4-28 壱拾六話 ミレニアムの反逆者 2
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「チョット! 何なんですのよ、もう!!」
合流してから初めて明確に自身の目的を語ったエメス。
その話の最中にも幾度か遭遇した敵が放つ銃撃をこの殿下の御料車のような
高級車は豆鉄砲ように弾き返してきたというのに、エシュロンと彼が語った
この一画の入り口ゲートを突破した途端銃撃が増し、明らかにこのままでは車が
どうにか成ってしまいそうな程の連続音が途切れる事無く外から響き渡っている。
西側米政府の重要区画だけ有り、迎撃の規模も手数も段違いですわね。
このままでは退路の確保すら危うい。本当にこんなところに美咲達が居るんで
しょうね・・・
「駄目だキリがねぇ───」
時折天井の扉や窓からライフルで応戦していた彼も諦めたような言葉を
口にして懐から新しい弾倉を取り出して再装填しながら助手席に深々と
体を沈めた。お姉様は囲まれ無いように巧みにハンドルを捌いて御料車の
後輪を滑らせながら区画内を縦横無尽に走りスキを伺う。
エメスが米兵を打ち倒す度、止めどなく新手が湧き出てくる建屋。
わたくし達は言葉に出さずとも、その場所が美咲達の囚われて場所だと感じて
いた。エメスが眺めていた美咲のノートパソコンもその一点を示し続けていた。
しかしながら依然と守りの固い目標にわたくし達は、取り付く島もなく
一撃離脱を繰り返していた───
「エメス様、後方上空に高脅威目標を視認。皆様お掴まり下さい」
「御仁・・・ アレは流石に不味いのではないか?」
「なっ、AH-64アパッチ対戦車ヘリだと! クソッ何処から上がって
来やがった?! あんな物とまともに相手にしてたら全員木っ端微塵だぞ」
鬼気迫るお姉様達のやり取りでさえも、わたくしはもはや絵空事のように
聞こえていた。いよいよ手練のエメスやお姉様でも覆せない事態が迫っているの
ではなくて? そんな想いに駆られる中、今まで聞いた事も無いような重たい
連続音がトランクの方から振動を伴って響き渡り、思わず頭を抱えて端ない
悲鳴が口を突いて出た。
「い、今のはやばかった。防弾プレート抜かれた音がしたぞ」
「これ以上30mmをマトモに食らったら後がねぇどころか、ヘルファイアを
ロックされたらソレまでだ───クソッ」
解説じみたエメスの言葉もただ知識をひけらかしているだけのように聞こえる
程、わたくしは手足も出せない状況に呆れていた。どうやら───
もう成るようにしか成りませんわね、これは。
「エメス様、彼の建物に逃げ込んではいかがでしょうか?」
「廃棄されたバンカー? しかしこの状況で何故扉が開いている、罠か?」
「御仁! 退路もない袋小路に自ら飛び込むなど言語道断ッ!」
「ええい云ってる場合かシラユキ! ミサイル、ミサイルだぞレーザー誘導の!」
まったく、どうして男って直感で事を為さずに彼是と考えるのかしらね───
「お姉様、やって頂戴」
「了解致しました、アヤメ様」
「なっ、アヤメ?」
「お嬢! オマエなに勝手に────」
「うるさい、うるさい、お黙りッ!!」
わたくし達を乗せた車は、集中砲火を浴びながら崩れかけた掩蔽壕へ飛び込んだ。
≒
薄暗いバンカー内で満身創痍のロールスは、ブレーキターンを掛け最奥手前に
