表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カジノ ─ Casino ─  作者: くどい
四章 Y2K RebellioN
63/99

4-12 壱拾三話 不穏なまなざし2


                     ♠


 質素だが、パイプと縞板だけで必要十分な強度に設えられた螺旋階段を、下へ下へと

ひたすらに突き進む。素手にした1911(45口径)その逆の手を冷たい手すりに添え、

私の心に巣食う蟠りを解ける唯一の男、その元へと続く暗い回廊を征く。

 細く長く続く、地下の奥へと伸びる薄暗い廊下。間接照明が床から左右の両壁を照らし

その光は、両壁へと設えられたCASINOへ忠誠を誓い、そして散っていった歴代の功労者の

肖像画を薄ぼんやりと照らしていた。


「・・・・・・・」


 その光景に目もくれず、CenterAxisRelockのCombatHighStanceで1911を構えたまま

先へと進むと程なく柔らかな黒革をボタン留した重厚な扉が行く手を阻む。

その扉の横には赤毛をボブカットに揃えた彼女が一人、折り目正しく立っていた。


 私の後を追うようにメキシコ・ユカタンに現れ、現地協力員を中米のゲス共が祭り上げた

生贄の祭壇へと彼等を捧げた張本人、グレイゴースト。その片割れがそこに居た。

 チェロの父であるカルロスが死に際に語ったフェアリィ。(妖精)

