4-16 壱拾四話 ニアリーイコールアイソトープ 1
1999年 9月24日 太平洋上
「ハァハァ───都ッ 」
何とか海面に激突は免れた。沈みゆく機体の残骸に挟まれた都を必死に
引き上げたはまでは良かったが、彼女の息がない。
俺は都を抱え、運良く近くに浮いていた尾翼の破片に都の身を預けた。
「都、スマン」
そう前置きした上でブラウスの上から彼女の胸を圧迫しつつ唇を重ね息を吹き込む。
「───せはしない、死なせはしない! 今度こそ絶対にッ!! 」
南洋の海とて、この時期はもうすでにそれ相応の厳しさをもって、俺の体温を奪い
沿岸まで都を担いで泳ぐどころか自分ひとり、浮いているのがやっとの
スタミナしか残っていない。二人分の浮力を持たぬ尾翼を片腕で掴み、自身の体が
流されないように支え、もう一方の腕で都を呼び戻す。
─── マタ オマエダケ イキノコルノダ ───
─── バケモノ。
「煩い、認めん。絶対今度こそは救ってみせる!」
人工呼吸を続けながら、拳で彼女の胸骨をたたく。
「戻って来い都ッ! 帰って来い、ミヤコ!! 」
彼女の顔は力なく、さりとて苦痛の表情とは程遠いその穏やかなる目元は
やがて、生の苦しみを伴って力強く結ばれた。
次の瞬間には、顔を背け水を吐き出し、か細くながらも呼吸を始めた。
「───よかっ・・・・た」
都の胸部が再び上下するのを見届けながら
凍てつく漆黒の海原へと意識が溶け込んでいく。
「───ハァハァ───ゴホッ! 相馬さん? 」
「───よぉ、やっとでお目覚めだな・・・・」
「相馬さんしっかり! 」
「───すまない都、少し───疲れちまった・・・」
「相馬さん! アナタも上がって」
「ダメだ都ッ──────この翼に二人は無理だ・・・」
「すまないが、腕を───」
「相馬さん?」
「俺の───腕、離さないでいてくれるか?」
たしか、オレはそんなことを言った気がする・・・・・
♥
「相馬さんッダメッ!! 」
「──────・・・・え? 」
まもなく轟いてきた羽音に、わたしは思わず振り返った。
それは卵型をした小さな黒いヘリコプターで、扉のないその側面には
黒いボディスーツのようなものをまとった人物がこちらを認めた。次の瞬間には
まばゆい光が私たちを照らし、その人物は10M程の高さから海面へ飛び込んだ。
わたしは、彼らが敵なのか味方なのかという事より、相馬さんが助かるかもしれないと
ただ、それだけが頭の中に安堵として広がるのだった。
──────数日前、京都某所。
「乾杯なさいますか?ロイド様」
「そうだな、では」
「散りゆく者たちへ」
「ロイド様」
「どうしたねエレクトラ」
「どうやら客人のようです」
「ほう──────誰も知らぬはずの此処に客人とは奇遇な」
「お通ししても?」
「キミがそう判断したのなら問題はないはずだねエレクトラ」
「よろしい──────通したまえ」
コンテナの中の簡素な螺旋階段とは対象的に場違いな革張りの扉が音もなく
ゆっくりと開かれ、私は当然のごとくその漏れ出た光の中に歩みをすすめる。
「───、いやはや探しましたよ、なにぶん玄関が私が知るのとはだいぶ
違いましたのでね」
「フム、此処に来たことがあるような口ぶりですな、失礼だが貴殿は? 」
私が知る姿より幾分若いその老師と、相変わらず黒蘭のような浮世離れした
魅力を放つ赤毛のトライデントが、警戒はしないまでも私が此処に居るのを
困惑したような表情で佇んでいた。
「あえて今、私の名を語る必要がありますかなロイドさん、貴方に」
「名前なんて、今はさしてイミがない」
「──────敵か味方か、そこが問題。違いますか?」
そう言いながらに、その応接の奥にあるバーカウンターヘ歩み寄り、中でも一番の
安酒を携えて、老師に向かい合うように革張りのソファーへどっかりと腰を据えた。
「これ、頂いても? 」
「──────フム、貴殿が選んだ酒だ。好きにしたまえ」
そんなやり取りを赤毛の彼女は、先程老師と合わせたグラスをバーカウンターに戻し
いつものように扉の脇へ移動すると、折り目正しく佇んだ。
そんな彼女を横目で警戒しつつも、ジャックダニエルと記された黒ラベルの安酒
瓶を持った手の親指だけでそのキャップをいつものように回し空け
床に落ちたキャップには気にもとめず、安酒を煽るように直接口にした。
「プハッ─── 滲みるな、この体では」
「ふぅ、そんなことより──────」
「作戦の進捗はどうです? ロイドさん」
私の飲み方に呆れたような顔で向かいの老師は、肩を一回すぼめると
私を追うようグラスの中身を愛でるように口にする。
「ほう、作戦──────と、申しますと?」
老師の鋭い眼光が私を貫かんとするような勢いで向けられた。
「──────イイでしょう」
「この際まどろっこしい前置きはスキップして本題に入りましょう」
「そちらの作戦。KINGとQUEENをAVALONへ幽閉する作戦のことですよ」
「それと──────」
焦らすように再び安酒を酒瓶のまま煽る。
「日本側。というよりむしろ当事者──────」
「ミスター村瀬をどのような形であれ、ステイツから逃す」
「彼との密約。というより、休戦協定」
「そしてステイツとのバーター、いや?」
「交換取引に見せかけ、返せぬほどの恩を売る」
