守って頂かないとな」
やはり私が思案したように、ロイは密約を反故にした村瀬に対し意趣返しの
意味を持ってこの状況に介入した。
だがチェロを囮に使いステイツに村瀬を消させると言ったこのやり口。
犠牲を一切厭わず目的への最短ルートを取るべくその場で最も成功確率の高い
手段を行う。ロイと数十年付き合っても最後の最後の所で結局私の思想とは
決定的に違いが有る。
「自前のルールも結構だがなロイ、状況に介入するならせめて事前に言ってくれ」
「アンタの所為で此方側にも犠牲が出たぞ。」
「ふむ、それはすまなかった。だが我々の救うべき者に犠牲は出ていないはずだ」
「貴殿はなにか勘違いしているようだミスターエメス。我々が取り交わした約束」
「Kingに縁の有る少女の守護。それを主命題とするならば貴殿はなぜ彼女を危機に
晒すようなマネをしているのかね?」
「守るべき者を取り違えてはすべてを失うぞ」
「───失礼、釈迦に説法をするつもりはない」
「引き続きのご活躍を。Who Dares Wins.武運を祈っておるよミスターエメス」
すまないな老師。過去に聞いたような説教だがあの時とは違い、私がこの時代で
守るべき者は、未来の名簿に名を連ねている全員だ。
「ロイ! 最後に。美咲は今何処に居る? 作戦の仕上げに彼女が必要なんだ」
「ほう、それは少々困ったことになったな。彼女は今京都だ」
「なっ───!」
その言葉に私は咄嗟に腕時計を確認した。ビッドタイムまで7時間弱。
脚の手術を受けた美咲は京都の施設から動かせないだろう。つまりこの場を収め
我々が京都へ向かわなければ村瀬をみすみす取り逃がすという訳だ
今は一時も惜しい。
「ジョン、状況が変わった。足の早い空路を借りられるか?」
イリジウムをジョンに投げ返しながら京都へ最速の道を借りられるか問う。
「なんだ日和って逃げたくなったのか? Negativeだ貸せんな」
無いと云わない所に可能性はあるか、ならば──────
「これを見ろ、このイリジウムにはDSPインテルサットとの直通回線がロック
されている。液晶を見ろ、座標はこの地下を示している。つまりチェロだ」
そう、奴は美咲の重要性を見抜いては居ない。自身の脅威であるチェロを抹殺
する事にいまだ注力している。
「少女がこの場を離れれば、この攻撃も少女とともに移動する」
「ここで我々が派手に暴れまわればSATの連中も強硬策に出るやもしれん」
「インテルサットの開発費数十倍の税金を掛けたエシュロンが落ちるぞ」
チェロと我々がココを離れれば攻撃を逸らせられる。その上で──────
元凶を討つ。」
「インテルサットを落とす為に再突入させるのに必要なタイミングは、この時計が
示すように残りおよそ7時間」
「幻の核攻撃の元凶は、他のスパイ衛星と同じ楕円軌道で現在も地球を周回中だ
したがって地上に被害が出ないよう、太平洋上で燃え尽きる進入角に投入できる
チャンスは一度しか無い──────」
「待て待て待て待て、ヘルメス貴様何を勝手にほざいている」
「ブッ壊れちまってたとしてもあれは我が国、政府の所有物だぞ!」
「───そのチャンスを活かすためには7時間以内に、私達が京都に居な
ければならん。私達とチェロを全力で京都へ送り届けろ」
「信じられるかタコ! ──────しかし。あぁクソが! 仕方ねぇ!!」
「エリック、ボブ、オレと来い。スミス!! ここにヘリを呼べ離脱する」
「ヘルメス、オレも同行させてもらう。もし逃げるような素振りをチラとでも
見せたらあのオレンジの弾丸で貴様ら全員皆殺しだ! いいな!!」
ジョンの部下が滑走路までの足を呼ぶ、まもなくサイレントホークが一機
飛来すると着陸の為にアパッチが地上掃射をはじめた。
≒
エシュロンから三沢の滑走路に村瀬の手の内の者の頭上を最短距離で横切って
駐機していたCIAのガルフに乗り込む、流石のSATも
アパッチに頭を抑えられこのリーチを詰める術は無いようで、軍の権限で離陸順を
バッサリ割り込み意の一番に我々の乗ったガルフは飛び立った。私の無事かの問に
銃剣を手にしたアヤメと白鞘を手にした兄妹、そしてチェロを胸に抱いた
トライデントが揃って一つ頷いた。
「ヘルメス、奴らはこの国の治安部隊なのだろう、JDAFとも撃ち合って居たぞ?
