4-21 壱拾四話 ニアリーイコールアイソトープ 6
◆
「痛ッタたた! ギブ!ギブだって爺さん腕が、腕もおかしくなっちまう!!」
玄関先で華麗に舞ったその若造。警察手帳を見せるやいなや、ついて来いとおらの腕に
手をかけるなんざ礼儀がないのもほどが有るわな。ひねり上げたその手に持っている、
先程誇らしげにおらに見せた警察手帳をひょいと取り上げ、所属と官姓名を確認する。
「えーっと、なになに。警視庁公安部 外事四課の、久坂部サンねぇ。本庁の刑事さんが
何でこんな所へ?」
「おじさま、ついでですわ、その手癖の悪い腕ももぎ取って下さいな」
「──────で、お嬢さんはどう見たって、この刑事の相棒にゃ見えねぇがー
なんだってあんたら遥々、しかもこんな朝早ぐ?」
その紫色の髪をした美咲より幾分小柄な和装少女は、まっすぐおらの顔を見つめながら
おらが倒した男を踏み越して目の前までやってくると、おらがどうしたって
とぼけようのない話を始めた。
「おじさま、まず下僕のご無礼をお詫びしますわ」
「クッ!オイガキ!!誰が下僕だ誰が!!」
「おだまり!! ──────おじさま。わたくしは貴方にお初にお目にかかりますが
ある人物から言付けを授かり参上いたしました」
「へぇ、お嬢さんはまともに話ができそうだな。とりあえず聞こうじゃねぇか」
「だがよ、嬢ちゃんも場合に依っちゃ痛い目にあう前にお引取り願──────」
「村瀬という男の手の者が、まもなくこちらに大勢押し寄せますわ」
「目的は“ヒビヤ ミサキ”という少女の逮捕。それを防ぐために一時
相馬氏と取り決めてある場所へ避難をお願いいたします」
「わたくし達はあなた方を無事そこへ御送りするために参りました」
「ほう。まぁ、そこまで知り合いどもの名と、立場を詳らかに語られちゃ、
言うことを聞くしか無いわな。で、アンタは誰に雇われたんだい? 嬢ちゃん」
「──────、実はわたくしも本名は存じ上げておりません」
「ですが──────、おそらく彼の名は・・・・・・」
「おぉーい、トミ! きんきゅーじたいだばって、なんたっけ?」
「おぉ、こーどナインだ、トミぃぃ。ミッコが誰かさ追われてんだば!!」
「こったら時はおめさんに伝えばなんねぇ決まりだべ!」
今度は森多か、おらが町中に張り巡らせたイナカネットワークが揃って警鐘を
鳴らしてやがる。こりゃ、姿を見せなくなった相馬が村瀬となんぞやらかしてるに
違いねぇ──────
「美咲が追われてるってかモリぃ?!」
「──────嬢ちゃん、こら一体どういう事だ?」
「ご安心を、おそらく私達と別れた仲間です。今はとにかくあなた様方を退避
させなければ私が怒られてしまいますわ。多分、相馬に・・・・・・」
「トミ・・・・・・こりゃいってぇ──────」
「モリおめさんがたもココから離れてれ! 安心しな。ミッコは大丈夫だ」
「──────そうなんだな、嬢ちゃんよ」
そう言うと紫色の嬢ちゃんは唯一つだけ、力強く頷いた。
まったく、そんな話を聞かされちゃ敵わねぇよな、よう相馬よ。
おらは婆様とチェロ嬢ちゃんの支度を大急ぎで済ませ、半ズボンのチャラい
ニーちゃんが運転する高級外車でタキの牧場へ向かった。
──────約10分前
「ふぅ、コイツラはしばらくトランクでおネンネだな。丁度いい車も手に入った
ことだしここからは二手に分かれて行動する」
「久坂部、足はもう動くな? お前はお嬢と共に、この先の家へ向かい住民を説得。
以後そこの御仁の指示に従え!」
「はぁ?! 待てやオラァ!」 「なんでわたくしがこのバカカベと!!」
「シラユキ、俺と一緒に来い。トライデント、私に付き従え」
「何としても美咲とリンクを繋ぐんだ。いかなる手段を持ってしてもだ!」
「承知いたしました。エメス様」 「──────了承」
「まてまてオイオイ、待てや隊長さんよ!」
「俺はアンタ等とお仲間になった覚えはねぇ、なに勝手に話進めてんだコラ───」
「久坂部さんよ、この道の先には、お前さんと変わらず、コチラの事情と
関係のない普遍的な生活を送る人々がいる」
「お前さんは四課である前に警官だろ?」
「その胸にある手帳。そいつはまだお前さんの中でも有効なはずだ。違うか?」
「今こそ親父さんとの──────」
「あーーーハイハイ! わかったよクソッ!」
「アヤメ、チョット耳かせ」
「な、なんですの?」
(この先の御仁は礼儀に誰よりも厳しいお方だ。久坂部の警察手帳だけじゃ駄目なんだ)
(キミの人柄と立ち振舞その礼節が必要なんだ、わかってくれるな?)