「来たるべき新世界に向けての下ごしらえ──────」
そう口にした瞬間に向かい合う老師は懐から銃を抜き、一挙手に躊躇なく
その引き金を引いた。
乾いた小気味良い発射音を伴い、その銃弾は真っ直ぐに私の額に向かって飛翔した。
私はその銃弾には目もくれず、この場唯一の脅威である
扉横の彼女を横目で見ていた。
「!─────────ほう」
「ワルサーPPK/E プロト。」
「確かまだこの年代には発表すらされていないはず」
「銃弾は九㍉クルツの弱装弾ですね? 」
手のひらでその弾頭を転がしながら知識をわざとらしく披露した。
「時をも超える程のロングレンジトライデントを携えた貴方が持つには───」
「相応しい銃だ。」
「フフフフ──────これは驚いた」
「しかし、おおよそ貴殿を理解出来た」
「それは結構」
「で、本題ですが──────」
「おっと、せっかくの稀有な出会いだ。私ももう一杯頂いていいかね? 」
「エレクトラ」
老師にデキャンタからスコッチを注ぐ彼女を見つめながら、テーブルの上の灰皿に
受け取めたその弾頭を転げ落とす。
「では改めて」
「貴重な出会いに」
「──────再会に」
『 Cheers! 』
≒
私は、京都某所に建設中のカジノと呼ばれる組織の地下施設にやってきた。
私が発生した理由でもあるブラックオプスの為、そして私個人の依頼を託す為に
今は一方的な旧知の仲である老師の元を訪ねた。
「さて、では何処から話したものか──────」
「フム、では私から端的に。貴殿が此処へ訪れた理由からお伺いしよう」
「まず、あなた方が遂行中の作戦」
「相馬氏と櫻都女史の逃亡と見せかけた幽閉に関する作戦ですが───」
「現状遠からず失敗します。相馬氏の死を以って、これは決定事項です」
「次に、そちらの若きエージェント、ダニエル氏ですが」
「メキシコで命を落としてしまう」
「ほう──────」
「よって彼が果たす作戦によってもたらされる筈だった生贄の首、これが手に
入らなかったステイツの西側上院とあなた方との取引も不履行となり、選挙戦で
不利に陥った元老院のお歴々、つまり我々Unseebleに理解の有る面々が揃って
失脚────」
「CASINOによる政治介入を悟った新政府と貴方達は敵対関係に陥ります。東側暫定
政府の連中とは──────まぁ、いまさら語る必要もないでしょう」
「これを以って西東ステイツ全体との関係は絶望的となり。傀儡を狙った政敵とし
まもなく対CASINO掃討作戦が決行される」
「つまり彼らとあなた方は交戦状態となります。当然、貴方達はそれを望まない」
「──────ですね?」
「ほう、それも決定事項ですかな?」
「──────そこで私が雇われた。その決定事項を覆すために」
「フム、貴殿は事の顛末を知る立場にいる」
「そして貴殿もまた、その決定事項を望んでいない──────と?」
「YES. まぁ更に言うと、ここにきた理由は私個人の“私的理由”でも
あるのですがね」
「フムでは、その決定事項を望まないという貴殿の雇い主とは? 」
「現在、西と東に分断しているステイツ、その本来の姿であったUSA」
「かつての超大国へ復権と、再びの分断を生じない──────、政治的に
右も左も無い永続的なる強固な国家」
「サスティナブルオブアメリカ、いわば統合後の合衆国。持続可能なアメリカ
なんて言う、大層な理想と、取って付けたような恥ずべき名を掲げた国」
「その国に属する、一組織です」
「ほう、貴殿はつまり統合後のアメリカから雇われたと言う事かね?」
「結果を知る貴殿なら、その決定事項を覆せると──────」
「フム、考慮すべき可能性だが、現段階で信じるに値する話には聞こえぬ」
「───違うかね?」
「当然でしょう。だが貴方は私を信じざるを得ない、今はまだ部分的にだが」
「まぁ、仔細は後ほど。───ただ」
「私が、今の姿で発生したからには作戦成功は間違いがない」
「これだけは確約できます。もちろん、私だけでは無理です」
「あなた方、カジノとの共闘が不可欠ですがね──────」
「フム──────」
「ロイドさん」
「貴方が今抱える心のその葛藤──────。私の心が断片的でロイドさんの
能力以ってしてでも不透明で、部分的にしか私という人物への理解が及ばない」
「違いますか?」
「ほうこれは驚いた。一体、貴殿は何処までご存知なのかな?」
「よろしい、ではどのような手腕でその決定事項を覆していただけるというのかね」
「ではお話します」
「まず、相馬氏と櫻都女史に関する状況ですが──────」
「予定地点で二人を載せた機はトランスポンダを切り、レーダー上から姿を消した。
ここまでは予定通りの既定事項。しかし本来向かうはずのAVALONへの途上
相馬氏が機を落とすことに成る。あなた方のパイロットに成り代わった
西アメリカのエージェントを倒した為に」
「ほう」
「そして彼の英雄気質がQUEENを助ける為、自らの命を引き換え溺死する。
まず時間的に切迫した現状、すぐに手を打たねばならないのは彼らです」
「早急に二人を海中から助け出さねばならない。この件は、まぁ私が駆けつければ
状況の修正は容易でしょう」
「フム───」
「次にダニエル氏ですが、彼単独での任務遂行は望めません」
