4-24 壱拾五話 ニアリーイコールタイムライン 2
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タキさんの牧場でラチェットを寝かしつけた丁度その時、トミ爺が厩務員室の
入り口で顎だけで来いと言う。正直、ビンタ食らってから、話どころかマトモ
に顔すら見れないでいた。町に行くタキさんとばっちゃんが待つ外へ向かい
トミ爺の後をしずしずと追う。半歩どころか五歩ぐらい後を下を向きつつ
歩いてると、いろんな感情が頭に浮かんでは消えていく。
目いっぱい引っ叩かれてちゃんと反省してるしちゃんと謝りもした。
でも昼の一件は、ほぼほぼまるっと身に覚えがない。
まぁ、チョットは有るんだケど何がどこまでバレてるのか見当も付かない───
下手に口を開こうものなら余計な事を口走ってソレこそ、トミ爺得意技の
事情聴取が始まっちゃう・・・。
「ホラ、みっこ。 タキとばっちゃに挨拶しれ!」
トミ爺にそう言われてタタキの突っ掛けに足を通した時、丁度タキさんの車に
乗り込むばっちゃんが見えた。心配そうにコッチを見るばっちゃんの元に駆け
寄り、抱きつく。
「いいかいみっこ、ちゃんと皆の云うごと聴いて───」
「───うん」
「おてんばも程々にして終わったらまた皆で御飯食べんだぁ」
「いいかい、約束だで」
「──────うん」
もう十分とばかりにトミ爺がアタシの頭にでっかい手を載せそのまま
押しつぶし運転席のタキさんに話しかける
「んだばタキよ、ババのこと頼んだわ」
そう言うトミ爺にタキさんは何も言わず、ただお猪口をクイっとする手付き
だけしてばっちゃんを乗せた車を走らせた。その後をトミ爺の手を頭に
載せたまま見送っているとトミ爺はぐしゃぐしゃとアタシの頭をいつもの
調子でかき回した。
いつもなら、髪が痛むから嫌なはずなのに、今日ばかりはその大きくて
温かい手に絆されて鼻の奥がツーンと痛む。
「何も心配いらねぇ」
「なんもだ」
そんなぶっきらぼうな言葉に昼から張り詰めていた緊張の糸が切れそうに
成って、慌てて鼻をすすった。
「ねぇ、少し時間いいかしら?」
トミ爺と厩務員室へ戻る為に振り返ると玄関口に紫色のお嬢様が立っていた。
この牧場に着いた時、すれ違いざまに嫌味をふっかけてきた娘。
フゥと一つため息を付いて、相変わらず頭の上に手を載せたままのトミ爺を
横目で伺う。
「ハァー、お尋ね者ってのをナシにしてもだ、夜も遅せぇこんな所を
嬢ちゃん達がフラフラしていてイイもんでネェ、遠くにゃ行ぐな。
オラ先に寝るど」
そう言うとトミ爺はアタシの頭の上でポンポンと手を弾ませ
当直室へ引っ込んだ。あら、随分と信用されてるじゃないお嬢様───。
「さて、それじゃチョット表まで付き合ってよお姫様」
「あによ、ツラ貸せってことかしら、菊人形のお嬢様」
「お生憎様、嫌ァよ、寒いし」
「なっ───!! なんですってッ!」
「あ、お嬢が怒った───」
フッ、勝った。
「いいから! チョットほらコッチ!」
そう言いながら紫の菊人形は乱暴にアタシの腕をとって馬鹿力で外へ
連れ出そうとする。
「痛ッ、なに? 何なの? 投げるよ容赦なく!」
「蹴るよ、いいの? 無慈悲にその薄っペタな尻蹴り上げるよ、いーの?!」
そんな姫たるアタシの手を不敬にもグイグイ引く菊人形に頭上から罵声を
浴びせていると、その言葉が滑稽に思えるほど、この娘は真剣な横顔を
していたのに気づいておとなしく従うことにした。
まったくズルいったら──────。
♧
きゃいのきゃいのうるせぇ娘っ子達のやり取りに聞き耳を立ててると
こんだあ水兵のような白制服の青年がオラに話しかけてくる。
ったく、今のウチにおとなしく寝てぇんだがよ・・・
「御仁、お聞きしたいことが───」
「あぁいいよ。コッチも聞きてぇ事が山盛りだ。ただ表で事が起こったら
