4-27 壱拾六話 ミレニアムの反逆者 1
『そんな悲しい顔するな、それより買い出しのレシピはちゃんと書いたのか?』
「──────・・・」
『云ったろ? 出張が長引いても雪が降る前には帰ってくるさ』
「──────!!」
『今は足の怪我のせいで打ち込むものが無くなって不安になってるだけさ。
でもお前には誰にも負けない得意な事があるだろ』
『今度こそ誰かを助けるって』
『今までやってきた事はお前しか出来ない立派な事だ。続けろ、いいな』
「──────?」
「──────!」
『そんな言い方するなよ。俺だってこんな時こそ近くに居てやりたいさ』
『俺にも、俺にしか出来ない事が───。スマンこんな言い方卑怯だよな』
『兄役失格だなこりゃ──────』
「!!」
(まもなくXX線からはやてXXとこまちXX号 東京行が発車いたします───)
『───今はこれで許してくれ。』
『そろそろ扉が閉まる、あぶねぇから下がってろ』
「──────で!!」
『いいな!トミさんの言うことしっかり聞いて
あまり怒らすんじゃぁ──────』
「──────ないで!!」
『じゃぁな、美咲───』
「 行 か な い で ソ ウ マ !! 」
──────夢? なんで急にあの時のこと思い出してんだろアタシ
今だってこの頬の温もりは忘れて───、何?
ここ何処? あれ、体・・・動かない。ラチェット、ラチェットは何処?!
「おや、気付いたかね。また少し眠くなるが大丈夫何も心配はいらんよ」
あのジジイの声・・・
ふぇ───なにこのモヒカン熊男!!
嫌、ヤめて何する気?! やめてそんなマスクしたくない!
「大丈夫、大丈夫───》
意識が遠のいてゆく───
白衣の熊男とジジイの声が残響のように響いては消えていく───
《麻酔が効き始めました》
《ロイド様よろしいですね、施術を開始します》
たす・・・けて
ソウ──────ま・・・
≒
トランクに放りこんだ連中の装備を身に着けてシラユキとトライデントを
引き連れRRで東北縦貫をひた走る。同じく米兵の格好を身に纏った
シラユキが不貞腐れたような顔つきで後席から顔を出す。
「なんだ、不安そうだなシラユキよ」
「当然だ。選りにもよってあの連中の巣に襲撃をかけようと云うのだぞ」
「蜂の巣に今度はわたしたちが! 勝算ないにも程が有る」
「あぁ、そうだな。だからアヤメと残れと云ったんだ──────」
私を睨みつけるシラユキの肩から特殊部隊証のパッチを剥ぎ取る。
なるべく目立ちたくはないのでね。
シラユキが言うように勝算なんて一切ない。ましてやどう怪しまれないように
美咲に近づくかなんてのも全く思いつかん。作戦なんてもはや無いに等しい
したがって富山邸にカキツバタの二人を残し、私とトライデントとで切り込む
しか無いと踏んだんだが「ここまで来て引き下がるなど有りえん」との事で
この防弾車に留まるのを条件にカキツバタの兄妹の同行を認めたんだが
この兄様はどうやら留まる気はないようだ。私が米兵の戦闘服に着替えていると
その横で無言で戦闘服に着替え始めやがった。マッタク、私としちゃコイツの
オモリもしなきゃ成らん分、足手まといなんだが───。
そう思いながら時計に目を落とすと、プログラム解凍完了までの残り時間は
13時間を切っていた。
美咲の秘密基地で解凍を掛けているプログラムは時限実効性のモノで、解凍が
完了後、即時実行される。故にオペレーターが解凍完了時その場に控えて居なく
とも良いわけだがその仕様上、任意に時間を繰り上げたり繰り下げたり出来ない
発動後仕上げには美咲の協力がいる。美咲無しで発動したとしても不発に終わっ
ちまうって、少々厄介なシロモノだ。
つまりこの腕時計が刻むカウントダウンは美咲救出の残り時間と同義という訳だ。
本来のタイムラインでは牧場襲撃も美咲とチェロの誘拐も無かったはずだが、
すでに今のタイムラインには私以外の意図が絡んでる。しかも今現在推移して
いる状況は、私が知る物とかけ離れている。
正解を知っていて数式を好きなように選ぶのと
数式を正しく解き唯一無二の正解に導くのでは、難易度が段違いだ。