停車する。直後に役目を終えたそのエンジンは静かにその鼓動を止め鉄が湛えた
熱を冷やす際の音だけがバンカー内にチンチンと断続的に響いている。
地中に半埋没する様に建てられた対空防御型の放棄されたバンカー。
所々天井が抜け光の帯が地を照らす。おそらくはエシュロンが建設された当時の
コントロール施設であったのだろう。ここはもはや役目を終え、天井から切れた
ケーブルがいくつか垂れ下がる他、コンソール等設備も撤去されガランとした
空間だけが広がっていた。
つまり、弾除けに使えそうな障害物その他も全く無い不利なキリングフィールド
だって事に他ならない。辛うじて弾除けに使えるのはこのロールスしかない。
絶望的な状況に自ら飛び込んだって訳だ、自分なら絶対に選択しない状況だよ
マッタク──────
助手席扉を静かに開け放ったまま、心許なくなった弾薬と生存確率を少しでも
底上げするように鹵獲した装備品を取り出すためトランクへ向かう。
後席扉を通り過ぎる際、アヤメが心配そうに私を見つめて居るのに気付き、私は
その弾痕だらけの窓に、心配ないと答えると共に出るなとの意味を込め手のひらを
当てる。するとアヤメは、返答のようにガラス越しに手を重ねた。
一つ頷きトランクへ体勢を低く落としたまま周り回り込む。
戦闘ヘリによる銃撃の衝撃で、拉げたトランクに拳を打ち付けてトランクを
こじ開けると鹵獲したプレートリグとそのモールに取り付いたフルロードの
弾倉を、身に纏っていた空のチェストリグと交換する。
無いよりはマシにとトランクに転がっていたACHを引っ掴み戦闘に
備える。この場唯一の弾除けも少しでも全面投射面を稼ぐためトランクフードを
開け放ったまま、再び助手席脇へ戻り開け放っている防弾のドアに身を隠す。
「アヤメ、キミは戦力外だ絶対に外には出るなよ。何が有っても絶対だいいな」
先程まで戦場の如く轟いていた銃声も、我々がここに逃げ込んでからは
パタリと鳴りを潜めこのバンカーに向かって静かに敵戦力が集中しつつ有る
気配を感じる。
まばゆいほど白く輝く入口に向かい、M4を構え気配を伺っていると
明暗差に真っ白く見える入り口には追手の影が一つ二つと明滅するように通り
過ぎるのが見え始める。
連中の突入を覚悟したその時先程のヘリがバンカー上空を通り越し直後、外では
爆発音が再びとどろき始め、銃撃戦が再開された音が残響を伴ってバンカー奥
まで届き始めた──────
「御仁──────、彼らは今何と撃ち合っているのでしょう」
覚悟をキメたのに肩透かしを食らったシラユキが小声で問うてくる。
「先程、機動隊の云っていた村瀬が呼び寄せた道警SATの本隊だろう。
連中も到着したと成ったらいよいよ猶予もないな。美咲とチェロを村瀬に
奪い取られるのだけは何としてでも避けねば」
「いいかお前たちはここに居ろよ。トライデント、待機だ」
時計を確認するとプログラム実行までは残り10時間を切っていた。
ヘルメットを被りバンカー入り口へ獣の歩みで一気に駆ける。
片膝を付き、外の状況をM4のホロサイト越しに俯瞰する。
やはりか、遅れて到着した黒ずくめの連中と米兵達は交戦を開始したようだ
人狩りのヘリが飛んでる内はSATの連中も迂闊に目標へ接近できまい。
今がチャンスか───。小銃を右構えから左構えへスイッチし鉄火場と逆の
レドームが並ぶ目標の建物、そこへ至る動線を確認する────、クソッ!