「おそらく彼の英雄気質が、貴方がたがこれから送り込む予定の親子を助ける為に
彼は深入りしすぎた結果、カルテルの物量によって押しつぶされて終いでしょう」
「そこで、先に恩を売った手駒を使い、彼をメキシコより救い出す。
これはロイドさん、貴方の鶴の一声で修正可能です。更に言うなら、華をあえて
彼らに持たせることにより、彼らとの今後の関係も進展が望める」
「まぁ、これに関しては彼ら次第の部分もありますが──────」
「新生アメリカ樹立後のプレジデントと、その国外にも絶大な影響力を及ぼすCIA。
その両者との良好な関係樹立が望めるでしょう。今後何かのためにと貴方が蒔いた種」
「今こそ成果を収穫する時と考えますが?」
「フム」
「そして最後、現状これが最も厄介ですが──────」
「あなた方と休戦を誓った村瀬ですが、それはあくまであなた方、CASINOとの密約。
よって、今現在のCASINOに関する人物の安全以外には適応されない────
と、言うのもある人物がまもなく村瀬に狙われます。そしてその人物が仮に村瀬の手に
堕ちるような事になれば──────貴方の閉ざした幽閉の扉を打ち砕き、KINGが
最悪の悪鬼となり世界中の能力者に対し牙をむく。そうなれば世界中が戦の業火に
包まれる。」
「それも決定事項かね?」
「えぇ──────彼の気質から見て間違いなく」
「それを防ぐ意味もあっての彼の幽閉。ですね? しかし彼に関し、それはむしろ
逆効果でしょう」
「足かせを最も嫌う彼の事です。解き放たれた彼を止めることはおそらく不可能」
「仕方ないとは言え取り籠めた事実をもとに、あなた方もKINGと敵対関係。
いえ恐らく、即時交戦状態となる可能性が最も高い」
「──────フム」
「故にこれに関しての修正法は、元凶である村瀬を止め、退ける。これしか
現状方法はありません」
「カリソメとは言え、密約をかわした以上、あなた方は手を出さぬほうが
無難です。したがってこの件、奴に関しては私が直接対処します」
「フムなるほど、貴殿のお考えは理解した──────」
「では、こう考えるのは如何かな?」
「貴殿からこれから起こり得る不都合な決定事項の修正法を伺い知れた今、我々は
貴殿を逮捕、勾留し、我々だけでこれらの不具合に対処する。そうとなれば
貴殿の雇い主の力を借りずとも、私達の理想通りに事が運ぶ」
「違うかな? 」
「無論そうなります」
私はそう言うとテーブルの酒瓶を再び煽った。
「──────フウ、ですがロイドさん? 貴方はそうはしない」
「カマをかけて私の反応を試しているだけに過ぎない。まぁ言ってしまえば
お定まりの誘導尋問。いや、これはイタズラ好きな先生の御趣味の方かな?」
「フフフ、参った。そこまでお見通しとは」
「一体貴殿は何者なのだね?」
「どうしてそこまでの自信を持って事態の修正を、私に約束できるのかね?」
「では──────、まず現実的な話から」
「いくら貴方がたの組織力を持ってしても、おそらく数時間から一両日中に
大海原に放り出される彼らを捜索するのは容易ではないでしょう」
「なにせ広い海だ。そうこうしている間に二人は海中に没してしまう」
「私なら彼らが何処に落ちるか知っている、故に最も短時間且つ確実に彼らを
救い出せるという訳です」
「ほう、確実に所在がお判りになるとな?」
「えぇ、幸いながら今現在、機はまだ飛行中です」
「ただし、AVALONではなく東側勢力下の軍事基地に向けてですがね」
「──────西側にとって、渡りに船でしょう。なにせ東側への供物。
QUEENと共に、KINGという思わぬ手土産が増えた訳ですからね。」
「フム──────、我々は最初からステイツに噛まされていると?」
「つまり貴殿はこれから起こり得る未来の話をしている。」
「──────と、いうわけかね?」
「──────ではそろそろ私個人の話をしましょうか、お聞きいただければ
今ロイドさんが抱える時間的不合性も、いくぶん理解していただけるでしょう」
「まぁ、そのうえでこちらからの要求もあるわけですがね」
「要求──────つまり取引かね?」
「ええ、何も無理難題を押し付けるわけでは有りません」
「任務遂行に当たり、貴方の持つトライデントをしばらく借用したい。無論
決定事項の修正が済み次第、無傷でお返しするつもりです。それと私的な要求、
と言うより、これは依頼ですが・・・・・・」
「まぁ、これは話の後でお伝えします。」
「フム、取引に応じるかはともかくとして」
「私は貴殿に非常に興味がある───伺おう貴殿について、聞かせてくれたまえ。」
私はあまり気の進まない話を始める前に、再びブラックラベルのバーボンを煽った。
≒
「この時代ではあまりに非現実で、聞き様によってはチープなおとぎ話に聞こえるので
自ら進んでする話でもないんですがね」
「ほう──────、つまり・・・」
「えぇ、最も端的に言うところのタイムトラベラー、所謂未来人ですね。厳密に言えば
少し違いますが、まぁこの際その解釈で認識の齟齬はないでしょう」
私は底が見え始めた酒瓶を一気に煽った。
「つまり、未来から不都合な事象を修正する為にやって来たと?」
「少し違います。ではまずそのあたりの話から、幸いにもまだ時間はあります」
「未来の私自身がこの時間にやってきたのではなく、有機デバイスを積み上げ作り
