4-17 壱拾四話 ニアリーイコールアイソトープ 2
「両目標を回収。よし、出せ!」
私と相馬さんを海より引き上げ、黒ずくめのスーツを着た男はパイロットに向かって
頭の上で指をくるくる回すと、即座に一瞬重力が増し、私達は闇夜の海より空へ
舞い上がった。
「貴方達、一体──────」
相馬さんに心臓マッサージを続ける彼は、私のその問いに返事もせず必死に彼を
助けようとしていた。
「フッ───、フッ───、クソッ───、ダメか、ミヤコ! AEDチャージ!」
「150ッ!」
「えっ!? は、はい!」
そう怒鳴られ、私は機内の壁にある除細動器を取り出し、それを持って相馬さんの
傍らにひざまずいた。
「フッ───、フッ───、クソッ! 戻ってこい!! ミヤコッまだか!」
「い───、いまやってます!!」
その彼の相馬さんに対する必死さから、敵ではなさそうだ、そう思った今になって
彼らが敵なのか味方なのか、改めてその疑問に気付き、私の膝がガクガクと震えだした。
ピーッ
「フッ───、フッ───、パドル! 早くッ!!」
「は、ハイ! お願いっ怒鳴るのは止めてッ!!」
「──────すまん。 セット! 離れろ!」
ドン!と装置のショックで相馬さんの上半身が跳ね上がる。それを確認すると
彼は身にまとった黒いウエットスーツのマスクとシュノーケルが付いたゴーグルを
投げ捨て、相馬さんの顔や胸に、その顕になった横顔を当てた。
「えっ──────、 貴方は・・・。」
「クソッ駄目だ! 次、300に上げて!」
「は、ハイ!」
その必死な横顔は彼が今、全身全霊で救おうと尽くしているヒトに何処と無く
面影が重なる。私が今、注視しなければならない相馬さんより、私の視線は髪を振り
乱しながら両手で必死に彼を救おうとするその面影を震えながらも見つめてしまってた。
ピーッ
「300! どうぞ!」
「よし! 離れろ!!」
担架に縛られヘリコプターの床に横たわる相馬さんの上半身が、再び飛び上がるように
仰け反る。彼が即座に顔と胸に耳を当て、呼び戻そうとする彼の様子をうかがっている。
そんな彼らの様子を、私はまるで夢でも見ているような錯覚を覚えたまま呆気に
とられていた。
「ミスター!! 見えました着艦します! 捕まって!」
パイロットがそう言うと、ヘリが海上に見える黒い大きなクルーザーを
急旋回する様に飛び、その揺れにバランスを崩した私は、扉のない外へ落ちそうになる。
担架ごとベルトに縛られた相馬さん越しに、彼は私を抱き止め、力強く手すりを掴んだ。
「ん──────っ!」
「キミは──────、大丈夫だな?」
「──────、は・・・、きゃ!」
突然抱きしめられ、耳元でそう囁かれる。返事をしようとした瞬間、機体が大きな
衝撃とともに、大きなその黒い船の上に着陸した。
「コッチだ! 早く運び出せ!」
「弱いが心拍は戻った!真っ直ぐ 医務室へ運べ!」
「機内でエピ1アンプル投与、点滴を立てろ、状況によってアトロピンで呼び戻せ!」
「何やってる!バック続けろ! 邪魔だ!道を開けろ──────」
彼は抱いていた私を気にもとめず、ヘリを降りると担架で運び出される相馬さんと
共に船内へ消えていった。怒濤のように過ぎ去った出来事にすっかりへたり込んだ私は
パイロットに支えられるよう機を降りる。
船内へ案内される途上、入口付近に佇む見知った顔を見た私は、その感情が希薄な
整った顔を見ると堪え切れない怒りがこみ上げ、パイロットの手を振りほどき、揺れる
船上をよろめきながらもそのままその人物へ歩み寄り思いっきり平手を見舞った。
「あ───、あなたはッ! 今まで一体何処で何をしていたんですかッ!」
私の平手を避けもせず、エレクトラさんは横を向いたまま私に、ただこう言う
だけだった。
「力及ばず、申し訳有りませんミヤコ様──────」
≒
クルーザーの医務室でひとまずソーマの体は救えた。意識は戻らぬままだが
後はトライデントに任せておけば問題ないだろう。これでひとまずはシナリオ通りだ。
私はもう一方の対象のもとへ向かい船内の貴賓室前に立った。
コンコン
「ミセス?」
彼女の部屋の扉をノックするが中から慌てた声とともに、シャワーの音が止まる。