それほど遠くない目標地点から、一人の人物とその彼を一定距離を置き
円状に囲みつつ四方へ小銃を構えた一団がこちらへ歩み寄るのが見えた。
その陣形は間違いなく特殊部隊の陣形そのものだ。
マグニファイヤーを倒し中心の人物を照準すると円陣の中心で守られた奴は
ベースボールキャップの上からタクティカルヘッドセットを掛けたいかにも
指揮官風で、直前直後を無尽に飛び交う銃弾を異ともしていない様子だ。
マズいな、奴は確実に場馴れしている。
それをさらに裏付けるように、銃撃戦の中奴の口元は口角が大きく上がって
いた。真っ直ぐこちらに向かうそんな不気味な姿が、マグニファイヤーに
よって三倍望遠で眼前に映し出された。
「クソ悪魔め、笑ってやがるぜ──────」
踵を返して車に戻ると助手席に深々と腰を下ろしドアを締める。
冷や汗が不快に額に線を引く感覚に、もはや役たたずのヘルメットを脱ぐ。
「──────で、どうなっていますの表は」
「小隊規模の一団が接近中だ、恐らく今朝牧場を襲った残党だろう」
「はぁ、最悪ね───。お姉様、また槍を貸していただける?」
私はアヤメのその言葉に呆気にとられるも、すぐさまそれを制止する為に
声を上げようとするが、彼女の覚悟の瞳に抗えずここまで出かけた言葉を
飲み込む。
「エメス、あなた言いましたわね。また今朝のような事に成ったら
あのお方に引き戻されかねないと」
「でも、ここで座していても無駄に命を散らすだけ、わたしくしも兄様も
そんなのは御免ですの。それに美咲とチェロの命が掛かっている
一刻の猶予もないような状況──────」
「なら、可能性が僅かにでも高い方へ。丁半張るのが賭け事なのではなくて?」
「──────くッ、しかしだな」
「貴方はわたくしたちにあり得たかもしれない可能性を示した」
「普通の若者としての生活、その未来への切符が美咲とチェロならば」
「今、命をかける価値がある。勝ち取ってこその未来、それは貴方から一方的に
与えられるものではなく未来は常にわたくし達のもの」
「だとすれば、たとえ貴方にでも託せませんわ」
「御仁ッ!」
シラユキが相馬のライターより掬い取った蒼炎を、額の前で灯しながらに叫んだ
直後、入り口から件の一団がバンカーへ流れ込み、オレンジ色の弾倉を装備した
小銃が一斉にこちらの車へ向けられた。その中心から帽子の男が兵を背に
ぺちぺちと気の無い拍手を打ちながら、こちらのほぼ中間まで進み足を止めた。
「いやいや見事見事。まさか露払いのキミらがゴール間近に一番乗りとはね」
騙りだした帽子の男越しに連中を見るが流石だ、全く隙がない。
飛び出すタイミングを失っちまった、後席のカキツバタ達もかたずを飲み込む。
「牧場で仲間たちをブッ殺されたカタキって奴だ。おとなしくこの場に沈め」
そう殺意を騙りながらに男は左手を高々と上げた。
兵の一人がMGLを男の傍らで片膝立ちに構える
40ミリの対戦車徹甲弾か。奴らめ車ごと私達を屠る気だな、やらせんッ───
そう思い助手席扉を蹴り開けようとした時、私の命令を待たずにトライデントが
静かに運転席から降車した。また私の待機命令を無視してだ。
「───はぁ? 待てまてまてまてチョット待て。そういう事か──────」
「お前ら、表の侵入者掃討に加われ。行け行けムーブムーブ! ブッ殺して来い」
その言葉に入口付近に集結していたパラミリは全員見事な引き様で外へ。
何かを察した帽子の男は、プレートリグの前面にベルクロで張り付いたGLOCKの
マガジンを落としつつスライドを引き、チェンバー中の弾を空でつかみ取った。
そのまま銃を床に置きながら歩み寄り、シングルスリングからMK14EBRを
外し同じく床に置き立ち止まり、目前の我々に対しあっさりと両手を上げた。
「なぁ、ソコに居るんだろジャック。あの子は無事さこの国で最も安全な鉄壁の
この場で保護してる。ジェーンと一緒だ、嘘じゃない」
何が起きたか解らず思わず後席の決意を述べた兄妹と呆気にとられた顔を
向き合わせる。奴がとりあえずの武装解除している以上、事が起きても先手は
取れるだろう。
私はM4を奴に向け構えながら降車した。
「ジャック──────じゃあ無いな、そうかそうかなるほど了解だ」
「あんた! 名前は」
呆気にとられっぱなしだが、このタイムラインで私はどうやら場を転がして
いた立場から盤上に置かれた一つの駒に成ったのだろう。そうとなれば狂言回し