オメェさん投げ飛ばして飛び出るからそのつもりでな」
「承知」
♥
「チョット! なんでここなのよッ」
「あによ、話ならどこでもできるでしょ? 夜風に当たらないしこの子達の
おかげで多少は温かいし───」
「あーぁ分かった。お馬さんは怖かったかしら? ねぇお嬢様」
「ふフン、誂ってるおつもりなのかしら? 平気ですわよこん────」
個室に隔離された馬房とはいえ、夜の闇に加えて普段と違いこんな時間に
人の気配気が立ってる馬に無警戒で近づく。売り言葉に買い言葉。
ただ勇気を証明したかったんだろうけどそれはダメ。
「ヒッ!」
直後ガシャンと鉄製の扉を馬に蹴られて驚きのあまりへたり込むお嬢。
「ゴメン、意地悪した。マッタク───わかったわよ降参」
「ねぇあなた大丈夫?」
そう言って手をのばす。お嬢はアタシのその手をプイと顔をそむけ拒否して
見せたが、整ったその顔が闇夜でもわかるように見る見る朱に染まる。
小刻みに震えたかと思うとお嬢はあっさり差し出したアタシの手を取った。
「あ・・・・ありがと」
「どういたしまして、今度乗り方教えてあげる」
「是非はナシ、強制的に、このまま馬嫌いになられたら癪だから」
「──────」
そうしてこの娘は黙りこくった。
見かねて───ってより呆れて、助け船を出す。
「で、話って何?」
「──────教えてほしいのよ」
「相馬の事」
「は、誰? 知らないんだけど」
「ウソよ、驚かせて口をつむがれても面倒だから黙ってたのだけれど」
「白状するわ、わたくし達はアナタを捕らえるために東京から来ましたの。
当然、公的な組織よだって警察ですもの」
「だからあなた達の事も色々調べはツイていますの」
「和服の少女刑事ってマッタク」
「昭和のドラマかっ! ヨーヨー見せてよ真ん中が開くヤツ」
「なんですのよそれ!」
「ハァ───、イイわ逮捕でもなんでもしてご覧なさいよさぁ」
「容疑は何? 電子計算機損壊等業務妨害罪かしら?」
「ですから、あなたを確保する必要があるかどうか今確かめていますのよ!」
「あーハイハイ降参、もう寒いからコウサン」
「こんな夜更けに聴取取ろうなんて、夜明けまで待てずって事でしょソレ? 」
「話を進めましょ端的にね」
「まったく、無駄に拗らせたのはあなたでしょうに・・・」
「わたくしが知りたいのは相馬の事よ」
「だから知らないんだけど」
「ダメよ、朝までだってわたくしはここで構わないわよお互い凍えてもね」
チッ駄目か・・・
「じゃぁその相馬って人をアタシが知ってたとして、何を聞きたいのか一通り
話してみてよ。知ってることがあったら答えてあげるわ」
「では、今や全国指名手配中の相馬。先ごろこの国を出たって所まで調べ」
「ってイタっ!」
「出国したって何ッ! 彼は今、何処!!」
10秒と保たずにアタシは彼女の肩を掴み揺さぶろうとする勢いだった・・・
ついよつい!
「いっ、イイわ交換条件といきましょ私が知りたいことに答えてくれたなら」
「わたくしもアナタの知りたいことを教えて差し上げますわ」
「ウソは無しよお互いにね」
「真実のみのバーター取引ですわ、いいこと?」
アタシはその問いに黙って頷いた。
何ヶ月も全力で彼の行方を追った。でも何一つその足取りを掴むことが出来ない
でいた、それが少しでも解るなら危ない橋を渡る価値がある。
トミ爺には、また相談もナシに悪いけれど───
「あなたがそこまで彼を庇い、そして彼の所在を知りたがっている相馬」
「わたくしが知りたいのは彼に掛かっている疑惑。その真偽ですわ」
「疑惑? 彼が被疑者だってんならそういう話はトミ爺にでも──────」
「おじさまには兄様がお話を伺っています。」
「わたくし達が聴いた相馬について齟齬がなければ、わたくし達も───」
「ある人物の話を信じ、彼を追うのもあなたを捕らえるのも
辞めようと思いますの」
「兄? あぁシラユキ君か───」