私は、整った顔のその()()へ、手にした決意の証(Colt M1911)を向ける。


「────お待ちしておりましたダニエル様」

「ロイド様がお待ちです」


 魔女相手に、敵う敵わぬに関わらず一戦交えることになると思っていたのだが

その魔女は、向けられた私の決意を一切気に留めることは無く有り体な言葉を一言

添えた後、その重厚な扉を押し開いた。おそらくこの地上で最も堅牢であろう

その門番は、あっけない程この城の長グレイゴーストの元へやすやすと私を通した。


「・・・・・・・」


 開かれた扉の脇に、姿勢正しく佇む魔女を横目で牽制しつつその扉をくぐると、扉は彼女

を外へ残したまま、重厚な音とともに閉じた。室内の光度に目が慣れてくると、その室内に

飾られる高級な調度品の数々が目に入る。

 これまでの通路とは対象的に、まばゆいほどに照らされた室内。小豆の革で張られた肘置き

の高いヴィンテージソファ数脚で構成される豪華な応接。その奥に世界各国の酒の類が並ぶ

バーカウンター。そこへ、その男は立っていた。

 男は、私が戻るのが必然で合ったかのように、こちらを見ないまま、落ち着いた眼差しで

手に取ったデキャンタから、美しいカットの入ったグラスへと、琥珀色のウイスキーを注ぎ

ながらに語りだす。


「──────フフフフ、やぁダニエル、戻ったね」

「聞きたいことが色々有る、そうだなダニエル」


私はそう語るかつての師に向け、手にした1911のハンマーを起こし、HighStanceで構えた。


「ダニエル、無粋な物は下ろしたまえ」

「唇を湿らせないと語るべき言葉も出ない、お互いにな──────違うか?」


彼はそう私を諭しながら、先に注いだグラスを私に差し向けた。


「──────ロイ、私は今まで何一つ迷いも無く貴方に従っていた」

「それが目先の正義の為ではなく、切り分けられたこの地球上で」

「我々が守護すべき唯一の理由マクロな平和(大局)を目指していると信じていたからだ」

「──────だが!」

「共にその平和を求め、我々と志を重ねた人々を大局の為にと」

「捨て駒のように犠牲にした何故だ!」

「そのような不義、私には到底理解できない!」

「納得の行く答えがもらえない限り、このツルギを下ろすつもりもない」

「たとえそれがこの先、永遠に続くことになろうとも!!」


そう決意を吐き捨て、我が師に向けた銃を構え直す。


 Unseeableと呼ばれる裏の世界の住人。とりわけCASINOと呼ばれる我々は、古くは英国を

出自とする組織。そもそも有史以前より続く裏世界から見るに、近代に生まれた国家や体制

など些末なものに仕えているわけではない。我々CASINOは租借地として借り受け、借用した

その地域を統べる王族の近衛として、その領土に迫る危機を退け、地域の平和を守護する

存在だ。

 だがその領土を構成する人々を犠牲にし、民の居ない形だけの王国を守り抜いて何の

正義だ。ましてや共に剣を取り、志を共にして立ち上がった人々を、大局の為と切り捨てる

など、全くもって許せる話ではない。仮にそのような血塗られたカリソメの平和を求めて

いるならば私が彼等へ仕え、ここに居る意味もない。


「──────フム、キミの憤りは理解しているダニエル」


そう言いながら彼は、私に差し向けたグラスをカウンターへ置き、追って注いだグラスを

啜りながらに話し始めた。


「私がキミを救って今日に至るまで、どれほどの年月が流れたかキミは覚えているかな?」


「・・・・・・・」


「フム、世間話に興じるために戻ったわけではないという所か、まぁよい──────」

「これまで、キミが私達と共に働いてくれたことには、大変感謝しているよ」

「──────無論、変わらず尽してくれることを望んでいる」

「これまでも、そしてこれからもな」

「私の想いは変わっては居ない──────」


「笑止ッ!その様な上辺の言い訳を聞きにココへ来たわけではないロイ!」


「──────フム」

「よろしい。Lesson全てを飛ばし、キミの求めるAnser(回答)を説明しよう、ミスターダニエル」


 “ReadingSoul”の能力を司る長、ロイド・キャラハン。彼は対峙した人の心の内を

読み取ることが出来る。故にこちらが全て語らずとも、彼が話す気があればだが、私の

求める答えを彼は語ってくれるだろう。目の前に対峙したその男は、私の憤りという

疑問に答える為に、グラスを手に応接のソファーへ場を移した。そして向かい合うソファー

を指し私にそこへ着く様に示した。

 私は、彼に虚栄を張っても意味がないと理解してはいるが、その誘いを首を振って

断ると彼は小さくため息を付き、ソファーへ深々と体を沈めながら私の知りたかった答え

を語り始めた。

 

「まず、謝罪を──────」

「ダニエル、キミが憤るとおり、私はキミに伏せていたことが有る」

「すまなかったなダニエル」


「・・・・・・・」


「では次に、結果から話そう。そう、キミが一番知りたいであろう答えだ」

「ミスタームラセ。そう、キミがその手で屠った彼だが──────」

「彼はかわらず、この世に存在している。誠に残念なことだ」


「なっ!・・・・・・クッ」


「次にミスミヤコ。彼女は無事だ、その子女もまた我々が安全を確保している」

「だが残念なことに──────」


そう前置きをした上で彼は、おそらく私が最も聞きたくはなかった回答を示した。



「ミスターソウマ、彼はすでにこの世には居ない」



その答えに私は思わず咥えていたタバコを落とす。絶対生存の保持者である彼が

──────死んだ?


 そして彼の敵であり私の能力を揺るがした宿敵Mr.M。

雨の操車場、あの場で放った銃弾は確かに彼の背を捉え、手応えもあった。

そしてミスターソウマと共に潜り込んだ都内の病院、あの場で奴の死も確認した。

ミスターソウマが彼の命が潰えたと私に語った・・・・。


ありえない──────そんな事はありえない。

あの時、ミスターソウマが嘘をついていた──────と?


だが、なぜだ?


私の能力が喪失してしまわない様、嘘をついた?