「──────ッ。わ、わかりましたわ」
「そ、そこまで言われたらわたくしの約目ですわね!」
「行きますわよ──────バカカベ!」
「アヤメちゃーん、オッサンと何耳打ちしたのか久坂部お兄さんにもおしえてーな」
「ガキのくせにナニ赤くなってん───痛ッてぇ!マセガキ、いちいち人のケツを
蹴るんじゃねぇタコ!ッタク──────で、隊長さんよォ」
「どっちがどっちの車つかうんだ?」
「ロールスの方が大勢乗れるし足が速い。そして何より安全だ。久坂部、お前に託す」
「ッシャァ!」
「我々は鹵獲したコチラの車だ、もし敵に遭遇しても同じ車両なら欺瞞効果もある」
「0728時。よし行動開始だ!」
≒
「シラユキ。そこの農道入り口に車を隠せ、後ろからな」
「──────了承」
「ところで、シラユキ君。そのサングラスはどうした?」
「トランクの黒子から拝借しました、助手席の貴殿と外見を似せる為」
「車外から見た時の欺瞞効果が上がります。──────似合いますか?」
あぁ、あのおテンバ娘を律するだけの人格者だとは思ってたがな。
コイツもどこかズレてやがる。まぁ年相応、そういうことにしておくか。
富山邸から町へ降りる一本道、バイクで学校へ向かう美咲ならこの道を必ず
通るはずだ。ここで待ち伏せていれば必ず、そう思っていた矢先、後方から土の上を
タイヤが擦る音とともにクラクションが盛大に鳴り響いた。
「こらぁ!ここは私道だぁ、そったら木陰さ居られたら見えねぇべな!」
「まったぐ、危うぐオカマ掘るトコだったべ!」
慌てて振り向くとそこには、この農道の先に続く林檎園から降りてきたと思しき
軽トラが止まり、運転席から麦わら帽子をかぶったオッサンが身を乗り出し、おかんむりで
拳を振り回している。
「く、まいったな。ここはこのまま無視してやり過ごし──────
って、おいトライデント!!」
私に付き従えと命を与えた筈が勝手に後席を降り、車の後ろ、軽トラとの間に
しゃがみ込みこちらの視界から姿を消した。
「な、何をするつもりだあの魔女め・・・・・・」
「──────どうしましょう、エメス殿」
「とりあえず見守るしかあるまい、あのでくの棒が暴走する素振りを見せたら
全力で止めるぞ。準備していてくれ」
「承知」
そんな私達の心配をよそに、まもなくスラリと立ち上がり姿を表した魔女の手には
真っ赤に熟れた林檎が一つ乗っていた。魔女はしばしそれに視線を落としていたと
思うと、後ろに急停車した農家の軽トラへ近づき、助手席のほっかむりをした女性へ
その林檎を手渡した。
その後は一点の迷いもなく、真っ直ぐに我々の車に戻り、再び後席へ座した。
私はバックミラーで後ろの農家のご夫婦の様子をうかがうと、ふたりとも頭上に幾つも
?マークを浮かべているようだった。
「お待たせいたしましたエメス様」
「──────シラユキ、後ろの車を行かせて車を戻してくれ」
「ふぅ、マッタク! ──────心臓に悪い!」
「トライデント、待機と言ったら待機だ!!」
「承知いたしましたエメス様」
シラユキが農道から車を出すと、軽トラは我々の横をスルスルと通り抜け
すれ違いざまに、農家のご夫婦が後席の淑女に屈託のない笑顔で会釈し、町の方へ
降りていった。
「──────何だったんだマッタク」
「エメス殿、正面。あれでは?」
