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カジノ ─ Casino ─  作者: くどい
四章 Y2K RebellioN
74/99

4-23 壱拾五話 ニアリーイコールタイムライン 1



                   ♠


「ミスター!!」


白基調に再現された部屋にこだまする呼び声

いつまでも続くそれはまるで先の見えない暗く長いトンネルの中のように

無念なるリフレインを続けた──────。


「結局───私は、どれだけ足掻いても誰かを打ち倒すだけの力しか無いという事か」

「守護者に値せず。───そういうことなのかッ!!」


遂にはそのクソ忌々しい程、清潔な床に膝を屈する。

やりどころのない怒りを拳に乗せその床に叩きつけ、自分の無力さを痛感しようにも

痛みすら与えてもらえぬ此処では、何度床を打っても鈍い音だけがこだまするだけだった


無念なるその鉄槌を静かに広げる

彼の託した小さなメモが唯一の希望として、私の手のひらに載っていた。

もはや進退窮まった私は自暴自棄とも取られかねないが、どうせこの場を目にできるのは

あの忌々しいフェアリィだけなのだからと、上着とウイングチップを猫脚のソファに投げ捨て

純白の床に大の字で寝転がる。瞳を閉じてもどこからか降り注ぐ忌々しくまばゆい光に

思わず腕を額に乗せる。


私の行動原理、彼に託された彼女を守る。その為に唯一ここからできる方法である美咲に

言葉を伝える事もミスターソウマがこの場より消え去ってからは、まるで鍵でも掛けられた

ように全く通じずだ。


「チッ──────」

ミスターソウマと言えば、彼はあのまま役目を終え、彼自身の能力をも打破せしめる

"ここの主"の力によって本当にこの世を去ったのか──────?

私とて、この場から抜け出したとして、五体満足で現世に戻されるとは限らない。


「そんな状況で、自暴自棄になるな・・・なんて、こちらの気も知らず無責任にもほどが

 あるぞミスター」

ミスターソウマ。彼は私がこの館に囚われる前は今の私のように、一人でこの場に居た

はずだ、こんな最悪な状況で彼ならどう行動しただろうか? 学ぶべき師とも言える彼の

行動原理、理論。そして──────能力


「生き残る事によって──────」

本当に諦めてしまう前に、彼ならきっと悪あがきの一つでもしただろうな、それはもう全力で。

次への希望の為にすべての力を集約するように──────。


「最後の希望──────か」

この場にとって異質な物、希望。この手に彼が唯一残していったまるで形見のような物。

私は額に乗せた手にしている。小さく折りたたまれ挙げ句私が握りしめてしまったその

メモを寝転んだまま見つめた。


「一体──────何が書かれているのだろうか」

ふと、そんな思いが頭をよぎる。


正直云えば、その内容など今の私にとってはどうでもいい。流石にこんな状況でも

興味本位で開く気にはなれない。命題である私が守護すべき少女、彼女に宛てた至極

プライベートな話題なのだろうからだ。


「フッ・・・私とて、このメモを無事に持ち帰る事だって可能かどうかすらわから

 ぬのだぞ、ミスター」

消えゆく貴方が最後の希望のごとく書き留めたように、全くもって確実性のない "願い"

に近いものだろうに貴方という人は──────


むしろ、彼が最後に私を諭したように、このメモの意味は

私に仕事を与えることによって生還の希望を持ち続けさせる手段にも思える。

そんな彼の真意ですら、今となっては確認する手段もないのだがな。


「意味か───、それが前者だったとして、この異世界の物質を外に持ち出すことが

 果たして可能なのだろうか?」

彼が私に託した少女の守護者としての役目、そしてこの手にあるメモを少女に必ず渡す

という役目


「たとえ其れが貴方方の間に有るプライベートな内容だったとして、常識的に思考して

 この不安定な場所の物質に記されたメモ、そんな物を無事に持ち帰れる可能性は限り

 なく低い───と見たほうが無難だぞミスター」


確実性を優先する方法、このメモ内容を記憶という形にしたほうが確実性が

上が──────


まてよ、たしか彼とは以前似たようなやり取りをしたことが有る。監視の目がある可能性を

考慮し筆談で──────この場を設えた彼女。となれば彼女に悟られず私に伝える為に?


「──────」

そのメモを開き、内容を天井から注ぐ光に照らし透かし見る。




美咲へ

真実はキミの中に宿る


あとは頼んだぞ騎士様。




ただ()()とだけ記されていた。


「真実・・・この国の言葉で言うなれば──────」

「ガハッ────何だこれは・・・あ、頭がッ!!」

まるで私が串刺しに成ったようなあの時の痛みが今度は頭全体に──────


「クソッ! どうなって・・・・あの時をも上回る痛みだ───

 このままでは・・・意識・・・が・・・保・・・て──────」







『今はまだ、道半ば──────』


『オマエの信じる正義を振るう場はココではない──────』




『巻き込んだなら、泣かせるような真似するんじゃないわよ──────』


『バカッ!!』








「くッ、私は意識を──────一体どれだけの時間」


(よぉ騎士様、やっとでお目覚めだな──────)