確かにあの後、倒したはずのMr.Mが我々の居る大使館に電話をよこした。その際、当の

ミスターソウマ、彼は何処か腑に落ちたような顔つきで居た。


考えたくはない、無いが。むしろ彼が私に嘘を付く理由なら、こう考えるほうが自然だ。


 彼は変わらずMr.Mの側に居続け、我々の元へ落ちたと見せかけ、その実変わらず

Mr.Mの手の者で有り続けていた、我々を出し抜くために──────。

そして、その企みを見抜いたロイに消された。


「──────クッ!」


 頭の中に燦然と輝く私の信念が、マーブル模様を伴いおどろどろしい色へと染まってゆく

そのあまりにも辛辣な現実に、目の前が揺らめき、たまらず床に膝をつく。


「まったく、だからそこへ座れと言ったのだよダニエル」


 そう言いながら立ち上がったロイが、私の肩に手を回すのを払い除けた。

冷や汗と膝をついた衝撃で乱れた髪を掻き上げ、そのままその手で額を抑える。


「フム、やはり今のキミにすべてを打ち明けるには、少しばかり早かったようだ」


 再びソファーに戻り、スコッチの注がれたグラスを優雅に回しながら、すべてを知る

立場から語るロイの、クソ有り難くもない神託のような口ぶりに、条件反射的に怒りの

銃口を向け直す。


「結局アンタは!私達の苦悩を逆手に取って利用していただけなんだな!」

「ロイ答えろ!!」


「おやおやダニエル、今私にその引き金を引くのか?」

「一時の怒りに身を任せ、自身の騎士道を汚すか?」

「理解を得ようと私の元へ戻り、真実も知らぬまま、全てを無に帰すのか?」

「いいか、これだけは伝えておこうダニエル坊や」

「今はまだ、道半ば──────」

「オマエの信じる正義を振るう場はココではない──────」



 結局、私は絶望していたつもりで、これまで私を育て教えを説いてきた

目の前の男にどこか期待を寄せていたにすぎなかったのだ、本当は()()()()()()

そう言って貰いたかった。

数々の試練を乗り越え、よくぞ戻ったと、言って貰いたかっただけだったのだ。

かつて、私が誇った父のように、ただ黙って微笑み、頭を撫でてほしかった。

そんな輝かしくも儚げなラストを望んでいたに過ぎなかったのだ。



 私の腕が、まっすぐロイの顔に向け伸ばされ、その延長線上に握られた銃から

無念の炎が吹き出すまさにその瞬間、対峙する師の口元がかすかに動いた。


「───モルガン」


 彼は一言、呪文のようなその名をつぶやくとほぼ同時に私の必殺の銃弾が

回転する渦を伴って放たれる。


 発射の瞬間に凍えるような風が私に向かい吹き抜け、刹那背から胸に

抜けるような衝撃に、私の決意の照準が無念にも揺らいだ。放たれた銃弾は

師の傍らをかすめ彼の頭髪を数本断ち切るにとどまり私の決意は、師の背後

に設えられているバーカウンターの酒瓶数本をを砕き落としたに過ぎなかった。


「──────ガハッッ!」


そんな声にも成らない嗚咽が、口元から紅の雫を伴って溢れ出る。

ミスターソウマから貸し与えられた銃を持つ手の力が奪われ

毛足の長いカーペットに阻まれ、弱々しく悲しい音とともに、手にした

私の決意の証が無念にもこぼれ落ちた。



 赤く染まりゆく視界のなかで、痛みの元である自身の胸を見ると

透けるように鮮やかな青い刃が三本貫いている。

その刃を両手で掴み、徐々に凍りつく両手の痛みに堪えながら背にした刺客を

確認するため振り向くと、扉の外へ佇んでいたはずのエメラルドのような

深い輝きを湛えた瞳を持つ赤毛の魔女が、振り向く私の瞳を真っ直ぐに

見据えていた。


 

その瞳の奥には、虹色に輝く湖畔に佇む館が──────

見えたような気がした──────。





                     ♥





1999-11-02 ...38°18'26.7"N 140°43'04.4"E



.....Access





「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」


 水の干上がった柔らかい土へなんとか着地出来たものの、リアのホイールはまるで

ポテトチップのように拉げ、休作中の田んぼを渡り切る頃には、チェーンを巻き込んで

完全にロックした。舞い上がる土煙が晴れる前にと、CT110を田んぼに乗り捨て、対岸の

山裾に沿うように走る農道へたどり着き、その農道へ不自然に立つエッチな本なんかが

売ってるヤラシイ掘っ立て小屋に身を隠した。


「ハァ・・・ハァ・・・ウソでしょ・・・指震えて・・・ダメ」


ポケットの携帯を取り出し、じっちゃんに電話しようとするけど、怖さに震えた指が、言う

ことを聞かない。


「なんなのよっ!あいつら一体何者ぉ・・・・?」


 埒のあかない指に諦め、ケータイをポケットに放り込み、小屋からハラバイ状態で

半身を乗り出す。地面に伏せるようにバイクの方を伺うと、追ってきた車より降りた

黒服の男たちがアタシのバイクを取り囲んでいた。

農道の草陰に隠れながら、男たちの話し声に耳を傾ける。


「──────生きの良い娘だ」

「まだこの辺に──────」


「──────待て」

「コレは?」


「位置的に小娘が落としたものだろう」

「リンゴか?」


「コレを見ろ、歯型だ。ならば・・・」


「よし、回収してラボに回せ」

「小娘は後だ、屋敷に向かうぞ──────」


待って!?


屋敷ぃ!


まさか!じっちゃんばっちゃん、ラチェットちゃん!!