出された仮の肉体に、オリジナルの記憶、オリジナルと同じ考え方、同じ信念や
理念をもとに行動する、オリジナルらしきもの──────。
物理学世界の言葉を借りるなら、そう───」
「同位体──────といったところです」
「故に、産まれた、やって来たというわけではなく──────発生した」
「そう、表現するのが妥当でしょう」
そう前置きすると、私は空になった酒瓶に手をのばす。
向かいの老師は、デキャンタから注いだ高級スコッチのグラスをテーブル上に滑らせ
手持ち無沙汰の私に差し向けた。
私はそれを一気に煽って、老師に対し2030年代より多大な犠牲を払ったうえに
ようやく実用段階に達した、時間超越の技術概要を説明した。
タイムトラベル技術概要
これらは、2040年にサスティナブルオブアメリカ及びCERNの共同研究で
確立するに至ったタイムトラベルの限定的実証技術である。
ポジティブトラベリング。
人を未来へ送る試みは2025年には、ほぼ実用化されていた。
肉体は冷凍の他に幾つか方法が確立された仮死状態に置き、老化を固定。
次に記憶と人格、すなわち人を人たらしめる魂。記憶情報と人格を司る
思考パターンは、村瀬が残した人格転送技術を進化発展させた量子ドライブに
電子情報として記録、保存する。
そして任意の時間、言わば選択された未来に肉体を実体として解凍もしくは蘇生し
その魂は、量子ドライブから取り出したした魂の電子情報を、ウイルス型有機素子を
介し、蘇生した脳へ魂を“感染”させる。言わば魂のダウンロードを行い時を超える。
ただしこの技術は、一部奇特な富豪の宇宙旅行に似た娯楽的利用を除き
難病を抱えた特権階級の延命措置として、そして近い将来実現されるであろう
惑星間航行におけるコールドスリープ技術など、主に医療、研究分野での利用に
留まっているのが現状である。
しかし、過去への旅はそう単純には行かなかった。
結果的に、生身の肉体と記憶を過去へ送る試みは失敗に終わった。
ネガティブトラベリング。
物理的な肉体の持つ質量は言うに及ばず、脳内の記憶や思考ロジック、つまり
脳内のシナプスが織りなす超プライベートな個々人の魂そのものは、AI研究の途上に
解明された、記憶のエントロピーと言う量子的質量をもつ。
従って、被験者本人がそれら量子的質量を持って過去へ移動した際に不具合が生じた。
「過去と未来の自分たちが出会うことで発生するとされていた、所謂タイムパラドクス
ですが、実際には過去の自分と出会うまでもなく、過去に実体化した瞬間にそれは起きる
質量保存の法則によって両者は、理論的に時間や空間といった概念を持たない
虚数空間に囚われてしまう」
「ま、学者連中曰くそうなんだそうですが」
「私のような普遍的な人間は、そんな話を聞かされた所でさっぱり──────」
「実世界の我々、つまり第三者の目線では」
「被験者があたかも対消滅してしまう様に両者瞬時に消えてしまった──────
ということです。」
「これはCERNで実施された5分前に遡る実験で、実際に事故として観測された」
「時間や、あらゆる物理法則の矛盾、いわゆる裸の特異点を監視する者とされる
宇宙検閲官──────」
「彼らは、我々の時代では質量を司る重力の守護者だった──────
というわけです」
「──────つまり貴殿らの時代では」
「我々は遂にシンギュラリティを迎え、人類はいたずらにその力を
手に入れたということかね?」
「今の所ごく限定的に。ですがロイドさん、貴方が危惧する人類の手に余る力」
「人類が自らの力でブレイクスルーを成し遂げ獲得した技術。果たしてそれは
貴方がたの一方的な価値観で閉ざして良いものなのでしょうか?」
「──────失礼、話をもとに戻します」
「科学を持ってして到達せしめた神の力。それ自体にやはり神は、安全装置を設けて
いたようです。──────続けます」
サスティナブルオブアメリカとCERNはこの問題を回避するため、その筋の
技術先進国である日本側の技術を借り受ける、医療技術を発展させた
バイオテクニクスで取り出した被験者自身のES細胞に手を加え、オリジナルに
限りなく酷似した、しかしながら量子的には別物の躰を、3Dプリント技術を
昇華発展させた有機積層プリンタで出力。
有機ガイノイドとも言えるその仮の肉体へ、被験者の記憶マトリクスを除いた
思考マップ、いわば考え方だけを植え付け、重力炉で30分前の過去へ送った。
だが結果的にこの試みも失敗に終わった。
因果律同一線上の任意の過去。つまりは30分前の実験室へ被験者を
送り届ける事には成功した。単なる被験者の疑似クローンとして実体化には成功
するも、これでは被験者を過去へ送るというタイムトラベルとは程遠い。
過去に自分と“瓜二つの他人”という魂のうつわを生み出すだけの結果となった。
更に記録によると、送り届けた言わば、被験者の他時間クローン体は
精神に重大な欠陥を内包していた。
彼女達は、その年齢に達するまでの記憶を一切持たないと言った、生命としての
整合性を欠いた状態に自身が置かれている事実にまもなく気づき、精神が自壊
植物状態となった。
「自分が(A)という未来からやって来た遡行者ならば
自身の目の前にいる(A)とされる者は一体何者なのか?