奴ら反乱軍か何かなのか?」
ジョンが強襲部隊の正体を私に問いかける
「京都までのキップ代わりだ、行きがけの駄賃で一つ白状しておくジョン」
そう前置した上で、私はこの騒動の元凶。村瀬について知りうる情報を
ジョンに与えた。出会いにこそ問題は合ったものの、京都に咬まされた者同士
この先も敵にはなりえないと踏んでの判断だ。
事の起こりは数ヶ月前──────
英大使館に一時的に退避していた相馬が、CASINOの騎士様と共に討ったはずの
村瀬から呼び出され、東京の病院で瀕死の村瀬を確認しその肉体の死を見届けた。
これ自体がそもそも村瀬と京都の謀で、この時既に村瀬のメンタルモデルは
横須賀、野比の民間データセンタで復元され、HDD数十個に及ぶそれは陸路で
種子島に送られ発射予定のインテルサットに新型の弾道計算AIとして
インストールされた。
そして村瀬は軌道上から、自身を死に追いやった相馬とCASINOに報復をする
機会、つまり相馬が村瀬を謀って宮城に囲った存在、美咲を捕らえて相馬を
アヴァロンから誘き出すタイミングを虎視眈々と狙っていた訳だ。
しかし、それより先に手を下さなければならない存在が突然宮城に現れた。
「なるほど、それがこの嬢ちゃんと云う訳か。しかし死者の魂を電子化し
衛星に乗せるなんて本当に可能なのか?」
「現代医療の驚異って奴だ。馬鹿にしている訳ではないと前置きして云うが
この国の医療技術は貴国の一世代以上先を行っている。件の魂をサルベージ
する技術も貴国との共同開発のはずだ」
「──────何だその顔は、まだ信じられないのか?」
「それなら三沢の状況を聞いてみろジョン。攻撃は収束しているはずだ」
私の言葉に疑いを抱きつつもジョンはヘッドセットで三沢の状況を確認する。
「ねぇエメス、あなたまさかこの米兵達も騙し───」
「ヒィっ!な、なんですのこの揺れは?!」
クイクイと私の袖を引き、自分の顔に私の耳を近づけたアヤメは急に左右に
揺れた機体に驚く。私は窓際に座るアヤメの頭に手を置いて上から押しつぶし
アヤメ越しに小さな窓から空を見る。直掩に上がった空自のF4が離脱するのが
見えた。礼の合図に機が翼を振ったのか──────
「直掩機が戻って行く、つまりこの機に迫る驚異はレーダー上確認出来ず
と云う事だな、心配ない。」
「それとアヤメ、流石にこの場でこの連中を騙す理由はないさ──────」
「まさかお前、私が何時も人を騙すと思ってないか?」
「あら、違いましたの?」
「了解だ了解よくやった。引き続き残党の掃討に当たれ、生きている者は
捕らえて治療後廊にでも放り込んでおけ。生贄の祭壇に捧げ責任をとってもらう」
「ヘルメス、命拾いしたな。ひとまず貴様の語った通りエシュロンを強襲した
部隊は皆引いたようだ」
「お前ら!もう良いぞ武装解除だ──────」
どうやら、私の推測通りにSATは動いたようだ。しかし四課の姿が見えないのは
気に掛かるが──────、こうして空に上がればもう奴らに追う術はないだろう。
伊丹までおよそ二時間、そこから京都の医療施設まで車で1時間弱
美咲が受けている手術の時間と美咲が覚醒するまでの時間にもよるが
時間的猶予はもう殆どない。
これ以上のイレギュラーはご勘弁願いたいな。