 三人の顔が脳裏に浮かんだ時、ぶわっと涙が溢れ出して目の前の景色が滲んで歪む。

同時に、すんごい怒りがこみ上げて、小屋の中に戻ると、自販機の脇に立て掛けられていた

鉄パイプに目が留まる。たぶんこのトタン小屋を建て、余りのをそのまま放置しただろう

その1メーター程のパイプを手に取り、男たちへ向かって駆け出そうとした、その時。

感じたことのないような感覚に襲われ、よろめいて自販機に手をつく。


「───やばっ!なにこれ・・・」

「気付かない内に、頭でも打ったのかな──────」


そう口にした瞬間、声。というより、まるでマンガの吹き出しのような、活字が頭の中に

浮かんだ。


動くな(FREEZE)、そこでじっとしていろ!』

『いいか? 合図したら向かいの山まで走り抜け、家を目指せ』


「はぁ──────? バカみたい。」

「安っぽいラノベじゃあるまいし!何コレっ、天啓?」


 そう言いながら小屋の陰より男たちの方を見ると、二人がこちらをまっすぐ見ているのが

見え、慌てて小屋の中へ身を隠す。怖さの余り、手にした鉄パイプを杖のように股に挟んだ

まま座り込んだ。


「怖い・・・。なんでこんな事になっちゃったの?」


『マヌケ!! 反省は後にしろ!』

『合図したら自分で3つ数え、向かいの山を全力で駆け上がれ』

『いいか?──────今だ!』


「もう・・・マンガでもなんでもイイわよっ──────2、1、ゼロ!」


 そうカウントダウンして向かいの斜面を駆け上がる。

小屋が見えなくなるギリギリの所で木陰に身を隠し、小屋を見下ろすと男達が小屋へ達し

ピストルを構えるような手付きで、一人が小屋の中へ入るのが見えた。


「ソウマぁ・・・・助けて」


そんな弱音を吐いた途端に、彼のはにかんだ笑顔で頭がいっぱいに成り

溢れ出す涙を拭いながら、薄暗い斜面の林の中で木陰に座り込んだ。



 薄暗い斜面の林を、草や蔦を頼りに上りきり、道の向こうに家が見える所まで戻ってきた

チクチクとした両手を見ると、細かい切り傷がいくつも付いていた、その手を再び握り直し

ガードレールに身を隠しながら家を伺うと、先程の男達が家に向かうと言っていたが、その

姿は無いようで、不気味なほど静まり返っていた。


じっちゃんやラチェットちゃんは?