自分と目の前の人物、果たしてどちらがオリジナルなのかと──────」
「つまり。自己言及のパラドックスにも似た状態。言わば自己矛盾の迷路を彷徨う
ことに成り、深層意識の奥底へと迷い込んでしまう。学者曰く、脳科学的見地から
脳が“意味消失”してしまうそうです」
「して、その人物らはどうなったのかね?」
「遡行者の方ですか? ──────全員処分。されたそうです。」
「その結末を知らされていない筈のオリジナルも、どういう訳か
心に深い傷を負ったそうですが──────」
「正直、私自身。この話にあまり首を突っ込みたくはなかったんで
まぁ、結果はお察しという所ですかね」
「──────ううむ、人類の貪欲な好奇心ゆえの惨劇と言えばよいのか
単に愚かと言えばよいのか・・・・・・」
しかし我々は、これら数々の短時間遡行実験の失敗。
幾つもの尊い犠牲をはらった結果、この“魂の対消滅”の回避法を理解した。
遡行者の対消滅の相手と成るオリジナル。
すなわち自分自身が生命として誕生する以前の時間軸ならば、量子的不一致の
有機アンドロイドに本人の記憶と思考、つまりはオリジナルの魂を持たせたまま
重力炉で他時間へ送り届け、同位体として存在しても、宇宙検閲官にその存在が
許されることが判明した。
「ほう、つまり貴殿は──────」
「えぇ、お察しの通り。私のオリジナルは未だこの時代には産まれていない」
「──────ということです」
しかし、これにも問題が無いわけではなかった。
被験者本人が遡行した場合、迂闊に過去に長居しすぎると本来の自分が誕生した瞬間に
因果律の収束によって、対消滅してしまう。
「私という魂が、同一時間上に複数存在する事となる。」
「エントロピーの不正飽和状態を生み、過去の同位体と未来の自分の脳が同時に
意味消失し、両者は事実上の脳死に至るだろうと警告されました」
「ま、実際には。これに関して実験が行われていない以上、それも学者連中の
仮説の話ですが──────」
「仮説とな? そこまでの犠牲も厭わない学者たちが、なぜ唯一成功の望める
実験を貴殿以前に行わなかったのかね?」
「簡単な話ですよ、実験の成果を観測出来ないからです。」
なにせ少なくとも約半世紀前に対象を送り込むのです。仮に映像その他で
遡行者の記録を残しても、自分達の送った時間軸的に同一の被験者だという
確証が得られる保証がない」
「つまり、貴殿は前例のない大冒険をしてここへやって来たということだね」
「しかし数々の犠牲も厭わない連中の事だ、貴殿とてその実験体にされている
可能性も──────」
「またイタズラな事を。当然、私自身連中に利用されている、それも織り込み済みで
この任務に志願しましたよ、その危険性も含めてね」
「彼らの仮説が正しかったとして、そんな私が、私目線で、私自身が迎えたくはない
最悪を思考するならば──────」
「産まれてくるはずの私のオリジナルが母の腹に発生しないか、あるいは」
「脳を持たぬまま──────んんっ!」
「まぁ、後はご想像におまかせします」
「ですが、彼らとて私とて──────、何の対策もなしに、こんな大冒険をしようと
した訳ではありません。話を続けます」
彼らは被験者を同位体として過去へ送る為の安全装置として、肉体のDNA内の
終端にあるテロメアに時限因子を組み込んだ。
つまりオリジナルの誕生日まで同位体が生きられないよう肉体をデザインした。
とは言え、言わばそれはただの保険のようなもので、時間遡行者は自身の誕生日付近で
活動するならば、たとえ肉体が同位体であるとしても、任務遂行後に自らの意思での
自決が必守条件となる。
そう、オリジナルの脳を守るために・・・
「つまりは、終わりが定められた片道切符の旅ってことです」
「ま、こんな気分の悪い話、こうして酒を煽ってないと出来やしませんよ」
「限定的に過去に遡る技術は獲得したが、それは同時に、一度は死の体験、それも
自分を殺める体験を強要されるというわけ──────か」
「何か他に方法はなかったのかね? 」
「デザインした人格をもたせたクローンを過去へ送るなど───」
「もちろん、我々の時代の技術を持ってすれば可能でしょうが」
「──────ロイドさんをして、おかしな事を仰る」
「有機AIを載せたクローン体。ヒトのように振る舞う生命体らしき物の創造なんて
それこそ愚行中の愚行、シンギュラリティ技術の乱用にほかならない」
「貴方が危惧し、設立するに至った此処の存在意義。確か───
何人たりとて触れさせぬ。でしたね?」
「──────。」
「よろしいですか? ──────話を続けます」
つまり、過去に自分の同位体として目覚めることは、自分の死を自覚つつも
目的を果たさねばならず、相当に訓練されたメンタルを持つ者でも、帰還後