今度はシラユキがそう指差す方へ視線を向ける、制服の上にオイルドジャケットを
羽織りハンターカブと呼ばれる赤い小型二輪車を駆る、乗馬用ヘルメットの少女。
それは紛れもなく美咲だった。
「主要目標だ!接近しろシラ──────」
そう言いかけた矢先、コチラの手前、約40m程手前で美咲のバイクが
突然横を向いたかと思うと、美咲はバイクごとガードレールをすり抜けるよう
下り斜面の方へ姿を消した。
「なっ!! 消えッ?! バカなっ!」
そう言いながら私は慌てて車を飛び出し、斜面の上から視線で彼女を追う。
事もあろうに彼女は、使われていない朽ちた廃農道をオフロード走行で旧作地の畑を
交差点へ向け最短距離で下っていった。
「しょ、ショートカットだとォォオんんぁぁあのォォ、おてんば娘め!!」
砂煙を上げながら斜面を一気に駆け下りた彼女は、程なくこの私道と県道が交わる
交差点の赤信号で停車し、対して私道を正しく道なりに下っていった先程すれ違った
軽トラがその横についた。
その光景越しに、国道方面へ視線を移すと我々と同じ車種、同じ色の車がコチラに向かい
県道を走ってくるのが見える。
「クソッ、四課の新手か!!」
踵を返し車へもどり、運転席でハンドルを握り呆けているシラユキを助手席に
押し込んだ私は急加速で曲がりくねった山道をドリフト走行で駆け下り
美咲を追った。
♠
「ウガァっっ!くうぅ・・・・・・」
「──────なんだ!! どうしたダニエル大丈夫か?」
突然激しい耳鳴りに襲われ、その女の悲鳴のような甲高い音のあまり私は頭痛さえ
併発するかような唐突な痛みには思わず頭を抱えた。
「わ、わからんが突然。そっちはどうなっているミスター ──────」
「待て、嬢ちゃん今ちょうど仙台の富さんと対面中だ。」
「美咲は──────、見当たらん。あの主人公様もエレクトラも、白鞘の少年も
居ないようだ。別行動か──────?」
「まてダニエル! おれもそんな痛みに覚えがある!!」
「ここで目覚め、まだお前さんがやってくる前だ!」
「そして俺は彼らの目になった。」
その言葉にハッとした私は、あの時私の頬をめいいっぱい叩いた少女へ思いを巡らせた。
『───まさか・・・ウソでしょ!』
『わたしもそんなの有るとは思ってなかったわよソーマッ!!』
驚くことに、それはまるでラジオのスイッチでも入れたかのように、あの日
チェロを思い、私を怒鳴りつけたその少女の声が頭の中で鮮明に聞こえた。
「ミスター!! 美咲の目に乗れるかッ!!」
「まさか、美咲とリンクがつながったのか?! 待ってろ!」
しばらく眉間に皺が寄るほど固く結ばれた彼の眼が驚きとともに、丸く開かれた。
「ダニエル! どうやら美咲とエレクトラの縁が結ばれたようだ」
「俺も美咲の瞳に乗れる!」
その言葉に異世界の男二人は、猫脚のイスに座りそれぞれ何かに願うよう両手を握り
一人の少女へ思いを巡らせたのだった。
≒
「トライデント! 前の少女、瞳は見えるか!!」
「いえ、もうしわ──────」
「クソッ! 後ろの連中も美咲に気づいたな!これじゃ欺瞞どころか」
「俺らが呼び寄せたようなもんだ。」
「ミサキ、頼むッコッチを向け! トライデント、今美咲が振り返ったぞ、瞳は!!」
「いえ、もうしわけあ──────」
必死に前を征く赤い単車を追う、車内から幾度となくトライデントにリンクを