「エメス様、まもなく到着いたします」
その言葉に助手席で頷くと、トライデントは宍戸ジャンクションを市内
方面へハンドルを捌き東北縦貫を降りる。本来こんな無謀な強襲を掛けよう
なんざ、深夜か早朝の夜陰に紛れてと相場が決まってる。だがこの腕時計が
時間切れまでの残り時間を知らせる、つまり悠長に闇の訪れを待つわけにも
いかない。そう思いながら三沢基地に車を進めていると、周辺の人気の少なさ
に気づく。
まもなく出くわした基地ゲートへ続く道端に機動隊が引いた非常線に
車を停める。歩み寄る機動隊員に私はパワーウインドウを下げた。
「失礼、基地関係者の方ですか?」
機動隊員が覗き込む。米兵の格好をした私が鹵獲したパラミリ装備の中で一番
格上の身分証、顔写真に指を重ねて掲げると、機動隊員は直ちに直立不動の
敬礼を返す。
「帰投した。状況は」
「はっ! 周辺住民の退避完了。道警SAT到着までの間、我々機動隊が
ゲートを封鎖しております。如何なる者も通すなとの命令ですので
速やかにお引取り──────」
「オツムが硬いんだよおたくらは、耳を澄ませ」
「聞こえてくるだろう、この国で聞こえちゃならん音だ」
「先を急ぎたい、今すぐ通せ」
「──────し、しかしだな」
「まだ解らんのか!」
「この不当な足止めは国家間問題と捉える事も出来る行為だ」
「日米地位協定第17条を云ってみろ今すぐに!」
「い、いや─────しかし。お、お待ちを本部に指示──────」
「その必要はない、今すぐ基地司令に繋いでやる、お前が司令に状況を話せ」
私は美咲のノーパソに繋いであったイリジウムのブレードアンテナをこれ見よがし
に展開し、機動隊員に差し向ける。
「け、結構です! お通り下さい」
敬礼をした後機動隊員は道を封鎖していた遊撃車に指示を出しロールスが
通れるだけの隙間を設ける。
「ご苦労。」
そう云って砕けた敬礼を送り、窓を閉め車を出すようトライデントに
顎で指示を出す。ゆるゆると遊撃車の間を通り抜けると、弾き出したような
急加速で基地ゲートへ向かう。
振り返り後席越しにリヤウインドウの彼方に遠のく機動隊員は、遊撃車の
前でヘルメットを脱いで頭を掻いている。追撃の可能性を確かめていると
遮るかのようにヌゥと紫色の瞳をした顔が目の前に現れる。
「呆れた。またそうやって平然と人を騙しますのねアナタ」
「目が覚めたな。悪いがご自慢の和装はトライデントに着替えさせた」
「帯締めは体の負担が大きいからな、美咲の部屋から勝手に借用した私服だが」
「───問題ないようだな」
改めて自分の身なりを確認し、アヤメはコクリと一つ頷いた。
「いいか? お前さんは自分じゃ解らんかもしれんが、結構な心の負担を負ってる
今朝のように無茶をすると村瀬の力に絡め取られかねんからな、車から絶対に
出るなよ」
「シラユキ、妹を守れ。おまえも表に出るなよ!」
そうカキツバタに言い聞かせながら、鹵獲した連中のM4にプレートリグから
通常弾倉を取り出し手のひらに一つ打ち付けて装填、自前のM9二丁のスライドを
少し引き装填を再確認する。
「エメス様、皆様。よろしいですか? 突破いたします」
まもなく見えてくる正面玄関。目の前には、空自と在米両者の所在を示す白い看板
が鎮座する正面ゲートに差し掛かる。
「なっ! わざわざ正面から──────」
「劣勢の時はなシラユキ、奇をてらわず正面から堂々と。これに限るのさ!」
トライデントは手慣れた手付きでハンドルを捌きゲート前の車止めをRRを横流し
しながらその車重をもって体当たりで退ける。ゲート前に集結した米兵と空自の
連中が放った銃弾が火花と成って散るのを意ともせず、正面ゲート手前でくるりと
向きを変え、一方通行の標識が掛かる出口から逆走する。
意表を突かれた兵たちが銃撃しながら裏手へ向かう中、比較的造りの手薄な裏口
そのゲート脇に広がる芝へ車は乗り上げ、そのままゲート横の金網フェンスを
打ち倒し、遂に敷地内に侵入した。
「──────つつ」
後席で右に左にと、ありえない速度で横滑りに銃撃を避ける車の挙動に振り
回され、普段着姿のアヤメが堪らず声を出す。偶に遭遇する兵の銃撃にカリッ