精神と記憶エントロピーに著しい損傷をきたす。
「自決決行の記憶と死の体験、そんなもの持ったまま今まで通り、普通に暮らせる
人間なんてナンセンス、貴方もそう思うでしょう?」
つまり2040年現在に於いて“過去送り”はせいぜい一度が限界とされた。
結論として、時間遡行、過去へのタイムトラベルそれは──────
過去から現代に至るまで、人が一度は思いを馳せる夢であり、数々のSFにも
描かれた人類共通のロマンティシズムの代表格。だが実際には、死の苦しみと
自刃を伴う過酷な旅であり、帰還者の死生観など倫理を含む精神は壊滅的な精神的
後遺症を発症する為技術実証後の世界。つまり2040年代において、もはや試そうと
思う者は居なかった。
「帰還できたとしても、オリジナルが遡行前のメンタルモデルを保てる
ことはまず不可能。良くて廃人。悪けりゃ──────」
「ウウム───、ひとまず貴殿のような同位体が過去に多数訪れるという
最悪な事態は考えにくいのが唯一の救いと言ったところか」
「───しかし、貴殿は、決死の覚悟を持った上で此処に来た、というわけだな」
「そうまでして果たさねばならぬと」
「ま、そういうわけです」
「私しか適任者が居なかった、というのが主な理由ですがね」
「──────だがもし、貴殿のように並々ならぬ覚悟を持った者が過去へ訪れ
歴史を破滅的な未来へ導くという危険性が残されておる」
「やはり、時間遡行とは人が触れてはならぬ技術なのではないかね?」
「悪意か善意かはともかく、過去改変──────」
「つまり、歴史を書き換えに未来から来る者は、現時点でもこの先2040年代に
至るまでも、私の他に現れないでしょう。その証拠としてロイドさん」
「貴方は私のような存在を見たり聞いたりしたことはありますか?」
「書物やニュースで未来人が介在していそうな事件をご存知ですか?」
「きっと無いはずだ──────と、言うより貴方がたこの時代の人々は
遡行者の存在に気付くことさえ不可能でしょう。あなた方、未来へ一方通行で
歩む人々は、本来どのような未来へ至るのかさえ知りようがないのですから」
「よろしいですか? では次にそのあたりの話を──────我々の時代での
過去改変について、2040年代時点の見解です」
確かに、量子コンピュータの演算結果など、数々の実験結果や仮説をもとに
各分野の学者が、同時並行に無数の並行宇宙が存在するとされる、俗に言う
ところの世界線。多次元宇宙論は2040年代においても根強く支持されていた。
過去改変とは、いわゆるこの世界線を飛び越え、結果の異なる世界線に移動する
ことにほかならない訳だが。しかし──────
「まぁ、学者連中の唱える都合のいい理論や理屈など」
「観測された事象の前には全て破綻します」
我々の世界での時間遡行では、過去をいくら変えようとも、戻った世界に影響はない。
それはあたかも、すり鉢上の特定の位置にボールを置いても、重力によって抗いようが
なくそのボールは、やがて中心に向かおうとするように、改変結果も重力ポテンシャルに
従い振る舞う。したがって、過去改変の結果も元あるように収束してしまう。
「たとえ話をしましょう」
「過去へ向かう前、トラベラーが床に落ち、割れたコップを見つけた。そこで
トラベラーは過去に遡りコップが割れないよう対策しようと決意する。
落ちるはずのコップを棚に戻し元いた時間に帰還した。
だがやはり棚に戻したはずのコップは、変わらず床で割れている」
「つまり、過去についた段階でコップが割れている記憶を持っている以上、過去で
遡行者がどの様に振る舞っても、未来でコップが割れている事実は変わらない」
「──────逆に、過去に着いた段階で例のコップが割れていないと言う記憶でも
あれば別ですがね」
「フム、つまり未来の姿は遡行者の記憶、エントロピーの状態に由来すると?」
「実のところ、そのあたりは説明できないのが現状です」
「結果、そうなってしまうのだから仕方ない」
「仮説を立てるのはいくらでも出来ますがね」
「どんな理論・仮説を積み上げようが、観測された事象の前には全て破綻する」
「──────実験のために生み出された彼女たちの残した、数少ない成果です」
これらの事柄から、過去改変とは因果律の束縛から逃れ、並行世界線へジャンプする
ことに他ならない訳だが、2040年現在、その方法論及び理論構築も全く進まず
タイムトラベルとは、何を持ってしてタイムトラベルというのか?といった哲学的
論争がなされるだけとなっている。
「時間遡行に関する膨大な金銭的コスト、人的犠牲。そして何より──────」
「たとえそれらの対価を支払い時を超えても、未来に何も影響を与えられない」
「では我々は、何のために過去へ戻る必要があるのか? と、つまり」
「人類はタイムトラベルにすっかり興味を失ったんです」