「って待ってやっぱりアンタ達、アタシをタイホするつもりじゃない!」
咄嗟にカラテのポーズを取る。勿論カラテなんてできないけど
「さっきはああ言いましたけれど、今さらアナタを連中に突き出す気は」
「─────実は、わたくし達仲間に裏切られ、今やわたくし達もお尋ね者」
「全部教えてさしあげますわ真実を。わたくし達がなぜ今、組織を敵に
回してまで貴方を守る側に居るのか。なぜ相馬の過去を知りたいのか──」
「どのみち、あの男の話を飲んだ今じゃもう後戻りできないんですもの」
「あによ、ソッチもお尋ね者なんじゃない」
「あ、で。その話長くなる?」
「なんですの? まぁそれなりには──────」
私は彼女をその場に残し、毛布とストーブの上のヤカンと急須を取りに行った。
きっとさっきの話の通り、アタシとトミ爺を離して聴取したいんだろうからね
どのみちソウマの話にアタシとトミ爺に辻褄の合わないことなんか有りは
しないんだ。アタシ達が一番近くでソウマを見ていたんだから・・・
小一時間。馬房の奥、二人で毛布に包まりお茶の湯呑で暖を取って話をした。
ソウマはこの国のおえらいさんの逆鱗に触れ、日本に居られなく成って今は
行方不明、しかも其の当のおえらいさんも姿を消したこと、そして────
アヤメが知りたがっていたソウマに掛けられた疑惑、時の総理大臣
蒼 清史郎氏、暗殺の首謀者がソウマだって信じ込まされてた事ついて。
アヤメのお爺ちゃんだってのも驚いた。アヤメがソウマに拘る理由もね
でもその疑惑ついては誰よりはっきりアタシが否定できる。
だって暗殺事件当時トミ爺とソウマは、アタシとパパに対する専従捜査で
ずっとアタシに張り付いていたんだもの。
そのことを説明するとアヤメは頬に一筋涙を引くと、あっさり真実を
受け入れた。涙を流しながらも、一つの毛布に包まり隣で佇む彼女の横顔は
どこか微笑んで見えた。
「しかし・・・最初に彼の嫌疑を否定したソウマそっくりの男────か」
「双子ってほど似てもいませんわ、でも何かを確信し信念を元にし行動する
あの眼差し雰囲気は瓜二つなのよ、整形してるんじゃないかとも疑いも
しましたわ」
「で、アンタ達兄妹の見立てはどうなのよ。本人かどうかはともかく
信用できるの? そのソウマモドキ。」
「少なくとも彼の語ったあなた、美咲のことは間違いじゃなかった」
「彼は言いましたわ、信じるかどうかは美咲、あんたと話して決めれば
いいってね。兄様はどう思ってるか今はわからない。けど──────」
「けど──? アンタはどうなの」
「エメスについては正直まだわからないわ、でも美咲のことは判った」
「いっそ小憎たらしい女狐だったらどんなに気が楽だったことか」
「もし兄様と意見が割れたらそれこそ事ですわ! 」
「昨日までこの世で二番目に切り刻みたい相手を、今度はかばう羽目になりそう
なんですものね! まったく、メーワクな話ですわよ」
「ふぅん、ソウマモドキに事情を伝えられて、アタシの話が裏付けって訳ね」
あっさり信じちゃって。でもこんな話、ソウマモドキは一体どこで聞きつけたの
かしら───
「ところで、そのソウマモドキとエレクトラさん。どっちを締め上げればモノホン
の居場所が解るのかしら?」
「そうね───エメスなら答えてくれるかもね」
「むしろわたくしはお姉様と美咲がやり合う所を観戦したくも有るのだけれど?」
「やっぱりアンタ、お友達になれないタイプだわ、へへっ。今日はもう戻りましょ
夜が明けてエメスとやらが顔だしたら締め上げることにするわ」
「その時はいい? アンタも手伝うのよ、半分はアンタのせいでこうして
凍える羽目になったんだから」
「いいですわ、お友達にはなれなくても共闘はできそうねお姫様」
「頼りにしてるわよお嬢様」
そんなやり取りをしながら一塊の毛布玉はだるまヤカンを携えて寝床に戻った。
?