「──────なッ?!」


確かに、まるで聞き覚えのある声が、そう脳裏に響き渡った。

それはまるで、此処に至ってからずっと頭の上を覆っていた暗雲をすべて吹き飛ばす

ような清々しささえ覚える体感を伴って。






                   ≒






戦力不足を引き起こしてしまった牧場へ向け猛スピードで周囲を赤く染める果実園を

走り抜ける。不測の事態とはいえ咄嗟にトライデントの真名を使い、状況を戦力的に

不均衡に追い込んだ己を恨む──────。


しかもイレギュラー因子を救うために使ったにもかかわらず結局、彼女の救いは拒否

された。そんな不毛な思いを千切る(チギ)ほどの速度、獣の足取りでをひたすらに乗馬クラブ

目指す───、やがて見える目標に紫色の影を認める。


「あッ、エメス! よかったお姉さまが居なく成ってしまったのッ!」


走り抜けた先に居たアヤメが俺を認めると、周囲を警戒したまま俺の引き起こした

事態をその体に似つかわしくない声量で伝えてきた。嬢ちゃんには悪いが、自分の引き起こ

した状況が、今この場の最重要事項だと知り、俺は平常心を取り戻し獣の足取りを緩めた。


「ハァハァ...、悪い。で状況は───」


「お姉さまがいなく成ってしまわれた以外には、いまのところは」


「そうか、大丈夫...選手交代だ、ソレよりすまん先にやらにゃならん事がある...」

そう通り抜けざまにアヤメに告げる、彼女は呆れたようにフンと一つ鼻を鳴らしヤレヤレと

言わんばかりに両手を上げた。




干し草の香りが漂う懐かしいその厩舎へ足をすすめると、最奥の馬房の影に子を

あやすように体を上下に揺らす影を認める。老いも深まる頃の男性。

視線の先、俺を認識すると同時にその影は揺らす体を止めまっすぐこちらを向く。

その胸に抱かれ、瞳の輝きを失いただ保護者の少女を呼び求める子猫のもとに

俺は静かに歩みを進める。


「相───・・・ 止まれッ、おめぇサン───何者(だれ)だ?!」


「失礼、その話は後ほど。今はその子、チェロの要件が先だ」


今は只そう云い、男の胸に抱かれた少女に手を伸ばそうとする。当然ながら彼は、その

子を庇い俺を睨みつける、当然ちゃ当然だ。このまま彼に抱かれる少女に触れようもの

ならチットばかり柔術に覚えのある俺ですら軽々と宙を舞いかねない。

差し出した手を引っ込めようとしたその瞬間、一触即発の当人たちも驚くような出来事が

彼の胸の中で起こっていた。


ブランケットがまだ俺の手にあるにも関わらず、チェロは安堵の笑みを浮かべ

その両手を待ち人を求めるようにまっすぐ俺に向けていた。



                   ≒



「───ブランケットシンドローム。心に負の穴を抱えた子に多い症状。

 特に愛情の欠如その子の場合は、母や親といった自分を守るべき相手に由来する

 温もりの欠如が起因しているようだ」


「ほう、詳しいなおめぇさん医者か?」

訝しげに私を睨みながらブランケットに包まるチェロをあやし体を上下に揺らしながら

富山氏が俺に語りかける。


「いえ、只ちょっとばかりその子に(ちか)しい身内───みたいな者です」


「───まぁいい、だがよアンタ色々と抱えてるようだな───そのツラ含め」

「単刀直入に聞く。アンタ───敵か、味方か?」


「──────」


どう答えたほうが得策か、煮えきらない俺の顔色を察し富山氏が自説を唱える。


「ま、聞いたトコでどうせ教えちゃもらえんだろうがな。それに、オラにゃどうしたって

 太刀打ちできねぇ力を秘めてる。そうだな?」

「表の嬢ちゃんやあの漆黒の姫様みてぇなよ・・・。おめぇさんが敵だったら、そら

 きっともう敵いやしねぇ、お手上げだ。だがよ、たとえ敵わないと解っちゃいても

 最後の瞬間まで悪あがきさせてもらうぞ」

「本心じゃソッチ側にクビ突っ込みたくはなかったんだがなぁ、もう片足どころか

 全身どっぷり浸かっちまってるみてぇだからな」


掴みどころの無い彼のそのやり口に、今となってもやはり翻弄される。

思い出すとうっかり微笑みすら浮かべそうなんで、とっとと喋りだしたほうが良さそうだ

ニヤついて話がこじれると、時間だけ無駄に浪費しそうだからな。

「───、結構。今は味方ということでこの場は休戦にしましょう」

「幸いこの難局を抜けると云う目的は一致しているはず・・・ですね富山さん」


「あ、構わねぇよ。只、ハイそうですかと全てを預けられねぇってのも───」

「おめぇサンには解るってもんだろ、どうせそのツラのこと含めて訳を話す気なんて

 今はねぇんだろうしなぁ、違うか?」


「ご理解が早くて助かる。」

俺は彼の胸でブランケットに包まり静かに寝息を立てるチェロの頭をそっと撫でた。


「───で、戦況はどんなもんだい? ───ええと」