「ううむ──────しかし、それならば何故、貴殿は此処に現れたのだね?」
「君の話では未来は変えられないというのに──────」
「逆ですよ先生」
「未来が決まっているからこそ、今私が此処に居るのです」
「定められた未来、相馬氏、都女史、ダニエル氏」
「彼らが生き残る未来を迎える為に、私はここに発生した」
「──────というよりむしろ」
「彼らが生存する世界の記憶を持つ私が、今ここに発生したという事が因果の
収束にほかならないとするならば」
「これから私が成す結果はすでに確定している。故に私が先程、任務の成功を
確約すると貴方に申し上げたこれが理由なわけです」
「フム・・・・」
「では最後に、貴殿は先程私の作戦が失敗し、彼らが命を落とす事が決定事項。
そう私に説明した、何故かね?」
「私が──────、失礼。私のオリジナルが元いた時代」
「ある組織に新たな能力者が現れた。彼らは夢を見るといった方法で並行宇宙の出来事
すなわち、別の可能性が確定した現実を見ることができるそうです」
「──────つまり、彼らが夢で見たのかね?」
「えぇ、それも極めて最悪な」
「ある国の生物兵器開発の失敗、漏洩によるパンデミックによって世界人口の約30%を
失った世界」
「その世界に至る可能性、分岐点を歴史学者達が辿っていった結果が、先ほどお話した
相馬氏、ダニエル氏、都女史の死、そしてサスティナブルアメリカ建国の失敗」
「つまりは1999年。この懸案というわけです」
「しかし、私はその “あるかも知れないと言う可能性” を見過ごせなかった」
「そこで、私は雇い主に対し志願したんです。この世界線が果たしてどちらなのか」
「確認してくるとね」
「ほう──────、してその確認方法とは?」
「なに簡単な話ですよ。私がこの時代に発生した時、どちらの記憶を持っているか」
「バットエンドなのか、トゥルーエンドか、それだけです」
「フム──────して、貴殿の記憶は?」
「言ったはずです。結果はすでに確定している」
「わたしは任務を失敗しません、これは確定事項です」
「私が歴史に介在せずともおそらく未来はなるようになるでしょう」
「しかし──────、同位体の私が発生したからには」
「確定した未来へ因果を確実に導くならば──────」
「私が手を下すのが一番手っ取り早いはず」
「いえ、と言うより発生した今や、私自身この世界線のコマに過ぎない」
「──────おそらくね」
≒
「貴殿の話、おおよそ理解した」
「よく来てくれたというべきか──────しかし、一つ疑問が残る」
「貴殿は任務を終えた後、どの様に未来へ帰るというのだね?」
「貴殿の話に出た “重力炉” なるものも、コールドスリープに必要なその
“量子ドライブ”もこの時代にはまだ存在しておらぬ」
「えぇ、そこで先程の取引の話に帰結するわけです」
「これまでの話を踏まえた上で、あなた方の持つ最強の矛であるトライデントの借用と
私個人の依頼」
「うむ、エレクトラの件は許可する」
「彼女がどう判断するかは、彼女が貴殿を此処へ招き入れた段階で了承だろう」
「して、貴殿の依頼とは?」
「依頼の方ですが、2つあります」
「まず一つは、とある女性が子を宿し、その子が成長するのを陰ながら見守って頂きたい」
「彼女の身の安全の保証。ですか厄介なことにこの話に村瀬が関わる。従って
CASINOが公に関わるわけには行かないでしょう」
「幸か不幸か、ダニエル氏は今現在CASINOへの忠誠心を失っている」
「そんな彼が勝手に行動しているとなれば、貴方がたが村瀬と交わした
密約に反する事にはならないはずです」
「なにせ出奔した元エージェントが勝手にしていることですので──────」
「そこで、こういうのはどうでしょう」
「彼が自らそれを買って出るならば、CASINOは一切関与せず、ここは全て
彼の責任において動いてもらうと言うのは」
「──────フム、確かに、彼もそろそろ一人立の時期ではある」
「よろしい、そちらの件も承った。して、もう一つとは?」
私は老師が注いでくれた高級なスコッチの入るグラスを取り、一気に飲み干し
老師に最後の依頼を託す。
「全てを済ませたのち、私は再びここへ戻ります」
「その時は、貴方がたの施設で私の記憶全てを抹消───」
「その上で──────」
「私を殺して頂きたい」
私はその依頼を、目前の老師の瞳を真っ直ぐに見据えたまま託した。
「貴方の誇るそのトライデントで、文字通り跡形もなく私を消滅させる事」
「それが、魂を未来へ返す唯一の方法、私のオリジナルを守る最善の方法」
「これにはもう一つ理由がある。」
「人類が興味を失ったはずの時間遡行に、唯一残された最後の可能性」
「絶対生存の持ち主であるオリジナル、そして同じ能力を持つアイソトープの私なら