試みさせるが朝日を写した乗馬用のゴーグルが邪魔をしているのか、エレクトラが
美咲の瞳を捕らえることが出来ないでいた。
「クソッ! こうなったら──────、一か八か当ててでも」
「エメス殿ッ!」
「なんッ!! 嘘だろおまえ!」
私の運転技術を美咲はスルリとかわし、バンパーがカブの後輪を捕らえる
すんでの所で彼女は後輪を滑らせ、ほとんど直角に左の細い農道へ曲がり込んで
逃げられた。
私はブレーキペダルを蹴り込んでサイドを引くが間に合わず、その農道の入り口
であるガードレールの切れ間を、四輪ロック状態で通り越す。
直後、我々のすぐ後を追っていた四課の連中が
砂煙の上がる農道へ曲がっていった。
『エメス!エメス聞こえる?』
「今度は何だ!! アヤメ──────なのか?」
「トライデント!!」
そう尋ねると、後席のトライデントは一つ小さく頷いた。
「どうしたアヤメ!聞こえている」
『ご家族を例の場所へ退避させたのだけれど──────』
「なんだ! どうした!!」
『お子さんの忘れ物があるらしく、私達だけまたお屋敷に戻っている最中よ』
『そっちは如何ですの?!』
そうか、ひとまず第2目標の避難は完了したわけだ。
「すまん、失敗した。」
『な、なんですって!!──────ちょっとエメス!』
「トライデント、瞳を、視線を交えることは出来なかった」
「リンクは果たせなかったそうなんだろ?」
「いえ、縁は結ばれましたエメス様」
「はぁ?! どうやって」
「いかなる手段を持ってしても、とのご命令でしたので先程の果物を使い───」
「はぁ──────、そんな裏技が有ったのかよ・・・」
私は、この規格外のロングトライデントを完全に見誤っていた。
トライデントの瞳を通じ第三者同士を結びつけることで、絆が結ばれるものだと
ばかり思っていたのだが、やはり全ての因果の源だけのことはある。
思い返してみれば、こうして私の脳内に語りかけているアヤメにしても
そうだった。私はこのトライデントを使いこなしているつもりで結局、その超高性能な
道具のカタログに記された、諸元を理解しているに過ぎなかったってわけだ。
『チョット!どうなったのか説明なさいな!』
「あぁ、すまん。前言撤回だ成功したらしい。ひとまず我々もそちらに向かう」
「恐らく屋敷の手前で合流できるだろう」
『そう、脅かさないでくださいな! 待ってますわよ!」
「エメス殿! 連中が!!」
アヤメと思念通信でやり取りしてる最中、その内容どころかその事実を知らず
追っていた目標を放置している私に堪らずシラユキが声をかける。
「あぁ──────、あとは大丈夫。なぁ! そうなんだろトライデント」
「はい、彼らとの繋がりも保てました」
「──────理解不能。どういうことです?」
「あぁ、美咲にはな、無敵の守護天使が付いてるのさ」
「それも二人もな──────。ひとまずお嬢達と合流するぞ」
( 後は頼んだぜ、Lance&Aegis )
彼らに口角だけでそう伝え、私はアヤメ達との合流を急いだ。
♣
「ウッヒョオォ! 凄えぜさすが超高級車ッ。なんだコレ、ぱわーりざーぶ?」
「うるさいバカカベ! 黙って運転なさいッ!!」
しかし参ったわね、あの牧場にトミヤマのご一家を、無事送り届けられたまでは
良かったものの──────。あの金髪のかわいい子猫いったいなんですの?
