4-22 The Dimension Ghost Palace.
白基調の無機質な室内で二人の男が空虚な天井を仰ぎ見る。
この空間において肉体という制約がない以上、疲労も感じぬはずなのだが
我々は、散々気を揉んでいた懸案をひとまず乗り越え、疲労困憊のまま
その無機質な格子細工の天井を並んで見つめていた。
ただし、この妖精王の玉座に招かれた我々は、状況を覆すために王の力を借り受け
その力で少女を助けるといった主人公的立場ではなかったようだ。
結局の所、謎の主人公を助ける役を演じる“脇役”だったらしい。
いやそれどころか、まるでただの小道具のような扱いでしか無かったようだがな……
「────で、どうなんだミスター」
「うまく行ったのか? 本当にこれで正解だったのだろうか?」
「あぁ心配ない、俺が観測しお前さんに伝えたアドバイスそれを美咲に的確に伝えた
お前さんの声、しっかり伝わってたさ」
「流石に、俺がもしもと美咲に言い聞かせ、同時に美咲がまさかと信じちゃ
いなかった状況にはアイツさすがに堪えたようで、逃げ込んだ蔵で泣き疲れて
眠っちまったがな」
「ひとまずは差し迫った危機からは脱したというわけか、しかし────」
「あぁ、予想通り状況は良くなるどころかむしろ最悪だ、やはり村瀬は今も何処かで
この一件の糸を引いている」
「こうなりゃ本当にヤツの生死は定かじゃないな。それどころか、おそらく美咲の
存在も少なくとも四課の連中には露見しちまってると見て間違いない」
「となれば先程俺が見て、お前さんが助言して退けた連中は人数的に見てせいぜい
先発隊ってトコだろう。この後どれだけの追手が掛かるか見当も────」
「どうした? 不満そうだなダニエル」
「当然だ。結局、私はエレクトラにトライデントで突き刺され、死ぬ思いまでして
ここに至ったにも関わらず、いまだロイの描いた思惑の道具でしかないのだからな。
信ずると思い至った自身の正義を行使するのも叶わずに────だ」
「これが憤らずに居られるものか!」
「ま、そう熱り立っても、アチラの世界から隔絶されたこんな場所で
何も手出しできなきゃ仕方ないだろうよ。幸いといっちゃ何だが、今回は俺達の
他に鉄火場を務めてくれる主人公様が居るようだし────」
「ここでこれ以上美咲の戦力になれないなのなら、俺達は脇役に徹するのが
きっと適材適所なんだろうよ」
「ミスター、先程からずいぶんとその主人公様に特別な感情をお持ちのようだが
貴殿がそこまで信用に値すると断言した人物だ。私がもうこれ以上その人物に
疑いを持つ必要もないのだろう。しかしな、その人物の仔細を聞きたくも成る」
「なにせ私の今の役目はどうやら、美咲という少女にだけ声を届けることができる
“指向性の高いスピーカー”に過ぎない」
「時をこえて見通す力を借り受け、状況をつぶさに観測できる貴殿と違ってな」
「ならば、せめてそのホワイトナイトがどのような人物か
私に語ってくれても良いのではないか? マッタク──────」
「確かに。そうだな───容姿で言えば、俺とお前さんを足して2で割らないような男」
「年はまぁチットばかり大人びちゃいるがな。俺とそうたいして変わらないだろう」
彼は、何処か満足げとも取れるような表情をしながら謎の男に関する所見を
私に語り聞かせた。そんな満たされた表情のミスターソウマに対し、呆れのような
感情と同時に、私は至極単純な疑問が思い浮かび、嬉々として語る隣の男に
もう結構とばかりに話の腰を折り、疑問を彼にぶつける。
「その能力、時を見通す目を持ってして、今後起こり得る状況を見通すことは
出来ないのか? 先程のように一触即発のタイミングではなく
前もってQueenに迫りくる危機を伝えられれば────」
「────、何だ藪から棒に。だが確かに一理あるな。しかしどうやら俺が借り受けた