 三人の無事を早く知りたい逸る気持ちを堪えながら、家の正面を見たままガードレールを

盾にし、登ってきた斜面に足を取られながらも、ぐるりと敷地を回り込み、家の裏手に回り

込んで、なんとか蔵までたどり着く。

 真っ暗なその中に忍び込んで、扉に付けられている閂にさっきの鉄パイプを差し込み

扉を背にしてへたり込み、体育座りで膝を抱える。


 さっきから、あの頭の中の文字に、心の声で問いかけてるけど、こっちの話が

届かないのか、アタシの話しは無視するルールなのか、天啓はずっとダンマリを

決め込んでいた。


「一体何なのよバカっ!アニメみたいに姫を助ける気なら」

「もっとアタシに親身になって寄り添っててよ!」


 家の中、じっちゃん達やラチェットが気になるけど、一度安全そうな場所で一息つくと

さっきまでの勇気がとたんに引っ込んで、足が震えて前に進めなくなる。

 膝を抱えたまま、音が響かないように頭を扉に打ち付けて、気合を入れ直し立ち上がり

扉脇のブレーカーを上げようとした時、またあの文字が頭に浮かんだ。


『電源を入れるな!奴らに気付かれる』

『こういう時、赴く場所を決めていたはずだ』


「まって!なんでそんなことアンタが知ってるのよ!」

「アンタ誰なの!? まさかソーマなの!!?」


『いいか?そのまま夜になるまでそこに居ろ』

『そこなら一先ず安全だ』


「チョット! 聞こえてるんでしょバカっ!!」


『日が暮れたら合流ポイントへ向かえ』


「聞いちゃいないし・・・コノあんぽんたん!!」


 再び()()になった天啓に文句を吐き捨てて、抱えた膝の中に顔を突っ込こんだ。




                     ♥




 一頻り泣いてそのまま寝ちゃってたみたいで、ケータイを開くと時刻は午後4時を

過ぎていた。画面のバックライトを頼りに、蔵の中を探る。


 この蔵はじっちゃん家に古くから有るもので、こっちに連れて来られて間もない頃

二階の自室ではんだ作業をしていた時、年中嗅がされるその匂いにキレたじっちゃんが

アタシを折檻代わりに閉じ込めた場所。それ以来ここはアタシの秘密基地になった。

 ソーマが帰ってくる時に、秋葉原でお使いを頼んでお小遣いの殆どを注いでコツコツ

と作り続けてきたアタシ専用のプチエシュロン。

そんな電脳基地も電気がなければただの蔵。


 電源入れるなって言われたら、言うことを聞くしか無いじゃない。とりあえず

ムカ付くけどあの文字が言うことに間違いはないもの。まったく!一体何処から覗い

てるのよえっち!!


 そんな事を思いながら、ケータイの明かりを頼りに、予備のノートパソコンを引っ張り

出し、有線接続でノーパソのバッテリーだけを使い有線接続された母屋の室内カメラ

ネットワークに接続する。


二階のじっちゃんの部屋

アタシの部屋

一階のばっちゃんの部屋。


その何処にも人気(ひとけ)はない。

まさか・・・捕まって連れて行かれちゃったんじゃ、そんな思いを首を左右に

ブンブン振って振りほどき、また溢れる涙を握りしめた手の甲で鼻ごとグシグシと擦る。

一階の居間と床の間を見渡す欄間のカメラに切り替えたときだった。


「うそ・・・・なにこれ」


 ()()()に乗っていた、蜜柑が散らばる。

床の間と居間を仕切る襖が倒され、明らかに誰かが争った形跡が画面に広がった

そして倒れた襖と床の間の床に、絶対に認めたくない何かが、黒々と広がっている。


「まさか・・・これ血ィ!?」


 一気に血の気が引いて嫌な寒さが全身を襲うが、努めて冷静に考える。

絶対に見たくはないけど、まだ中に居る?そう思い、改めてカメラを全て確認する。

血の痕跡は、ほぼ居間や床の間周辺に集中していて、夕暮れの玄関先や庭に血筋などは

見られなかった。


 タッチパットを震える手でスワイプし部屋中のカメラを確認するも

結局その血液の主は確認できなかった。あの量の血だ、早く見つけて止めなければ

仮にじっちゃん達だったら取り返しがつかない。

 閂に差し込んでいた鉄パイプを引き抜き、蔵の一角あるスペシャルコンソール(渡しただけの2X4板)