「にゃあぁぁぁ!! ねーね! ねーね!」
「婆様!あの毛布持ってこなかったのかい?」
「んだばアンタが急げ言うもんだで。通帳やらはんこやら──────」
「おじさま!どうしたのこの娘一体っ!」
「すまねぇな嬢ちゃん。お気に入りの毛布があんだ、アレがねぇとおらでも
そうなっちまったチェロをお諌めすんのはムリなんだわ」
「しゃーねぇな、取りに戻るっきゃねーだろ、アヤメ様」
「あなたはあの車に乗りたいだけでしょバカカベ──────!」
とは言ったものの、私が抱いても両手を振り回して暴れる子猫をどうにも
出来なかったんですものね、仕方有りませんわ。それにエメス達の作戦は
成功したらしい。あとはヒビヤ ミサキが彼の言うように、わたしたちの祖国に
仇名ス敵でない事を祈るだけ。
「おっとと、ありゃ隊長さんの車か?」
「そうね、止めてバカカベ!」
「あいよ。お嬢様」
「あんた、この車に乗ってるときだけは素直ね──────」
邸宅へ向かう私道の途中、車両がすれ違うために設けられた退避帯に車を寄せ
エメスや御姉様と合流する。
「エメス! ヒビヤ ミサキ、彼女は?」
「あぁ、問題ない。そちらは?」
「問題有りませんわ、毛布が有ればね」
「あの子が常に身につけてるものらしく無いと駄目なんですって」
「マッタク泣き止みませんの、わたくしの母性本能も若干傷つきましたわ」
「はぁ、ブランケットシンドロームか。そりゃお嬢がどうしたって駄目だ。
心にポッカリと空いちまった穴を唯一塞げる聖骸布みたいなもんだからな」
「仕方ない、トミヤマ邸に戻りブランケットを探すしか無いな」
「オイオイ隊長さんよ!ガキ一匹の為にそこまでする必要がアンのか!」
「こっちに犠牲が出るかも知れないってのに、アァ!!」
「───有る。久坂部、わかってくれ」
「チッ! マジな目で言いうな。───これ以上逆らえねぇだろうがよクソッ」
「ただ、探してる最中にも連中が邸宅にじきたどり着くだろう」
「鉄火場になる可能性があるな、コチラの残存戦力を確認する───。アヤメ」
「わたくしは戦力外ですわ。空港で薙刀を失ってしまいましたもの」
「気にするな、久坂部。足はもう大丈夫だな?」
「あぁ運転なら任せな」
「シラユキ、ライターだほら」
「かたじけない。白木刀並び火種共に問題なし」
「よし──────。トライデントと俺も問題なしだ。いけるな」
正直わたくしはこのエメスの統率力に驚いている。つい昨日まではわたくしや兄上
そしてこの久坂部も敵対するどころか発見即全力排除に等しい、言ってしまえば
悪鬼、しかもどこの組織の者かもわからない能力者。どのような力を持っているか
さえ分からない、最大級の警戒心を持つべき相手なはずですのに──────
側にいてくれるだけでこんなに心強いなんて。
「牧場に兵力が無いのはマズい。アヤメはトライデントと牧場へ戻り彼らの警護を頼む」
「でもエメス! わたくしは──────」
「なぁに、いざと成ればその御姉様を振り回せばいいさ」
「承知いたしましたエメス様」
「──────え、御姉様ぁ?」
「男連中は邸宅に向かいブランケットを確保」
「捜索中四課と鉢合わせたら各個撃破だな」
「おいおい──────まてよ隊長さん」
「俺は戦闘単位としちゃ下の下だぜ、あんたらの力には成れる自信が───ねぇ」
「それに四課の連中からすれば、葬り損ねた挙げ句敵に寝返った裏切り者だぜ」