伝えた時間も過ぎ、6本目のタバコに火を灯そうと拉げた包に指をツッコミ
残りがないことに包を再び握りしめたと同時に、ヘッドライトの光が鋭く目に届く
その手を額へかざし光を遮る。ミニバンタイプの高級車が正面に停まりライトを
こちらへ上向きにしたまま停車した。
「遅かったじゃねぇか、コッチの動きもお見通しだったはずじゃなかったのか?」
「───クロサキ」
ノートパソコンを携え降車したオールバックの男に、寒空に凍えた恨みをぶつける
その答えかのように運転席と助手席から降りた男たちが、重厚なドア越しに
俺にP232を向けた
「そちらが早く動いたに過ぎん。むしろ陸路を走らされ、この程度で済んだことに
感謝すらしてほしいがな───。受け取れ」
クロサキはそう言うとイリジウム携帯を私に投げてよこした
「おっと、随分な扱いじゃねぇか、一応まだ上司なんだろ?」
肩をすくめるクロサキを横目に、衛星電話のアンテナを展開し
早速その上司様と電話会談を始める。
「───おやおや、これはこれは。珍しいお客様だ」
へっ、なんど言葉をかわしても癪に障る
「よぉムラセさんよ、随分と遠くにいるらしいな」
「今、お空に向かって手を振ってるんだが俺が見えるか? おーいぃ」
「──────あぁ、見えているとも」
「で───、さっそく降参の申し出かね?」
「降参だと? 降参ときたか... フフ、ハハハッ!」
「───アホか、そもそも争いにも成っちゃいねぇよ」
「オイそこの! そうお前だ左の!豆鉄砲構えてイキってんじゃね-よ」
「俺の車のトランク。お仲間を助けてやれ」
怪訝な顔の男は銃をおろし、昼間沈めた男たちを車のトランクから連れ出し
肩を貸しながら連中のミニバンへ収容した。
「おい、お前も手伝ったらどうだ? それとも運転だけしか出来ねぇかい?」
「ニーサン」
「クッ!」
もうひとりもクロサキに目線で指示を仰ぎ、トランクのもうひとりを連れ出し
収容する
「ふぅむ──────、クロサキ君」
「収容しました。無事です」
クロサキはノーパソに繋いだヘッドセットで村瀬に状況を知らせる。
その言葉を聞いた私は連中に、わざとらしいボウ・アンド・スクレープをして
再び衛星携帯電話に耳を傾けた。
「どうやら貴様は博愛主義者のようだなCASINOの連中にしては珍しい───」
「こうして数少なくなった手駒を送り届けてくれた──────」
「だが、まさかそれだけではないだろうな、ククク命がけで?」
「もちろん、これはそう──────手土産」
「───それと、俺は京都側じゃない」
「ほぅ──────」
「でだ、ココからが本題だ。俺と取引をしないか?」
「ほう、───取引と出たか」
「聞こう」
「ガキ共を渡す」
「その上で、カキツバタの二人を手放せ。永久にな」
「何を言ってるのか分かっているのか貴様」
「大立ち回りを演じここに来て裏切ると?」
「無論だ。コッチは元よりそのつもりだ」
「ふぅむ、ではその取引に乗ろう──────」
「と言いたいところだが──────」
「貴様CASINOの女狐と動いているのはなぜだ?」
「なに、簡単なこと。京都を利用したのさ」
「たとえ俺がトライデントを携えていようとも、今のアンタを屠れはしない」
「そういう所だろそこは」
「そこまで知っていようとは恐れ入った」
「貴様、誰の指示で動いておる」
「無論、アンタと同じ──────ステイツさ」
「クックック、そう来たか」
「よろしいカキツバタは手放そう。仕留め損ねた捨て駒にもはや要はない」
「じゃ、取引成立だな。明日指定場所にガキどもを連れて行く」
「場所はソッチが指定しろ。できれば近場で頼む、この仕事をとっとと
終わらせたい」
「わかった。詳しい話はそこのクロサキと詰めろ」
「あぁそれとムラセさんよ、ひとつ教えてほしいんだが」
「必死に娘の方を欲しがるのも解せんと言えばそうだが」
「ガキの方を消したいのはなぜだ?」
「年端も行かないチビを消すなんざ趣味が良いとも言えんがな」
「何を聞きたいのかと思えばくだらぬ・・・」
「教えてやろう、証人だよ」
「証人?」
「私が今ココにいるのはステイツのおかげと言っても過言ではない」
「其の為に労した途上でな見つけてしまったのだよ不都合な存在をな」
「その生き証人があの少女という訳だ」
「へぇたかがガキ一匹に随分な念の入れようだな」
「だが始末はソッチで頼む、これでも博愛主義者なのでね」
「ガキを手に掛けるのは心が痛む」
「───クククわかった」
「貴様、そのイリジウム持っておけ。今後お互い色々と協力できることも
有るやもしれん。また連絡する──────、最後に貴様の名は」
「──────エメス」
そうして忌々しい声はプツリと途切れた。
──────ココまでは予定通り推移している。
やはり少々のイレギュラーも確定された未来へ収束するのが世の理のようだ。