彼らの不都合な仮説を全てブレイクスルーし、時間遡行の新たな局面を生み出す
可能性がある。」
「世界線を飛び越し過去改変可能なタイムトラベルが実証してしまう恐れすらある」
「私の遡行と帰還という仕組まれた人体実験。」
「私個人の完全なる消滅を以って、確実に失敗させる」
「────────────ほう」
「つまり、今この現在から見た、過去にも未来にももはや改変者が訪れることは無く」
「人類が獲得寸前まで至ったその可能性、残された最後の扉を我々の手で閉ざすという
わけです。」
「これはロイドさん、貴方の願いでも有る。そうでしたね」
「シンギュラリティの到達を許しはするが、何人たりとも──────」
「触れさせない」
「それが──────、消滅が貴殿の願いか?」
「えぇ」
「私が聞いているのは、未来のオリジナルの願いではない」
「今私の前にいるキミの願いなのかと聞いているのだ」
「──────えぇ。ま、若干腑に落ちませんがね、でもまぁきっと」
「約半世紀先の研究室の椅子にふんぞり返って寝腐ってるクソったれ野郎も
きっとその問いには YES. と答えるでしょうね」
「ほう」
「先ほどの、私が新生合衆国の被験体だという可能性」
「私の唐突な志願に関し、アメリカやCERNの連中は断りもせず、むしろ────
望んでいましたよ。ま、私はそんな欲に駆られた愚かな彼らを“私情の為”
に利用させてもらったんですがね」
「だが、同位体の貴殿を消し去ってしまったら、未来のオリジナルはどうなるのだ?」
「どうもなりませんよ。この時代の記憶も、自刃の経験もなく、ただいつもの朝の
ように目覚めるだけです。同位体に移したはずの自分の魂が、過去で消滅する
わけです。先ほどお話したコップと同じです」
「オリジナルは因果、つまりは重力ポテンシャルに抗えず、新たに生を享け
一から魂を構築する。まもなく迎える自身の誕生日から2040年代へ向け脈々とね」
「ま、過去の私の記憶を一部でも持ち帰るなら話は別ですが」
「未来で目を覚ます貴殿のオリジナルは過去遡行の記憶を一切持たず
近い将来この世に生を享け、メンタルモデルを成長させながら
将来、過去へ旅立ったはずの施設で何事もなかったように目覚める。」
「──────そういう事かね」
「YES.まったく──────、手の掛かる連中ですよ、未来人てのは」
「私の依頼。この時代に他者の記憶を取捨選択し任意に操れ、因果の担い手たる
トライデントを所有するのるのは貴方がたCASINOだけです。すなわち、この依頼を
貴方に頼める人間、つまり私だけが帰還後の重篤な精神的後遺症を負わずに時間
遡行を無事行える。そして能力者の遡行実験の成否、その記憶を持ち帰らずに済む
唯一の適任者。私がここへお邪魔した理由な訳です」
「全くたいしたもの──────と言いたい所だが」
「自身の命を掛けてまで使命をとしたとして、貴殿が得る物とは一体何なのかね?」
「面白いことに、その答えが“自身の生”すなわち自分の命なんですが」
「これはなに、そのうち嫌でも解りますよ」
「オリジナルの隣で帰りを待っているのが──────」
「ロイドさん、貴方なのでね」
「フフフ、それが因果の収束と言うやつか」
「ところでKINGと同じ“絶対生存”を持つ貴殿を抹消すると言うその依頼」
「果たして我々が達成出来るものなのかね?」
「──────またイタズラな事を仰る。ご存知でしょう」
「すべての源、そこのトライデントなら、全ての因果を断ち切れると」
「フフフ、そうであったかもしれんな」
「結構、貴殿の依頼。すべて承った」
「どうだね、せめて貴殿の名前だけでも教えては貰えぬか? 」
ロイドのその申し出に、正直私は少し戸惑った。
別に、“過去の人間に未来の情報を与えてはいけない” などそんな規則もない。
どのみち定められた未来は変わらないのだからな。
だが、同位体として発生した私がそうであるように
これからこの世に産まれるオリジナルの彼もまた、私と同じ様に自分の名を語るのは
正直照れくさいはずだ。
「───今はまぁ、そう。エメスとでも呼んで下さい」
「ほう、原初の人造人間たるゴーレムの額に刻まれたとされる呪いの言葉かね」
「フフ、自分の立場と自身の運命に掛けたな? 」
「なかなかに良い皮肉を心得ておる」
「いいですかロイドさん。貴方は間違いなく私のオリジナルと出会うことに成る」
「その時まで、私の名を知らないのもまた一興」
「そのほうが再会の感動もひとしお、違いますか?」
「Greatだミスターエメス。なかなか食えない男だな、貴殿は──────」
そうして、この世界線での最強の矛、エレクトラを連れ立って
私の成功が確定した作戦は決行されるのだった。
ひとまず、相馬氏と都女史を救い出す為、我々は南へ飛んだ。