「だから、私から離れるなと言ってるんだ。ロールスの中で待機してろ」
「──────すまねぇ」
「ではそのように、トライデント。お嬢を、みんなを頼む」
「承知いたしました。エメス様」
簡素ながら的確な人員配置を終え、わたくしは御姉様と共に敵の車で牧場へ戻る。
長物の得物がなければ戦うことも、車も操れもしないわたくしは、戦闘単位としては
久坂部以下と成ってしまうことに負い目を感じていた。
わたくしの能力、それは自身の操る薙刀の切っ先がどこを通るか一瞬にして
見切る力。聞かされていた相馬や、あのエメスのように、時を止める力に近い。
だけれど、わたくしの力は自身に向い飛んできた弾丸を一つ切り落とすのがせいぜい。
見切りの能力はごく短時間しか効果がない──────。
それも対峙した相手が見切る事が困難な切っ先の動きを見せるあの三節薙刀が
あればこそですのに・・・・・・
「アヤメ様、如何されました?」
「──────! べ、別になんでもありませんわ御姉様」
「御姉様、あなた様はどうしてエメスに付き従って居るのですか?」
「彼が悪人でないのは、これまでの彼の行動から理解できます」
「でもあの病院で一緒にいた相馬との関係より遥かに上回るような気がして───」
「───a fáte. アヤメ様到着いたしました。」
赤毛の彼女は、ただ宿命という言葉を残し車を降りると、真っ直ぐに
お祖母様に抱かれる泣きじゃくる子猫の元へ歩み寄るとその子をそっと抱きしめた。
先程まで泣き止むことすら出来ないでいたその子は、御姉様の瞳をただまっすぐに
見つめた。それはまるで泣くことすら忘れてしまったように───
≒
「──────見えたぜ隊長さん」
「空港で奴らもこの車を目にしている。屋敷を通り越しその先の木陰に隠せ」
「裏山から屋敷に侵入する。久坂部、お前はこの車を出るなよ。」
「──────あぁ、わかったよ」
「シラユキ、準備はいいな?」
「──────いつでも。」
我々は屋敷の裏山から室内に忍び込み、真っ直ぐに二階の美咲の部屋へ向かった。
「エメス殿、場所もその物品も存じておいでなのです?」
「あぁ、安心しろシラユキ。この家にある毛布全部を持ち出すわけじゃない」
そう言いながら、美咲のベッドの掛け布団をめくる。
「──────エメス殿」
「言わんでもわかる。無いな」
美咲と一緒に寝てる際、ラチェットが包まっていたはずだ
必ずベッドに有ると思っていたんだがな
「エメス殿!」
「あぁ、下で物音がしたな」
「承知!」
「あ、シラユキ。隠密で不殺。可能な限りでいい。出来るか?」
「愚問」
そう言付けし、私は青いマガジンをそれぞれのM9へ装填する。
そして、いざという時はシラユキの素肌に触れられるようその白い学ランの
袖を捲らせ階段を音もなく降りる。
階段下で出くわした黒服を、シラユキが青く燃えさかる刀の柄頭を後頭部へ
見舞い、崩れ落ちるすんでの所で抱きかかえ、そのまま二階の寝室へ隠すために
音もなく上がっていく。
すれ違うように廊下を進み、居間と廊下を隔てる障子をやり過ごすと、やがて
昼を迎える日光が縁側より差込み、障子に人影を移す。
( さっき美咲を追って農道へ曲がった連中だな? だとすりゃ残るはコイツだけか )
そう思った瞬間、屋敷に隣接した蔵の方から音がし、それに気づいた居間の男が
床の間方向へ銃を構える姿勢で振り向く。私はとっさに時計に目を落とす。
( マズい、美咲が蔵に入った音か。クソッ!!)