なんともまぁ、相変わらずの間の悪さとでも言うべきか。そんな所までオリジナル
を引き継ぎたくはなかったよ──────。
「失礼、出直します」
「──────、いいえ。どうぞ」
そう言われ迂闊にもその扉を開け、中の彼女の姿を一瞬目にした私は、開いた扉を
慌てて締めた。
「えっ?」
「──────すまない。やはり出直・・・」
「待って!」
「貴方に聞きたいことが沢山。これを逃したら聞きそびれてしまう気がして───」
「では──────、扉越しでもいいかな?」
「え、えぇ──────」
冷えた体を温めるため湯を浴びていた彼女。栗色の髪には水玉を。
透き通るような肌には純白のバスローブを纏ったその神々しい姿は、彼女の能力を知る
私でもマトモに目にするのは危険すぎた。
高鳴る自分の心臓を抑えていると、部屋の中よりQUEENが私に語りかけてきた。
「──────エメスさん?」
「貴方もCASINOの方なのですか?」
「えぇ、そう取って頂いて問題有りません」
「先程は機内で怒鳴りつけてしまい申し訳ない。お体の方は大丈夫ですか?」
「はい、なんとか落ち着いてきたところです」
「それに、気にしてません。それだけ必死に彼を・・・・・・」
「──────相馬さんは?」
「もう大丈夫です。意識は戻っていませんが、脳波も正常」
「時間はかかるかも知れませんが心配ない、回復するでしょう」
「そう、ですか──────よかった」
「船はこのまま本来の目的地、セーシェルへ向かいます」
「もうこれ以上迷惑なアトラクションも無し」
「今更こういうのもなんですが、どうか船旅を楽しんで」
「──────あの」
顔をみずとも解る。
彼女のその不安な声を聞き私は扉に背を預けたままその場に座り込んだ。
「不安──────、ですよね。当然です」
「正直なところ、色々ありすぎた。ご家族で暮らしてらっしゃった英国」
「──────あの日からずっとね」
「──────。やっぱりバレバレですよね」
そんな声が中でこちらに近づいてくると、背にした扉がトンと小さく揺れ、布が擦れる
音が背中に伝わる。正直本当の所、私は彼女を取り巻く今後の状況が決して幸せでは
ないことを知っているだけに扉越しに伝わる彼女の気配がただ辛かった。
「ダニエルさんは、どうなったのですか?」
「ダニエルですか? 無事です。緊急の任務が入りあのまま南米へ飛びました」
「別れも言わずに失礼な奴ですが、バカが付くほど愚直なんです」
「許してやって下さい」
「そう──────だったのですか、よかった無事で」
「よく、ご存知なんですね彼のこと」
「まぁ、殺したいほどに憎たらしい奴ですが──────」
「恩人なんです、彼が居なければ今の私も居ない」
「いわゆる腐れ縁ってやつです」
「ふふ、何となく解るような気がします」
「ねぇ──────セーシェルって、どんな所?」
「いい所ですよ、常夏でシーフードやフルーツが旨い」
「島民は皆スローライフを満喫。良くも悪くも時間の流れが穏やかだ」
「ふふふ、良くも悪くも、ですか?」
「えぇ、もし島の連中に急ぎの仕事を頼むのなら」
「一週間前に頼むのをオススメするよ」
「ふふっ、ではそうしますね」
「屋敷には使用人もいますし、そして何より──────、安全だ」
「──────はい」
「エメスさん? 私、何処かで貴方と──────」
「ミセス。島に貴方と相馬氏を送り届けたら、私とトラ──────
エレクトラはすぐに発たねばならない」
「──────はい」
「ソーマの事、頼みます。ミセス──────」
「貴方とこうして話せてよかった。では」
「ねぇ、相馬さんのこと──────、そう呼んだの今がはじめて」
「普段は──────、そう呼んでいるのでしょ? 彼のこと」
「──────」
私は無意識のうちに彼の名をついそう呼んでしまったことを後悔した。
機内で状況のあまり素顔を晒した時、彼女が私を見つめていた事にもっと
注意すべきだった。
「ねぇ、エメスさん」
「夫のこと、なにかご存知ですよね?」
「娘のことも」
「お願い。教えて下さい!!」
迂闊だった。深入りしすぎた。先程一瞬のウチに彼女に籠絡された?