「エメス、今はそう名乗っています」


「エメス。こらまた東洋人にゃふさわしくない珍妙な偽名だこと」

「何から何までウサン臭えったら無いなアンタ様はよ」


俺はそんな彼の、悪態をつきながらのらりくらりと状況を立ち回る態度に懐かしささえ覚え

再び口角が緩みそうになる。


「んんッ、戦況でしたね───。状況の一つ、連中の初手は退けました」

「増援の到着、第二波は───まぁアチラ次第でしょう。」

「次に襲撃の理由ですが、連中の目的は日比谷美咲の確保、そしてその子」

「チェロの抹殺───」


「───ハァ、ったく。それで、アンタ次手はどう打つよ?」


「富山さん、貴方とお母様そしてこの牧場主、あなた方には何ら嫌疑もかかってない」

「ココから立ち去っていただくか、我々が普遍的な貴方方から離れるのが得策

 でしょうが───」


「ああ、断るよ」


「ま、そうでしょうね、そこで牧場主とお母様はこの山を降りて頂く」

「アチラさんは何も、この山一帯に火を放って付近に居る者全員を炙り出す

 つもりはない。山を降り、町に出れば雑多な町の人らと同じ。連中は接遇も

 しやしません。リスクを負ってまで得られる成果もない。あなた方にはね」

そう伝えながらに懐から取り出したタバコに火を灯そうとすると、彼は俺の口元から

ソレを素早く取り上げた。


「周りを見な、可燃物(干し草)だらけだ。お前さんが火を放ってどうするよ、表に出よう」

そう云うと彼は、馬房の入り口から不安そうにこちらを伺う彼の老いた母上に胸の

子を預け、私と牧場入口へ向かった。




「───で、美咲がなんぞ要らん所に首でも突っ込んだ」

「そういうことなんだろうな状況から察するに」

不安とも呆れともつかない顔で、タキ乗馬クラブと書かれた木製の看板脇にある

喫煙場所で牧柵に背を預け俺を見た。


「幸い、彼女は何もしていない。───今はまだ」


「ハァ、今は───ね」

そう云いながら彼は、私から取り上げたタバコで夕暮れ迫る茜色の空に紫煙の糸を紡ぐ。

「フゥー・・・ま、遅かれ早かれこんな日が来るこた予想しちゃが居たが、まさか

 子猫の方も対象とはな。ったく、こういう時にあの青い目の若造が居ねぇってのも

 癪だがな。まぁ聞かんでも解るが一応、確認させとくれ。」

「相手は村瀬だな? そんでもって、おたく等方でおそらく一番の手練、エメスさんが

 こうして老いぼれと一服ツケてられるって事はだ、美咲の安全は保証済み」

「な、そういうことなんだろ?」


「えぇ、そうです。ただ───」


「ただ、なんだ?!」

短くなったタバコを指に挟んだまま、彼はその指先の熱さを忘れるほど真剣な表情で

こちらを睨みつけた。


「ご安心を、此方側で一番の手練は奴。あの漆黒のお姫様ですよ」

「現状、彼女が美咲の守護の任を受けた状態にある」

「だからこうして二番手はサボって居られるってな訳です」


「──────あぁ、そうかい!」

フゥと一息付きながら、役目を終えたタバコを我々の間にあるサビだらけの灰皿に

いささか乱暴にもみ消した


「まぁ戦力的にはそういう事にしといてやるよ、ただよ───

 そのライターやおめぇさんのツラ含め、俺や美咲を担ごうとしてるならそりゃチット

 やりすぎじゃねぇのかい、俺はコレでも警視庁の刑事を定年退官まで努めた身だ

 老婆心ながら一つ良い事を教えておいてやる。そういうのはな、状況証拠過多だ。」

「俺の現役時代、そんなヤマが何件有ったか───」


遂に痺れを切らし、説教モードに入った師匠殿の(とい)に割って入る。

「0件───」

「確かに。あなた方に怪しまれず近づこうと策を弄するとしたらデキ過ぎ」

「富山さん、貴方と対峙するなら尚更ね───」

「おっと、ウワサの姫君のご到着ですかな」


乗馬牧場へ続く砂利道を踏みしめる音に、厩舎に隠れていたアヤメとチェロがこちらに

歩み寄る。薄暗くなりゆくその道を照らすヘッドライトが、我々を照らし出そうとする時

若干おかんむりの彼が俺に尋ねた。


「エメスさんよ、アンタ美咲と面識は?」


「えぇ、今は隠れておきます。ですがご安心を、必ず近くに居ます」


「それがいい。美咲がオラのように聞き分けが良くないのも、大方おめぇさんは

 承知してるんだろ」


「ま、ビンタどころでは済みそうに有りませんからね、では」


そう伝え俺は後退りするように夕暮れの闇に姿を消す。



運転席より回り込んだアオイが開いた扉から彼女が降りてくる

たまらずその母代わりとも言える守護者を呼び求めながら駆け出すチェロ。

その手を取り小走りに駆けるアヤメ。

そんな光景を眺めながら──────





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