カリッとした着弾の音を携え広大な敷地内を目標を目指す。
「エメス、連中は何と戦っているのだ? お陰で容易く───ではなかったが
基地内侵入に成功した。しかし彼女等が囚われている場所は解っているのか?」
機動隊に接触した時からただならぬ雰囲気は感じていたが、恐らく既に村瀬
が操っている部隊が強襲していたって事だろう。恐らく連中も同じ場所を
目指して北進しているとなれば──────。
「あぁ、村瀬の野郎よほど美咲達にご執心のようだな、おかげでどうやら
全面戦争は免れそうだ」
「どういうことですの?」
「村瀬の野郎、よっぽど美咲達を捕らえたいと見えるな、なりふり構わず
と言った所か、奴は事体終結後のカバーストーリーの事なんざこれっぽっちも
考えて無いと見えるな。自身のコントロール下にある手勢を全力投入でも
してるんだろう、それこそ地位協定なんざお構いなしにな」
「公安が西側の米軍基地を強襲しているってこと?!」
「あの方も無茶苦茶ですわね」
「四課だけじゃない、恐らく村瀬は道警の特殊急襲部隊を呼び寄せ囮に
使っ────」
「エメス様──────」
トライデントがそう警告を云い終えるまもなく、後方斜めからの衝撃にRRが
横を向く
「きゃぁ!」「クッ、おのれッ──────」
後席のカキツバタ兄妹が衝撃に身構える。
「チッ、トライデント開けろ!」
開かれたサンルーフから身を乗り出し、M4を指切りバーストで追撃車に銃撃を
見舞う。アーマード・ヴィークル仕様の国産車といえどもグリルは樹脂製。
時速100km余りで追撃する四課の車両はボンネットロックを打ち砕かれ
フードが捲り上がれもすればバランスを崩す。
畳み掛けるように左前輪にフルオートで銃弾を見舞うと追撃車は
悲鳴のようなスキール音を叫び、軽々と空を舞う。
ボルトストップしたM4のマガジンキャッチをリリースすると空になったそれは
自重で落下する、フルロード弾倉を代わりに装填し、ボルトリリースを手のひらで
叩くと同時にセーフティを掛け助手席に戻る。
「──────悪い、ええと何処まで話したか」
乱れた髪を掻き上げながら振り返る後席には、目をぱちくりしながら
後ろの出来事から同時に振り返る兄妹が居た。
≒
「村瀬の思惑はこうだ」
米帝に引き渡すはずだった、櫻 都女史と相馬氏
二人の捕り物の最中に不治の重症を負う羽目になった村瀬。取引を不履行にされた
米帝の暗殺指令から手段を問わず逃がすと云う約束を京都と取り付けた。
彼ら二人の能力者を諦める代わりにな。
そこで京都は秘密裏にステイツの政治工作に介入し、作戦の成功裏に
多大な恩をステイツに売り村瀬のメンタルモデル、すなわち死に逝く肉体から魂を
救い出してステイツへ魂の電子的亡命を手助けした。木を隠すならば森の中。
同じ籠の中でいがみ合う鷲同士、村瀬を狙うのがその片方だとするならば
逆の一方に預けるのが現状最も安全というロジックだ。
「所謂バーター取引だ」
つまり村瀬自身の生殺与奪は京都に握られていると言っても過言じゃなく
成った訳だ。が、生粋の国粋主義者である村瀬は、日本と繋がりが深いとは
云え、出自を英国としその活動の動向が不鮮明な組織である京都に自分の
行く末が握られていることが気に食わない。
まぁ、元より敵同士でもあった訳だからな
「でも解りませんわね、そのお二人を諦める代わりにそのCASINOは敵でもある
あの方をそうまでして助ける義理が有りますの?」
「元々、敵同士だったのでしょうに」
「カジノ、フランス語で小さな家の意味でも有るが想像の通り、京都は賭場の
方だ。釣り合いの取れない賭けには絶対に応じない。だが掛け金が相応とも
なれば相手が敵だろうと命をサイコロに乗せて転がす故に古くからカジノと
呼ばれてる訳さ、まあ本人たちはその呼び名を嫌ってるらしいがな」
「──────理解出来ぬ、貴方やエレクトラ女史もその賭場の一員では
ないのか?」
「この漆黒姫様はどうお考えか知らんが、私はカジノの一員じゃないぞ
云ってなかったか? まぁそれはともかくだ──────」
賭けに勝ち亡命叶った今、当然奴は京都から一刻も早く手を切りたい。