まさかな。コイツはきっとオリジナルの優しすぎる性格の問題だ。
私はこのまま立ち去ったほうがいいのか、真実を伝えたほうがいいのか迷った。
どのみち真実が彼女の耳に入るのは時間の問題だ。ならば、私が彼の同位体だとしても
どちらが彼女にとって最善か。ま、プロなら当然前者を選ぶべきだが──────
「──────ミセス」
「だめ──────、だったんですね・・・・・・」
「茜はッ! ──────娘さんは・・・・・・無事です──────」
そう言葉にした時、私を支えていた扉が突然開かれ、バランスを崩し
そのまま背中から室内に倒れ込んだ。
「なっ──────!!」
「やっぱり、そっくりよねあなた達って」
「ッ・・・、嘘がつけない──────、そんなところも、相馬さんにそっくり」
眼前に至近距離で彼女の顔が迫り、そのまま私の胸に覆いかぶさるように倒れ込んだ。
私の胸で声を殺したまま肩を震わす彼女の、その肩を両手でそっと引き離すと
起き上がって、改めて傷心の彼女を抱きしめた。自分の胸元を、悲しくも温かい雫が
伝うのを、しばらく私は噛み締めた。
「お願いッ、しばらくこのまま──────」
「あぁ──────」
≒
水平線を朱に染めながら、舷窓の外を朝日が今まさに登ろうとしている。
そんな暁の海原を横目で見ながら、寝台下へずり落ちていたシャツを拾い上げ静かに
纏った。
貴賓室の寝台で彼女は、純白のシーツに身を包み
顕になっている素肌の肩口が、寝息とともに静かに揺れている。
私は思わずおのれの額に当てた手をしばらくそのままに、後悔の念とともに
前髪を一気にかきあげた。
「サ ヨ ウ ナ ラ ────── 」
声に出さず、口元だけで寝台の彼女に別れを伝え、私は貴賓室を後にした。
チェストリグのバックルを留めながら船内の廊下を歩くと、ヘリパッドへ続く扉前で
赤毛のトライデントが折り目正しく佇んでいた。
そのエメラルドの瞳は、ただまっすぐ私の目を見つめる。
私はそれを気にもとめず、すれ違うようその扉押し開かんと片手を付いた。
「遡行倫理違反──────。この場で私を殺すか? トライデント」
「──────いえ、エメス様」
「ふっ、一つ言っておくが、不意打ちは勘弁してくれよ?」
「こう見えて、私は小心者なんだ」
そう言いながら扉を押し開くと、すでにローターが回転し始めたAH-6が我々を
今や遅しと待っていた。私は真っ直ぐに、そのコパイロット席へ乗り込むと
トライデントが後を追って後席に乗り込んだ。
「トライデント、渡米の機、準備は?」
「ロイド様を乗せプララン空港で待機中です」
「合流後、ロイド様と共にメキシコへ向かいます」
「了解だ、私はそのまま民間機で日本へ向かい、監視対象に張り付き動向を探る」
「以後、そちらの状況が片付き次第、直ちに私に合流しろ」
「承知いたしました」
「結構。よし、出せ!」
私の言葉にパイロットがサムズアップすると“キラーエッグ”がクルーザーから
ふわりと浮き上がる。上空から小さくなり行くクルーザーを眺め、一人残した傷心の
彼女を思う。
オリジナルには悪いが、どうせこの記憶も抹消予定だ。
今更別に気に病むことでもないし、一時といえど彼女を救えたのなら、あれも
この世界にとっての必然だったのだろうな。
むしろ、この記憶だけは未来に持ち帰り、いっそ奴が混乱するのを見てみたい気も
するがね。
チェストリグの下に着込んだシャツから、アビエイターグラスを取り出すと、海岸線から
太陽ががまばゆい光とともに姿を表した。
≒
数カ月後・・・・・・
「───アヤメ!」
「・・・・・やっぱり、また会える気がしてたのよね」
トライデントを陽動に使い、深夜の交差点に足止めした監視対象の能力者兄妹。
その彼らとこれからの事について相談すべく、使い慣れたM9をアキンボに構え
低い体勢で一気に彼らの乗るVWバスへ接敵し、その後席へ忍び込む。
──────というより派手におじゃまする。
ガチャッ!