その上に無造作に置かれていた電工用のビニールテープで、手にした鉄パイプを

自分の手ごとぐるぐる巻にして、蔵を後にした。


 通り慣れた裏口から母屋に忍び込んだ時、今となっては懐かしささえ感じる

洗濯石鹸の匂いが鼻先に香る。アタシが朝学校へ向かった直後、ばっちゃんが

洗濯していただろう洗濯機に手をついて、飽きるほど暮らした日常を懐かしむと再び

溢れそうになる涙を、スンと鼻を鳴らして飲み込む。


決意の眼差しでキッと薄暗く暮れゆく廊下の先を睨み直し、床の間を目指す。


 カメラでその存在は確認して知っているはずなのに、床の間が近づくにつれ

恐怖で何度も吐きそうになる。口元を抑えつつ進み、床の間と居間へ伸びる廊下

曲がり角に差し掛かった時、二階より降りてくる気配に、曲がり角の柱に慌てて隠れ

背中を預けたまま座り込む。


「──────んんっ!」


 恐怖のあまり漏れ出しそうになる悲鳴を、嗚咽を抑えた手で必死に塞ぎながら

柱の角からその気配を伺う。朝に見た黒服の男達とは違う男が床の間の血溜まりを

しゃがみ込んで調べているようだ。

 警察? なら──────、良かったんだけど、ソウマやじっちゃんと言った

マジもんの刑事を知ってるから言える。彼の身のこなしは警察官や刑事のそれでは

なかった。

 足を擦るようにその男の背後に忍び寄り、手にくくりつけた鉄パイプを

見知らぬ怪しい男の後頭部めがけて力いっぱい振り下ろそうと、溢れ出しそうになる

悲鳴を手で塞いだまま片手で鉄パイプを振り上げる。


直後、ガツンとした衝撃が手に伝わり、鉄パイプが廊下の梁に無念にも当たった。


「きゃっ!?──────ウソ!」

「──────なっ!」


鉢合わせしたその男の頭めがけ、目を閉じたまま振り下ろした。


「嫌ァっーーーー・・・・んんうおおおオルラァァァァ!!」

「ばっ!やめ──────ガァっ!」


 やっこい何かを捉えたような嫌な感触が腕に伝わる。その男は肩口を抑えて

その場に倒れ込む。今度こそ!そう思って追撃のを見舞うため振りかぶると、頂点の

辺りで私の腕がまるで天井にパイプが突き刺さったかのように、ピクリとも動かなく

なり、信じられないその感触に後ろを振り返ると、黒いドレスを纏った怪しくも

美しい女性が、片手で私の怒りの鉄槌を掴んでいた。

 彼女の瞳は、アタシが今まで感じていた孤独、恐怖、そして恐れを全て包み込んで

しまうような深く澄んだ翠色で、赤毛の彼女はただじっと、アタシの目を真っ直ぐに

見据えている。


 血糊の広がる居間の床には、転がる幾つもの蜜柑の中に小さな歯形がついた赤々と

熟れたリンゴが一つだけ転がっていた。



                     ♥



結論からあの出来事を思い出すなら、結局床の間と居間に広がった血は、じっちゃん

達やラチェットちゃんのではなかった。朝、私とすれ違ったモリのおじちゃん達が

見慣れない車がアタシを追っているのを見て慌ててトミじいの元へ走ったんだと思う。

三人とも無事にタキさんの牧場へ身を隠したらしい。

と、それは良かったのだけど・・・・


「あの・・・・」


「いかがなさいましたか?ミサキ様」


「いい加減この手、離してもらいたいんだけど・・・」


「申し訳有りません、承服いたしかねますミサキ様、どうかご容赦を。」


「ハァ・・・・。」


 ともあれ、家の中で鉢合わせたエレクトラさんと、アタシが一太刀見舞った運転手の

アオイと言う、礼儀正しいけど真っ白くてどこかアヤシイ青年の運転する車で

タキさんの牧場へ向かった。


「到着いたしました美咲様」


「あの・・・・その、ゴメンね。アオイくん」


「・・・・お気になさらずに、任務ですので」


「はぁ・・・」


タキさんの牧場へたどり着く頃には辺りはすっかり暗くなり、乗馬クラブの看板を

照らす明かりが看板の下に佇む人影をかすかに照らしていた。

角が生えて仁王立ちのトミじい。

その横で、ラチェットと、その手を握る紫色の少女がアタシ達を迎え立っていた。

運転席より回り込んだアオイが開いた扉から車を降りようとした時それまで頑なに

掴まれていた利き手を赤毛の淑女が離す。


出てもいいってことかな?


「ねーね!ねーね!!」


手を繋いでいた紫色の着物姿をした少女の手を、振りほどくようにラチェットが

駆け出しタキさん達が見守る中、私に向かいまっすぐ走るラチェットを両手で受け止め

抱きしめた。


「ねーね・・・ねーね・・・」


「ゴメンねラチェット、怖かったね」


ラチェットを追うようにゆっくりと近づいてくるアゲハ蝶のような紫装束の少女が

エレクトラさんの方へ向かい、アタシ達をすれ違いざまにボソリと呟いた。


「へぇ、アンタが・・・フン。いい気なものね!」

そう言った。


アタシと年も近いその少女の第一印象は、サイアクだった。

多分第二印象も第三も、サイアクになると思う。


わたしはラチェットを抱いたまま、タキさんと看板下に並ぶトミじいの元へ

おずおずと向かいすっかりお冠のトミじいの前に立つ。きっと見たこともないような

般若顔をしているだろうな。


トミじいのおっかない顔をまともに見れず、ラチェットを抱いたまま下を向き

今、言うべき言葉を口にする。


「トミじい──────、その。ゴメンナサ・・・・」

そう謝罪を言い切る前に、頬にトミじいの平手が炸裂した。


「だからッ!相談しろと言った!!」


アタシの頬を叩いて通り過ぎたトミじいのゴツくておおきな平手がそのまま

アタシの肩を掴みトミじいはその場にひざまずく様に私達を抱きしめた


トミ爺の今まで見せたことがない感情的な振る舞いに一瞬驚くと、堪えていた

感情が一気に溢れ出してアタシは人目も憚らずに声を出して泣いた。


こうして、私の記念すべき? 1stエンゲージの一日が終わった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