銃を構え、縁側から蔵へ向かおうとする影を追うよう、私はワザと音を立て
障子を開け広げた。
「おっと! 困るなぁ土足で人の家に上がり込まれちゃ」
「なっ!! キサマ!」
二階のシラユキに聞こえるように少々大きな声で続ける。
「実家を荒らされちゃたまらんのでね、悪いがお仲間もお引取り願った」
「今この家には俺とアンタの二人きりだ」
そう二階のシラユキにも言い聞かせながら居間へ入ると、黄色いライオン柄の
ブランケットがこたつの縁から顔を出しているのが見えた。
「ふっ、少女は何処だ!」
「少女? 何のことだかな」
「それより俺も聞きてぇことが有る。村瀬のおっさんはお元気かい?」
「何の話だ?」
「おや、分かってるはずだがな。もう呪いも解けてるはずだ」
「何の話だと言っている! 女は何処だ!!」
「村瀬のオッサンなぁ、東京の病院で死んだぜ?」
「お前さん方村瀬のアドレスから送られてきたメールだけでこんなトコまで来て
ご苦労なこったぜマッタク」
「分かってんだろ? お仲間みんな疑心暗鬼でどうすりゃいいか分からなく
なっちまってるって」
「御託はイイ! 女を出せ!!」
( 駄目だな埒が明かねぇ。籠絡がムリならおネンネしてもらうっきゃねぇ )
私は両の手にしたM9を、向かい合う男の方へ放り投げつつ、居間と床の間を
仕切る敷居を足の感覚を頼りに探り当て、眼下のブランケットのそばまでにじり
寄る。
「なんだ、撃ちたく成ったか? イイぜ。やれよ」
「ふっ、バカな男だ」
誘われるように、その男の悪意が閃光を放つと同時に、私の視界から色が全て
流れ落ち背中から不死鳥の翼が羽撃くと同時に、縁側から黒い影が銃弾と私の間
へと割って入ってくるのがスローモーションで見える──────
『バカなッ! 車で待っていろと言ったはずなのにッ』
私はその影の、素手を慌てて握りしめると、私へ向かう弾丸が一つまた一つと
その影に吸い込まれ、紅色の霧が舞い、影は右へ左へと衝撃を受けよじれた。
『なん!』
そのありえない光景を目の当たりにし、私は思わずその名を叫んでいた。
『モリガンッ!!』
「グハぁ!・・・・・・ぐ、ぐふっ」
私の誘いに乗った男は、腹から透き通るような三叉槍に貫かれ膝をついたかと
思うとそのまま青い光子となって爆ぜるように散る。直後その男が霧散する
その光子の中心に跪座の形で最敬礼しているエレクトラ、その足元に男が手にして
いた真っ赤な林檎が転がる。
彼女の髪が漆黒から赤毛へと色を取り戻す中、私は手を握った若い男を
引き寄せ胸に抱く。
「──────すま・・・ねぇ、こんな事・・・ぐらい、しか」
「しゃべるな久坂部! トライデント頼む、もう一度頼むッ!!」
「申し訳有りません。承服出来ません」
「クッ!!」
「見えたんだ・・・奴らの後、に少女が家に・・・・エメ・・・スさんよぉ」
胸に抱いた男の膝から下が青い光子になり透けて行き
対象的に床に久坂部の生命が、紅の染みが広がる。
「なんだ──────? 久坂部」
「借り・・・・は返したぜ。オヤジ、喜んで・・・くれっかなぁ・・・・・・」
そんな切ない言葉を残し、久坂部は澄んだ光の粒に成って散った。
「──────クソッ」
予知していた。
オリジナルの能力を全て発揮するには、オリジナルの肉体とオリジナルの魂が
必要だって事を──────
理解していた。
トライデントの行使できる因果を断ち切る力はLimited onceだという事を
承知していた。
2040年。生者が記された歴史のノートに久坂部の名が無いことを
そしてそれを知りながら彼を助けてしまったことを──────
「クソッ──────!!」
私は、こたつから見える黄色いブランケットを力強く引き上げると
そのこたつは翻り地面にはかごに収まっていたみかんが散らばる。
それを物ともせずに私は、トライデントの真命を使い、呼び寄せてしまう
ことで戦力的不利に陥っている牧場へ、ブランケットを抱え獣のような歩みで
ただ駆け出した。
限りなく近い別物という、自分の無力さを振りほどこうと、ただ無心で駆けた。
父との約束を全うできずに散った男の生きた証が赤々と広がる居間の床には
転がる幾つもの蜜柑の中に、小さな歯形がついた熟れたリンゴが一つだけ
転がっていた。
壱拾四話 ニアリーイコールアイソトープ 終