の役を降りて役者に転じて良いタイミングらしい。
そんな、何かがパチリと入った感覚に銃を構えたまま、散々語った仮の名を
伝える。
「エメス──────」
「──────了解だへルメス。俺は───、
まぁジョンとでも呼んでくれ、宜しくな。」
「早速だが頼みが有る付いて来い」
「おっと失礼、みなさんもご一緒に。朝食はお済みかな?」
≒
銃弾飛び交う中、強襲目標だった建物へ向かいジョンの後を移動する。
幸か不幸か、私の能力が発現したままの状況で、我々の中で唯一己の身を守る
術のないアヤメの手を素手で握り、ジョンの背中に自前のM9を向けながらに
後を追う。
シラユキとアヤメに先程の会話を通訳しているとまもなく目的の建屋の入り口
にたどり着く。ジョンがその扉をくぐった直後を追うように流れ弾がそのガラス
戸に3つの弾痕を刻む。
私はサイズの合わないヘルメットを前後に揺らすアヤメの手を引き、足早にその
扉をくぐる。静々とトライデントがその追い、最後にシラユキが蒼刃刀で銃弾を
切り落としながら全員キリングフィールドを抜けた。
「時系列順に話さなくても理解できると聞いているから手短に行くぞ」
「結論から言う、今現在国防省より各基地に発せられているのはデフコン1」
「つまりだ、旧合衆国が、東西分断した忌々しいあの時より現状は最悪だ」
「現在、わがステイツはロシヤ及び中華連合から核の飽和攻撃を受けている」
「しかし、ノーラッドの戦術防衛システムの裁定」
「報復の判断はネガティブ──────」
小川原湖の南に位置する半島、無数に立ち並ぶレドームをつなぐ長い
地下廊下を進む中、奴はそんな状況を語る。が───全く現実味がない。
多大な人的、金銭的、政治的リソースを使い、からくも半分赤く染め上げた
彼の地を連中も易易と焼け野原に変える理由がない。生ず殺さず、その混沌が
一番の理想的状態のはずだ───。
「───つまり、幻の核攻撃、と」
「Exactly. 現在各都市や主要軍事基地から核着弾の報告はない」
「ノーラッド及びNSAは全力で原因究明に奔走」
「発見したこの幻の終末を作り出している元凶は──────」
「BLOCK6 DSPインテルサット」
「Exactly.」
つい先ごろステイツから日本政府が委託され種子島より打ち上げられた
新型弾道計算AIを搭載した早期警戒衛星。つまり村瀬が逃げ込んだ先と
いう訳だ、繋がってきたな。
「───とは言え、我々も最悪な状況を想定して動かざるを得ない」
「推移している状況は立派な宣戦布告だ、何処かの勢力の介在が
合った場合、相手が相手なら即時開戦も辞さない構えだこちら側はな」
「ともなれば第三次世界大戦だ慎重に動かざるを得ない。状況が単なる
エラーとしてこのまま終結するのか、あるいはエスカレーションするのか
突き止めねばならん」
衛星の軌道投入を委託した日本政府は真っ先に疑われた。が、幸い基地を
共有している自衛隊は関与を否定、続いて日本政府も関与を否定した。
当の東側両国もホットラインで相次いで関与を否定、確認のしようもない
が恐らく彼らも同じものを見せられ戦々恐々としていたのだろう。
エシュロンで傍受した各データもそれを裏付けていた。
ステイツはこの事態を単にシステムの誤作動と結論づけることにした。
時は今より数時間前に遡り、ジョンは自身がコネクションを持つ
秘匿回線よりある人物の保護を依頼される。曰く、公人が独走しその人物を
抹殺しようと企み早急な保護が必要だと聞かされる。首謀者が能力者だと
伝えられたジョンは最悪の可能性を考慮し、対能力者強襲救出部隊を編成
急行した。多大な犠牲を出すも依頼者と合流、目標を保護し連れ帰る。
「──────その直後に、ミサワが襲撃を受け」
「世界中の基地にデフコン1が発令された」
「で、今の状況だ。understand? さぁ着いたぞ」
「姫の御前である、皆の者控え給え」
ジョンは焦らすような物言いで重く閉ざされたブラストドアを開く。
「──────チェロ!!」
私の傍らからアヤメが駆け出す。
室内でジャーマンシェパードに抱きついていた幼い少女の下へ──────。
私はジョンに向けM9を改めて構え直し問う。
「美咲はどこだッ!!」
そう──────、ここに美咲の姿はなかった。
ニヤリと笑みを浮かべたジョンは、へらへらと再び両手を上げて振り返った。
M9を構える腕から、かすかに見える腕時計には8時間36分と残り時間が
記されていた。