力ではある一線を越えてその先は見えないようだ、目の奥が凍てつくように痛む」
「さきに私が触れたそこの電話の破片や、私達と貴殿の間にある時間差を隔てる
障壁と同じか」
「あぁこりゃ推測だが、現実世界のエレクトラの居る時間より先、つまり未来は
見通せないようだ。彼女が設けたルールなのか、彼女の能力の問題かは
分からんが────」
「まぁ、仮にだ。未来も見通せたとしたらどうだ? 都合のいい所で一時停止なんて
出来ずに、俺達の思い描く最悪な結末を見ちまったとしたら?」
「今度は俺達や誰かが、時間を飛び越えた先で大立ち回りしなきゃならんだろうな」
「────フッ、何を言い出すかと思えば今度は時空跳躍とは、また荒唐無稽な事を」
「おふざけはコレくらいにして、ひとまず俺らがココに呼び出された理由が、美咲を
守るために連中が到着するまで、ココで俺達が美咲を守るってんなら
見事やり遂げたってことだな。ひとまずご苦労さん」
そう言うとミスターソウマは猫脚の豪華な長椅子の背に両手を回し安堵の表情で
一つ深呼吸した。
「フゥ、ひとまず及第点といった所か、事態は解決しちゃいないようですがね。
それはそうとミスターソウマ、此処にたどり着く直前、貴殿らは大海原へ
放り出されたのだろう? 彼女の安否や、自身の生死を少しは心配したら
どうなのだ? ココが死者の世界への入り口かもしれないのだぞ」
「おっと、そうだったな。まぁ都の事は心配だが少なくとも俺自身に関しちゃ
このままおっ死んじまったってんならある意味納得でも有る」
「なっ!」
「まぁ聞けや。俺が元いた世界で成してきた事、いわば行動原理は俺が生き残り
守るべき相手の生存確率を上げることに集約されてた。お前さんが探しだした
緊急物資のツールバック、あれもそんな物の一つだ」
「だが、俺が最善と考え行動し、ソレも叶わず膝を屈するってんならきっと
どんな策を弄した所で、結果ソコまでだったって事だ」
「だから、ある意味このまま天に召されたとして後悔はねぇよ────」
「────ただ」
「どうやらお前さんは、そうじゃぁねぇみたいだな」
「当たり前だ! 志半ばにして座してたまるものか、ましてやあんな最後
認められない!」
「その言葉を聞いて少し安心したぜ。お前さんはまだ諦めちゃいないみたいだな」
「ココから出る方法が今はわからずとも、少なからずその生きようと前向きに
考える事ができるなら、きっとあの妖精王もこのままお前さんを死者の宮殿に
招くことはしないだろうナ」
私はこの宮殿の長である妖精王の、私の最善と思われる思惑を一方的に禁則に
する彼女ルールに心底うんざりしながらも彼の声に耳を傾けた。私が思うように当然
彼もこの次はココからどう脱するか、そう考えるものだと思っていたのだが
絶対生存のスキルを持ち、数々の危機を脱し善行を成してきた彼がココが終着とばかりに
英雄譚に幕を下ろそうとするのを、おそらく以前の私ならば殴りつけても
止めようとしたのだろう。しかし今は彼のやり切った表情を見るに、とてもそんな気には
なれなかった。それはつい数ヶ月前、メキシコで私も感じた感情だったからだ。
巻き込まれた親子を助ける為、満身創痍で望んだ最終決戦。
残弾すべてを使い尽くし、辛くも切り抜けた組織の玄関先でもはや立つ力さえ
使い果たした私が感じた充足感。あぁ、確かに私もそんな感情で人生の幕を下ろすのも
悪くない、そう思ったからこそ、今のミスターソウマの言葉をただこれも人生と受け止める
事ができるのだろう────。
そんな事を思いながら改めて隣の男を見ると、彼の瞳が青く輝いていくのが見え
驚きとともに彼の名を叫んだ。
「ミスターソウマ!! その瞳、色が!!」
「どうしたダニエル突然────、うぐッ!」
唐突なる痛みが襲っているのか、ミスターソウマは自身の両手で顔を覆うと