「よいしょっと、すまないチョイと邪魔するよ」
「なッ───!」
「チョット、何よアナタ!!」
「おっと、振り向くなよ──────」
「お前さん方の背には、座席越しに9㍉の銃口が」
「正面は──────、こわーいオネェさんがコッチを向いているぞ?」
「くぅ・・・・・・」
「なるほど。私達をずっと監視していたのは貴方ですね?」
「ほほう、こりゃ驚いた。スニーキングにはチョイとばかり自信あったんだがな」
「まさか気取られてたとはね、噂に違わぬ鋭さだな、シラユキ君」
「なっ!なんで兄様の名を──────」
「おっとアヤメ君、目の前のトライデントから目を離すなよ」
「アレのヤバさは兄上より君の方がよく知ってるはずだ」
「くぅ・・・・な、なんなのよッッ! 逃して、ストーカーして今度は脅し!?」
「趣味が悪いにもほどがあるわ! 殺したいなら早くやりなさいな!」
「さぁ!! やってご覧なさいな! ほらっ早くッッ!」
「シラユキくーん、頼む」
「アヤメ、よしなさい」
「──────フン!」
「───ありがとう」
「さて、じゃ本題に入るぞ。単刀直入に言おう相談だ、助けてくれ」
「はぁ!?」
「ふっふっふ、面白い冗談です御仁。立場が逆なようですが?」
「まぁ伺いましょう。この期に及んで一体何がお望みですか?」
「兄様ッ!」
「あ、アナタまさか、わたくし達にあの女狐を退けろとでも言うつもり!?」
「じ、自分でなんとかなさいな!」
「ま、もしそうなら、三人がかりでもまず無理だな」
「説明をはじめてもよろしいかな? お嬢さん」
「フン!勝手にしなさいな!!」
「まず、これから君等が押さえるはずの目標」
「その人物を助けたい」
「はぁ!? アナタ何を・・・・・・」
「御仁─────────。つまり、我々にその人物を見逃せと?」
「いいや、文字通り。私と君等で、全力で助けるって事さ」
「君らのお仲間、いや元お仲間が彼女を捉えようと狙ってる」
「場合によっては生死を問わず。そうだな? 」
「────────────」
「そこで物は相談だ、こちらに協力し、無事目標を助けられたらそのときは
君等に迫る驚異を退ける手助けをしよう」
「私が全力で。薄々は気付いてるはずだ、今の自分達が置かれた状況を」
「どうだ? 悪い話ではないはずだ」
「さらに、今なら期間限定のオプションとしてだな──────」
「──────笑止」
「何を語るかと思えば片腹痛い」
「そうよ駄目よ」
「──────駄目か、お得な限定オプションも聞かずにか?」
「しつこいわね! 駄目に決まって──────」
「──────、おぷしょんとはなんだ?」
「兄様っ!!」
「君らの今後だ、人としてのな」
「君らの能力はもはやZeroには筒抜け、マトモにやり合っても対抗策を打たれるぞ」
「この上仮に逃げ延び、Zeroを出奔したら」
「今度は世界中の組織が君ら兄妹を狙う」
「フリーの能力者。そしてその末路──────」
「理解しているな?」
「────────────」
「そこでどうだ、来たるべき年齢まで我々がその身柄を預かる」
「そしてその年齢に達したら、今度は我々が君等の得意分野に適した職を斡旋しよう」
「能力者としてではなく、ほぼ一般人と変わらぬ生活だ」
「ここらで辛い過去と、そこから続く理不尽な人生に見切りをつけたらどうだ?」
「この数ヶ月で、普遍的な人生の可能性を体験したはずだ」
「どうだ、悪くない特典だ、そうだろう?」
「────────────」
「──────兄様・・・・・・」
≒
私が車を降りると、彼らは何事もなかったかのように走り去り、ほぼ同時に消えていた
外灯が一斉に街を照らした。
その中をトライデントがゆっくりとした足取りで私に歩み寄って来るのを見ながら
ラッキーストライクと記されたクシャクシャな包みから、ヨレヨレの一本ほじるように
取り出し、口に咥えた。
「どうだ? 娘っ子とリンクは繋げたのか?」
「その必要もなかったようです。心優しい童だったようです」
「そちらは、いかがでしたか?」
「──────自分達のことは自分達でなんとかするとサ」
私はポケットからライターを取り出だそうとするも、それはまだ私の懐には
無かった。タイムライン上の記録ではそれが手に入るのは、今より約一時間後
私は咥えたままのタバコを無念とともに地面に叩きつけた。
「──────ったく! ガキ共のくせに頭が固いったら!!」
「エメス様、どうなさいますか?」
「─────────時間だ。じきにダニエルが本部に現れる」
「本部に急ぎ戻り、これに対処。状況が終了し次第再び合流しろ」
「俺は石頭のガキどものお守りだ。ったく」
「承知いたしました」
「あぁ──────それと・・・・・・」
涼風が私の傍らを追うように吹き抜ける。
「──────もう居ねぇし」
「どいつもこいつも、融通がきかねぇったら!」
私は路地に隠し置いた トライアンフに火を入れガキ共を追った。