しかし何の企みもないまま理屈を捏ね回し、京都との取引を蔑ろにしようにも
そんな事がバレた日にゃ今度は京都に消されかねない、再びな。
そこで奴はステイツの軍事ネットワークに紛れ込み、自身を新型弾道計算AI
に偽装して彼の地へ渡った。さすがの京都も常識じゃ手の及ばないそんな遠方
に逃げられては簡単に手が出せないと村瀬は踏んだわけだ。
そんな謀の最中に奴はネットワーク上で自身にも及ぶ猛毒になり得る
不都合な存在を知ってしまった。
「昨夜、奴はこう語ったよ。その不都合な存在を葬る理由をな」
『私が今ココにいるのはステイツのおかげと言っても過言ではない』
『其の為に労した途上でな見つけてしまったのだよ不都合な存在をな』
『その生き証人があの少女という訳だ』
メキシコでのブラックオプス、彼の地で京都の騎士様が大立ち回りを
演じた。あの作戦で京都はステイツに返しきれない程の恩を売った。
メキシコ人親子の辛い犠牲を掛け金にしてな。しかし何の因果かその
騎士様が己が騎士道を全うした結果、あの鉄火場から一人の少女を助け
出すに至った。図らずとも京都は仕組まれたスキャンダルの生き証人を
意図せず手に入れた訳だ。
「───それって、まさかチェロのことですの?!」
「あぁ、続けるぞ」
チェロと云う名のその少女は、メキシコの作戦中命を落とした京都の工作員
その一人娘だった。今はまだ幼くとも将来チェロの口からメキシコでの政治工作
その舞台にチェロ自身が居たことが語られでもしたらCIAと京都の繋がりが
裏の世界に露見する。西と東に分かたれている旧アメリカにとっての悲願である
統一の足がかりだった件の作戦も一転、分断の溝を深めるアキレス腱となりえる
案件だ。当然国外勢力による傀儡の謀とばかりに騒ぎ出す。今は状況が不利に
推移している為に口を閉ざしている親米帝のお歴々なんかは絶対に黙っちゃ
いないだろうな。
そうとなれば当然ステイツは必死になって京都との繋がりを絶ちはじめる。
無論、新型弾道計算AIに偽装した村瀬もパージの対象になる。
つまり村瀬は、保身のために危険因子の芽を摘みたいのだ、チェロと言う名の。
「──────」
「シラユキ、寝てるのか?」
「──────あのお方がチェロを必死になって捕らえたい理由は解りましたわ。
でも美咲を捕らえたい理由は何ですの?」
「わたくしたちは美咲を捕らえるために招集されて今に至ります、作戦の中に
チェロの名は出ていませんでしたのに──────」
「恐らく、自身の弱みを我々、手の内の者にも悟られたくはなかった───」
「──────エメス様」
「ったく、コッチは大事な話の最中だって云う!」
「トライデント、開けろ」
チェストリグのモールに引っ掛けた手榴弾のピンを歯で引き抜き、再び屋根から
追走の連中にお見舞する。
「シラユキが云ったとおりだ──────」
外から爆破音がかすかに聞こえる
「美咲は村瀬の最も許せない相手、つまりは相馬が目を掛けている存在
って理由からだ、なにせ相馬は一度は村瀬を殺した自分の敵だからな
捕らえて時が来たら相馬をおびき寄せる餌にでも使おうって魂胆だろう」
「良くも悪くも餌は生かしておかなきゃ意味がないって所では、今一番ヤバいのは
チェロと云うことになるな──────」
また騙す事になって悪いが、知ってしまう事で要らぬ危険を呼び寄せる
ことも有る、許せよお前たち。
「いよいよ許せませんわね村瀬──────って、エメス!」
「あれらはなんですの一体───」
鬱蒼とした手つかずの雑木林を抜けると、嘘みたいに開けた丘に出る。
そこには気味が悪いほど白々とした球体の建物が無数に並んでいた
美咲のノーパソに視線を落とすと、噂の村瀬が片時も目を離せない美咲達の
居場所がその一画を示していた。電子の妖精たる美咲を囲うにはうってつけの
場所って訳だ。
「英米通信傍受協定に基づく通信傍受システムの施設群」
「所謂───エシュロンだ」
考えたくはないが連中の真なる目的が東方一帯をめぐる通信の即時解析だった
とするならば、美咲を拐った奴らが彼女を生体端末に利用しようと───クソッ!
そんな事態は考えたくもないな・・・。