言葉も出せぬと言わんばかりに長椅子から立ち上がりそのまま膝から床に崩れ落ちた。
「大丈夫なのか!? まるでここに至る際の私のように一瞬その瞳が蒼く輝いたが」
「────あぁクソッ、突然来やがった」
「こりゃ俺がここで彼女の力を借り受けた時の痛みと同じだ───」
「もしかしたら、俺の役目はもう終わりってことなのかもしれんな」
その言葉は今の私にとって、絶望に等しいものだった。彼を失う事それは
現実世界の事象を観測できなく成るという事、私が借り受けた“伝える力”は
彼なくしては何の役にも立たぬのだから────。
「───ダニエル、すまないが電話の横。 メモとペンを取ってくれ」
その言葉に私は疑いの余地を挟むことすら今は惜しいような気がした。
今すぐに目の前の男は消えてしまうのではという不安に、即座に彼に対し
British embassyと透かし文字の入ったメモを手渡す。
お互いの手が触れないように注意しながら。
「────いいか、ダニエル」
「カジノのお歴々の思惑や理屈はひとまず棚上にしたとして、美咲を守るっていう
俺達の正義、ここに呼び出された時より、現在の状況は間違いなく遥かに好転している」
「美咲とエレクトラが出会った事によって、旗色が悪い方向に向かう事はもうないだろう」
「ま、俺のカンだがな」
苦痛のあまり床に両膝をついた男は、そんな楽観的な思いを語りながらも
何かをメモに走り書く、もはや師とも呼べるその男の異変を、私は思い図り肩に手を
乗せることすら叶わぬ、この理不尽な状況に顔を顰めるが、彼はそんな私に目もくれず
話を続けた。
「いいかダニエル! 勝手に絶望から自棄になるなよ。それと────
アオいお前さんに最後の頼みだ。コレを、美咲に手渡してくれ」
「絶対に生き延びて必ず渡すんだ、いいな!」
そう言うと男は、蒼くまばゆい光に包まれ霧散した。
「ミスター!!」
絶望からくるまるで悲鳴のような私の声は虚しい反響を伴い一人残された
部屋で微かながらにこだました。彼の居た其処には、小さく二つ折りに認められた
Queenへの伝言だけが残されていた。
♣
「──────」
ここは? 天国にしちゃ体がだるいナ
「おや、気がついたね。」
シスターのような格好をした恰幅の良い女性が、先程まで俺が置かれていた状況と比べ
明らかにのんびりとした口調で俺のベッドの横に立ってそう語った。
これまた天使にしちゃチットばかり現実的すぎるな…
「おっとまだ無理するんじゃないよ、アンタ───おやコレは失礼」
「アンタさまはここに運び込まれて2日ほど意識がなかったんだよ」
夕日に染められた白壁の部屋、海風に傷まぬよう白いペンキで染められた木枠の
小しゃれた窓は開け放れていて、白いレースのカーテンが南国の心地よい海風に
ゆっくりとたなびいている。
「ここは───、もしやセーシェル?」
「そうさ、マッタク。なにが有ったかアタシゃ知らないがねぇ───」
「奥方がアンタさまに付きっきりで食事も取らないもんだから
いい加減にしなって、今しがた追い出したところさね」
その言葉に俺は壁際にかかっていた純白のコットンシャツを羽織り
オレンジ色に染まるテラスが見える窓際へ立つ。妻じゃあ無いんだが、すぐにその人物が
誰を言い表しているか、見当がついたからだ。
テラスから小さな階段を降りた先には、夕日に染められた真っ白な海岸が広がり
波打ち際に立つ人物が見える。
その見覚えのある景色に安堵からか、小さなため息が漏れ出し、いまだ完調と言い難い
このふらつくカラダを窓枠へ預けその一幅の絵のような光景をただただ眺めた。
そう、たしかにこの光景はあの死者の宮殿で彼女に思いを馳せた際、脳裏に浮かんだ景色
そのものだった。
白いワンピースを纏い、大きな麦わら帽子を風に攫われない様抑えた彼女が
夕日でオレンジ色に染められた白い砂浜で、憂いを秘めた瞳で遠くの海原を見ていた。




